凛と雛 1
<凛視点>
「雛ちゃ~ん。ご飯作ろ~」
いつものように夕食を一緒に作るために、私は雛ちゃんの部屋の扉をノックする。
しかし、雛ちゃんからの反応がない。
おかしい……いつもならすぐにでも嬉しそうに出てくるというのに……。
雛ちゃんの事故から三ヶ月が経ち、現在、まだ残暑も残る九月に突入している。
まだまだ暑い季節。とはいえ、夜は少し涼しくなる。
って、今の季節の実況はどうでもいい。
「雛ちゃん?」
そう言いつつ扉を開いた時、机で突っ伏している雛ちゃんの姿があった。
足音を忍ばせて近づいてみると、そこには、自分の腕を枕にしてスヤスヤと寝息を立てる雛ちゃんの姿があった。
「なんだ、寝てるのか……」
そう呟きつつ、私は彼女の頭を優しく撫でた。
すると、雛ちゃんは「んぅ……」と声を漏らして、僅かに瞼をキュッと強く瞑った。
一瞬、起こしてしまったのか、と思ったが、すぐに安らかな寝顔に戻る。
ここまで気持ちよさそうに眠られると、起こすのが忍びなくなる。
それに机の状況を見た感じ、どうやら作文を書いていたらしい。
学校の課題か何かだろう。
コッソリ中身を読んでやろうかと思ったが、ちょうど雛ちゃんの腕の下敷きになっているので読めない。
「……ん?」
そこから視線を少しずらした時、気になるプリントがあった。
私は雛ちゃんを起こさないように静かに、できるだけ音を立てないようにプリントを取って、その見出しをジッと見る。
「……保護者参観日?」
「んッ……」
声に出してそう読んでしまった時、雛ちゃんが僅かにうめき声を上げた。
それに、咄嗟に私は声を手で覆い、数歩後ずさった。
しかし、雛ちゃんはすぐにまた寝息を立て始める。
……ホント、よく眠っているな……。
ひとまず彼女が風邪を引かないように、と、タオルケットをかけてあげて、私は静かに部屋を抜け出した。
そして、廊下に出て歩きつつ、手に持ったプリントを見て息をついた。
「さて、どうしたものか……」
そもそも、なぜ雛ちゃんがこのプリントを隠していたのか。
これに関しては即答できる。この家庭にとって参観日などあってないようなものだ。
雛ちゃんに聞いた話では、参観日や運動会、学芸発表会などでは、誰も来ないのが当たり前だったらしい。
運動会で、一人でご飯を食べている雛ちゃんを想像して、私は泣いた。
まぁそれはさておき、とにかく彼女にとって、こういう行事は親が来ないのが当然なのだ。
だから、このプリントを見せる必要性も無い。
結果として、いつものように机の上に放置していたのだろう。
「……一応私って、保護者代理でもあるんだよな……」
ポツリと呟く。
中学校の三者面談ではどうしていたのか聞いたことがある。
すると、その時は召使さんに頼んでいたと言う。
現在召使さんをクビにして私が彼女の身の回りの手助けをしている今、私は雛ちゃんの恋人であり保護者でもあるのだ。
「はぁ……」
ため息をつきつつも、少しだけ、胸が熱くなるような感覚がした。
こういうことで悩める辺りが、雛ちゃんと同棲しているんだなぁ、と実感できるから。




