第Ⅰ-28 未来
<雛視点>
「雛。起きて起きて」
聴き慣れた声に起こされて、私は重たい瞼を開く。
すると、窓から差し込む朝日が目に入り、私はすぐに枕に顔を埋める。
「何逃げてんの。朝だよ」
「んぅぅ……今日は講義無いから、もう少し寝かせて……」
「知ってる。だから激しくしたんだから」
「……」
あっけらかんと言う凛の言葉に、私は掛け布団から目だけ出して彼女を睨む。
すでに着替えも化粧を終えた凛は、そんな私を見てニコッと笑った。
「講義無くても早寝早起きはちゃんとしないと~。朝ご飯冷めちゃうぞ~」
「分かったから布団剥がさないでッ!」
そんな抗議も虚しく布団は引っぺがされ、私は裸体を晒すことになる。
仕方なくベッドから下りて、私はすぐに服を着るべくタンスに向かう。
しかし、昨夜の営みのせいで汗だくになった体にそのまま服を着るのはなんだか嫌で、私は取り出した服を持ってシャワーを浴びに向かう。
今日で、優にフラれ、凛と出会った日から三年が経つ。
あの頃は正直黒歴史絶頂期でもあったが、同時に、思い出の日でもある。
折角講義も無いんだし、今日の晩ご飯は豪勢なご馳走でも振舞ってやろう。
とはいえ、生活自体はあの頃から特に変わっていない。
私は二十歳になり、現在大学生としてキャンパスライフを謳歌している。
凛は二十三歳。現在、社会人として立派に働いている。
ちなみに職業は保育士だ。一度凛が忘れ物をして、その日講義も無かったので届けに行った時に話を聞いたところ、子供に大人気らしい。
まぁ若いし美人だし優しいし当然だろう。
そう言うと、なぜか凛は顔を真っ赤にして、他の保育士さんは微笑ましそうに私を見ていた。
ちなみに私のキャンパスライフは順調だ。
友達もいるし、成績は常に上位をキープできているのでかなり楽しい。
あと、やけに男子から告白されたりするけど、きちんと全て断っている。
たまに女子から告白されるけど、きちんと断る。
その代わり、一応女同士での恋愛では先輩だと自負しているので、別の女の子との恋愛の仲を取り持ったりして、アフターケアはきちんとしている。
失恋した後のアフターケアの重要さは、凛がその身を挺して教えてくれたから。
おかげで私の女友達にはレズビアンが多い。
そういえば、前に凛にイメチェンをさせられてモデルをやらされた雑誌の会社から、いつだったかモデルとして働かないかと声を掛けられた。
まぁ、当然断ったけれど。
余談だけど、優と泪さんは順調に毎日イチャイチャ生活を謳歌しているらしい。
最近では同棲生活をしつつ、二人別々の大学に通っているのだとか。
……ここだけの話、私と泪さんは同じ大学に通っている。
まぁ、取っている講義は別だし、食堂で鉢合わせになるようなことさえ無ければ基本的に顔を合わせることはない。
ただ、一度だけ食堂で彼女を見たことがある。そこで同じ大学に通っていることは知った。
初めて出会った頃に比べると倍以上に明るくなった彼女は、優との同棲生活での愚痴……もとい、惚気話を友人に話していた。
今更ヤキモチとかは抱かないが、その話を聞かされている友人がかなり大変そうだったのを私は知っている。
そして無駄にある観察眼で察した。あの友人は泪さんのことが好きだ。
まぁ、勝手にしろ、とは思うけどね。とりあえず優が幸せそうで何よりです。
そんな風に回想に浸りつつシャワーを止め、タオルで体を拭いてから服を着る。
リビングに行くと、凛がテレビのニュースを見ながら固まっていた。
「ん……? 凛どうしたの? 星座占いの結果でも悪かっ……」
そう言いながらテレビに視線を向けた時、私も同じように固まってしまった。
日本でも同性婚
テレビの端に表示されている見出しに、私はポカンと口を開けた。
は? え? 同性婚?
それからしばらく流れていたテレビの内容で、昨日の会議で日本でも同性婚が認められるようになったことが報道される。
放心していた時、肩を掴まれた。
「凛……!」
「雛!」
気付いたら、私は凛に抱きしめられていた。
強く抱きしめられ、彼女の胸に顔が圧迫される。
ていうか、呼吸! 息出来ないから!
段々息が苦しくなってもがき始めていた頃、ようやく解放される。
「雛! 私達、結婚出来るんだよね!?」
嬉しそうに言う凛に、私はしばらく面食らう。
まだ突然すぎることの連続に、頭がついて行かない。
でも、これだけは分かる。
「……うん、きっと」
私達がずっと……幸せでいられる、ということが。
私の言葉に、凛はパァァと顔を輝かせた。
しかし、とあることに気付き、私は「ちょっと待って」と遮る。
「私一応大学生だから、結婚して大丈夫なのかな……色々確認しないと」
「あぁ、そっか……でも、もし色々確認して、全部大丈夫だったら……」
凛の言葉に、私は頷く。
現状、生活費や家事諸々に関してはすでに分担済み。
放任主義の私の両親は、多分結婚するってことを話しても許す。
問題は凛の両親か……いや、まぁ、なんとかなりそう。
すでに娘二人がレズビアンとして堂々と付き合っていることを公言しているわけだし、今更……ねぇ……?
「ヤバい、めっちゃ嬉しい……夢みたい……」
口元を手で隠しながらにやける凛の言葉に、私も笑って見せた。
本当に、夢みたい。
ずっと、結婚なんて出来るわけないと、諦めていたから。
しかし、そこまで考えて、私は重要なことに気付き、凛の肩を叩く。
「凛! それも良いけど、そろそろ仕事!」
「えっ? ……ぁあッ!」
時計を見て、凛は慌ててリビングを出て行く。
全く、慌ただしい人だ……。
私は息をつき、椅子に腰かけた。
「……まぁ、こういうのもありか」
そう呟きつつ、私はすでに冷めた朝食を前に、手を合わせた。
「いただきます」
とりあえず今日は、どちらにしろ晩ご飯はご馳走だ。




