第Ⅰ-25 ご馳走
その日の講義が全て終わった私は、スーパーに出向いていた。
雛ちゃんに告白された日、私は混乱してしまったせいで、少し断り気味な感じの返答をしてしまったのだ。
ハッキリと断ったわけではないのだが……まぁ、曖昧に返答を濁してしまった。
だから、ここはご馳走でも作って、しっかりと返答をしよう。
私の手料理を見て目を輝かせ、告白への返答を聞いて笑顔になる雛ちゃんを想像して、私は自分の顔が綻ぶのを感じた。
「ママ~。あのお姉ちゃん一人で笑ってる~」
すると、視界の隅にそんなことを言いながらこちらを指さしてくる小さい子供の姿が映り、私は慌てて口元を手で押さえた。
視線を向けると、子供の母親らしき女性がその子を叱りつつ、私を見て苦笑いをしながら会釈してくるので、私はそれに会釈を返す。
しかし、口を押さえている手の下では、未だに口元がにやけていた。
その時、ポケットの中でスマートフォンが震える感触がした。
「ん……?」
ポケットから取り出して見ると、相手は雛ちゃんだった。
何の用だろう……? と、少し考えて、今日作った私特製ヒヨコキャラ弁当を思い出した。
雛ちゃんへの想いを自覚してから、つい気持ちが浮足立っていたんだよねぇ……。
過去の自分に苦笑しつつ、私は応答ボタンを押して、耳にスマートフォンを当てた。
「もしもし?」
私の言葉に、雛ちゃんが微かに息を呑んだのが分かった。
よく聞いてみると、微かに彼女の息が乱れている。
走っているのだろうか。しかし、彼女の呼吸の仕方には、微かに嬉しそうな感情が籠っているように思える。
『もしもし、凛さ……―――』
彼女がそこまで言った時だった。
車がすぐ近くを走るような音と、何か衝突音のようなものが聴こえたのは。
数瞬後、耳元から、強い、固い物同士がぶつかるような音がした。
何が起こったのか、理解できない。
しかし、私は無意識にスマートフォンを強く握り締めながら、声を震わせた。
「雛ちゃん?」
彼女が転んだだけだと、思いたかった。
しかし、数秒経っても雛ちゃんの声が返ってこないという事実に、私は、気持ちが焦るのを感じた。
「雛ちゃんッ!」
買い物客が一斉に私を見る。
そんなこと関係ない。
雛ちゃんが……雛ちゃんに、何かが起こった。
バクバクと心臓が早くなって、冷たい何かが頬を伝う。
手がじっとりと濡れて、気持ち悪い。
その時、誰かがスマートフォンを拾ったような音がした。
「雛ちゃん!?」
『……もしもし』
電話に出たのは、知らない男の声だった。
その声を聴いた瞬間、私は、自分の胸の中に巨大な氷の塊を落とされたような気分になる。
「……誰?」
ついそう聞き返した声は、自分でも驚くほどに冷たく、淡々としていた。
商品が入ったままのカゴを握る力が強くなる。
呼吸が乱れそうになるのをなんとか堪えながら、私は、次の言葉を待った。
『えっと、今、この電話の持ち主の子が車に轢かれて……―――』
その言葉を聞いた瞬間、私は、カゴから手を離した。
ガシャァッという音と共に、床に落下するカゴ。
しかし、それをなんとか認識する頃には、私は、スーパーから飛び出していた。




