第Ⅰ-21 迷わない
あれから、凛さんとの距離は少しギクシャクしてしまった。
家で会話を交わすことも少なくなり、食事も最近は凛さんが作ってばかりだ。
手伝わないと、とは思うのだが……話しかけにくい。
しかし、そんなことがあってもテストは待ってくれない。
一日目の国語、家庭、芸術。二日目の英語、地理歴史、保健体育は乗り切った。
今から昼休憩を取り、午後からは理科、情報……そして、一番苦手な数学が待っている。
ちなみにテストの日程は凛さんも把握している。
とはいえ、家を出る時に何も言ってくれなかったが。
「はぁ……」
「ん? ひなっちどしたの? 元気無くない?」
ため息をついた時、私と一緒に昼食を食べるために私の前の席まで移動してきた真美がそう言って顔を覗き込んでくる。
それに、私の隣の席である瑞穂が笑った。
「まぁ、今回のテスト、結構難しかったしねぇ……疲れるのも無理はない」
「えっ、今回のテスト簡単じゃなかった?」
私がついそう答えると、二人は目を丸くした。
どうしたのだろう……と不思議に思っていた時、真美に両手で頭を鷲掴みにした。
「この秀才め~! その脳味噌半分寄越せ!」
「いたたたたた」
「てっきりテストで疲れてるのかと……違うの?」
瑞穂の言葉に、私は口を噤む。
流石に、同居している女の人とのイザコザとか、言えないよなぁ……。
そこまで考えていた時、私はとあることに気付き、無意識に顔を綻ばせた。
私がテストを簡単だと思ったのは……きっと、凛さんのおかげだ。
凛さんが熱心に、分かりやすく教えてくれたから。
だから、今回のテストを簡単だと思ったのだろう。
流石、現役大学生だ。
「ひなっち?」
「ん……あぁ、ごめん。まぁ、ちょっと最近人間関係のことで色々あって」
私はそう言いながら、弁当を取り出す。
凛さん……本当に、私のために、色々してくれたんだ。
たとえ泪さんと私を重ねていたとしても、単純にそれが嬉しい。
いや、むしろ、これ以上を望むなんて、身の程知らずだ。
今のままで、私は充分しあわ……―――。
「えっ……」
「うわ、ひなっちの弁当可愛い!」
弁当箱を開くと、そこには、ご飯を使って作られた可愛らしいヒヨコが二匹いた。
それに驚いていた時、箸箱から紙のようなものが出ているのが見えた。
試しに引き抜くと、それには、『テストファイト!』という文字と一緒に、可愛らしい犬のイラストが描いてあった。
「……ははっ……良い人すぎるでしょ、ホント」
顔がにやけるのを手で隠しながら、私は呟いた。
嬉しい。嬉しすぎる。
わざわざこんな手の込んだことをしておいて、あんな態度を取っていたのか。
そう思うと、凛さんがなんだかとても可愛らしく思えて、私は自分の顔が熱くなるのを感じた。
「雛ちゃん、顔赤いよ? もしかして、この弁当……彼氏?」
「……恋人ではない、けど……すごく、大切な人」
私はそう答えながら、弁当箱の中に鎮座するヒヨコのオニギリを見つめる。
もう、ここまでしてもらっておいて、私を見てほしいとか、私を愛してほしいとか、そんなこと考えるのはおこがましいと思う。
良いじゃないか。凛さんが泪さんと私を重ねていても。例え私が……彼女の一番じゃないとしても。
だって、貰っているものが、大きすぎるから。
「……いただきます」
手を合わせ、私はしっかりそう言った。
もう、私は迷わない。
私は凛さんが好きで、凛さんは泪さんのことが好き。
だったら私は、彼女の恋を応援し、出来る限り支える。
これがきっと……答えだから。




