第Ⅰ-20 賭け
「それじゃあ、今日のテスト勉強は終わり!」
凛さんの言葉に、私は息をつき、シャーペンを置いた。
それに、凛さんは「お疲れ様っ」と言いながら、私の背中を軽く叩く。
「明日がいよいよ期末テスト本番だよね」
「はい……」
なんとか振り絞った声は、かなり強張っていた。
いい結果を出さなければ……そんな責任感が、付きまとう。
今まで一人で勉強していた時とは違う。
わざわざ、凛さんが時間を割いてまで勉強を教えてくれたのだ。
これで悪い点数取ったりしたら……。
そう思っていた時、額をピシッと弾かれた。
数秒して、デコピンであることに気付く。
「……!?」
「何緊張してんのさ。大丈夫だって。……私が教えたんだから」
「……だから緊張するんですよ」
私の言葉に、凛さんはしばらくポカンとした表情を浮かべる。
しばらく考え込む素振りを見せるが、結局何も思いつかなかったのか、ヘラッと笑い、私の頭を撫でた。
「ちょっ……」
「だーいじょーぶだって~。今日見た感じでは、下手したら百点満点だって夢じゃないってくらいだし」
「でも、本番になったら緊張しちゃうかもしれないし……」
私の言葉に、凛さんは顎に手を当ててしばらく考える。
やがて、ポンッと手を打ち、口を開いた。
「じゃあさ、賭けをしようか」
「賭け……ですか?」
「そう。もし雛ちゃんが学年で一位の成績を取ったら、なんでも一つ、言うことを聞いてあげる。もし出来なかったら、私の言うことを一つ、聞いてもらうからね」
その一言に、私は無意識に姿勢を正した。
なんでも言うことを聞く?
その瞬間、私の脳裏に、一つの願い事が浮かんだ。
―――じゃあ私と付き合って下さい―――
しかし、それを思いついた瞬間、私はとあることに気付き、口を開いた。
「……例えばそれが、どんなにエッチなことでもですか?」
「ん?」
「例えば、私とエッチしてくださいとか、キスとか……交際とか」
私の言葉を聞いた瞬間、凛さんの笑みが強張る。
彼女の表情に、私はすぐに身を乗り出した。
「どうなんですか?」
「……いや、雛ちゃんと私がそういう関係になるなんて、ありえないでしょ?」
その一言に、私は頬の筋肉が引きつるのが分かった。
凛さんは続ける。
「まぁ、確かに私にもそういう知識はあるよ? なんでもする、からの、エッチい行為とかそういうのはね。でも、私達がそういう関係になるわけ……」
「……やっぱり、泪さんと重ねてるんですね」
私の言葉に、凛さんはキョトンとする。
ずっと重ねられてきたからか、我慢の限界だったのかもしれない。
気付いたら、私は凛さんの胸ぐらを掴んで、顔を近づけていた。
「なんで凛さんは、私を見てくれないんですか!?」
叫んだ。
こんなの、自分に都合が良いことを言っている分かっている。
でも、叫ばずにはいられなかった。
「ちょ、雛ちゃ……!?」
「今ここにいるのは、私だけなんですよ!? 私を、私だけを見てくださいよ! 泪さんと重ねたりしないでくださいよ! 私は……!」
そこまで言った時、怯えた目で私を見つめる凛さんの顔が、間近にあった。
いや、ずっとあった。
ただ、唐突に頭が一瞬冷静になって、彼女の顔を無意識に観察できる隙が、私の中に出来ただけ。
……ただ、それだけ……。
「凛さ……」
「……まだ、ヤンデレ治ってないんだね」
その一言に、私は言葉を詰まらせる。
手の力が緩んだ隙に、凛さんは私から離れる。
「いや……私が雛ちゃんの気持ちを、分かってなかっただけか……あはは、普通とヤンデレの違いって、案外よく分からんもんだね」
「あの……凛さん……」
「……確かに私は、雛ちゃんと泪を……重ねてる」
その一言に、私は体を強張らせた。
凛さんはゆっくりと顔を上げ……優しく微笑んだ。
「だって……泪がまだ、好きだから……」
彼女の言葉は、私の心に影を落とした。
表情に出ていたのだろうか、凛さんの笑みが少し引きつり、ゆっくりと目を逸らした。
「……流石に何でもいうこと聞くのは、ダメか」
「……」
「それじゃあ、もし雛ちゃんが学年一位を取ったら、たくさんご馳走作ってあげる! その代わり、学年一位取れなかったら、その時は雛ちゃんがその日の晩ご飯一人で作るのね。分かった?」
悪戯っぽく笑いながら言う凛さん。
無理に明るくしようとしているのが分かった。
その優しさが嬉しくて……苦しくて……私は頷くことしかできなかった。
私の返答に、凛さんはそれ以上何も言わずに、私の部屋を出て行った。




