第Ⅰ-15 痛い
あれから、また写真剥がしを終え、私の部屋の壁を五年ぶりに見たのは、夜十時を回った頃だった。
メンヘラを治す方法に睡眠もあった気がする。
折角凛さんが私を気遣って手料理を振舞ってくれたというのに、ここで夜更かしをするわけにはいかない。
今日はもう風呂入って寝てしまおう。
そう思い、私はすぐに着替えを畳んで、お風呂に向かう。
凛さんはもうお風呂入ったかな。
一応自由に入浴して良いとは言ってあるけど……。
余談だが、しばらくの間凛さんはこの家に泊まっていく。
晩ご飯だけ作ってもらって帰すというのは気が引けたので、折角なら一晩泊まっていくように話したのだ。
それから、凛さんに両親の不在について聞かれたので説明をしたら、しばらく泊まって私の生活の世話を見てくれるという話になった。
「……人に対して、優しすぎるでしょ」
階段を下りながら、一人呟く。
その時、一階のリビングの電気がついているのが見え、私は足を止めた。
一応凛さんには客室を案内している。
だから、そこで過ごすものだと思っていたのに……テレビでも見ているのだろうか?
「凛さん……?」
ソッと扉を開き、私は中に入る。
テレビはついていない……。
単純に凛さんが電気を切り忘れたのか、と思ったところで、テーブルに突っ伏している人影が見えた。
「凛さん!?」
私は寝間着を床に放り、すぐにテーブルに突っ伏して眠る凛さんに駆け寄った。
そこで、床に転がっていた何かを誤って踏んでしまい、そのまま足が滑って私は尻餅をつく。
「っつぅ……!?」
尻に鈍い痛みが走り、目の前がチカチカする。
私は腰を押さえながらフラフラと立ち、踏んでしまったであろうソレを拾う。
これは……ビールの缶?
よくテーブルを見ると、これ以外にも三本ほどのビール缶が乗っていた。
そして、その前に突っ伏し寝息を立てる、凛さん。
「……これ、一体どこから……」
そう呟きながら辺りを見渡した時、机に置いてある白い紙が目に入る。
拾って見ると、それはこの家からすぐ近くのコンビニのレシートで、ビールを買った履歴が記されていた。
わざわざ、彼女にとっては慣れないであろうこの町のコンビニで、ビールを……?
「はぁ……」
まぁ、彼女は自己犠牲を平気でするし、苦労の一つや二つ平気でしそうだ。
私はため息をつき、ビールの缶を回収して袋に纏める。
これは明日来る召使さんに処分してもらおう。
部屋にある大量の写真に比べれば、この処分くらいは容易い。
あれはどうしよう……細切れにして燃えるゴミに混ぜるのが無難かな……。
でも時間掛かりそう……シュレッダーとかあったら便利なのに……。
そう思いながら、私は凛さんの頬をペチペチと叩いた。
「ホラ、凛さん起きてください。こんな場所で寝てたら風邪引きますよ」
「んぅぅ……あと五分だけぇ……」
「朝に弱い小学生ですか。ホラ、起きて起きて」
肩を揺すると、ようやく凛さんはぼんやりした感じで目を開いた。
赤らんだ頬。目は少し焦点が定まってなくて、私の顔の方をボーッとした様子で見ている。
凛さんって、意外と酒弱いのかな……たったビール四本程度で……いや、飲んだことないから偉そうなことは言えないんだけど。
「全く……寝るなら自分の部屋で寝てくださいよ。ホラ、肩貸しますから」
そう言いつつ凛さんの脇に腕を通し、肩を貸す形で立たせる。
すると、凛さんはかなりぐったりしていて、よろけそうになる。
慌ててもう片方の手で支えようとした時、凛さんが私の体をゆっくりと抱きしめた。
「わッ……!?」
バランスを崩し、私は凛さん諸共転んでしまう。
背中を打ち付けた私は、転んだ原因である凛さんに視線を向ける。
「あの、凛さ……!」
「るいぃ……」
眠たげな、重たい声と共に、唇を奪われる。
突然の出来事に、私は言葉を失った。
冷たく、アルコールの味らしき不思議な味を数秒ほど感じるが、やがて、ゆっくりと唇が離れる。
「えっと……」
「るい……すき、るいぃ……」
そんな言葉と共に、私は凛さんに抱きしめられた。
酔っているから、恐らく視界も定まらず、私が泪さんに見えているのだろう。
……凛さんは、泪さんのこと諦めてないんだ……。
まぁ、それくらいは予測できたことだ。私なんかより、片思い歴はずっと長いみたいだし。
だから、それくらい予想していたし、特に気にしていないハズなのに……。
「どうして……こんなに胸が痛いんだろう」




