第Ⅰ-13 黒歴史
買い物の後、会計を済ませた私達は、凛さんの車で私の家に向かう。
スーパーから車で三十分。
着いたのは、私にとっては物凄く見慣れた我が家だった。
「おぉ~。ここが雛ちゃんち?」
「はい。……あ、車は車庫にどうぞ。……どうせ、誰も使いませんし」
「りょうかーい」
凛さんはそう返事をするとバックで車を停める。
それから二人でスーパーで買ったものを下ろし、家の中に入った。
「どうぞ。遠慮せずに」
「どうもどうも。お邪魔しまーす……うわぁ、見た目も結構大きかったけど、中身も中々……」
キョロキョロと物珍しそうに辺りを見渡しながら歩く凛さんに少し笑いながら、私は台所に案内する。
そこに食材などを置いていると、とあることを思い出し、私は手を下ろした。
「よーし、それじゃあ早速……」
「あの、凛さん」
私がそう声を振り絞ると、凛さんは袖を捲る手を止め、私を見た。
それに、私はしばらく口ごもった後で、口を開く。
「えっと……先に、やりたいことがあるんです……でも、時間がかかるかもしれなくて……その……」
「……しょうがないなぁ」
凛さんの言葉に、私は顔を上げる。
すると、彼女は優しく笑って、私の肩を叩いた。
「いってらっしゃい。その間に、絶品の晩ご飯を作っておくからね」
「……ありがとうございます」
私がお礼を言うと、凛さんはケラケラと笑った。
それに釣られて笑いつつ、私は台所を出て、自分の部屋に向かう。
中に入った瞬間広がっていたのは……異様な光景だった。
「ッ……」
四方を囲む壁全てに張り巡らされた、優の写真。
数秒して、それが、今朝までずっと自分が生活していた自室であることを自覚する。
「……気持ち悪」
それが第一声だった。
何より気持ち悪いのが、これを、今まで異質だと思っていなかった自分だ。
この部屋で、今日家を出るまで平然と過ごしていた自分が何よりも……気色悪い。
「……剥がすか」
一人呟いて自嘲しつつ、私は写真の一枚を指で摘まむ。
それから、壁から一枚ずつ剥がしていく。
『あは。やっとこっち見てくれた』
『ずーっと声掛けてたのに全然こっち見てくれないんだもん。えっと、耳が聴こえないとかではないんだよね?』
『あ、ごめんごめん。えっと、こういう時は……』
……剥がしていく度に……。
『へぇ~! 榊って字使うんだ~。カッコいい~』
『私もこんなカッコいい苗字が良かったよ~。茂光って、なんかダサいし』
『んなことないって~。あーあ、私も榊野って苗字が良かったなぁ』
……優を愛した記憶が……。
『雛、最近なんだか楽しそうだね?』
『なんか……爽やかっていうか、なんていうか……何か良い事あったの?』
『本当かなぁ?』
……走馬燈のように蘇っては……。
『雛、最近変わったよね~。どうしたの?』
『へぇ~。良いと思うよ。すごく可愛い』
『私はただ……誰かを愛したかっただけなのに……』
……消えて行く……。
『……制服に砂付いちゃうよ』
『……ここ、結構寒いよ』
『……そっか……』
……でも、どれだけ愛しても、その事に意味は無くて……。
『雛……』
『ごめん……私、好きな人がいるから……』
『……私が今日ここにいるのはね、泪が原因だったりするんだ』
……だって優は……。
『実は昨日、泪に告白して……―――』
……泪さんのことが好きだったから……。
「……」
涙は、出なかった。
だって、すでに優の家で全て出し切ってしまったから。
指で優しく抓んで、優との思い出を……剥ぎ取っていく。
「私だけを見てる……か」
剥ぎ取った一枚の写真を見つめて、私はフッと息を吐くように笑った。
こんなまやかしじゃないと安心できないくらい……私の心は追いつめられていたのだろうか……。
「……黒歴史確定だな、これは」
一人呟いて、笑い、私はまた写真を剥ぐことを再開した。




