第Ⅰ-12 買い物
あれからなんとか泣き止み、優に別れを告げた私は、彼女の部屋を後にした。
金属製の階段を下り、白い車に乗り込むと、そこでは、凛さんがスマホを構っていた。
彼女は、助手席に乗った私を見て、微笑を浮かべながらスマホをポケットにしまった。
「ん……もう、ケリはついた?」
「はい……ごめんなさい。色々と、お世話になっちゃって……」
「良いよ良いよ。これで、雛ちゃんの改善に少しでも役に立つならね」
凛さんの言葉に、私は「ありがとうございます」とだけ答えて、シートベルトをしめた。
あとは駅まで送ってもらうだけだ。
そう思っていた時、凛さんが「そういえば」と口を開く。
「雛ちゃんってさ、今日の晩ご飯はどうすんの?」
「へ……? えっと、普通にコンビニとかで……」
「へぇ……」
私の返答に、何か考え込む素振りを見せる凛さん。
突然そんなことをされると、少し焦る。
ただでさえ、先ほど優に自分の罪を告白し、判決を待つ罪人の気持ちを味わって来たのだ。
優の時に比べると大分気持ちは楽だが、唐突に目の前で考え込まれるとかなり動揺してしまう。
そう思っていた時、凛さんはアクセルを踏み、車を発進させる。
「えっと、凛さん……!?」
「……優ちゃんのことも諦められたし、大分友人関係は良好になってきている。あと改善するべきことは一つだけなんだよ」
道路を走りながら説明された言葉に、私は「はい?」と聞き返す。
すると、凛さんは私を見て、ニカッと笑った。
それから連れてこられたのは、凛さんの住む町にあるスーパーだった。
カゴを持つ凛さんの横を歩きながら、私は商品を一つずつ見ていく。
「メンヘラを治す方法の一つにね、運動、食事、睡眠をきちんと取る、っていうのがあったんだ」
「私はヤンデレじゃないんですか?」
「いやぁ、愛してくれないならここで殺して私も死ぬ~みたいなのは、どっちかというとメンヘラみたいじゃん?」
「はぁ……」
私にはメンヘラとヤンデレの違いはよく分からないんだけどなぁ……。
そう思いつつ生肉を見ていると、凛さんは牛肉を手に取って、カゴに入れた。
「それで、なんで私は貴方とこうして買い物をしているんです?」
「雛ちゃん。話を聞いた感じ、料理とかもロクにしないでしょ?」
「……まぁ、はい……」
「だから、私が雛ちゃんに料理を伝授してあげようかと思ってね。やっぱり、買い食いより手作り料理とかの方が美味しいよ」
凛さんの言葉に、私は苦笑する。
それから野菜コーナーでジャガイモやらニンジンを買って行くのを見て、私は首を傾げた。
「それで、影山先生のお料理講座第一回の品は?」
「何その言い方……今日は、手料理の素晴らしさを知ってもらおうと思ってね」
「はぁ……」
「何その感じ。さては疑ってるな?」
「そ、そんなことありませんよ……」
私が目を逸らしながらそう答えると、凛さんは頬を膨らませた。
しかし、すぐに優しく微笑んで、タマネギをカゴに入れた。
「まぁ、これを食べれば、雛ちゃんも少しは手料理に興味を持ってくれるでしょ」
「……そうですか……」
「……雛ちゃんはさ、好きな人に、手料理振舞いたいって思う?」
突然の質問に、私は顔を上げる。
見ると、凛さんは野菜を選ぶために俯いていて、顔色は伺えない。
彼女の問いに、私の頭に浮かんだのは、優の顔だった。
まぁ、他に恋愛経験も無いし、ひとまず優を例にして考えてみようか。
……ふむ……。
「振舞いたいですかね。私が作った物がその人の血となり肉となり、永遠に私がその人の中にいるって考えたら」
「……まだまだヤンデレ完治は遠そうだね」
凛さんの言葉に、私はハッと我に返る。
あの頃を思い出して後悔できるくらいにはまともになったと思っていたのに……。
そう思っていると、「そう暗い顔すんなって」と言って、凛さんは私の頭を撫でた。
「でも、やっぱり手料理って振舞ってみたいものなんだね」
「……なんで、急に?」
「いや、泪がさ、最近毎日優ちゃんに弁当作ってあげてて」
その言葉に、私は察してしまった。
私の表情に凛さんは恥ずかしそうに笑った。
「やっぱり……勝てないなって」
「……凛さ……!」
「さっ、別の物を買いに行くよー」
なんとか励まそうとした時、腕を掴まれ、強引に引っ張られる。
彼女が気にしていないなら、ここで無かったことにするのが得策なのだろう。
……でも……。
「……手、汗かいてる」
私の腕を掴む手の感触に、私は、小さくそう呟いた。




