第Ⅰ-11 愛した人
「へ……?」
優が、掠れたような、奇妙な声をあげる。
それに私は拳を握り締めながら、喉を震わせた。
「優を独占したくて……私だけを見てほしくて……だからね、見た目とか性格とか変えて、皆に取り入ったの。それで、嘘の噂とか流して、優を孤立させようと思って……」
「……」
「……ホント、ごめんなさい……謝って許されるようなことじゃないけど……でも……!」
そこまで言った時、頬に強い衝撃を感じた。
パァンッ! という乾いた音が響き、私の顔は横を向く。
じんわりと広がる、痺れるような、鈍い痛み。
熱くなった頬を押さえながら、私は前を見ると。
するとそこには、僅かに怒りの感情を表しながら、眉を顰める優の姿があった。
「優……」
「……雛……自分が何したか、分かってんの……?」
「分かってるよ……謝って許されないことも分かってる! でも、謝らないとダメかなって……せめて、言葉にしないと……」
私の言葉に、優は困ったような表情を浮かべる。
何度か、私に手を伸ばそうとしては引っ込める、という作業を繰り返す。
やがて、その手を下ろし、静かに拳を握り締めた。
それ以上彼女のそんな姿を見ているのが辛くて、私は、ゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、もう帰るね……それが伝えたかっただけだから……」
そう言いつつ立ち上がり、部屋を出ようとした時だった。
「待って」
端的な言葉と同時に、後ろから抱きしめられた。
彼女の突然の行動に、私は混乱してしまう。
しかし、なんとか彼女の腕の中でもがく。
「ダメ……優……!」
「……好きだったよ……」
耳元で聴こえた言葉に、私は動きを止める。
その間に優は私の体を回転させて、対面させる。
「私だって雛のこと……好きだったよ……?」
その言葉に、私は口を開いた状態で固まった。
優は続ける。
「初めて会った時……雛のこと、好きになったんだ……でも、雛が変わっちゃったから……雛が、私みたいに、自分を偽って皆と仲良くなるようになったから……」
……喉が詰まった。
私は、優に好かれるために頑張ったというのに……それが全部無駄だったということか……?
いや、むしろ、優に好かれていたのに、彼女が離れる原因になってしまった……のか……。
「……じゃあ、私の行動は……全部無駄だったの……?」
私の言葉に、優は苦しげな表情で、小さく頷いた。
それに、なんだかもうわけがわからなくて、私は「あはは……」と乾いた笑みを零した。
「なんだ……あんなに必死にやったことが……全部無駄だったんだ……」
「……そんなことは、無いんじゃないかな」
優の言葉に、私は顔を上げる。
すると、優は優しく微笑んで、私の頭を撫でた。
「でも……!」
「確かに、雛がやったことは、私はあまり好かないことではある。でも、結果として雛に友達が増えたじゃん」
「でも……本当の私を見てくれたのは……優だけだから……!」
そこまで言った時、優に強く抱きしめられる。
今度は前からだ。
強く……それでも、優しく包み込むように、優は私の体を抱きしめた。
「ッ……」
「ごめん……私をそんなに愛してくれたことは嬉しい……でも、もう私は泪のものだから……雛の気持ちには、答えられないんだ……」
そう言って優は少しだけ私の体を離して、微笑む。
分かってる……そんなこと分かってる……痛いくらい、自覚してるよ……。
目の奥が熱くなって、喉が少し痛くなる。
今何か話したら、そのまま泣き出してしまいそう。
でも、必死にそれを堪えながら、私は口を開いた。
「もし、優が良かったら……これからも、友達でいさせてくれませんかッ……!?」
「雛……?」
「優と愛し合えないことは分かった……私もね、大分冷静になったから……もう、割り切ったから……でも、せめて、友達として接してくれないかなって……」
途中から、声が震えていた。
涙が今にも込み上げそうになって、私は唇を噛みしめて優を見る。
私の顔に、優はしばらくポカンとした後で、優しく、困ったように笑った。
「……うん。良いよ」
「……ありがとう……ありがとう……!」
色々な感情が綯い交ぜになって、私はついに泣き出してしまう。
それに優は笑って、私の体を抱きしめて、頭を優しく撫でる。
優の前で涙は見せないって決めていたのに……せめて、この家を出るまでは泣かないって……決めていたのに……!
「うあぁぁッ……!」
泣きながら、私は優の体を抱きしめ返した。
優。
私は。
貴方のことを。
世界で一番。
愛していました。




