第Ⅰ-10 断捨離
私は古いアパートの金属製の階段を、音を立てながら上る。
柵から体を少しだけ乗り出し下を見てみると、そこでは、白い車が佇んでいた。
『本当についていかなくて大丈夫?』
『大丈夫です。……私一人で、決着を付けたいんです』
『……分かった。私は信じるよ、雛ちゃんを』
先ほどの凛さんとの会話を思い出し、私は、自分の顔が綻ぶのを感じた。
自分の両手を見つめ……静かに握り締める。
もう、あんな失敗はしない。あの頃の私を、完全に捨てるんだ。
凛さんと会う目的が、私のヤンデレを直すためなら、きっとこれは避けては通れない道だと思う。
そして私は……この恋に決着を付けたいから。
古いアパートの、二階。一番奥の部屋。真新しいネームプレート。
前に雨が降って、『彼女』の部屋で雨宿りしていた泪さんを迎えに来たとき、彼女はこの部屋から出てきたらしい。
だからきっと、ここは『あの子』の部屋で間違いない。
「ふぅ……」
私は一度息をつき、インターホンを鳴らした。
まず、出てくるか否か……。
そう思っていた時、扉の向こうから「はぁい」という声が聴こえ、足音が聴こえる。
鍵を開ける音がして、中から、『彼女』が出てくる。
「誰で……」
「優……久しぶり」
私がそう言った瞬間、優は顔に怯えを表し、その扉をすぐに閉めようとする。
それに、私は慌てて扉を掴み、「待って!」と叫ぶ。
「や……離してよ雛!」
「待って! 今日は優に謝りに来たの!」
私の言葉に、優は扉を閉める力を弱める。
すぐに扉を開けて、私は優の顔を見つめる。
「……お願い。せめて、少しだけ話を聞いて」
「えっと……狭い部屋だけど……」
そう言って、優は彼女の自室に私を案内してくれる。
特に目立つものは何もない……至ってシンプルな部屋。
……泪さんを盗撮して壁に写真貼ったりとかしないんだ。
まぁ、当たり前か。あの頃の私の頭がおかしかっただけなのだから。
「それで……謝りに来たって……」
優の言葉に、私はすぐに姿勢を正す。
謝る、か……彼女に謝るべきことは、この間のことだけじゃない。
凛さんと会うようになって、彼女の影響で大分私もまともになったのだろう。
優に何を謝るべきなのか……それは、私が一番、自覚している。
「まず……この間、その……殺そうとして、ごめんなさい」
「……まぁ、結果として私は生きているし、反省しているなら……」
「謝ることは、それだけじゃないの!」
「……え……?」
不思議そうに聞き返してくる優に、私は拳を握り締める。
彼女に拒絶されることが怖い。
でも、それ以上に……過去にこれをやった自分が、とてつもなく……怖い。
「……優さ、中学生の頃から、急に苛められるようになったでしょ?」
「え……うん……」
彼女の返事に、私は、カラカラに渇いた喉に唾液を流し込む。
微かに痛みが走って、喉が少しだけ潤う。
言うんだ、彼女に……私が犯した悪行を……。
これが、私にできる唯一の贖罪なのだから……。
「……あれね、実は私が全部裏で仕組んだことなんだ」




