第Ⅰ-8 ドリンクバー
「いらっしゃいませ。ご予約はしておられますか?」
建物に入ると、すぐに受付の女の人がそう言ってくる。
彼女の言葉に、凛さんは「いえ、していません」と答える。
「そうですか……何名様ですか?」
「二名です」
「機種の希望はありますか?」
「いえ、おまかせで良いです」
テキパキと受付を済ませる凛さんを見つつ、私は建物を見渡す。
受付の近くにはソファがあって、壁には最近流行りのアイドルのポスターが貼ってある。
そうぼんやりしていると、トントンと肩をつつかれた。
振り向くと、凛さんが私を見ていた。
「雛ちゃん。ドリンクバーとワンドリンク、どっちがいい?」
「ほへ?」
突然の質問に、私は固まる。
すると、凛さんは「あー」と言う。
「えっと、ワンドリンクっていうのは、コップ一杯分の飲み物だけのこと。……ドリンクバーは分かるよね? ファミレスとかにもよくあるし」
「あ、いえ……分かりません。ファミレスとか行ったことないですから……」
私の返答に、凛さんは笑顔で固まる。
やがて店員の人に「ドリンクバー、二人分でお願いします」と言い、お金を払い、カラオケの機械のようなものと何か袋を受け取る。
「それでは二階の205号室になります」
「はーい。……それじゃあ雛ちゃん。上がろっか」
「へ? は、はい」
凛さんに連れられて、私は階段で二階に上がる。
やがて、205号室と書かれた部屋に入ると、機材などを置き、凛さんは私の腕を掴む。
「……?」
「雛ちゃん。まずはドリンクバーを経験しようか」
「へ……?」
呆けている間に、凛さんは意気揚々と私の腕を掴んで歩き出す。
突然のことに私は驚きつつ、凛さんに連れられて廊下を歩く。
やがて、私達は着いたのは、飲み物のメーカーが表示されたボタンがたくさん付いた機械の前だった。
「えっと……」
「これがドリンクバー。コップ取って、好きな飲み物のボタン押しな」
「えっ、お金は……」
「さっき受付で金払ってるから。ホラ、遠慮せずに」
気付いたらまた奢られてしまったようだ……。
罪悪感を少し抱きつつ、私はコップを手に取り、ボタンを一つずつ見ていく。
とりあえず、無難にコーラとかにでもしておくか……。
ボタンを押し、シュワシュワした茶色の液体がコップに注がれていくのを眺めながら、私は息をつく。
「あれ、雛ちゃんは、飲み物混ぜたりとかしないの?」
その時、隣の機械でウーロン茶を入れていた凛さんが、そう言って笑う。
彼女の言葉に、私は苦笑した。
「いや、そんなことするのは行儀悪いじゃないですか。それに、混ぜたりして不味くなったら嫌ですし」
「あはは、だよね~……いやね? 初めて泪がドリンクバーした時、混ぜてたからさぁ。雛ちゃんも同じようなことするのかなって」
「私はそんなことしませんよ。大体、私と泪さんは違うんですから」
私がそう答えた時、凛さんの顔が微かに引きつった……気がした。
顔を上げると、私を見る凛さんの顔が固まっている気がする。
しかし、ドリンクバーのすぐ近くに窓があり、そこから差し込む日光のせいで逆光になり、それ以上彼女の表情を伺うことが出来ない。
「凛さん……?」
「……あー、ごめん。なんでもない。ちょっとぼんやりしちゃった」
そう言って、凛さんは頭を押さえ、首を小さく横に振る。
不思議に思っていると、凛さんはすぐに顔を上げて、ニッと笑った。
「それじゃあ行こうか。まだこんなの、カラオケの本質じゃないからね」
「は、はいっ」
咄嗟にそう返事をすると、凛さんは微笑む。
それから私達は飲み物を持って、205号室に戻った。




