第Ⅰ-4 変わる
「それでは1700円です」
「ハイ」
「ちょうどですね。ありがとうございました」
店員さんはそう言って笑い、レシートを差し出す。
凛さんはそれを片手で受け取り、爽やかに笑った。
それから二人でカフェを出ると、凛さんは私の腕を掴んで車に連れ込んだ。
「いや、逃げませんって」
「念には念を、ってね。それじゃあ、今日はまず、雛ちゃんの自信を作りに行こうか」
「自信……?」
私がつい聞き返すと、凛さんはニカッと笑い、「任せんしゃい」と言って車を発進する。
あまり見慣れない町なので、どこに何があるのかとかよく分からない。
「えっと、それで、自信を作りにいくとは……?」
「んー。雛ちゃんってさぁ、顔は良いけど、私服とか髪型が微妙なんだよねぇ」
そう言いながら、凛さんは私の髪を指で擦り合わせる。
彼女の言葉に、私は「微妙って……」と戸惑う。
「微妙は微妙さー。まぁ、雛ちゃんみたいなタイプは、そういう地味な感じの服を好むってのは、泪で学んでるけどねー」
「……その名前は出さないでください」
「ハイハイ。……だから、まずはちょっと服と髪型を変えてみようか」
「……それがどう自信に繋がるのかは分かりませんが……」
まぁ、別に良いか。
私は嘆息し、前を見つめる。
それから二人で着いたのは服屋だった。
「服屋さん……ですか?」
「そっ。ホラ、入って入って!」
「わ、ちょっ……」
背中を押され、私は中に入る。
すると、最近流行りのJ-popの曲が鳴り響き、辺りを大量の服が囲う。
「わぁ……」
「ほら、立ち止まらないで! 色々見てみようよ!」
「うわ、ちょっと……!」
凛さんに手を引かれ、私は奥まで歩いて行く。
周りにいるのは、結構派手な子ばかり。
学校ではああいう子達になんとか混ざってやっていってるけど、外で会うと、正直かなりビビる。
しかし、そんな私にお構いなしで、凛さんはレディースコーナーまで私を連れて行き、早速服を色々合わせて行く。
「あ、あの……そういう服は、私には、派手すぎませんか……」
「いやいや。これくらい普通だって。ふむ……雛ちゃんの髪型ももう少しこうして……」
そう言いながらさらに凛さんは私に何枚か服を合わせ、やがて、一式揃える。
そして、それを差し出しながら、凛さんは笑う。
「ホラ、更衣室で着替えてきな。私待ってるから」
「……はぁ……」
私はそう返答して、服を受け取る。
それから更衣室に入り、早速着替えてみた。
「……やっぱり派手すぎないかな……」
壁についた鏡を見ながら、私はそう呟いた。
凛さんが選んだのは、黄色の薄手のカーディガンに、白地に黄色い花が散りばめられたワンピース。
足を膝より上を出したことが無い私にとって、足をかなり露出するワンピースは未知の世界だった。
すると、更衣室のカーテンの向こうから「着替え終わった~?」と声を掛けられるので、渋々カーテンの留め具を外して、開ける。
「あの……やっぱりこんなの、似合わないかと……」
「……いや、すっごい似合うよ……」
スカートの裾を押さえるようにしながら抗議すると、思いのほかあっさりした反応が返って来た。
顔を上げると、凛さんは口元を手で隠して、なぜか私の全身をジッと観察していた。
「えっ、あの……」
「……あぁ、ごめん。いやぁ、自分のファッションセンスに少し酔いしれていた」
「自画自賛ですか……」
私が呆れながらそう言うと、凛さんはケラケラと笑う。
まぁ、凛さんのファッションセンスが良いのは認めるけどさぁ……。
彼女の私服、すごくオシャレだし。
そう思っていると、彼女はポケットから何か箱を取り出し、「ちょっと動かないでね~」と言って後ろに回る。
すると、何やら髪を弄られているのが分かった。
「あの……凛さん……」
「もーちょい……よし。鏡見てみ」
その言葉に、私は更衣室の中にある鏡を見る。
顔の横辺りに下ろしていただけだった髪が、耳の上辺りで編み込まれ、顔がかなり見える感じになっている。
その編み込まれた髪は後ろで一つに束ねられている。
「えっと……」
「フフッ。どーよ。可愛いっしょ」
自信満々に言う凛さんに、私は答えることが出来ない。
これが……私?
髪型と服装を変えただけで、全くの別人に見える。
私の様子に、凛さんは満足そうに頷き、私の手を握った。
「わ、ちょっ……」
「ここは着たまま会計できるみたいだし、さっさと行こ~」
そう言って歩き出す凛さんに、私は苦笑する。
私の着ていた服はすでに彼女が回収していたようで、小脇に抱えている。
それから会計を済ませ、私の着ていた服を車に乗せた凛さんは、それから私の手を引いて歩く。
「あの、車は……!」
「良いの良いの。……この辺で良いかな」
そう言って凛さんは私の手を離す。
辺りを見渡してみるが、この町に来ること自体初めてな私には、何がなんだかさっぱりだ。
「あの……凛さ……!」
私が何か言おうとした時だった。
「あの、ちょっとお時間いただけますか?」
突然話しかけられ、私はビクッと体が震えるのが分かった。
見ると、そこには、首からカメラを提げて、メモ帳を持っている女の人が立っていた。
「ひゃう!?」
驚いて、私は凛さんの後ろに隠れようとする。
しかし、凛さんはすぐに私の肩を掴み、前に差し出した。
私の様子に、女の人は「あぁ、ごめんごめん」と言って、名刺を差し出してくる。
受け取ってみてみると、それは、クラスの子達が読んでいた雑誌の名前だった。
最近、若い子達に人気の……。
「えっと……」
「突然ごめんなさい。私はこの雑誌のカメラマンをしている、青島 里穂。実は今、町で見つけた可愛い女の子をまとめる企画をしていて……えっと、まず雑誌に載せても良いかな?」
「へ……!?」
つい聞き返すと、青島さんは「ダメ、かな?」と聞いてくる。
それに、私はつい、凛さんを見た。
「雛ちゃん。雑誌に載って困ることってある?」
「えっと……恥ずかしいから……」
「今日の買い物の目的、忘れた?」
凛さんの言葉に、私は凛さんの言葉を思い出す。
確か、私の自信を作るって……まさか、凛さんこうなることを見越して……?
もし、これが自信に繋がるっていうなら……また、優の時みたいな失敗をせずに済むなら……。
「や……やります……」
「よっしゃ。それじゃあ、いくつか質問させてもらっても良いかな?」
それから細々とした質問などをされてから、写真を撮られる。
やがて、去っていく青島さんを見つつ、私は肩から力が抜けるのを感じた。
「疲れた……ていうか、凛さん、もしかしてこうなることを予測していたんですか?」
「あー……いや、この辺りはよくナンパする男とか出るから、雛ちゃんに可愛い恰好させてこの辺連れてくれば、釣れるかなって。男に声掛けられるだけでもかなりの自信になるでしょ」
「はぁ……」
「でも……いやぁ、思わぬ伏兵がいたものですなぁ」
そう言って凛さんはハッハッハと笑う。
彼女の笑いに、私はため息をつく。
「……でもさ、自信にはなったでしょ?」
その言葉に、私は俯く。
「でも……これは、凛さんが作った私でしかない……」
「はぁ……?」
「……結局は、皆が見るのは……本当の私じゃ……」
「あーもう、面倒な性格だなぁ!」
そう言うと、凛さんは私の顔を両手で掴み、グイッと上げた。
「ふぇ……?」
「元々がダメだったら、それを好きになる人を探すなんて無理に決まってるでしょ!? 誰かに好かれるために人は変わるものなの! 分かった!?」
「は、はいッ!」
なぜか唐突に説教をされ、私はつい返事をする。
私の反応に、凛さんは「よしっ」と言って、私の頭から手を離した。
……首痛い。
「それにさ、人のために変わるって、結構すごいことだと思うよ? だったら、もしそれが出来たら、雛ちゃんはすごい人ってことじゃん。そんなすごい雛ちゃんと、仲良くなりたいなぁって、皆は思うんじゃないかな」
「……そういうものですか?」
「そういうものですよ」
凛さんの言葉に、私はつい訝しんでしまう。
すると、凛さんは「まぁ、いずれ分かるよ」と言ってクスクスと笑った。




