第5-7 仲間
「離してよ!」
地面が白い砂浜から黒いアスファルトに変わった頃。
ずっともがいていた雛の言葉にようやく凛が応じ、少女の体を下ろした。
すると、着地した瞬間すぐに雛は優達の元に駆け出そうとするので、慌てて凛は羽交い絞めにする。
「まぁ、予想はしていたけどね。君は期待を裏切らない子だね」
「ッ……!」
しばらく雛はもがくが、無駄だと気付いたのかすぐに動きを止める。
そして、少し考えた後で、口を開いた。
「……貴方は、優を殺したい、とか……無いんですか?」
「何の話?」
「……好きなんですよね。影山さ……泪さん、の、こと……」
その言葉に、雛を羽交い絞めにする力が少し弱まる。
一瞬の隙をつき凛から離れた雛は、真っ直ぐ凛の顔を見つめた。
凛は驚いたような表情をしていた後で、ポリポリと困ったように頬を掻く。
「えーっと……どうしてそんなことを?」
「……中学校の頃から、優に近づく奴等に、そういう、邪な感情が無いか気にするようにしていたら、人のそういう感情に、敏感になっていて……」
「へぇ……」
感心したように返事をする凛に、雛は少し視線を彷徨わせた後で、真っ直ぐ彼女の顔を見た。
「それで、実際のところは……」
「……ははっ、上手く隠せてるつもりだったんだけどなぁ……」
そう言って、凛は両手をダランと垂らす。
彼女の言葉に、雛は唇を噛みしめた。
「じゃあ……なんで優を殺す私を止めたの! あのまま放っておけば、今頃、泪さんは貴方の物に……!」
「ん……確かに、それは少し考えた。このまま放置すれば、泪と優ちゃんが付き合わなくて済むんじゃないかって」
そう言いながら、凛は近くにあった堤防に寄りかかり、ポケットから煙草の箱を一つ出して、火をつけて咥えた。
一度吸って、煙草を口から離し、息を吐く。
空中に霧散していく灰色の煙を見つめながら、雛は口を開く。
「じゃあ、なんで……」
「……貴方を止めに走る泪が、すごく一生懸命だったから」
その言葉に、雛は目を微かに見開いた。
彼女の反応に凛は口元に微笑を浮かべ、煙草を指で弄ぶ。
「あんなに一生懸命な泪、初めて見た。……あんなに感情的になる泪、初めて見たんだ……」
そこまで話した時、凛の足元に、小さな雫が落ちて、染みを作る。
それを見た雛は、凛の顔がそれ以上見ていられず、目を逸らした。
その間に、凛は続ける。
「私なんかじゃ、あの子は幸せにできない。……優ちゃんじゃなきゃダメなんだって……気付かされた」
「……なんで貴方は、そんなに優しいんですかッ!」
雛の言葉に、凛は潤んだ目を見開く。
顔を上げると、そこには、怒ったような、泣きそうな、不思議な感じの表情の雛が立っていた。
「えっと……?」
「我慢しないでくださいよ……貴方は、自分から行動せずに、勝手に諦めて……それじゃあまるで、私が、ただの……道化師みたいじゃないですか……」
そこまで言った時、雛の目からも、涙が溢れる。
両手で拭いながら、雛は続ける。
「本当は、前、優に再会した時に気付いていたんだ……私といた時と、泪さんといる時の優の顔が、全然、違ったから……!」
「……」
「一瞬見てすぐに気付いた……優、絶対、泪さんのこと好きだなって……でも、諦めたくなかった……私には……優しかいなかったから……」
「……辛かったね」
泣きじゃくる雛の頭を、凛は優しく撫でる。
すると、雛は眉を八の字にして、「憐れまないでください……」と言う。
「私は逆に……泪には私しかいないって……思い込んでたんだ」
「それって……」
「……泪ってさぁ、あんな性格だから……私があの子を守ってあげないと……私だけは、最後まであの子の味方になってあげないとって思ってて……気付いたら、好きになってた……」
「でも、優が来たから……」
その言葉に、凛は「悔しいなぁ……」と言いながら笑った。
「まぁ、こういうこと言ってても、失恋したことには変わらないけどね。お互い」
「……ですね」
そう言いながら、雛は涙を拭い、砂浜で話す優と泪に視線を向けた。
楽しそうに話す二人の姿に、彼女は無意識に、自分の胸を押さえた。
「……私、影山凛」
そう言って、凛は手を差し出す。
雛はそれにキョトンとして、凛を見た。
凛は彼女の反応に、ニカッと笑う。
「失恋仲間だし、なんか、お互いの力になれることがあったら、協力していこうよ」
「……榊野雛、です……」
雛はそう呟いて、凛の手を握った。
凛はそれに笑い、手に持っていた煙草を地面に落として、足で踏みつけた。
「それじゃあ、お互い片思い歴も長そうだし、あの二人が来るまで、駄弁っていようか」
「……私は凛さん比べたら短い方だと思いますけど」
「いやぁ、中身は私より濃そう。それに、語ってスッキリしちゃえば、なんでもいいからさ」
「……そういうものですか?」
「そういうものですよ」
ケラケラと笑いながら言う凛に、雛も釣られて笑う。
それから、優と泪が戻って来るまでの間、二人は失恋トークに花を咲かせた。




