第5-5 重い
「んッ……」
初めてのキスは、塩っぽい味だった。
海だからか、それとも……雛が、泣いているからか……。
「雛……」
「優。ずっと一緒にいよ? 私と一緒に……ずっと……」
そう言って、雛は私の体を抱きしめようとした。
私は、咄嗟に彼女の体を突き放し、距離を取った。
拒絶されたからか、雛は、すごく悲しそうな顔で私を見ていた。
「優……なんで……!」
「ごめん……私、好きな人がいるから……」
私の言葉に、雛は目を見開く。
彼女が私を好いていることは、とっくの昔から知っていた。
でも、別に実害が無ければどうでもいいやと、ずっと放置していたのだ。
けど、好きな人が出来て、告白してしまった今ではそうはいかない。
「好きな……人……?」
「うん……」
「それって、もしかして……影山さん……?」
「……うん……」
返事をした瞬間、胸が締め付けられるような感覚がした。
でもきっと、彼女の方が胸は痛いと思う。
だから、私のこの程度の痛み、どうということはない。
「……でも……」
「……私が今日ここにいるのはね、泪が原因だったりするんだ」
「へ……?」
不思議そうに聞き返す雛に、私は顔を上げる。
言わないと……ちゃんと、伝えないと……。
「実は昨日、泪に告白して……―――」
そこまで言った時だった。
雛に胸ぐらを掴まれ、砂浜に押し倒されたのは。
「カハッ……!?」
「なんで!? なんでなの!? 優、私を見てよ! 私だけを見てよ!」
叫ぶ。少女は泣きながら叫ぶ。
それに、私は答えることができない。
あまりに唐突だったから、思考が追いつかないのだ。
「ひ、雛……!」
「なんで……なんで、私を見てくれないの……私を愛してよ、優……私だけを……」
そう言って、ポロポロと涙を流す雛。
彼女の涙は重力に従って、私の顔に当たる。
「雛……」
「……私を愛してくれないなら……死んで」
その言葉に、私は息を呑む。
思考を整理するよりも前に、雛は、近くに落ちていた彼女の鞄に手を突っ込んだ。
少しして、カッターナイフのようなものを取り出すので、私はさらに血の気が引くのを感じた。
「雛、待って!」
「優を殺して、私も死ぬ……そうすれば、私達はずっと一緒だもん……そうでしょ? 優」
恍惚とした笑みを浮かべながら言う雛。
これはまずい。色々とまずい!
なんとかもがくが、彼女の体重で少しずつ砂浜に体は埋もれ、上手く身動きが取れない。
ここまで彼女の愛が重いなんて知らなかった。ここまで彼女を追いつめていたなんて知らなかった……!
もがく私を見つめながら雛は笑い、カチカチと刃を出す。
「ッ……!」
「優……愛してるよ……」
そう言って雛は笑い、カッターナイフを振り上げ、そして……―――
「はい。そこまで」
―――その時、そんな声が聴こえ、雛の腕は後ろから現れた女性によって掴まれた。




