第5-4 逃避
<優side>
白い波が砂浜を削っていくのを眺めながら、私はため息をつく。
学校を休んでまで、なんでこんな場所に来ているのだろう……。
ただ、泪と顔を合わせる勇気が無くて、気付いたら、人に聞いてまで駅に向かっていた。
金は無かった。でも、なんとなく、電車で一人旅をしてみたい気分だったのだ。
しかし、切符を買うには金がいる。
そんなものに金を使う余裕など我が家にはない。
駅で困っていた時、私に天が味方してくれたのか、その時通勤ラッシュで混みあっていたからか、とあるサラリーマンが定期券を落としてくれたので、遠慮なくそれを使わせていただいた。
そして、偶然なのか否か、その定期で行ける駅は、私が高校一年生まで住んでいた街だった。
久々に来た街を彷徨っている内になんとなく砂浜まで来て、どうせすることもないからとここに腰を下ろして波が白い砂を攫って行くのを見続けて、今で何時間になるのやら。
自業自得かもしれないが、この季節の海は物凄く寒い。
そういえば、海に来たのは、小学六年生以来かな。
小学生の頃はまだ家はそこそこ裕福だったので、よく母と二人で来ていた。
父は仕事で忙しかったし、休日に家族サービスをするような性格では無かったから。
中学生になってからは母が忙しかったので、こういう外出自体ほとんどしなくなった。
久しぶりの海に、こんな理由で来たくは無かったな……。
「優!?」
そう考えていた時、背後から名前を呼ばれた。
聞き覚えのある声に、私は慌てて振り向く。
「雛……!」
「何してるの? こんな場所で……学校は?」
その言葉に、私は言葉を詰まらせる。
すると、雛は呆れたように笑って、私の隣に座る。
「……制服に砂付いちゃうよ」
「良いよ」
「……ここ、結構寒いよ」
「寒くないよ。だって、優が傍にいるから」
そう言って雛は私に肩を寄せてくる。
彼女の体温が伝わって、そこだけ僅かに温かくなる。
「……そっか……」
「えへへ……」
私が拒絶しなかったからか、雛は嬉しそうに笑って、さらに身を寄せてくる。
多分、出会ったばかりの頃の私なら、動揺の一つでもしたんだろうな、と、なんとなく考える。
今では、強いて言うなら、少し暖かいなぁ程度だ。
「……なんか、恋人みたいだね。これ」
そう照れながら言う雛に、私の動きは止まる。
恋人……私は泪のことが好きなのに、こうして、他の子と……。
そう思っていた瞬間、血の気が引いて、私は飛びのくように雛から距離を取る。
私の避け方があまりにもあからさまだったせいか、雛が悲しそうな顔をする。
「あ、いや、違うの雛。これは……」
「……優は、私のこと嫌い……?」
掠れた声でそう聞かれ、私は動きを止める。
それに、雛はゆっくりと私に近づき、優しく私を抱きしめた。
胸にちょうど顔が当たって、雛の鼓動が、ほとんど直接聴こえてくる。
「っ……」
「私は好きだよ……優のこと……誰よりも……」
頭上から降って来た声に、私は息を呑んだ。
雛はゆっくり私の体を離して、私の頬に手を当てて、微笑んだ。
「世界で一番、愛しているよ……優……」
そう言って雛は……―――私の唇を奪った。




