第5-1 資格
「おかえり~。すごい遅かったじゃん。こんだけ遅くなるならいっそ泊まって来ても良かったのに」
悪戯っぽく笑いながら言うお姉ちゃんに返事をする気力も起きなくて、私は、彼女を無視して階段を上り、自分の部屋に籠った。
……これからどうすれば良いんだろう……。
暗い部屋の中で一人クッションを抱きしめながら、私は心の中で呟く。
正直、優が私のことを好きなのはすごく嬉しい。
でも、あんな過去を抱えているなんて知らなかった。
あの過去を知ってしまった今、優と付き合うのが自分で良いのか、と迷ってしまう。
彼女を幸せにできる自信が無い。
……私なんかに、優と一緒にいる資格なんて無いよ。
それなら、まだ、榊野さんとかの方が……。
「泪……」
その時、扉の外側から声がした。
お姉ちゃんの声だ。
「……何?」
「入っても……良い?」
「……やだ」
「そっか」
お姉ちゃんの声に、私はクッションを抱きしめる力を強くした。
すると、扉の向こう側から、布が擦れるような音がした。
……まるで、扉の向こう側で、お姉ちゃんが座ったような。
「お姉ちゃん……?」
「……優ちゃんと何かあったの?」
その言葉に、私は言葉を詰まらせる。
でも、やっぱり、誰かに話したい気分だったのかもしれない。
気付いたら、私の唇はゆっくりと開き、震える声で言葉を紡いでいた。
「今日……優の過去を……聞いたの……」
「……過去?」
「うん……すごく悲しくて、辛くて……その後で告白されたんだけど、その……私なんかが優のことを幸せにできるわけないって……思って」
「……」
「お姉ちゃん……私、どうすればいいのかな……」
そう弱音を吐いた時、私は、自分の目から涙が溢れるのが分かった。
頬を伝った涙は、クッションに落ちて染みを作る。
「……じゃあさ、私と付き合う?」
「へ……?」
突然聴こえたその言葉に、私は顔を上げる。
扉越しだから、お姉ちゃんの表情が分からない。
でも、開けて、確認する勇気が出ない。
「付き合うって……どういう……」
「……言わなきゃわからないほど、泪は馬鹿じゃないって思ってるんだけど」
「……」
何も言えなくて、私はクッションに顔を埋めた。
なんだろう、この状況……なんか、色々ありすぎて、頭がこんがらがりそうだった。
「……ずっと好きだったよ、泪のこと。妹としてだけじゃなくて……女の子として」
「……」
「ははっ、私、姉失格だなぁ……この気持ち、一生閉じ込めるつもりだったのに」
「なんで、私なんかを……」
「……好きになる人はね、選べないんだよ」
お姉ちゃんの言葉に、私は俯いた。
その時、ゆっくりと扉が開き、優しく微笑むお姉ちゃんが入って来た。
「お姉ちゃん……」
「……もし優ちゃんを諦めるなら、私と付き合ってよ……泪を想ってきた時間なら、誰にも負けないよ?」
「無理だよ! だって、私は優が好きだから!」
そう答えた時、私はハッとする。
お姉ちゃんはそれに、クスクスと笑った。
「ホラ、それが答えじゃん。泪の」
「……もしかして、お姉ちゃん、これを気付かせたくて……?」
私の言葉に、お姉ちゃんは少し目を見開いた後で、クスッと笑った。
「勘の良いガキは嫌いだよ」
「……ありがと」
私はそう呟くように言って、お姉ちゃんの横を通り過ぎようとした。
その時、肩を掴まれた。
「流石に今から行くのはダメ。外も暗いし、危ないよ」
「でも……!」
「……明日も学校あるでしょ? だったら、そこで伝えれば良いじゃん。泪の気持ち」
「ね?」と言って笑うお姉ちゃんに、私は少し迷ってから、頷いた。
「うん……分かった」
「よし。それじゃあお風呂入って、明日に備えてさっさと寝よう」
ニカッと笑いながら言うお姉ちゃんに、私はもう一度頷いた。




