第4-10 楽しみ
泪の匂いはすごく良い匂いで、彼女の体は柔らかくて……。
初めて触れた彼女の体は、すごく、愛おしかった。
とはいえ、風邪の熱のせいで朦朧としていた意識はそのまま途中で潰えて、あっさり私は眠ってしまった。
次に目を覚ましたら、そこには泪がいてくれた。
どれくらい眠ってしまっていたのかは分からない。
でも、泪がいたことがただただ嬉しくて、私は顔を綻ばせた。
「あ……影山さん、いてくれたんだ……」
「えっと……」
私の言葉に、泪は困惑したような声を漏らす。
それでもいい。今は、泪が近くにいてくれているから。
そう思っていた時、ドアが開いて、母さんが入って来た。
話を聞いた感じだと、どうやら泪が鞄とかを外に置いたままだったようで、母が置きっぱなしにするなと注意していた。
しかしなんでまた置いたままに……と少し考えた所で、私は気付く。
もしかして……私のせいか!?
とはいえ、泪もそこまで気にしていない様子だったので、ひとまずなんでここまで来てくれたのかを改めて聞いてみた。
すると、どうやら学校からの書類があったらしく、それと、ついでに服も返してくれるようだった。
しかし、いざ服を入れたビニール袋を出した時、一緒に弁当箱のようなものが転がり出た。
泪は隠すように慌てて拾うが、落ちた時の音とかで中身があるように感じた。
学校からの帰りなら、弁当の中身はすでに空なハズなんだけど……。
「それ……弁当箱……? まだ中身ある気がするけど……」
私がそう聞いてみると、泪は困ったような表情で固まる。
え、まさかと思うけど何かヤバいものが詰まってたりするの?
そう少し焦った時、彼女がようやく口を開いた。
「えっと……あの、その……茂光さん、いつも、ご飯少ないから……お礼を兼ねて、作って来たんだけど……」
「えっ!? 影山さんの手作り弁当!?」
まさかの展開に、私は飛び起きる。
その瞬間、頭が熱く、痛くなって、私はすぐにベッドに倒れ込む。
いやいやそれどころじゃない。私はゆっくり起き上がり、泪を見つめた。
「ね、その手作り弁当、くれるんだよね?」
「えぇ……? た、食べたいなら……」
「食べる食べる!」
食べないなんて選択肢はない。だって、好きな人の弁当だぞ?
やがて箸と一緒に渡された弁当を開けてみると、そこにはすごく美味しそうな弁当があった。
それに、私は「ふわぁ……」と声を漏らした。
「これ全部食べていいの!?」
「い、良いよ……茂光さんのために、作ったんだし……」
「いただきまーす!」
泪の返事を聞くなり、私はすぐに食事を開始した。
なんていうか、久しぶりに飯を食べたくらい感動した。
いや、食事自体は毎日してるんだけど……普段食べているのは母がパート先から貰って来た余り物だとか、手料理でも質素なものばかりで、心の底から美味しいと思えるものがなかったのだ。
おまけに好きな人が作ってくれたものだからか、余計に美味しく感じさせる。
感想を述べようとした時、泪がスマホを見て何やら絶望しているのが目に入った。
「モグモグ……ん? どうしたの? 影山さん」
「あぁ、いや……姉さんから、電話がたくさん、来ていたみたい。そろそろ、帰らないと……」
「本当!? あ、じゃあ、この箱は……明日、絶対風邪治して、この箱洗って持って行くからね!」
「無理しなくても良いよ……」
無理しなくて良いって……無理なんてしてないもん。
私がついムスッとしてると、泪は少しだけ笑った。
それに、私も笑って、箸を一度置く。
「でもすっごい美味しい! また作って!」
「……ありがとう」
少しだけ嬉しそうに言う泪に、私も笑みを浮かべた。
それから泪は帰り、私はしっかり弁当を完食した。
明日、絶対に風邪を治して弁当箱を返すんだ。
そう思ったら、なぜかすごく、明日が楽しみになった。




