第4-8 傷だらけ
そんなグダグダ続いていた私と泪の関係に、転機が訪れる。
それは、とある日の放課後のことだった。
突然の豪雨に襲われた私達は、ひとまず、泪の家より私の家が近いことを知ったので、彼女を連れてひとまず家に連れて行った。
正直、彼女を濡らさないためにしたことだが、ブレザーを貸したり、家に入れたりと、正直緊張を押し殺すのが大変だった。
とはいえ、なんとか自然に部屋に入れ、ひとまず風邪を引かない内にと着替えている時に、事件が起きたのだ。
「うん? どうしたの? 影山さん」
着替えていた時、やけに視線を感じたので見てみると、泪が私をすごくガン見していたのだ。
試しにそう聞いてみると、彼女はすごく狼狽えた様子で、「だ、だって……」と言いながら私の腕を見た。
そこで、私は彼女が何を見ていたのかを知ってしまい、慌てて腕を背中に隠した。
そう、彼女が見たのは、私が自分への戒めに傷つけ続けた腕だったのだ。
よく考えれば、私は色が白い方だから、腕の傷はかなり目立つのだ。
でも、雨で濡れたことと泪と二人きりという状況から、油断していたのだ。
落ち着け、私。冷静沈着に……。
「……影山さん……腕に傷がある子は、嫌い?」
口を割って出たのは、そんな言葉。
落ち着け。どういう誤魔化し方だ、これは。
本当の自分を出せつつある状況は喜ばしいことかもしれないが、今はむしろ、嘘の自分で偽りたい。
でも、泪の前だと、仮面が崩れるんだ。
本当の自分が、出るんだよ。ボロが、出るんだ。
「えっ……と……」
困惑した様子の泪に、私は焦る。
あぁ、もう、ダメだ。どうすれば良いのか分からないよ。
私は泪に……どうしてほしいんだよ。
「じゃあ、もう少しだけ分かりやすくしようか」
「影山さんは私のこと……嫌い?」
そう言った瞬間、私は後悔する。
もしこれで、嫌いだと答えられたらどうするんだ。
もし泪に離れられたら、私はもう二度と、誰も愛することができないような気がする。
でも、気になったんだ……。
泪が私を、どう思っているのか。
「……分からない……」
やがて、そう返される。
分からない……それはつまり、好きかもしれないし、嫌いかもしれないということで。
落胆が面に出てしまっていたのか、泪は慌てて「あ、でも……仮に嫌い、だとしても、それに、その……傷のことは、関係ないよ……」と否定してくれた。
……優しい子だ、この子は。
でも、気遣いの仕方が少し、下手だな。
……いや。少し不器用なくらいがちょうどいい。
その方が、自分を出せてるんだなって思うから。
「……そっか……」
なんとかそう声にする。
これ以上何か言っていても、自分が傷つくだけな気がする。
ここは適当な所で区切った方が良いか。
「そういえば、影山さんはどうやって帰るの? 外、まだ雨降ってるけど」
なんとか笑顔でそう言っておいた。
それから泪は、姉に電話して、迎えに来てもらうように頼んでいた。
泪のお姉さんが来るまでの間暇なので、何か話そうとは思った。
でも、あんなやり取りの後だと、何を言えば良いのか分からなくて。
「影山さん」
気付いたら、そんな風に名前を呼んでいた。
こちらに振り向いた泪に、私は笑顔の仮面を被る。
あぁ、少しぎこちなくなったかな……まぁ良いや。
何か話題を……何か、話さないと……。
「私のこと嫌いなら、無理して付き合わなくても良いよ」
口を割って出たのは、そんな嘘。
自分でも驚いた。何を言っているんだ、って、思った。
結局私は、どんなに仮面がボロボロになっても、自分に嘘をつくしかないんだ。
「拒絶してくれても構わないし、私はそれでも平気だから。……だから、無理して一緒にいてくれなくても良いから」
……泣きたくなった。
結局私は、嘘つきでいることしかできないんだ。
所詮、この程度なのだ。
それから、泪のお姉さんが迎えに来て、彼女は帰って行った。
遠ざかっていく車を自室の窓から見届けながら、私は静かにため息をついた。
「……また失敗だ」




