第4-5 無関心
好きの反対は無関心。そんな言葉を聞いたことがある。
もしこの言葉が正しいのであれば、私の周りには、好きと反対の位置にいる人形ばかりということになる。
特に……雛。
雛は、あれからさらに、自分を偽った。
あんな笑顔を浮かべる子じゃなかったのに。あんなに自分を偽る子じゃなかったのに。
私の中で、彼女はすでに、どうでもいい存在になっていた。
彼女も他の奴等と同じ、お人形になってしまったから。
もうどうでも良かった。私のことを愛しているなら勝手にしろ。そんな感覚だった。
「雛、最近変わったよね~。どうしたの?」
「―――――」
「へぇ~。良いと思うよ。すごく可愛い」
相手の言った言葉なんて、少しも頭に残らずに消えていく。
返事なんて、ほとんど条件反射。相手が喜ぶ言葉選びなんて、とっくの昔に身につけた。
ただ笑って、人を喜ばせて、自分の近くに置いておけばいい。
最早、何もかもがどうでも良くなっていた。
しかし、二学期から、私を孤立化する動きが広まり始めた。
別に周りから人形がいなくなるのはどうでもいいのだが、母に心配させるかもしれないことだけが気がかりだった。
まぁ、隠せば良いのだが、問題は先生がそのことに気付き、母に話すこと。
あの母なら、転校させるという選択肢を迷わず選ぶだろう。そうなれば、きっと、引っ越しだってすることになる。
……現時点での経済事情を考えると、引っ越しはかなりまずい……。
私ならたとえどんなに貧乏になっても、母のためなら我慢できる。だが、彼女はきっと、それを許さない。
娘に無理をさせないために、たとえ自分の体を壊してでも、働くだろう。
今ですらそうなのだ。もしこれが悪化したら、過労により体調を崩し、最悪の場合、死……―――。
……考えるだけでも恐ろしい。
そんな最悪の結末だけでも避けなければ。例え、自分を騙し続けることになろうと。
不幸中の幸いか、雛だけは、なぜかずっと私の傍にいた。
雛とずっと一緒……雛が自分を偽るようになるまでの私なら、きっと喜んだだろう。
今では、母に孤立していることがばれる可能性を少しでも減らせる道具にしか見えない。
最低だと罵ってもらっても構わない。これが私だ。
それでも、二年生になるまではただ私を孤独にする程度だったから、まだ良かった。
雛がいたから、その孤立化に気付かれる心配も無かったし。
しかし、二年生になってから、本格的なイジメが始まった。
最初は文房具とかがたまに無くなることからだった。正直、無駄な出費が増えるからやめて欲しいのだが……。
まぁ、百均で済んだので良かったけれど。
この時期ほど百均の存在に感謝したことはないなと、今でも思う。
しかし、少しずつイジメはエスカレートしていった。
上靴だとか体操服とかがゴミ箱に捨てられるのは日常茶飯事。
あからさまなやつだと、机が廊下に出されたり、教科書がズタズタにされたりもあったか。
教科書ズタズタは流石に先生にもばれた。
流石に私の責任ではないので金は出さずに済んだが、母にはかなり心配された。
「学校で苛められてるんじゃないの?」
「そんなわけないじゃん。ただの事故だよ、事故。誰かのせいにしておけば、お金出さなくて済むかなぁって思ったから先生にはそう話しただけ」
下手くそな嘘。でも、こうして騙さないと、余計に心配させるから。
でも、やはり母に心配させてしまったのは正直辛かった。
どうしようか迷った挙句、私は、自分の腕を傷つけた。
それは戒めだ。
もうこれ以上、母に余計な心配を掛けないように。
しかし、イジメは止まない。むしろ、どんどん悪化していった。
私はできるだけ証拠隠滅を謀ったが、すぐに教師にばれ、その度に母を誤魔化した。
何度も転校の話を持ち掛けられたが、私は全て断った。
ただあの教師が大袈裟なだけだから。イジメなんかじゃないから、と。
そういう日の夜は、やっぱり自分を戒めた。
なんで上手くできないのか。なんでもっとうまく、人を騙せないのか。
……嫌いだ。
母を心配させる自分が嫌いだ。父と違って上手く人を騙せない自分が嫌いだ。
そんな思いを全て、自分にぶつけた。大量出血で死なないかなって思った。思っただけ。
三年生になると、机やら椅子に悪戯されるようになった。
流石にこれは担任にバレるのでは、と危惧したが、不幸中の幸い、その年の教師は無難に済ませようと思ったのか、イジメは見て見ぬふりをしてくれた。
教科書とかは事故で済ませてくれて、無償で教科書をくれた。
……これを幸いだと考える私が、すでにおかしいな。
高校は、公立の地元で一番偏差値が高い所にいった。
驚いたのは雛も同じ学校に来たことか。あとは同じ中学校の奴等が数名。
まぁ、それはいい。ハッキリ言ってどうでもいい。
問題は、イジメが高校に行っても続いたことか。
予想はしていたけれど、別に良いかなって思った。母に心配させなければ、それで。
高校の教師は中学時代以上にイジメには無関心だったので、母に心配させる必要が無くて助かった。
このまま普通に勉強して、無難に卒業できれば、それで良かった。
しかし、一年生の終わり頃、事件が起きる。
私の人生を左右する、大きな事件が。




