第4-4 一体増えた
私の中で、雛の存在は徐々に大きくなっていた。
雛は、私と同じだった。私と同じで、誰も愛していなかった。
ただ、彼女は私と違って、自分を偽ることはしていなかった。
きっと、そこに惹かれたのかもしれない。
周りの人形は皆、毎日自分を偽っている。私みたいに、嘘の自分を作り上げて、無理に話を合わせて生きている。
しかし、そんな私と違って、雛はぶれなかった。
弱くて、人と関わることが苦手な雛。でも、だからって自分を偽ろうとせずに、毎日本当の自分で接してくれる。
彼女と一緒にいれば、私も、本当の自分を取り戻せるような気がしていた。
でも、私は本当の自分を取り戻したいと思うのと同時に、自分を偽ることがやめられずにいた。
すでに、それは私の中で、息をすることと同意だった。
本当は雛とずっと一緒にいたい。雛の傍にいることが、一番、本来の自分を取り戻せる手がかりになる気がしていたから。
しかし、それとほぼ同時に、私は他の人にも優しくしていた。
他の人形になんて興味ない。でも、そうしないと、私の友達が雛一人ということになる。
そうなったら、母が心配してしまう。
ただでさえ、父の収入が無くなった上に、引っ越しなんてしたおかげで、現在、我が家の経済事情は非常に危うい状態にあるのだ。
母の精神面はすでにボロボロ。そんな中で、娘が急に友達を作れなくなったりしたら、変な心配をさせてしまうかもしれない。
だから、私は他の子にも仲良くはした。でも、やっぱり雛といる時が一番癒されるような気がした。だから、雛とはできるだけたくさん一緒にいるようにした。
しばらく経つと、雛が私に、私が雛に向けている感情に似たものを抱くようになった。
それは純粋に嬉しかった。ただ、雛が好きな私は、結局嘘で塗り固められた私でしかなかった。
雛ならきっと、いずれ本当の私を見せても、受け入れてくれる。
彼女の愛に応え、私の愛を満たすのは、その後でも遅くはないだろう。
……そう、暢気に考えていたからかな。
「ぇ……」
五月の終わり頃だっただろうか。
雛が、明るく女の子達と話していたのだ。
見た目も変わっていた。三つ編みにしていた髪を下ろし、前髪も切って、かなり可愛らしい見た目になっていた。
最初は単純にイメチェンとかだと思った。
まぁ、彼女だって、友達が私しかいない状況は嫌だろうから、新しい自分になって、友達を作りたいと思うかもしれない。
でも、違った。彼女は私や他の人形みたいに、自分を偽ることを覚えてしまったんだ。
しかも理由は、あくまで憶測の範疇だが、どうやら私のせいのようだった。
だって、イメチェンしたばかりの数日は、私のことをやけに意識していたから。何度こちらに彼女が視線を向けてきたことか。数え切れないほどだ。
ふざけるなよ……。
なんで、お前まで他の人形と同じになるんだよッ!
私は本当の雛が好きだったッ!
不器用で、人見知りで、でも、真っ直ぐな雛が好きだったッ!
でも今じゃもう、その辺の人形と変わらない。私や、私を殴った父と変わらないッ!
「なんで……なんでッ……」
行き場の無い怒りを、私は自分の手首にぶつけた。俗に言うリストカットだ。
折角変われると思ったのに。雛ならきっと、私から、仮面を外してくれるって、信じていたのにッ!
お前も仮面を被ってどうするッ! 偽りのお前を愛せと言うのかッ!?
「ふざけるな……ふざ、けんなよぉ……」
手首から出る赤黒い血を手で押さえながら、私は床に泣き崩れた。
その日から、私の教室に、人形が一体増えた。あと、人間が一人、減った。




