第4-3 自分
雛に出会ったのは、新しく決まった教室に入った時だった。
すでに私の心は歪んでしまったのか、初対面の相手すら、人形に見えていた。
そんな中で、なぜか雛だけ、人間に見えていた。
しかも、彼女は私の前の席だった。
「ぁ……あの……」
なんとか振り絞った声は、かなり掠れていた。
久しぶりに、母以外の『人間』に出会えたのだから。緊張するのも当たり前だった。
しかし、私が声を掛けても、彼女は無反応だった。
「は、初めまして! 私、茂光優って言います! 良かったら私と……」
そこまで言って、私は気付く。
もしかして……聴こえてない?
耳が不自由なのか? いや、もしかしたら、何かに集中しすぎてたりするだけかもしれない。
そう思った私は指を伸ばし、彼女の背中に這わせる。
とりあえず『はじめましてこんにちは』とかで良いか。
「は……じ……め……ま……」
「ひゃう!?」
可愛らしい声をあげた少女は、そう言って私の顔を見る。
綺麗で艶々した黒髪を二つの三つ編みにして、少し長めの前髪の奥で、黒い目がキョロキョロとせわしなく動く。
あ、この子、可愛い顔してる……髪型変えるだけでこれは化けるぞ。
しかし、改めて話そうと口を開いた瞬間、自分の顔に『仮面』が被さるのが分かった。
……あっ……。
「あは。やっとこっち見てくれた」
……あぁ……。
偽ることに慣れて、ほとんど条件反射になっていたのかもしれない。
気付いたら、私はヘラヘラと笑いながらそんなことをのたまっていた。
「ずーっと声掛けてたのに全然こっち見てくれないんだもん。えっと、耳が聴こえないとかではないんだよね?」
「あ、ごめんごめん。えっと、こういう時は……」
違う。こんなことを言いたいんじゃない。こんなことがしたいんじゃない。
私の意志とは関係なく、口は勝手に動き、ペラペラと語る。饒舌に。
何がしたい。私は一体、何がしたい。
もう、自分でも、わけがわからないよ。
「あっ! もしかして隣の席!?」
なんとか雛との会話を遮って、私は自分の隣の席に座った女子生徒に話しかけた。
あーあ、やっちゃった。
気付いたら私は、息をするように自分を偽るようになっちゃったんだ。
でも、せめて雛にだけは……本当の自分を見てほしい。
もしかしたらその時私は、雛のことを、愛していたのかもしれない。
そして、その愛には応えて欲しい。雛にも、私のことを愛してほしかった。
それなら、彼女に見てほしいのは、誰からも好かれる仮面をかぶった私じゃない。
本当の私を見て、そして、愛してほしかった。
しかし、小学生の頃から被っていた仮面を今更外すことは出来なかった。
すでに、笑顔で偽ることに慣れ過ぎて、もう、本当の自分の見せ方すら忘れていたのだ。
……誰か……。
……本当の私を……見つけてください……。




