第3-9 昔話
「それじゃあ、本日はありがとうございました。すごく美味しかったです」
食事を終え、少し雑談をした後で、優はそう言った。
それに、お母さんは「また来てね」と嬉しそうに言う。
その時、背中を軽く押された。振り向くと、そこにはお姉ちゃんがいた。
「お、お姉ちゃん?」
「家まで送って行きなさいよ。もう夜8時回ってるし、優ちゃん一人じゃ危ないよ?」
「帰り道は私一人なんだけど……」
「んー……なんとかなるなる」
「あのねぇ……」
何か言い返してやろうと思った時、お姉ちゃんは私の耳に口を寄せ、小声で何か言ってくる。
「優ちゃんのことが好きなんでしょ? だったら、少しでも長く一緒にいて、優ちゃんが泪のことを好きになるように、頑張って行動しないと」
「……」
確かに、言われてみれば正論かもしれない。
口を噤んだ私を見てお姉ちゃんは微笑み、私の背中を押した。
「えっと……わ、私が、送ります……」
私の言葉に、優は、少し驚いたような表情を浮かべてから、優しく微笑んだ。
「よろしく。泪」
とはいえ、いざ二人きりになってみると、やはり緊張して、上手く言葉が出てこない。
しかも、今日は私の家から優の家に行く道。
初めて歩く道が、さらに、私の緊張を助長する。
「それにしても、ホント、良い家だよね。泪の家って。まず一軒家なのが良いよ。あと、お母さんもお姉さんも明るい人だし……」
そんな緊張する私を他所に、優はさっきから私の家を褒めまくっている。
いつもそうだ。優にばかり話させて、私は相槌を打つだけの、簡単なお仕事。
結局、いつもとそんなに変わらずに、優の住むアパートに着いてしまった。
「えっと、それじゃあ、私はこの辺で……」
「……泪」
名前を呼ばれた。
顔を上げると、真剣な顔で私を見ている優の姿があった。
「優……?」
「泪……上がっていきなよ」
その言葉に、私は心臓が止まったような気がした。
返答に困っていると、優は、少し迷う素振りを見せた後で、小さく口を開いた。
「私ね……泪に、秘密にしてたことが、たくさんあるんだ……」
「……」
「二人でゆっくり……話がしたいの」
その言葉に、まるで引き寄せられるように、私は優の部屋に上がった。
お姉ちゃんには、帰りが遅くなることだけ電話で伝えた。
反応は覚えてないけど、多分、ニヤニヤした感じの反応だと思う。
優の部屋に案内された私は、床に二人で胡坐をかいて向かい合った。
「それで、えっと……何の用で……」
「そうだなぁ……何から話そうか……」
顎に手を当てながらそう呟いた優は、やがて、フッと顔を上げて言った。
「じゃあとりあえず、私が小学校の頃のお話から……」
それから始まったのは、誰よりも優しい少女が、誰よりも、誰かを愛したかっただけの……昔話。




