第3-1 彼氏
バスから降りた瞬間、肩から一気に力が抜けた。
脱力感が体から溢れだし、短いようで長かった宿泊研修が終了したことを体感する。
「優は、帰りは、歩き?」
「うん、まぁね。泪は?」
「私は……」
「泪~!」
遠くから聴こえた声に、私はビクッとして、視線を向ける。
そこには、車から降りてこちらに手を振っているお姉ちゃんの姿があった。
迎えに来てくれるのは嬉しいけど、せめてテンション落としてよ……。
「泪……あの人は?」
「……私のお姉ちゃん。なんであんなテンションで……」
「泪~。おかえり~!」
そう言うとお姉ちゃんは私を抱きしめる。
く、苦しい! 主に息が!
押し返そうとしていた時、お姉ちゃんは優に背を向ける形にして、耳元に口を寄せてくる。
「ところで泪……彼は何? 彼氏?」
「彼……って、もしかして優のこと?」
「へぇ~……優君って言うんだ~」
お姉ちゃんの言葉に、私は優に視線を向ける。
なるほど。体操服を着た優は男にしか見えないから、男で、しかも彼氏だと思ったわけか。
……なんでだよ。
「お姉ちゃん……何か勘違いしてるみたいだけど、優は女の子だよ?」
「えっ?」
「あ、えっと……茂光優です。泪とは、友達で……」
優の言葉に、お姉ちゃんは「茂光……?」と首を傾げ、やがて「あぁ!」と声をあげた。
「茂光さんかぁ! 泪から話は聞いてるよ! あ、私は影山 凛。泪の姉です」
お姉ちゃんの自己紹介に、優は「あぁ、泪のお姉さん」と言って微笑んだ。
私はなんとか肩を掴んでいるお姉ちゃんの腕を離し、距離を取る。
「にしても、それにしても、そっかぁ。貴方が茂光さんねぇ……。思ってたよりボーイッシュだけど、確かに優しそう。名前の優は優しいの優?」
「はい、まぁ……でも優しくは……」
「いやいや。泪はすごく優しいって言ってたよ?」
「ちょっとお姉ちゃん!」
そういうことを話しているのを言われるとすごく恥ずかしい。
私が顔を赤くしながら咎めると、お姉ちゃんは「冗談だって」と言って笑った。
「あはは……嬉しいですけど、多分気のせいですかね」
しかし、優はそう言って爽やかに微笑んだ。
それにお姉ちゃんは「そうなの?」となぜか私を見る。
いや、私に聞くな!
「まぁいいや。そうだ。優ちゃんは迎えは?」
「あ、いえ……母は……あっ、母も、父も忙しいので、歩いて帰ります」
「そうなの!? 疲れてるでしょう。家まで送ろうか?」
「ありがとうございます。でも、すぐそこですし、体力には自信がありますから、遠慮しておきます」
「そぉ?」
不満そうに聞くお姉ちゃんに、優はもう一度頷いた。
「そっか。じゃあ、気を付けて帰ってね」
「はい。じゃあ、泪。バイバイ」
そう言って手を振る優に、私も振り返す。
それから私はお姉ちゃんの車に乗り、家に向かって走り出す。
窓の外を眺めながら、私は右手を何度か握り締め直す。
深呼吸をして、気持ちを落ち着かせる。
……よし。
「ねぇ、お姉ちゃん……」
「ん~? なぁに?」
「私……女の子を好きになっちゃったかもしれない」
そう言った瞬間、お姉ちゃんはブレーキを強く踏んだ。




