第2-11 無意識
それから、一か月ほどの月日が経った。
優と仲良くなっていく過程で、雛は、優の話を色々聞いた。
どうやら優は家庭の事情により引っ越して来たらしく、小学校での知り合いは一人もいないと聞かされた。
その時、最初雛は、自分と同じだと少し喜んだ。
自分も元の学校での友人がいなかったから。
しかし、優と雛は根本的に違った。
コミュニケーション能力に多大な問題を抱えている雛と違い、優は明るく、色々な人と友達になり、気付けば、クラスの中でも中心的な人物になっていた。
友達が増えれば、当然雛と話す機会も少なくなる。
もちろん、一番に仲良くなった相手だからか、多少は他の人より話す機会も多い部類だと思う。
とはいえ、自分以外のクラスメイトと話す優に、無意識の内に雛は、ヤキモチを抱いていた。
「なんなんだろ……この感覚……」
図書室からの帰り。
小説を胸に抱くように持ちながら、雛は呟く。
ふと顔を上げた時、とある光景が目に入り、雛は足を止めた。
そこには、優がいた。
優は大量のワークブックを抱える女子生徒と何かを話し、少しして、女子生徒から優は3分の2ほどのワークブックを受け取った。
それに女子生徒は微笑み、恐らくではあるが、「ありがとう」と言った。
二人のやり取りは、まるで少女漫画にあるような感じで……それに気づいた瞬間、雛の中で嫉妬の炎が燃え上がった。
―――何、この感覚……胸が痛くて、体が熱い……。
胸の辺りを押さえようとした時、気付いたら、その手にはスマートフォンを握り締めていた。
その廊下は元々人通りが少ない場所なため、幸い、教師は通っていない。
―――ポケットに入れっぱなしにしていたんだ……。
雛達が通う学校は、中学校にしては校則などが緩い。
スマートフォンも、持ってくることは原則として許されており、電源を切って鞄に入れておけば良いという。
……最も、それを素直に守る生徒などいるはずもなく、ほとんどの生徒は昼休憩など教師の目が届かない場所でコッソリ弄ったりしている。
雛の場合は、基本的に校則は守っていたのだが、この日は登校中に家族と少し電話したため、そのままポケットに入れたままだったのだ。
無論、雛はすぐにポケットに戻そうとした。
しかし、震える指は意志に反して動き、カメラ機能を立ち上げる。
―――大丈夫……一枚くらいなら、バレないから……。
自分でもよく分からない欲望が、胸中から溢れ出る。
彼女の指を止めるものなんて何もない。
気付いたら、雛は無音カメラで……優の写真を撮っていた。
「あはは……はは……」
乾いた笑みが、口から零れる。
雛はすぐにそのスマートフォンをポケットにしまい、小説を胸に抱えて、逃げるようにその場を離れた。
興奮のような、罪悪感のような、背徳感のような。
言葉に言い表せない感情が雛の心の中を駆け巡り、彼女の走りを速める。
やがて、女子トイレの奥の個室に閉じこもった雛は、ゆっくりスマートフォンを開く。
震える指で開かれた画像には、まるでこちらを見て笑っているかのように明るく微笑む優の姿があった。
それを見た瞬間、雛の喉の奥からは奇妙な声が零れ、そのまま床にへたり込む。
「あは……優が、私にだけ笑ってる……」
歪な笑みを浮かべながら、雛はそう呟いた。




