第2-10 榊
「茂光……優……?」
「うん、そう。あ、茂は、葉っぱが茂るとかの茂で、光は、光ね。それで、優は、優しいの優」
一生懸命自己紹介する優の言葉を聞きながら、雛は脳内でその名前を漢字変換していく。
―――茂光優……茂光優……。
何度か頭の中で優の名前を反芻していた時、優しく握られていた手に力がこもる。
「それで、貴方は何て名前なの?」
「え、あ……榊野雛……です……」
「さかきの……? え、待ってどんな漢字?」
「あ、えっと……」
雛は少し迷った後で、書いた方が早いと判断し、筆箱からシャーペンを取り出そうとした。
その時手が滑り、筆箱が落下し、床に筆記用具が散乱した。
「あっ……」
「うわ、結構派手にいったねぇ」
優の言葉に、雛は羞恥心のあまり頬を赤らめて俯いた。
折角初めての友達になるかもしれないのに、幻滅されるかもしれない。
そんな不安感に襲われていた時、カチャカチャと床から音がした。
雛は恐る恐る瞼を開き、その音源の方に視線を向ける。
「ぅえッ!?」
するとそこには、テキパキと筆記用具を拾ってくれている優の姿があった。
彼女の様子に、雛はしばらく呆ける。
やがて、優はニコッと笑って、筆記用具が全て収納された筆箱を雛に差し出した。
「はいッ! もう落とさないように気を付けてね?」
「あ、えっと……ありがとう……」
「良いって良いって~。それで、どんな字書くの?」
キラキラした目で言う優に、雛は顔を赤くしつつ机に『榊野雛』と書いていく。
「へぇ~! 榊って字使うんだ~。カッコいい~」
雛の机に頬杖をつきながら言う優。
彼女の反応に、雛は頷いた。
その様子を見つめながら、優は「良いなぁ~」と零す。
「私もこんなカッコいい苗字が良かったよ~。茂光って、なんかダサいし」
「そんなことないよ……茂光さん、光みたいに明るくて、名前が茂光さんそのものを表してるというか……」
「んなことないって~。あーあ、私も榊野って苗字が良かったなぁ」
そう言って柔らかい笑みを浮かべる優を見ていた時、雛の視線は、少しずつ彼女に釘付けになっていくのが分かった。
周りの喧騒も聴こえなくなって、自分と優だけの世界になっていくような感覚がした。
「あ……優……」
「あっ! もしかして隣の席!?」
顔を上げた優はそう言うと立ち上がり、雛の斜め後ろに座った女子生徒に話しかける。
自分に見せた時と同じ明るい笑みを浮かべながら話す優に、雛は、自分の胸が痛くなる感覚がして、無意識に自分の胸を押さえた。




