第2-3 真剣
「はぁ~……疲れたぁ……」
あれからペンションになんとか辿り着き、先生の話を聞いたり、夕食を食べたりなどをした後で、ようやく入浴するまでほんの僅かな自由時間を与えられた。
このペンションは大きくて、基本二人部屋だ。
二人ぼっち状態の私達は当たり前のように同室にされた。
部屋に入った瞬間脱力したのか、優は畳に寝転がった。
「だらしないなぁ……私達のクラス、確か、入浴の時間、一番早かったハズだから、早く準備して行かないと……」
「えぇー……少しくらい休ませてよ~」
「遅刻したら先生に怒られるよ」
「うぅぅ……」
呻くような声をあげつつ、優はノロノロと起き上がり、鞄から着替えなどを出し始める。
……隙だらけの背中……。
例えば、もしここで私が優のことを押し倒したら……どうなる?
二人部屋だし、声さえ出さないようにすれば、何をしても他の生徒達にバレることはない。
優は、きっと私を拒絶しない。謎の信頼が、そこにはあった。
「泪、何ボーッとしてるの?」
そこで、優は私の顔を覗き込み、そう問うてくる。
私はそれにハッとして、彼女の目を見た。
「あっ……ごめん、考え事……」
「早くしろって言ったの泪なのに~。早く準備して大浴場に行こ?」
「ご、ごめんっ……すぐに準備するから!」
謝罪をしながら、慌てて私は鞄から着替えを出していく。
さっきまでの思考は、何だったのだろうか……。
優を押し倒す? 二人部屋だから誰にもバレない?
そんな問題じゃない。そんなことをしたら、きっと、この友情はぶち壊れる。
それに、そんな欲望を抱くなんて、まるで私が、本当に優のことを好きみたいじゃないか。
「そういえば、お風呂って一緒に他校の生徒もいるんでしょ? やだなぁ……」
私が真剣に悩んでいると、その悩みの種であるタンポポ馬鹿はそうぼやいた。
そんな風に能天気に何か言われると、私の悩みが一気に矮小に見えてしまう。
……って、リスカとアムカをするくらいの病みを経験している彼女に比べれば、私の悩みなんてアリのようなものか。
私はため息をつき、口を開いた。
「ここのお風呂大きいらしいから……ていうかここ、ペンションっていうより、旅館みたい……」
「確かに……でも旅館って言うには小さい気が?」
「ペンションにしては大きい……何なんだろう?」
「うーん……」
そんなくだらない会話をしつつ女湯の方に行くと、すでにそこにはクラスメイト達が集まっていた。
最初、数人から鋭い視線を向けられたが、すぐに逸らされ、私達の存在はまるで最初から無かったかのように全員が会話を再開する。
まぁ、いつものことだよね。
「それじゃあ入りましょう。後から他校の生徒達も来るので、くれぐれも迷惑を掛けないように」
それからしばらくして、女の先生からそんな指示を受けた。
私達はそれに返事をして、更衣室に入り脱衣を開始する。
「あっつ……」
そう言いながら、優は脱衣を開始する。
彼女の裸は一度見たことはあるが、あの時とは状況や私の心情がかなり違うため、結局緊張してしまう。
服を脱ぐ指が微かに震え、心臓が爆音を奏でる。
そんな時だった。
「隣、良いですか?」
背後から聴こえた声に、優は光のような速度で振り返った。
私も無意識に声の主に視線を向ける。
「え……嘘……」
「え、あ……もしかして、優!?」
そこにいたのは、綺麗な黒髪に白肌の、大和撫子を体現したような美少女。
きっと、男子にはモテモテなんだろうなぁ、と思わせるくらいの絶世の美人だ。
彼女を見た瞬間、優の目が大きく見開く。
「えっと……優……?」
私が名前を呼ぶと、ハッとした表情で、優はこちらを見る。
胸の奥がムカムカして、息が詰まりそうなくらいだ。
しかし、なんとか呼吸を整え、私は口を開く。
「あの……その子は……」
「あ、えっとね、この子は私の前の学校で仲が良かった……」
「申し遅れました。私は、榊野 雛と言います。どうか、お見知り置きを」
そう言って、榊野さんとやらは、ニコッと優しく微笑んだ。




