第2-2 タンポポ
「それじゃあ列を崩さないように、しっかりついてきてくださいね」
引率の先生の言葉に、まばらに返事が響く。
私達は二列に並んだ列の最後尾で、テクテクと歩く。
いよいよ登山開始だ。
今日は十キロ程度歩くだけだし、ずっと道路が続くので足場的にも楽だ。
問題は明日だな……登山、嫌だなぁ……。
「いやぁ、良い天気だねぇ」
「そう、だね……」
「んー……おっ」
色々見ていた優は、唐突にアスファルトに咲いていた黄色いタンポポを摘んだ。
不思議に思っていた時、突然私の体は引き寄せられた。
「……!?」
「……うんっ。やっぱりよく似合う!」
その言葉に、優はニカッと笑みを浮かべる。それに、私はしばらく呆然とする。
よく見ると彼女の手には先ほど摘んでいたタンポポが無い。
……まさか……。
恐る恐る、私はポケットから折り畳み式の鏡を取り出して、自分の顔を見る。
案の定、というべきか、私の耳には黄色いタンポポが引っ掛かっていた。
「な……!?」
「泪は見た目が良いから、もう少しオシャレとかしてみれば良いのに。まぁ自然体も好きだけど~」
そう言って、綿毛になったタンポポを摘んで、フーッと息を吹いた。
白い綿毛が空に放たれるのを見ながら、私はタンポポを静かに耳の上から外し、道の脇の土の上に捨てる。
……土に還れ。
「あれ、泪、タンポポは……?」
そんな言葉が聴こえ、私は振り向いてみる。
見ると、青ざめた表情でワナワナと震える優の姿があった。
……えぇぇ……。
「えっと……捨てた」
「なんで!? また拾わないといけないじゃん!」
「は!?」
呆ける私を無視して、優はかなり鬼気迫った表情でタンポポを探し始める。
待って、なんで私にタンポポを飾りたがる。
そう不思議に思いつつも、私のために一生懸命になってるって考えると、少しだけ顔が熱くなる。
ここ最近、ずっとこんな感じだ。
まるで恋みたい……いやいや、相手は女だぞ。
そりゃジャージを着ている今はほとんど男みたいな見た目だけど……でも、制服着ている時でもドキッとする時はあるけど……。
「……優……」
「ん? なーに?」
手に大量のタンポポを握り締めながら、優はそう聞き返してくる。
私はそれに無言で彼女の手を叩いてタンポポを叩き落し、続ける。
「優は、さ……女の子が、女の子を好きになる、って、どう思う?」
「えっ、もしかして泪、私のこと……!?」
「例えばの話だから……」
私が呆れ混じりに言うと、優は「冗談だって」と笑いつつ、地面に落ちたタンポポを拾おうとする。
咄嗟にそれを踏みつけると、明らかにシュンとした表情をした。
しかし、すぐに立ち直ると、キョロキョロと辺りを見渡しながら「そうだなぁ」と口を開く。
「私は別に良いと思うよ。好きになったなら、性別なんて関係無いし」
「……でも……」
「それに……」
そこまで言うと、優はタンポポを一つ摘んだ。
咄嗟に身構えるが、それは綿毛で、白いフワフワしたものがあるだけ。
優はそれに微笑み、フッと息を吐く。
彼女の吐息と風に乗って、綿毛は私の周りをフワフワと飛んでいく。
「……恋なんて、する相手は選べないよ。だから、好きになったなら、自分の気持ちに素直になって、その恋を成就させられるように頑張れば良い……って、私は思うけど」
「……そうなのかな」
私が呟くと、優はそれに頷き、私の頭に手を置いた。
体が強張った時、「綿毛付いてる」と、小さく彼女は言った。
「綿毛って、さっきの……って、優のせいじゃん!」
私がツッコミを入れると、優は爽やかな笑みを浮かべて、私の頭を撫でるようにして綿毛を払っていく。
「よし、大分表情が緩んできたね。考え込むなんて、泪らしくないぞ~?」
「なっ……」
誰のせいだと思って……と言おうとしたところで、耳元に違和感を抱いた。
試しに違和感がする辺りをつまんでみると、黄色いタンポポが一本あった。
「優!」
「くっそぉ、バレないと思ったのに~!」
「このタンポポ馬鹿!」
掴みかかりながら、考える。
優には、好きな人はいるのだろうか、と。
もしいるなら、そうしたら……嫌だな……。




