表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
99/781

3-30 精霊祭 三日目〈Ⅺ〉

 意識が覚醒する前に感じたのは鼻孔に突き刺さる刺激臭。これは……消毒液? 頭の片隅でそんな事を思い浮かべながら目を見開いた。


 頭の芯がぼうとし、思考が上手く定まらない。皮膚一枚下の肉が熱を持ち、脳がゆだっている。ここが何処なのか推理するより、視覚情報から推測すべく周囲へと視線を向けた。


 目が覚めた場所は室内だった。広めの室内にベッドが並べられ、包帯を巻いた怪我人たちが横たわっている。苦し気に呻いたり、寝息を立てているが静寂が広がっている。その群島の隙間を、ランプを持ったヒーラーが患者の様子を伺いながら歩いて行く。網膜に火の残像が焼け付く。


 どうやらここは仮設診療所のようだ。だけど、僕はこの場所に見覚えは無かった。城壁近くの仮設診療所とは雰囲気が大分違う。そもそも何でこんな所で眠っているのだろうか。最後の記憶を引きずり出そうとして一度眼を瞑ると。


 ―――瞼の裏を突き破って吼える赤い龍の姿を幻視してしまった。


「―――っうう!」


 全身に脂汗が滲む。頭のてっぺんからつま先まで全身を貫く恐怖に体が震えベッドが軋む。歯の根が合わず下手くそな打楽器を奏でる。


 そうだ。僕は開戦と同時に突如現れた赤龍と対峙し、オルドに守られ、そして左翼の撤退を守る為に多数の軍勢を相手にバルカンを使って戦い、城壁に辿りついたはずだ。最後に見たのはオルドの顔だった。


 だが、そこから今までの記憶が一切無かった。戦局はどうなった? 龍は死んだのか。そして……他の皆はどうなったんだ? 僕が死んでいない以上、リザとレティは生きているはず。でも、ファルナやオルドたちはどうなった。少しでも情報を集めようと首を動かして反対側を見た。


 何故か窓には内側から木の板が打ち付けられていて外が見えない。その下方にリザとレティが座りながら肩を寄せ合い眠っていた。買ったばかりのコートを毛布代わりに上からはおり穏やかな寝息を立てていた。表情から大きな怪我などはしてないようだが、リザの腹部のあたりが膨らんでいた。何か大きなものを抱えているようだった。


 僕は飛び降りそうになるのを懸命に堪えてそっとベッドから降りる。二人を起こそうとする。だけど、自分の体の違和感・・・に首を傾げる。体の芯に不快な熱が残ったままなのにあまりにも機敏なのだ。木の床に音を立てずに降り立つとスムーズな動作で二人の所にしゃがみ込めた。自分の体なのに自分の体とは思えないほど滑らかな動きだ。気持ちが悪い。


 奇妙な感覚に違和感を抱きつつ、二人の肩を揺すった。


「ふにゅ、……ご、ご主人様!」


「へう……え、目が覚めたの!?」


 寝ぼけ眼が瞬く間に見開かれる。大声で叫びそうになる二人に向けて、静かに囁いた。病室で眠っている怪我人を起こさない様にするためだ。僕の意図を理解した二人は自分の口を塞いだ。そして、二人の青と翠の瞳に涙が溢れと決壊した。手は自分の口を塞ぐのに使っているので涙は頬を滑り、コートに染みを作る。


 僕は咄嗟にベッドのシーツを引っ張ろうかと思ったが、さすがに女の子に自分の使っていたシーツは不潔だと思い止める。泣き続ける少女たちに向かって、ただ頭を撫でる事しかできなかった。


 二人の涙が途切れるまでしばらくの時間を要した。


「ごほん! ……おはようございます、と言うにはいささか時間が外れていますね。ご主人様」


「うん。もう、夜もだいぶ更けたようだね」


 泣き止んだリザが目を赤くしながら誤魔化すように咳払いをする。僕はそんなリザのいじらしさに笑みを浮かべてしまう。だが、彼女に睨まれて明後日の方を向いて誤魔化した。窓から見える夜空は厚い雲に覆われ、星や青い月は姿を隠していた。アマツマラを生きる全ての人の悲しみを洗い流すような雨が窓を打ち付ける。


 僕らはいま、病室を抜けて人の気配が無い廊下に出てきた。どうやらこの施設は平時には学校のような場所らしく、窓の向こう側に運動場が見える。そこではどういう訳か天幕がいくつも設営され夜の闇の中にぼんやりと明かりを放っている。


 そんな時、僕のお腹が鳴った。起きた時には気づかなかったが考えて見れば朝に食べてから何も食事を取っていなかった。すると、リザが背負っていた荷物を下ろした。それはカザネ亭に置いてきたはずのリュックサックだった。彼女の眠っている時の膨らみはどうやらこれのようだ。


「荷物を持ってきたの?」


「そうだけど、ええっと。ちょっと待ってね。話すとややこしくなるから今のうちに食事をしようよ」


 レティがランプを掲げて姉を助ける。頼りない光源の下、リザがリュックサックの中を漁りひもで縛った乾パンや干しイモ。それとスープの詰まった水筒を取り出した。


「水筒はカザネ亭からお借りしました。とにかく、まずは食事を済ませてから……ご主人様が眠っている間に起きた事を説明します」


 リザの差し出す乾パンを受け取りながら僕は胸中に渦巻く不安をひしひしと感じていた。煽るように雨の勢いが増した。




「……都市にそんなに被害が出たなんて」


 食事を終えた僕は廊下の壁に凭れてしまう。驚きで頭が痺れた様に重い。リザ曰く、僕の気絶している間の戦いは苛烈を極めたそうだ。後方部隊として都市に侵入したモンスターを追いかけていた彼女は都市の惨状を目の当たりにした。飛行系のモンスターによる襲撃で建造物が崩され道を塞がれ、建物の下敷きになった人のうめき声や悲鳴、辛くも脱出した人を空から襲うモンスターの群れ。更に夕方になっても引くことをしなかったため、戦いが長引きそれだけ防衛側は疲弊した。


 そもそもこれ程の被害が出たのは防壁が無くなった事で対空中部隊が機能しなくなったことにある。城壁に取りつこうとするモンスターから優先的に狙う必要があるためどうしても飛行系モンスターの暴挙を甘んじて受けてしまう。その結果、避難民たちに大きな被害が出た。


「それでカザネ亭は無事だったのですが……避難民の一部を受け入れる事になり私達は部屋を譲る事になったのです」


「『紅蓮の旅団』もみんな部屋を明け渡したんだよ。ファルナ様たちは分散して寝床を見つけたけど、あたしたちはご主人さまを動かせなかったからここで眠ってたの。……ごめんなさい。勝手に判断しちゃって」


 謝る二人に僕は気にしないで、と声を掛ける。それでリュックサックが此処にあるという訳か。雨のせいで下がった気温に耐えかねてコートを着込む。ちらりと外を見ればいやでも天幕が目についた。この気温だと天幕といえ冷えるはずだ。大丈夫だろうか。


「あの天幕は何? あの中にも怪我人が居るの?」


「いえ、あれは避難民たちの収容施設です」


 思わず目が丸くなる。あんな野晒の場所に天幕を設置しただけの入れ物が収容施設とは。防衛も何もあったもんじゃない。モンスターが攻めてきたら、あの中は一瞬で血の海だろう。


 僕の驚きが伝わったのかリザが口を開いた。


「モンスターは本能で人のいる場所を見極めます。飛行系モンスターは優先的に人の多く集まる建物。つまり避難施設を狙い襲撃を繰り返した結果、多くの建物が破壊されてしまいました。そのため行き場を失くした避難民がああして天幕に押し込められているのです」


「そりゃ……納得しないだろうな。いくらなんでもあれじゃ墓穴を自分で掘っている様なもんだろ。明日の朝には全滅するぞ」


「うん。だから最初、ここに連れて来られた人たちと兵士で揉めそうになったの。仲介した騎士が今夜中にはちゃんとした場所を用意するからそれまでは大人しくしろって説得しなきゃ納得してないよ」


 だからいまだに明かりに照らされて生まれた人影が蠢いているのか。天幕に映った影法師たちが言い争っているように見える。それにしても今夜中に何とかできるものだろうか。少なくとも街の被害の全容は知らないけど、あんな物を使っているんだ。決して軽い物じゃないだろうに。


 それからもリザの説明は続いた。防壁が原因不明の影により飲み込まれてから戦局は城壁を巡る攻防戦へと移り、リザやファルナのD級以下の冒険者たちはオルドが率いる遊撃部隊に組み込まれる。さしものオルドも龍のブレスを受けた傷のせいで後方に回されたようだ。もっともリザが目撃した限りでは平時と変わらない勇猛ぶりだったらしい。


 モンスターとの戦いは日が沈み切ってからやっと終わりを迎えた。生き残ったモンスターたちは距離を取って夜営をしている。ようやくその頃になってリザの耳に冒険者たちの噂話が届くようになった。もっとも、どの内容も玉石混交に等しく、容易に信じられる内容では無いとの事だ。それ以上に王政府からの発表の方が重要だった、A級冒険者の『氷瀑』のウォントの死亡が冒険者たちを大いに嘆かせた。


「超凄腕の魔法使い。A級冒険者の死亡か……随分とこっちはピンチだね」


「ええ。……正直、夜の闇に紛れて逐電する者も出るかもしれません。もっとも無事に逃げられるかは分かりませんが」


 ここからは見えないが夜の闇に蠢くモンスターの姿が目に浮かぶようだった。その中を突きって別の街へと逃げ込むのは相当な勇気と幸運が要るだろう。


「唯一の良いニュースはあのバルカンぐらいかー」


 呟いた僕の言葉に二人は首を傾げた。形の整った唇がバルカン? と何度か繰り返す。二人は見て無いのかと思い説明した。


「魔法工学の兵器だよ。覚えてるかな? フェスティオ商会が『紅蓮の旅団』に依頼して運んでいた荷の中に魔法工学の兵器。あれの封印が解かれたんだよ。僕も少しだけ使ったけど凄い威力だったよ。モンスターがこう、なぎ倒されていってね」


 身ぶり手ぶりを交えて解説すればするほど二人の表情が暗くなる。何か言い難そうなことをどうやって切り出そうと悩んでいる風だった。リザが実は、と前置きしてから僕は兵器に関する禁忌タブーについて説明を受けた。一度封印を解くと痕跡を辿って処刑人がやって来るというリスクを知った。成程、ジェロニモさんが恐ろしくて開けられないといった理由がやっとわかった。


「……ってことはさ。今頃、あれは……」


「通例どおりならすでに解体されているはずです。そうでもしないと機械乙女ドーターがやって来ます」


 何ともぬか喜びさせられた気分だった。梯子を外されて高い所から降りられない子供のように言葉にならない不安が足元から這いずって出てくる。あのバルカンはこれから来るシアラの予知に際して切り札となると思っていただけにショックが大きい。


(どう考えても僕やリザ達だけであの龍は倒せない。あれは、あの鍛冶王じゃないと撃破できない怪物だ。でも、予知に鍛冶王が居ないという事は少なくとも僕の傍にいないって事になるよな。王の居場所を押さえておくべきかな)


 頭の中で赤い龍をどうやって倒すべきか知恵を振り絞る。押し黙った僕を気遣ってレティが声を掛けた。


「……ご主人さま。まだレベルアップ酔いが治まらないの?」


「レベルアップ……酔い?」


 聞きなれない単語に思わず首を傾げた。すると、リザがオルドから受けた説明を僕に教えてくれた。どうやらオルドの顔を見てからの記憶が無いのはコレのせいのようだ。


 しかし、レベルアップか。確かに心当たりはある。今もこうして体を動かしているのだが、微妙に齟齬を感じるのだ。意識が覚醒する前後で体の感覚が違う。リザは体を動かしていけば直になれると思いますと締めくくった。代わりにレティが僕の活躍を説明してくれた。もっとも僕にそんな記憶は無かったのだが。


「本当に凄かったんだよ! ガーゴイルが窓を突き破って襲って来た時、こう、武器をダガーで押さえつけて入れ替わるように石の皮膚を一撃で斬ったり、その後も襲い来るガーゴイルをばたばたと倒していったんだよ!」


 レティが見た光景を、頬を赤く染めて力説する。申し訳ないがその説明だと今一つ、凄さは理解できない。もっとも証拠の様にバスタードソードは中程で折れているから彼女の話は事実なのだろう。後でどれぐらいレベルが上がったのか確認しておこう。


 それに―――その程度のレベルアップじゃ結局龍は単独じゃ倒せない。それこそ焼き石に水だ。


 その時だった。僕らは一斉に自分の体のある点へと視線を向けた。その反応はこれで二度目・・・だった。


 コートの内側に仕舞っているプレートがじんわりと熱を放つ。精霊祭初日に見せた反応と同じだった。どうやら二人のプレートも同じ反応を示している様だ。


 熱を放つプレートを摘まむと、金属片の裏面に変化が起きていた。そこには所持している技能スキルが刻まれているはずが、今では別の文言が浮かんでいる。


『いまより二十分後にギルド前に集合。その際に完全武装されたし』


 短い文章から有無を言わせない雰囲気が漂っていた。僕は室内に掛けてある時計に目を向けた。時刻はすでに十一時を回っている。こんな遅くに冒険者を呼び出して何をしようとするのだろうか。それも完全武装という指示も付けて。


 僕らは不安げに顔を見合わせた。




 雨の降るギルド前噴水広場にランプが等間隔に設置され闇の中でオレンジ色の明かりを放つ。精霊祭初日の光景を焼き直したように冒険者たちが集った。


 だが、違う点もあった。誰もが疲弊し、憔悴し、何よりその数を減らしている。八百人居た冒険者の中で満足に動けるのは五百人程度。残りは今も診療所のベッドに横たわっている。生き残りの半数以上がD級以下の冒険者たちだ。ゆえに顔ぶれも若い。どれも十代前半からいっても二十代の中頃だ。


 冒険者という死の危険性のある職業に年齢制限は無い。生涯現役を謳った老人が居れば僅か十にも満たない子供でも意志さえあれば冒険者になれる。そのため、多くの若者は十五歳までには冒険者の門を叩く。そして、よっぽどの才能が無い限り二十代の半ばを過ぎる頃には|中級冒険者(D級)と上級冒険者(C級)の壁を超えるか死んでいるかのどちらかだ。


 ここに集まった若い冒険者の大半はスタンピードの経験自体が無かった者も多い。幸運にも三日目まで生き残った事で逆に精神が擦り減っている。なまじ生き残ってしまったがゆえに、赤龍の襲来や防壁の消失など追い詰められていく現状を目の当たりしたからだ。ひたひたと追いかけてくる死神の手がいつか自分の襟首を掴むのではないかと恐れている。


 集まった者達は無言を貫くというよりも、口を開くことで不安が表に出てしまうのを押さえるかのように閉ざす。集まった五百人のいきぎれだけが雨に掻き消されないでいた。


 そして、一際明るい光が闇を切り開く様にギルドの玄関を照らした。雨の中、傘もささずにヤルマルが姿を見せた。彼も冒険者たちに負けず劣らずやつれていた。顔に疲労の色は濃く、丁寧にセットされていた白髪は乱れたままだ。そんな彼が拡声器を片手に口を開くと冒険者たちの視線が集まった。


「このような時間帯に集まってもらい、申し訳ない。ギルド長のヤルマルだ。今この場にはアマツマラに居て動ける全ての冒険者たちに集まってもらった。それに礼を言わせてもらおう。ありがとう。」


 ヤルマルが頭を下げるのを冒険者たちは白々しいと非難めいた視線を向けた。なぜ、ヤルマルが全ての冒険者と言ったのか。理由は簡単だ。ギルドは全ての冒険者に対してギルド職員を差し向けたのだ。プレートには連絡手段以外にプレート自体がどこにあるのか調べる機能がある。普段は使えず、使えても街中のみしか効果は無い。緊急事のみに使われるが言ってしまえばギルドの監視といえる。普通の兵士よりもはるかに強い冒険者に対する措置としては当然かもしれないが監視されている方にしてみたら腹に据えかねる。


 この重苦しい沈黙にはギルドへの抗議も含まれている。だが、ヤルマルは気にした風も無く話を続ける。


「集まった諸君たちに王政府からの緊急クエスト・・・・・・を受けてもらいたい。……クエストとついているが実質は総動員令中であるため強制ではあるがな……」


 語尾に自嘲の色が滲んでいる。ここに来て冒険者たちの中でヤルマルが何を命じるかに対する疑問が広がる。俄かに噴水広場が騒がしくなっていく。


 それを沈めたのはオルドだ。いつの間にか壇上に現れた彼は岩石の様に鍛え上げた足を振りおろした。瞬間、この場に居並ぶ者達は地揺れを感じたという。震源はむろんオルドだった。彼は視線だけでヤルマルに先を促した。


 視線を受け取ったヤルマルは頷くと緊急クエストの内容を読み上げた。


「冒険者たちに通達。これより都市に居る健在な冒険者によるアマツマラの迷宮の大規模攻略・・・・・を行う!」


読んで下さってありがとうございます。


次回の更新は11月9日を予定しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ