3-26 精霊祭 三日目〈Ⅶ〉
王宮魔術師ヨグトゥースは至って普通な魔法使いだ。若かりし頃は学術都市で研究と修練を積み重ね、自分を高めるために一度は冒険者の門を叩き、体に衰えを感じた頃に旧知の伝手を使いシュウ王国のお抱え魔法使いとなり後進を育てるためにと魔法使いたちの長のような地位についた。
専門は実践的な詠唱魔法では無く、魔方陣の構築。事前に仕込んでおかないと用を成さない魔方陣は新式魔法の発展により一気に埃を被る事になった。とはいえ、魔法言語を理解し陣の構築式をきちんと理解しておけばいつでも発動できる魔方陣は決して詠唱魔法たちに負けていないと自負していた。
今回のスタンピードにおいても何かしらのトラブルを想定した特別警戒として仕込んでいた防壁がそれを証明していた。
だが、彼の目の前で土塊の防壁は影も形も無くなってしまった。あろうことか仕込んでいた魔方陣ごと邪悪さを振りまく影によって飲み込まれたのだ。
アマツマラの中腹にて城壁を突破された場合に備えて街を遮断する防壁を仕込んでいたヨグトゥースは弟子の一人が指さす方を見て、あまりの技量の差に絶望しかけていた。
そもそもからして格が違う相手に挑んでいたのだ。大地を流れる魔力を広範囲に、高濃度に汚染し空間魔法を阻害し、これだけの規模のモンスターを一度に支配下に置ける相手。昨日の会議でようやく明かされた正体にある意味納得した。六将軍第四席クリストフォロス。
人間種よりも精神力やMAGなどが高い魔人種。その中でもモンスターの命ともいえる魔石を取り込む事で体の一部をモンスター化させたという化け物。人に敵うはずが無いのだ。
先程まで飛んできた炎の塊はメスケネスト火山の主、赤龍のブレスだ。纏わりつく冒険者を払うために吐き出したブレスは街を轟々と燃やす。弟子の一部を消火活動に向かわせた。あんな存在を従える敵に対して我らに勝ち目があるのだろうか。
「師匠! 早く次の魔方陣を仕上げましょう」
呆然と戦場を見ていたヨグトゥースの手は止まっていた。弟子の一人が急かすことでようやく我に返り、作業を再開した。
(何を……血迷っているんだ、私は!? 勝てるかどうかじゃない。勝つんだ! 王も含めた戦士たちが今もあそこで戦っている。私は私の役目を果たさなくては)
決意を新たにした男は一心不乱に魔方陣を刻み込む。防壁が消失し、城壁が突破されれば、彼の生み出す三番目の壁こそ生死を分ける境となる。
城壁を巡り、人とモンスターのぶつかり合う音を聞きながらも男の戦いは進む。
笑ってしまいたくなるほど絶望的な光景が広がっていた。希望を一身に背負ったテオドール王が逃げた赤龍を追って空へと向かった時はこれで何とか生き残れたと喜んだのもつかの間。今度は防壁が影に飲み込まれて沈んでいく。
今まで、モンスターの進撃を止めていた防壁が沈んでいく光景を戦場にいる僕を含めた全ての人間が見てしまった。沈む防壁の上から兵士や冒険者が飛び降りる。まるで大海原で沈没する船から飛び降りるかのように大地へと身を落とす。
そして―――消えた防壁の向こうから有象無象のモンスターが一気に押し寄せてきた。
僕なんかが見たことも無いモンスターが群れを為して押し寄せた。目は血走り、涎を撒き散らし、人に理解できない叫びを上げながら。中には先程からぼんやりと動きを止めているモンスターも居る。幸運な事に全体の半分ほどが、魂が抜けた様に立ちすくむ。
だけど、残った半分は城壁を目指して駆けだしていた。赤龍の襲来から始まった三日目の戦局はすでに城壁への撤退戦となっている。負傷兵から収容するため門は解放され、モンスターをくいとめる為陣が敷かれる。まるで綱引きの様に一進一退の攻防が続いていた所に更なるモンスターの進軍が始まろうとしていた。
それを見て取った騎士団団長はすぐさま駆けだした。向かった先は前線指令所だ。
「すまない、君たち! オルド殿を向う側に! 城壁の向こうへ届けてくれ!!」
残された僕らに向けてそれだけ叫ぶと風の様に駆けて行った。僕は城壁へと振り返った。今いる場所から近場の門まで走れば十五分ぐらいだろう。だけど、それにはオルドを見捨てなくちゃいけない。負傷し動けないオルドをホラスと共に支えて門に行こうとすれば確実にモンスターの津波に飲み込まれる。
だけど、オルドを見捨てる選択肢はあり得ない。ただでさえ、劣勢の僕らはこれ以上戦力を喪う訳にはいかない。たとえオルドが今日戦線復帰できなくても明日の戦場に彼は必要だ。
僕は周囲を見渡し他の冒険者や兵士の姿を探した。だが、周囲にそのような姿は無い。先程までこの付近は赤龍が暴れていた事もありぽっかりと空いた空白地帯だった。そこにバルカンを持った兵士が左翼の敵を目がけて乱射していた。その間に大部分の兵士の撤退が終わったのだ。そもそも、僕とホラス自体が撤退する部隊から離れてモンスターを引き寄せる囮として戦場に残っていたのだ。そのかいあってマクベたちは城門の向こうへと逃げる事が出来た。
だから、この付近に冒険者や兵士は少ない。居ても、防壁を突破したモンスターの対処に襲われている。
(くそったれ! 万事休すかよ……なにか、何かないのかよ。一発逆転の切り札は―――)
縋るように視線をあちこちへと向けた僕は土煙に紛れて鈍色に光る輝きを見た。それが何か頭で理解する前に駆けだした。
「オイ、F級、お前団長を見捨てる気か!?」
背後でホラスの罵声が飛ぶ。振り返る余裕も無い僕は怒鳴り返した。
「ホラス! オルドを連れて城壁の向こうに!! 殿は僕が務める!!」
「はぁ!? お前なんかに中級の群れが抑えられるわけないだろ!?」
そんなこと、僕が一番分かってる。僕は弱い。一対一だったたら下級よりの中級モンスターを相手にどうにか互角に戦えるかもしれない。
複数現れたらとっと撤退する程度の存在。だから千を優に超えるモンスターを相手にたった一人で殿を務めるなんて愚の骨頂だ。自殺行為に等しい。
(なーんで、いつもこんな事ばっかしてんだろ、僕?)
走りながら思い出すのはバジリスク亜種、ゲオルギウス、頭領。自分よりも格上の勝てっこない相手に綱渡りの連続だ。そして、今日またしても身の丈に合わない強敵に挑む。
上半身を爪で抉られた遺体へと駆け寄った。肩の付け根ごと抉られたためソレを握りしめたままだった。両腕が趣味の悪いキーホルダーのようにぶら下がっている。死者への無礼になると承知で指を剥がした。
ソレはこの世界においてもあまりにも異色で、異端で、異常といえる存在だ。知識としてソレを知ってはいた。本来の使い方として固定式の兵器として運用されているはずの怪物が砂埃を被っている。
僕はソレ―――バルカンを握りしめた。
「つうう、重すぎるだろ、これ!」
騎士団団長やこの兵士が軽々と扱っていたが僕のSTRじゃ左右に振り回すどころか持って歩くことさえ難しい。尊敬の念を込めて遺体を見ていたら、兵士の腰ポケットから魔石がこぼれ落ちていた。一目で分かる。上質な魔石だ。
そういえば、騎士団団長が魔石をバルカンの基礎部に放り込んでいた。恐らくこの兵器は魔石を動力として動いているのだろう。僕はベルトごと拝借した。アメリカ映画のヒーローの様にベルトをたすき掛けする。
「あれ? つまりこれって魔法工学の兵器?」
口にしてからそのフレーズに心当たりがあった。『紅蓮の旅団』が運んでいた荷物の一つ。ジェロニモさんがオークションに出そうとしていた物もたしか魔法工学の兵器だった。もしかするとこれはあの馬車で運んでいた木箱の中身かもしれない。
奇妙な縁を感じながら銃口をモンスターの群れへと向けた。
そして―――引き金を引いた。
軸が回転し、基礎部にある四角い箱から何かが流れ込んでいく。銃身に刻まれた魔法式が流れ込んだ魔力を別の物へと構築し銃口から光弾が吐き出されていく。使い方は騎士団団長の見様見真似だ。照準なんて気にしなくていい。何せ津波の様に押し寄せているんだ。高さが合っていれば銃口をどこに向けても確実に当たる。
モンスターの群れ。先頭に立っていたオークの胴体が光弾によって弾けた。トリガーを引いたままのバルカンは次々と光弾を吐き出していく。その度に中級モンスターは脆い砂糖菓子のように弾けて絶命していく。
その威力はまさに絶対無比。殺気立っていたモンスターの群れは次々と骸とかした同胞を見て足を止めた。
―――足を止めた?
今までになかった現象に思わず疑問を抱いた。昨日までの、いや、赤龍が空中に避難するまでのモンスターはまるで熱病に浮かされた様に闇雲に戦っていた。
仲間の死体なぞ踏み越えて進軍していた。なのに、今の怪物たちの瞳に恐れと怒りのない交ぜになった理性の光が如実に表れている。これは、マズイ。
現在、バルカンは景気よく光弾を吐き出している。振り回すことは出来ないとは言え銃身を左右に軽く振る事で点に過ぎない光弾を散せている。だけど、それは正面付近の敵を倒しているに過ぎない。仮に右に大きく振ればその隙に左から狙われるだろう。
これまでのモンスターならそんな理性的な事はしなかった。だけど、理性を、思考を取り戻したこいつらはもう違う。
レッドパンサーやホワイトタイガーを始めとする足の速いモンスターが左右に分かれて大外から進軍を始める。中央にトロールやオーガといった面積の大きく分厚いモンスターが集まる。光弾の弾除けを果たそうとしている。統率の取れたモンスターの連携を披露している。
じわじわと距離が詰められる。重たいバルカンを抱えて距離を取ろうとするがすり足でしか進めない。まるで亀のような歩みだ。
後ろを振り返ればホラスが懸命にオルドを運んでいる。城門から状況を察した兵士たちがわらわらと出てきてホラスの方へと走り寄った。あと十分もすれば二人の姿は城門を潜り抜けるだろう。
当然、そんな好機をモンスターたちは見逃さない。狙いはオルドたちでは無い。開け放たれた城門へと詰め寄ろうとする。バルカンの餌食になるまいと僕を大きく迂回したレッドパンサーとホワイトタイガーたちが一気に城門を目指す。
もう、考えている猶予は無かった。決断するなら今しかない。
「《留めよ、我が身に憎悪の視線を》!」
途端に、全身に圧力が増した。怪物の視線や気配、殺気といった質量を持たない物が束になって僕に圧し掛かった。足が震える。少なくとも視界を埋め尽くすようなモンスターの大群は全て僕を見ているのだ。
すなわち、僕を無視して門を目指していたホワイトタイガーとレッドパンサーもそこに含まれる。
数十頭のモンスターの群れがほぼ直角に曲がってコースを変える。左右から四肢を蹴り上げて疾駆するモンスターたちに挟まれた。
僕は右から来るレッドパンサーと左から来るホワイトタイガーの群れを見て、銃口を左に向けた。中央から左へと光弾は流れ、正面の壁のようなモンスターの群れをなぎ倒していき、僕を狙うホワイトタイガーの群れへと迫った。
縦に長い四足動物はえてして横に飛ぶという動作が苦手らしい。スピードに乗った豹がシカなどを襲うとした時、横に逃げたシカを捉えるためにわざわざ通り過ぎてからUターンする。
ホワイトタイガーも同じだったのか迫る銃口を前にして左右に分かれようとした。だけど、スピードに乗った彼らは吐き出された光弾に向かっていくかのように被弾した。
瞬く間にホワイトタイガーの群れは壊滅した。つまり―――背後から迫るレッドパンサーの群れは無傷のままというわけだが。ホワイトタイガーを狙ったのは一応理由があった。レッドパンサーとは数度戦い、鎧の加護がきちんと作動してれば即死は免れると知っていた。
僕は両腕に精神力を込めた。増幅された筋力はバルカンを力強く握りしめる。引き金を引いたままのバルカンは左か右へと光弾を吐き出していきモンスターをなぎ倒していって―――カラカラと乾いた音を立てた。
「しくった! 弾切れかよ!?」
考えてみれば当然だ。僕は闇雲にずっと引き金を引いていた。残弾数なんぞ最初から度外視だった、基底部が熱を排出して蓋が開いた。ここに魔石を詰めればいいのか。
たすき掛けしたベルトに付随するポーチから魔石を掴んで空いた蓋に向けて入れた。中に入るなり魔石がじゅっと溶ける音が聞こえた。蓋を閉じて引き金を引くが僕の願いと裏腹に銃身が無為に回るだけだ。
「はやく、はやく、はやく!」
祈ったところで状況は良くなんかならない。現にレッドパンサーの群れはすでに触れるぐらい近くまで接近していた。僕はバルカンを横に振った。先頭のレッドパンサーは回転する銃身に弾き飛ばされて大地に滑った。でも、すぐ後ろを駆けていた次の個体が僕に目がけて跳んだ。
鋭い爪が僕を引き裂こうとして―――横合いから飛んできた矢に射抜かれた。一撃で仕留められたレッドパンサーは僕を飛び越えて地面に激突した。
矢は一射だけでなかった。その後に百にも及ぶ矢がレッドパンサーの群れを飲み込んだ。まるで空間を削るかのような攻撃にレッドパンサーたちは体を射抜かれて絶命した。
「レイさん! 何をぼさっとしているのですか!?」
その怜悧な声に聞き覚えがあった。振り返れば城壁の上でロータスさんが仁王立ちで弓を構えていた。彼女だけでない。魔法で穴を塞いだ城壁の上に弓を持った兵士や冒険者がずらりと並んでいた。
「左翼の殿は……撤退は全て貴方に掛かっています! 貴方が希望の旗を持っているのです!」
ロータスさんの言う通りだった。気が付けば開かれた城門に残っていた兵士や冒険者たちが殺到していく。散らばって戦っていた者達がこんなにいたのか。その中にはオルドを抱えたホラスの姿もあった。僕が敵を足止めできればそれだけ他の人は無事に城門へと撤退できる。
引きっぱなしだったトリガーに従い回転する銃身から光弾が再び放たれていく。殺到していたオークの群れは光弾によって体を拭き飛ばされていく。でも、モンスターたちは骸を踏み越えて進軍する。
歩みを止めないモンスターたちは光弾の届かない部分から僕を襲おうと攻め立てる。その度に城壁上のロータスさんの指揮によって津波の様な矢の群れがモンスターの出足を止める。それだけじゃない。魔法による援護射撃がブラッドリザードを襲う。
「小僧! もう少しだ、頑張れ!」「後方から回って来る敵は無視して! 私達が排除するから!!」「お前は前方の敵を押さえてくれ! こっちに向かってくる奴らもあと少しなんだ!」「魔石は足りてるか!? いま集めたのを投げるぞ。拾って使ってくれ!」「頑張って!!」「お前が頼りなんだ、気張れよ!」
背中を沢山の声援が叩いていく。ぶるりと背筋が震えた。不安や恐れでは無い。これは武者震いという奴かもしれない。腹の中に熱した石を放り込まれたように熱くなる。
気力が体を漲らせる。一歩、一歩。歩みが遅くても不安や恐怖はもうない。城壁の上から降り注ぐ矢や魔法が僕を援護してくれている。
そして、遂に僕が城門へと僅かの距離まで近づいた時、体を絡めとるような感触を味わった。それは扉の隙間から幾重にも伸びた手だった。
僕の体を絡めとるとバルカンごと一気に引き寄せた。人の手から手へと運ばれて石畳の上に落ちた。
「小僧を中に入れた! 城門を閉めて閂を! その後、内側から魔法で補強。収容しきれなかった奴らには縄梯子を用意してやれ、援護も忘れるな!!」
「「「了解です」」」
聞き覚えのある野太い声だった。何故か晴れている空を見上げていた僕の視界に、想像した通りの禿頭の大男が顔を覗かせていた。
「おう、御苦労さんだったな、レイ」
先程まで重度の火傷を負っていたとは思えない程活力に満ちたオルドが僕に手を差し出していた。僕はその力強い手を握りしめて―――押し寄せる激痛に意識を手放した。
読んで下さってありがとうございます。




