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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-24 精霊祭 三日目〈Ⅴ〉

「ほう、やっと黒幕のご登場か……随分と勿体付けてくれたな」


「そういうものでしょう? 黒幕とは」


 人が容易に踏み込めない高度で両者は対峙していた。テオドールは刀を肩に担ぎながら目の前の魔人種を見据えた。


 男か女か一見すると分からない程整った顔に無造作に伸びた夜の闇を固めたような漆黒の長髪。身に纏う黒檀の重装鎧に人の手を重ねたような趣味の悪い長杖。青白い顔を除けばまるで鴉のような印象を受ける。金色の瞳が余計に人間離れした印象を与える。


 その向こうで意識を若干取り戻した掛けた赤龍が憎々し気な声を放つ。


「グヌヌ……小さき者よ………よくも……我を……縛り……つけおって」


 重傷を負ってなお放たれる殺気は衰えるどころか更に増したように感じる。熱風のように巻き起こる殺気に対してクリストフォロスは煩わしそうに目を細めるとくるりと杖を回した。


「五月蠅いですね……今は少しだけ退場してもらいましょうか」


 そう言うなり、宙に浮かぶ赤龍の足元に先程の影のような闇が出現した。その闇は徐々にせり上がって赤龍を飲み込もうとする。


「てめぇ! 赤龍を如何する気だ!?」


「連れ帰って念入りに支配を掛け直すのです。今度はみっちりと。脳漿に染み渡るように念入りにね」


 嗜虐的な笑みを浮かべたクリストフォロスを見て、テオドールはコレが途轍もなく危険な存在だと再認した。コレの宣言通り赤龍を今度こそ完璧な状態に仕上げてくると思えた。だから、彼はすぐさま空を駆ける。


 《空中散歩エアウォーク》は常時展開系魔法に分類される。一度発動すれば精神力が切れるか術者が解除するまでずっと効果を発動し続ける。一方でこの魔法を使用中は他の魔法を使えない。


 戦技を使った事で残りの精神力は心もとない。なるべく早く赤龍を救い出さなければ。


 下半身までを影に飲み込まれた赤龍の方へ飛躍した。


 だが、当然の様にテオドールの進行を邪魔しようとクリストフォロスが割り込む。飛翔に関する何らかの魔法か技能スキルを発動しているのか見えない翼をはためかすかのような滑らかな動きだ。


「邪魔だ!」


「それはこちらのセリフです、よっ!」


 両者の武器が空中で打ち鳴らされる。一合、三合、七合と弾きあう。押しているのはテオドールの方だった。


 クリストフォロスも普通の人間では無い。超人的なステータスをほこり、奇妙な見てくれの杖を振るう膂力は人の頭蓋を容易く打ち砕く。だが、それ以上にテオドールの斬撃が鋭すぎた。


 己の状況を一番理解しているクリストフォロスは後ろに大きく距離を取った。しかし、それこそかつて『銀狼』と呼ばれた男の狙いだった。後方へ下がる敵に対して恐れを抱かずに突き進む。距離を取ろうとしても常に間合いを詰めてくる。


 苛立ったクリストフォロスは指を鳴らした。


「《鎖よ、起これ》!」


 言葉に導かれるように二つの魔方陣がクリストフォロスの後方に出現し、そこから二条の鎖が吐き出される。それはメスケネスト火山で赤龍を縛り上げた鎖だった。龍を縛るため太さが人の背丈と同じ程の鎖がまるで蛇の様に身をくねらせてテオドールに向かった。


 若干、驚いたような困惑したような表情を浮かべたテオドールは襲い来る鎖を切断した。


 魔方陣から伸びた鎖の先端は意志が途切れた様に空中を落ちる―――はずだった。テオドールはあろうことか己の背丈並みの鎖を掴みあげた。


「どりゃああああ!」


「な、なんて馬鹿力!?」


 赤龍すら縛り上げた鎖を容易く切り裂いたのも驚きだったがそれ以上にその鎖を鞭の様に振るうテオドールの姿にさしもの魔人も驚いた。鞭の如くしなる鎖が自分の体を吹き飛ばした時になってようやく我に返った。


 曇天の空に黒い流星が軌跡を描いた。


 テオドールは鎖を放さずに赤龍の方に投げた。


「赤龍殿! それに捕まってください!!」


 躰の中央まで飲み込まれた赤龍は無事の両腕で鎖を掴んだ。テオドールは沼に沈む者を綱で掬うように引っ張る。肩に鎖が伸し掛かり、全身の膂力を込めた。顔に血管の筋が浮かび上がる程だ。


 それでも―――闇に飲み込まれた赤龍の体は引きずり出せない。もうすでに上半身どころか首まで闇は赤龍の体を飲み込んでいた。鎖を握る赤龍の力を感じるという事は飲み込まれた部分と空間的には繋がっている事になる。自分もあの闇へと飛び込もうかと逡巡した王に向かって赤龍が叫んだ。


「聞け! 人の王よ!」


 頭を上に向けて口を少しでも動かす時間を稼ごうとしている。


「やつの狙いは我だ! 叶う事なら民を纏めこの地を離れろ! いいか、我らが戦うことが奴の―――」


「赤龍殿!!」


 赤龍の言葉は最後まで紡げなかった。闇は赤龍の全てを飲み込むと音も無く消え去った。それこそ、そこに赤龍が居た証拠すら跡形も無くなっていた。残ったのは閉じた闇に切断された鎖の切れ端だけだ。それもグズグズと腐食を始め砂の様に消え去った。


 そして、空中に立つテオドールの前に人の大きさ程度の闇が広がり、その中から吹き飛ばされたクリストフォロスの姿が現れた。鎖で吹き飛ばされた事は大したダメージになっていないようだった。


「いやはや、思っていた以上に強いですね貴方」


「そういう貴様は想定したよりも弱いな」


 これは事実だった。少なくとも近接戦闘はテオドールに軍配が上がっていた。クリストフォロスも同じなのか同意する様に頷く。


「私は六将軍の中でも策を弄する方なので二席の戦闘馬鹿や五席の傷痍愛好者ほど戦闘は得意じゃないんですよ」


「はっ! なに言ってやがんだ。そんな奴が赤龍を屈服させ支配出来るか。さっさと切り札を出しやがれ」


「ほう? 私の切り札はあの影ですが……もう見たじゃありませんか」


「それこそぬかせ。あんな詠唱をしてない現象。技能スキルでも魔法でもないだろ。あれは貴様のとっておきだが貴様の力じゃない。……貴様のの力だろ」


 テオドールが指摘するとクリストフォロスは金色の瞳に感服と一筋の困惑の色を浮かべた。かつて起きた人と魔人種の戦争は様々な書物で残っているとはいえここまで詳しく研究されていたとは。


「随分と私達の事を詳しく勉強していますね……学術都市の文殿でも漁りましたか?」


「まあな。何せ残り時間・・・・が少ない。この数年以内に貴様らは確実に動くと思って備えていたんだよ」


 ―――瞬間。クリストフォロスの顔面からあらゆる感情がそぎ落とされた。テオドールはその反応を見て自分がしゃべり過ぎたことを遅れて理解した。クリストフォロスの変貌はほんの刹那の間だった。それこそ瞬きの間に彼は薄い笑みを張り付け直していた。


「……そうですか。成程。一国の王なのにそれ程の強さを得た理由はそれを知るからこそですか」


「オレから情報を取ろうとしても無駄だぞ。悪いがたいした事は知っていない。それよりもさっさと掛かって来い。貴様を倒せば今回の騒動は終わる。赤龍を倒さずに事が収まる。……負けた時に言い訳できない様に全力で掛かって来いよ」


 挑発する様に手招きをした。だが、クリストフォロスは薄く笑うと逆に切り返す。


「それはそちらもそうでしょう? 私の見た所、貴方、技能スキル使ってない・・・・・ですね」


 看破されたテオドールは眉をピクリと動かした。そう、彼は赤龍との戦闘時もクリストフォロスとの切り合いにも技能スキルを発動してなかった。理由は単純だ。チャージタイムが長すぎる。どの技能スキルも効果が絶大な分一度使えば二十四時間経たなければ回復しない。先の読めないこの状況下で容易く使えない。


 とはいえ、折角目の前に黒幕が居るのならここでけりをつけるべきなのではないか。そう迷うテオドールをあざ笑うようにクリストフォロスが影を展開している。もうこれ以上ここに用は無いと言わんばかりに消えようとしている。


「行かせるか!」


 テオドールは迷いを振り切るように影に向かって刀を走らせた。鋭き白刃は影の縁に触れて―――止まった。刃は蠢く影の先端に食い込むだけで切り裂けなかった。


 更に反撃の様に刀身を伝って影が侵食してくる。影が手に触れるなり、テオドールに一つのヴィジョンが送り込まれる。


 それはとても深い、深淵の如き絶望。人に裏切られて獣人に裏切られて世界に裏切られた男の果てしなき怨嗟の声。


 強靭な精神を持つテオドールでさえ狂いそうになる。溜まらず刀を闇から引きはがして後ろに下がった。


「ふふ。陛下の声を聴かれましたかな? 人の王よ」


 整った唇を歪ませて愉悦の感情を浮かべたクリストフォロスがテオドールに声を掛けた。テオドールは額に浮かんだ汗を拭いながら答えた。


「……あれが……魔人種を率いた男の絶望か」


「そうです! これこそが陛下の力の源。原初の風景にして我らの世界、魔界・・を構築する力です! 嗚呼、何と偉大にして途方もない御方!! このような闇を背負いながらも我らをお救いになろうとは。これこそ至高にして主上の存在!! あの方こそが全てを統べ、破壊し、救済される!!!」


 それはまさに狂信者の叫びだった。これまで一貫して隠していた本性を吐き出していた。まるでどす黒いマグマのような感情だ。何もかもを飲み込み、燃やし尽くす滅びの意志をこの男は全身に宿している。


 やはり―――こいつらにエルドラドは任せられない。こいつらはエルドラドを―――人を滅ぼす。


 テオドールは刀を向けて言葉を紡いだ。


「それでも―――それ程の絶望を力に変えても、勇者・・に負けたんだよな。貴様らの魔王陛下・・・・は?」


 ―――ぞくりと全身を凍てつく殺気が貫いた。


 心臓を物理的に貫けそうな質感を持った殺気が影を消したクリストフォロスから発揮されている。どうやら上手く挑発できたようだ。奴は撤退を止める気になったようだ。


「……貴様……今何と言った?」


「何度でも言ってやろうか? 魔王は戦争に負けた際、中央大陸を吹き飛ばしてなお、勇者に負けた―――とっ!」


 テオドールの言葉を潰すかのような一撃が高速で移動したクリストフォロスから放たれた。頭部を吹き飛ばしかねない一撃をテオドールは紙一重で避けた。


「……もういい。計画は変更だ。貴様はここで退場しろ」


「ようやく本性を見せやがったな。良いぜ、それこそ―――それでこそ六将軍だ!」


 裂帛の気合と共に振り下ろした一撃はこれまでで一番の斬撃だった。クリストフォロスは杖で弾こうとしたが勢いに負け大きく後ろへと弾き飛ばされた。


 だが、クリストフォロスはすでに攻撃を済ませていた。


「《刃よ、起これ》!」


 指を鳴らせば彼の背後に複数の魔方陣が展開した。その一つ一つから鋭い刃先をのぞかせた刃がテオドールに向けて放たれた。高速で飛来する十丁の剣弾(・・)をテオドールは防いだ。しかし、クリストフォロスの攻撃はそれで終わらなかった。


 再度クリストフォロスが指を鳴らせば、テオドールを囲む様に魔方陣が球体を描く様に出現した。その全てに先程の刃が刃先を表していた。


「死ね! 人間如きが陛下を愚弄した罪、命をもって贖い、死ね!!」


 クリストフォロスの叫びに合わせて刃が放たれる。隙間なく、逃げ場の無い嵐が魔方陣の内側で繰り広げる。クリストフォロスにさえ魔方陣に邪魔されて中の様子は伺えなかった。絶え間なく聞こえてくる金属音だけが頼りだ。


 嵐はほんの数秒で終わった。その間に放たれた刃は数百を超える。クリストフォロスは全身を刃で磨り潰されたテオドールを想起して昏い愉悦を浮かべて魔方陣を解いた。


 だが、彼の期待は打ち砕かれる。


 数秒前と変わらずに『銀狼』テオドールはそこに立っていた。多少、息を切らせてはいるがどこも致命傷は無かった。


「貴様……本当に人間か?」


 クリストフォロスはテオドールに対する評価を著しく上げた。同時に警戒度も大きく跳ね上げた。この男は将来どこかで自分たちの障害となりえる。それこそ嘗て魔人側が敗れた戦争の時の様に行く手を阻んだ人間の戦士達と同様の匂いを感じ取っていた。


 一方でテオドールは焦っていた。余裕を気取っているがこれは張りぼてだ。まるで剣山を裏返した様な刃の嵐に対して彼は戦技を使ってしまった。残った刀の刀身は一部が欠け、これで残りの精神力は二割程度。その際に回復アイテムが流れ弾によって壊された。このままうだうだと戦うのは彼にとって性に合わなかった。


 ―――その決断の差が勝敗を決した。


「《理不尽に苦しむ者よ、我にその苦悶を背負わせたまえ》!」


 切り札たる技能スキルを発動した。クリストフォロスの目の前でテオドールの体に薄い光が集まるのが見えた。そして―――敵の姿が煙のように掻き消えた。


「な! どこに行った!?」


「後ろだ、馬鹿」


 クリストフォロスが後ろを振り向くのとテオドールの白刃が振り上がったのは同時だった。両者の間に煌めくような軌跡が走り、そして魔人の腕が根元から切断された。


 金色の瞳に己の腕が血飛沫をあげているのを見てもクリストフォロスの精神は乱れなかった。むしろ、先程までの嵐のような怒りが噴き出す青い血と共に流れていくようにすら感じていた。


「《大火よ、起これ》」


 残った方の指を鳴らすと両者の間に地獄から取り寄せたかのような大火が巻き起こる。その火はテオドールだけで無く、クリストフォロスの右腕をも飲み込んだ。


 大火に紛れて距離を取ろうとしたクリストフォロスを、大火を切り裂いたテオドールが追いすがった。


 両者は高速で空中を跳びまわりながらもみ合うように杖と刀を激しく撃ち鳴らす。だが、形勢は確実にテオドールの方へと傾いていた。当然だろう。近接戦闘に限って言えばクリストフォロス本人もテオドールには及ばないと認めていた。


 それに加えてテオドールには《希望ノ旗頭》Ⅴが発動している。効果は短時間の能力値パラメーターの増加。その上昇量は彼の民が持つ感情によって比例する。彼の治めるシュウ王国の民が苦難に陥り、希望を求めるほど彼は強くなる。今のテオドールの両肩には文字通りアマツマラの民全ての希望を背負っている。


 だが、その奇跡のような魔法も十二時を迎えようとしてる。テオドールは己に残った、全ての精神力を戦技に昇華する。


 劣勢のクリストフォロスも精神力の高まりを感じて、己の戦技を発動させた。


「《雷刀雲奔》!!」


「《断界絶壁》!!」


 空を覆い尽くすような雷撃と世界を切り裂いたような斬撃が激突した。轟音と震動が空を揺るがし、蓋をしたような雲を散らす。ぽっかりと空いた青空がアマツマラ上空に広がった。


 テオドールの日本刀は戦技の代償として刀身を無くし、クリストフォロスは下半身を消失していた。


 それでもなお、この魔人は息をしていた。その想像を絶する生命力に対してテオドールは感服するしかなかった。


「まったく。信じられねえ生命力だよ、貴様ら。ゲオルギウスもそんな風になっても生きていたそうだぞ。それに、貴様、魔法職じゃ無かったのか。まさか戦技を隠し持っていたとはな」


「貴様こそ、何だあの戦技は。こちらは空間を遮断したのにそれをああも容易く超えて尚、この威力。……だが、時間切れのようだな」


 クリストフォロスの指摘通り、テオドールの《希望ノ旗頭》Ⅴは効果を失った。纏っていた光の粒も消えた。これで次に使えるのは二十四時間後だ。


「腹立たしい事に、今の状態の私は貴様に敵わないだろう。そして貴様も私を倒す決め手に欠けているはずだ。ゆえに……ひとまずここで退散させてもらおう」


 言うなり腕を無くし、下半身を無くしたクリストフォロスの背後に影が生まれていた。武器も無くなり、技能スキルも使い、精神力も空っぽのテオドールに撤退しようとする敵を止める術は無かった。


「次に会う時には陛下に不敬を働いた舌のみならず、全身をこのクリストフォロスが直々に引き千切ろう」


「ぬかせ! その時にはお前の頭蓋を杯に酒を飲んでやろう」


 人の身でありながら人を遥かに超越した怪物たちは獰猛な笑みを浮かべて睨みあう。それはクリストフォロスの体が影に飲み込まれて消えるまで途切れる事は無かった。


 二人の戦技の余波で青空が広がった空に静寂が広がった。そこで、テオドールは思い出したように呟いた。


「しまった。アイツの顔に一発入れるの忘れてた」


 ともかく、ここで立ち尽くした所で何の意味も無い。テオドールは見えない足場から飛び降りた。自由落下を始めた彼は時折何もない空間を蹴り上げて減速する。それはあたかも壁を足場にして高所から落ちる軽業師の姿だった。


 数秒後、遥か彼方にあった戦場が見えてきて―――彼は驚愕した。


 ほんの少し前まであったはずの防壁が影も形も無く(・・・・・・)なっている(・・・・・)のを見てしまった。


読んで下さってありがとうございます。


主人公の影がどんどん消えていきます。

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