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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-19 精霊祭 二日目〈Ⅱ〉&……

 ★


 人の声でざわつく食堂内。交わされる話の内容は大概が今日の自分の活躍や、敵の強さ。生き残れた幸運に感謝したり、死んで逝った仲間への哀悼を捧げている。そんな人の声のする場所にいる事がどうにか今日という日も乗り切れたことを実感させる。


 精霊祭二日目、夜。太陽が沈むころになると昨日と同じようにモンスターの軍勢は波を引くように防壁から距離を取った。昨日と合わせれば三万以上のモンスターが投入され、その内六割ほどを僕たち防衛側が打ち倒した。もっとも敵の総数は八万といわれ、そこから考えるとまだ半分も倒していないのだが。


 局所的に見れば昨日と今日は人間側の勝利といえた。そこでシュウ王国の王様は今晩だけの精霊祭を開くことにした。出店は日持ちしにくい食材のみ。売り物も多少安くした、都市内のみに限定されたお祭り。


 それでも避難民のガス抜きにはなる。彼らは特別に明かりを点けた、夜のアマツマラを楽しそうに歩いて行く。僕はその光景をカザネ亭の隣の食堂から眺めていた。冒険者専用の炊き出し場となった店内は冒険者しかいなかった。


 王宮から下賜されたエールを呑む大人。焼いたトウモロコシを頬張る子供たち。せめて在庫を抱えない様に商品を売る商人たち。自分がこの光景を守る一端を担っていることをまざまざと実感した。もしかすると防衛側の奮起を促すのも狙いかもしれない。


 ちなみに城の方では上級階級向けの庭園会が催されるらしい。オルドも呼ばれたと誘われなかったファルナが愚痴っていた。


「大丈夫ですか……ご主人様? どこか痛めましたか?」


 シチューを食べていたリザが僕の手が止まっているのを指摘する。すると、隣に座っているレティが懐から愛用の杖を取り出す。


「何々? 怪我してるの? 今なら精神力が回復してるよ」


「違うから大丈夫だよ。……ただ、なんだか平和だなって思ってさ」


 僕は慌てて二人に向かって首を振った。二人の視線が僕と同じように窓の向こうの世界へと向けられた。


「そう……ですね。この街のすぐそこで戦闘が行われ、平野にモンスターの群れが集っているとは思えない程、平和な光景ですね。昼の戦いが嘘の様です」


 リザが口にすると僕も同意する様に頷いた。精霊祭二日目、モンスターたちは空中からのモンスターの運搬という前日の戦い方を止めた。数による力任せの攻城戦を始めた。昨日と同じだろうと高を括った僕らをあざ笑うかのような方針転換。それ用に整えた布陣を初端から崩される形になる。


 結局、土塊の防壁を乗り越えたり、破壊して突破したり、大空を飛来したりするモンスターを小隊規模で遭遇した敵から手当たり次第に戦う羽目になった。四方八方で人とモンスターの入り乱れる乱戦となった。


 南北に弓なりに伸びる防壁と城壁の間の土地。精霊祭用特別地域は人間とモンスターの屍が幾重にも積み重なる。元から数で劣り、陣形という連携手段が武器の兵士からそれを奪われた時点で結果は見えていた。


 それでも、防衛側の被害が乱戦の割に少なく済んだのはやはりA級冒険者の活躍があったからだろう。


『氷瀑』のウォントが生み出す合成魔法の威力は上級モンスターをいとも容易く打ち倒し、『双姫』のロテュスの白刃が軌跡を描けば例え金剛石のような耐久力を誇る怪物も切り倒される。『岩壁』のオルドが率いれば、冒険者の徒党は一騎当千の英雄の群れと様変わりした。


 だけど、その中でも一際輝いていたのが『剛剣』のディモンドだ。幸運にも僕は彼の戦っているところを目の当たりにした。レッサーデーモンと呼ばれる二足歩行する山羊のような怪物とディモンドは向き合っていた。人として大きな部類に入る彼より大きな巨体を有するレッサーデーモンはそれに似つかわしい大斧を両手で握りしめていた。


 それまで二つ名にある剣を抜かなかったディモンドも背中の大剣を抜いた。両刃の幅広の西洋剣は曇天の下で済んだ刀身をあらわにした。


 両者は一足で切り合える距離でにらみ合っていた。動いた方が負けるといわんばかりの張りつめた空気に外野に過ぎない僕自身動けずにいた。


 その均衡を崩したのは第三者だった。空を浮遊していたガーゴイルが背中を向けているディモンドに向かって滑空したのだ。岩石で出来たガーゴイルに生半可な斬撃は通用しない。そのくせ岩で出来たとは思えないスピードで高所からの突進を繰り返すのだ。無防備な所でくらえば全身の骨が砕ける事もありうる。


 というかそうなった。前回の死因がまさにそれだった。


 手持ちのダガーを投擲しようかと逡巡した僕の前でディモンドはくるりと反転するなり、大剣を力任せに縦に振るった。唸りを上げた刃にガーゴイルは正中線から両断された。


 その時を待っていたようにレッサーデーモンが動く。両手で握りしめた斧を掲げて距離を詰めた。狙いは背中を見せたままのディモンドだ。


 A級冒険者の大剣は不運にも大地へと食い込んで止まったままだ。あそこから抜いてもレッサーデーモンに振り切る時間なんてない。その時にはディモンドの方が縦に両断されている。


 だが、ディモンドは剣を握りしめたままその場で小さく飛んだ。両足の筋肉を使った前方宙返りだ。巨体に見合わない軽快な動きに合わせて―――握られた大剣が大地を切った・・・・・


 レッサーデーモンは股間から斬り上がってくる刀身を半ばまで受けて絶命した。大地には大剣で切られた跡が深々と残っており、そこにモンスターの血が溜まっていく。


(オルドを規格外と思っていたけど、あの人も十分規格外だな)


 シチューを食べながらそう結論付けた。だけど、一方で喜ばしい事実だ。オルドと肩を並べられる冒険者が三人。そして一歩劣るが騎士団団長のミカロスという人物も強かった。


 重厚な鎧を軽々しく扱い、先端に禍々しい意匠を施した戦矛を振り回した牛人族シュティーアはモンスターを撲殺していく。それに続く様にカーティスを始めとするB級冒険者たちが各地で暴れまわり、数的不利を覆してしまった。


(あの人たちが居るなら赤い龍もなんとかなるはずだよな)


 と、思うのだがその度に疑念が心の奥底で不快に積もる。まるで、僕の考えが楽観的過ぎるのを揶揄するかのように。だが、それは自分でも分かっている。原因はシアラの見た未来予知だ。


 彼女が見たシーンは『夜に年の若い冒険者二十人程で赤い龍に挑む僕たち』。今日の戦場で僕は可能性のありそうな年の若い冒険者たちを目で追っていた。結局、それが原因でガーゴイルやミノタウロスなどに殺される結果になったのだが。


 少なくともC級以上の冒険者を年の若い冒険者と表現するのは無理があった。僕らと同年代の冒険者だとやはりE級やF級。よくてD級の冒険者だ。龍を倒せるような実力者は居ない。


 やはり、彼女の見たシーンは低ランクの冒険者と赤い龍が遭遇するシーンと解釈するしかない。だとすると、疑問は二つ。


 一つはその時、高ランクの冒険者は何処にいるのか? もう一つはそのシーンに登場する人物たちはそこに至るまで生き残る事が確定しているのか? この二つだ。


 前者は情報不足のため考えるだけ時間の無駄だ。重要なのは後者だ。シアラは僕と共に立ち向かう登場人物として、自分とリザとレティを挙げた。百パーセント当たる予知に登場したということはこの三人はそこまで確実に生き残るのかもしれない。現に、仮設診療所にいたレティはともかく、僕と同じように戦場を走り回ったリザは無事に生還した。


 なら、僕は? 精霊祭二日目を四回・・迎える羽目になった。そう、僕は今日の戦いで三回死んでいる。一度は味方の魔法に巻き込まれて死んだ。その度に魂を削るイタミに耐えながら時間を巻き戻して、四回目にしてなんとか生き残れた。


 僕という生物の認識では予知が外れたといえる。だけど結果的に見れば、百パーセント当たる予知の通り僕は生き残れた。このことから推察するとシアラの《ラプラス・オンブル》は短期的な未来と長期的な未来の二種類を別々の形で見せている事だ。


 短期的な未来というのは死の影だ。彼女が見た人物がこれから先死ぬかどうかの確率が影の濃さとして現れている。この予知はおそらくシアラ一人でも覆せる可能性が存在している。利点は対象に近いうち訪れる死への警告。欠点は得られる情報が死に関する事のみと情報量が少ない点だ。


 長期的な未来とは彼女の視点からいずれ見る光景の前払い。映画のコマのようにワンシーンだけを本人の意思とは関係なく見せつけられる。この予知はシアラにも覆す事が出来ず、確実に起きる未来と推察する。利点はそのシーンから得られる多くの情報。曖昧な影よりも映像から得られる情報は多い。欠点は―――見てしまう事だろう。例えば僕が此処でシチューを食べるシーンを彼女が見てしまったとしよう。僕がその予知を覆そうと様々な策を弄しても、それをあざ笑うかのようにここでシチューを食べるシーンに未来が収束するのだろう。


(まるで、可能性の殺人だな。他に起こるかもしれない偶然・・を刈り取り、未来を唯一残った必然・・へと固定する)


 思わずぞっとしてしまう。彼女が死の影と龍の姿を見て狂いそうになるのがよくわかる。僕自身、《トライ&エラー》で足掻いても結局龍と対峙する未来に帰結すると思うと気分が憂鬱になる。


「ご主人様、険しい顔をしています……なにか気がかりがあるのでしょうか?」


 またしても押し黙った僕を見てリザが不安そうに尋ねた。レティも眉の間にしわを作って、


「こーんな風に一人で悩んでも解決できないよ。ご主人さまにはあたしたちもいるんだから頼ってよ」


 と、笑いながら言ってくれた。どうやら僕を元気づけようとしてくれる。


(そうだよな……二人にも関係した事だから、今のうちに話しておこう)


 オルドに口止めを指示されているが、この二人ならそうそう他に漏らすことも無いだろう。そう考えて、覚悟を決めて口を開いた。


「二人はさ、昨夜の事を覚えてる?」


 ―――瞬間。空気が凍り付いた。


 二人は笑みを強張らせ、全身を硬直させた。僕は不思議そうに首を傾げた。シアラの所に会いに行ったことを周囲に悟られない様に濁していったのが伝わらないようだ。


 そう言えば、口にしてから気づいたが……僕は昨夜の記憶が一部無い・・・・・・・・・・


 具体的に言うとオルドとの会話を終えた後から今朝までの記憶がすっぽりと抜け落ちている。


 部屋のベッドで目を覚ました時、大分空腹だったことから夕食を取らずに寝たのだろう。


 ファルナの姿は無かった。おそらく夜の内に自室へと帰ったのだろう。ここまでは良い。だけどおかしいのは三人の朝の態度だ。


 リザは起きた時から顔を赤くし、レティも恥ずかしそうに距離を取り、朝食の配給を受け取る時に遭遇したファルナは僕の胸倉を掴むなり、


「昨夜のことは記憶から抹消しろ!」


 と、叫んで耳まで赤くして走り去っていた。後からホラスに、姐さんに何をしたんだ! とずっと詰問されたが僕には心当たりが無かった。


「ご主人さま……食事中にそういうことを言い出すのはちょっと……無いよ」


「何が!? その蔑んだ瞳は何!?」


 レティが見たことも無いような視線を僕に向けていた。エメラルドグリーンの瞳は汚物を見てしまったかのような嫌悪感に彩られている。


「ご主人様……その……ご主人様が年頃の男性だというのは重々理解しておりますが私たちは戦奴隷。……職務にそういった・・・・・事は含まれていません」


 リザが恥ずかしそうに目を伏せながら言葉を絞り出す。いつもの毅然とした態度では無く年相応の女の子の姿だった。


「ねえ! ちょっと待って! 昨日の僕は何をしたの!?」


 叫ばずにはいられない。まさか、僕はこの二人に―――いや、ファルナを含めた三人に何か狼藉を働いたのだろうか? オルドから一口もらった酒が悪さを働いたのか!?


 すると、二人は不審そうな視線を僕に向ける。


「……もしかして、ご主人様。昨夜の……ご帰宅してからの事を覚えていないのでしょうか?」


 恐る恐るリザが尋ねる。僕は首が千切れるほど頷いた。そして、オルドと中庭で飲んでからの記憶が無い事を説明した。


「んー。どう思う? お姉ちゃん」


「……ご主人様の性格で朝に昨夜の事を謝罪しなかった時点で変とは思ってたわ。……まあ、あえて口に出さずに無かったつもりにしようとしたのかと疑ったけど」


 リザは脂汗を流して縮こまる僕を見て首を振った。


「この様子じゃ。その可能性は無さそうね」


「だね、後でファルナ様にも伝えとこうか」


 姉妹は何やら納得した様に頷きあうが、僕はそれどころでは無い。自分がしでかした悪行に震えていた。それも記憶にないのが余計にたちが悪い。酔っていたのが言い訳になるはずもない。


 これほど深い罪悪感を抱いたのは初めてだ。もし、僕が三人に手を出していたなら何と言って詫びればいいのだろうか? やはり閻魔大王オルドの前で裁きを受けるべきなのか。そうでもしないと三人の心の慰めにならない。でも、死んでも《トライ&エラー》で巻き戻ってしまうから僕は裁きを受けながらも死なずに生き残るしかない。娘を傷者にされた事で怒るオルドを相手にだ。……あれ? 詰んでない? 龍を相手にするよりもムリゲーじゃない?


 自分を待ち受ける悪夢のような未来図に震えているとリザが僕の手を握り、優しく語りかけた。


「大丈夫です。ご主人様は……その……私たちに淫らな行いはしていません。あれは不幸な事故です。だから気にしないでください」


 ―――天使が降臨した。僕の率直な気持ちだ。


 レティも慈愛の籠った笑みで僕を見つめている。ああ、これが赦されるという事なんだろうか。僕を覆っていた茨の鎖がほどけていく。


「ああ……二人ともありがとう! ……所で、一体僕は何を―――」


「―――不幸な事故です。思い出さない様に……ね?」


 ごきりと、手から嫌な音がした。レティは無言で笑みを深くした。戦場で出すような圧力を前にして僕は頷くしかできなかった。




「未来予知に……赤い龍……」


 リザが到底信じられないといった口調で呟く。レティもぽかんとした表情を浮かべる。話のスケールが大きすぎるのだ。思考停止に陥るのもよくわかる。


「うん。多分このスタンピードの最中に来ると思うんだ。龍の方は何か心当たりはあるかな?」


「……いえ。申し訳ありませんが」


「あたしも無いなー。その人の見たのってワイバーンとかじゃないの? 今日の戦場に現れたって聞いたけど」


 ワイバーンは種のモンスターの一つだ。青緑の皮膚に鋭い爪と牙、それに火を吐く竜だ。遠目でロータスさんが撃ち落していたのを目撃している。少なくとも、あの程度のワイバーンを前にしてシアラが絶望から死にたいと訴えるとは思えない。もっともあの程度と評したがワイバーンは歴とした上級モンスター。今の僕では太刀打ちできない。


「そうかもしれないし……そうじゃないかもしれない。本当に彼女の予知通りに龍が来るかどうか分からない。でも、もしかしたらという場合があるから……覚悟だけはしておいてほしい」


 二人は真剣な表情で頷いてくれた。だが固すぎる。龍と聞いて恐怖心を抱いてしまったのだろう。僕はおどけた様に口を開いた。


「なーに。僕もリザもなんだかんだいって今日まで生き残ってレベルが上がったんだ。レティも戦っていないけど精神力とかステータスが成長したんだろ? なら、きっとなんとかなるよ」


 根拠のない励ましだ。確かに、僕らのレベルやステータスは上がった。あれだけのモンスターと戦い生きのびたからレベルアップも当然だ。僕はLV25、リザはLV44。まだ、中級モンスターと単独で戦うのは躊躇われる程度だが成長している。二人は僕の頼りない励ましに笑ってくれた。


 ともかく、推測を立てるのにも情報が足りないのだ。この後、もう一度シアラの所に向かってみるべきか。その時はリザとレティも連れて行くか。もしかすると死の影や触れる事がトリガーとして新しいシーンが見えるかもしれない。


(どっちにしろ、龍が来るのは星空の出てる夜だ。今日のような曇った空じゃない。まだ考える時間はあるはずだ)


 窓の外から見える夜空へと視線を向ける。月すら覆い隠すような曇がひしめく夜空を安全材料として捉えていた。





 ―――そんな僕の愚かな考えは微塵に砕かれる。





 精霊祭三日目、午前。


 赤龍襲来。


読んで下さってありがとうございます。

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