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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-18 精霊祭 二日目〈Ⅰ〉

 どんよりとした曇天の空の下、廃墟と化したダラズの街。焼け焦げた死骸を鴉が啄み、いまだ火の手が何処彼処で黒い煙を上げる。都市の中央にあった城は半壊し、その上に赤龍が鎮座して街を見下ろす。


 額から生えた角は禍々しさを放ち、白く濁った瞳は意志を感じさせない。廃墟で『食事』をしていたモンスターの軍勢が呼ばれたかのように城の跡地へと集まり始めた。


 そんな怪物どもを前にして不気味な鎧を着込み、人の手を重ねたような意匠の杖を握りしめた六将軍第四席クリストフォロスは高らかに告げた。


「進撃せよ、有象無象の怪物達よ。お前たちの目指す地には芳醇な魔力と数多の人間がひしめく黄金の都市。己が在り様に殉じて、全てを奪いつくせ!」


 魔人の檄に意識を無くしているはずのモンスターたちは歓喜の咆哮を上げる。それは遠くアマツマラの地まで地響きのように届いていた。




 精霊祭二日目、開戦。




 一夜を平地で過ごしたモンスターたちは朝に進軍を開始した。ダラズから送られただろう増援によって数は補充され、新たなモンスターたちが姿を見せていた。地上にはミノタウロスやレッサーデーモンにマンティコア。空にはガーゴイルやワイバーンなどの上級モンスターが補充される。数も合計すれば二万に届くだろう。


 防壁の上からそれを確認してしまった人間側は昨日よりも激しい戦いが行われると、そう予測していた。だが、ふたを開けてみると戦局は意外な、そしてモンスターらしい戦い方で始まった。


 地上を走る種族は闇雲に防壁を突破しようと愚直に攻め立て、空を駆ける種族は防壁を飛び越えて頭上から攻撃を始める。昨日のような嫌らしい戦い方ではなく数に物をいわせた力攻めだった。


 迎え撃つことになった兵士たちは寡兵でありながらも士気は高い。自信があった。なぜなら傷つき数を減らしても初日を潜り抜けた事で彼らはレベルアップを果たしていた。


 迷宮が地下に存在するアマツマラは定期的に兵士たちによる迷宮攻略が行われている。低階層のみの大規模攻略ではあるが彼らのレベルは一般的な兵士よりも高く、それに見合ったステータスを持っている。


 頂きに立つ王の気風も相まってこのシュウ王国は兵士の質が高い。装備も一級品を潤沢に使える。少なくともこの時点で兵士の質や士気。そして物資に不足は無い。防壁に取りつこうとしたモンスターを弓で射て、突破した敵を槍で突き、強大な怪物には魔法で挑む。


 それに彼らの穴を埋める様に冒険者たちも戦場にて戦う。オルドが縦横無尽に戦場を駆け巡り、ディモンドが一気呵成に攻め立て、ロテュスが振るう剣の鋭き音に敵は風声鶴唳に陥り、ウォントの合成魔法が一網打尽に怪物を討つ。


 彼ら以外の冒険者たちも己の武器を振るい戦場にて己を誇示する。レイもリザもファルナも、幾人もの冒険者が今日を生き抜くために懸命に戦う。


 だが、戦局が五分になればなるほど、彼らの胸中に暗雲が立ち込める。


 防衛側に余剰戦力などもう無い。一人、また一人と大地に倒れるたびに残った者に対する圧力が増していく。頭の片隅で敵の規模を想像してより不安に陥る。奴らは僅か一夜のうちに昨日と同じだけの数を揃えてきた。おそらく明日も同じだろう。明後日もその先も。


「俺達、いつまで戦えばいいんだよ」


 誰かが呟いた。誰もが持ちえる疑問を呟いてしまった。先の見えない防衛戦。敵の保有する戦力はまだ底を見せず、こちらは徐々に疲弊していく現状。まだ、昨日の方が容易かったと誰もが痛感していた。


 刻々と天秤が傾きかける戦局を理解していた騎士団団長のミカロスは前線指令所にて歯噛みしていた。


 まだ、昨日のように小出しに敵兵が増えていくことで数の上で互角に近い戦い方が出来ていたなら精神的負担は少なかったはず。だが、今日のように最初から数で上をいかれ、単なる力攻めの方が人間側の心理的負担は大きい。


 ミカロス自身、大量の情報から浮かび上がる正確な戦局を理解していき、自分たちの戦略的不利を痛いほど理解していた。なにより、いまだ来るかどうかわからない増援を待つことの心細さが余計に不安を増していた。


 そんな時だった。もうじき夕方になる頃。戦士たちの士気が切れかかる頃。


 王宮魔術師のヨグトゥースから誰もが待ち望んだ知らせが齎された。




「陛下! 魔術汚染の除去が完了しました!!」


 謁見の間に飛び込んできた魔法使いはそれを言うなり役目を終えたとばかりに気絶した。兵士が慌てて駆け寄る中、上座にてその知らせを待っていたテオドールは声を上げた。


「魔水晶をここに! 急げ!!」


 数分後、兵士たちが水晶球を謁見の間に持ち寄った。大きさは普通の水晶と同じぐらい。薄藍色の球体は不思議な渦を巻いていた。王は三枚の羊皮紙にそれぞれ文章を書き込むと丸めて水晶の球面に捻じ込んだ。


 すると、水晶球の硬い表面に波紋が経ち、書簡を飲み込んでいった。これが魔水晶の通信方法だ。魔水晶には事前に通信を送りたい先の魔水晶を登録させ、羊皮紙を魔水晶の中に入れる。すると、水晶球の中で空間系魔法が発動し手紙が向う側に送られる仕組みだ。


 魔石を定期的に与える事でほぼ半永久に使え、手紙に身元を証明する物、例えば印章や紋章を刻むだけで相手に信用を与える。これは国のトップ同士の公的な文書のやり取りにも使われている。広く世界に使われている魔道具だ。


 テオドールは三つの羊皮紙をそれぞれウージア、ハイドラ、オウリョウに送った。内容はスタンピードの発生とダラズ及びアマツマラに対する援軍の要請だ。


 そして、四つ目の羊皮紙をしたためた。


「陛下……それは一体どちらへ?」


 文官の一人が不思議そうに問いかけたが王は返事をせずに魔水晶のリストからダラズを選択した。


「……どうか……届いてくれ」


 祈りながらテオドールは四枚目の羊皮紙を水晶球に押し込めた。薄藍色の球体は渦を描いて手紙を遠く離れた土地へと向けて送り出した。


「どうやら、向うの魔水晶は無事のようですな」


 宰相のルルスが安心した様に呟く。仮に送付先の魔水晶が壊れていた場合、手紙は吐き出される。それが起きなかったという事は、魔水晶自体がまだこの世に存在することの証明だ。


 痛いほどの沈黙が謁見の間に降り立った。魔水晶の欠点を上げるとすればレスポンスの悪さだろう。向うが魔水晶に手紙が届いていることを知らなかったり、すぐに返事を出せない状況や案件の場合返事を待たなくてはいけない。


 少なくとも伝令の着いているウージアと魔物に取り囲まれているダラズは魔水晶に手紙が届いていることにすぐ反応するだろう。しかし、もしこのままどちらも、いやどこからも連絡が無かったら。そんな思いが重臣たちの間に生まれた時。


 一通の羊皮紙が水晶の中を漂っていた。全員の視線がその紙へと注がれた。


 王が水晶に触れると波紋が経ち、羊皮紙が吐き出された。所々が焦げているその紙へと王は視線を下ろして―――息を呑んだ。


「……こいつは傑作だ!」


 腹の底からむき出しの感情が口を突いて出る。それは紛れも無く怒りだ。大火のような怒りが王の視界を赤くしていた。手紙を引き裂かなかったのは一欠けらの理性が止めた結果に過ぎない。


「陛下! 一体何が?」


 集まった臣下の一人が尋ねるとテオドールは羊皮紙を弾いた。滑るようにテーブルに着地したそれを全員が見て、同じように硬直した。


 放られた羊皮紙は所々が焦げ、文面は血のように赤い。いや、もしかすると血で書いてあるのかもしれない。


 そこにはたった一言。


 ―――この街は滅びた。六将軍第四席クリストフォロス。


 そう書いてあった。


 重苦しい沈黙を打ち破ったのは文官のオリバーだった。


「……こんなもの、何かの間違いでしょう! きっと、敵がこちらの士気を下げるために送った誤情報でしょう!」


「間違いとはなんだ? どうやって魔水晶間でしか成立しない空間魔法を使うというんだ」


「そんなの私に分かるわけないでしょう! それともあなたはこの内容を信じるというのですか!? たった一日でダラズが堕ちたと!?」


 冷静な男とは思えない程の取り乱しようだったが、彼だけでなく年の若い文官たちはみな似たような状況だった。彼らにしてみればダラズが長く存在すればその分敵はこちらに多くの敵を送り込めない、いわば防波堤のように考えていた。


 その幻想が二日目にして砂の城のように崩された。南の地平線からモンスターの大群が今にも進行してきそうな恐怖を感じていた。


 一方でルルスを始めとした重臣たちは羊皮紙の真贋を確かめていた。


「使われている紙はシュウ王国の正式な書簡ですな。紙の手触りや、光に透かせば、紙に王国の紋章が透かしとして現れます」


「うむ。紙だけは真正のようですな。……それにしても六将軍とはいやはや、昨日の最悪の予想が当たりましたな陛下」


 ルルスが問いかけると大きく呼吸を繰り返していたテオドールは頷いて見せた。先程までの激昂が嘘のように平静を装っている。もっとも薄皮一枚下にはまだ炎のような怒りが流れているかもしれない。


「どちらにしろ、ダラズからの救援は望めそうもないな。ミカロスに伝えろ。ダラズからの救援は戦略に加えるなと」


 頷いた兵士が伝令として謁見の間を飛び出した。


 すると、魔水晶を凝視していた者が新しい書簡が届いているのに気づいて声を上げた。全員の視線が再び魔水晶へと向けられた。


 テオドールが書簡を引き抜くと彼の鼻が香水の香りを捉えた。彼はそれに気づいて心底嫌そうな顔をした。


「……ウージアの女帝か」


 落ち込んだ声色で彼は羊皮紙を見つめた。中を見る前に送り主が理解できたのは手紙に香水を振りまくような知り合いは一人しか思いつかなかったからだ。意を決して書簡を開いた。


 ―――テオドール陛下。急を要する通信の為挨拶は抜きで始めます。……ウージアは現在近隣住民の収容を行っており増援は直ぐに出せません。民をスタンピードの脅威から守ることが私の責務と思っています。ゆえに大変心苦しいのですがアマツマラに増援は直ぐに遅れません―――


 そこまで読んで彼は書簡を机に叩きつけた。パンと乾いた音が謁見の間に広がり居並ぶ人々は驚いた表情で王を見つめた。


「あの女狐、増援を寄越すのに時間がかかると申しているぞ」


 続いて王の齎した発言に周囲は驚愕するしかなかった。自治権を有しているとはいえ国の首都がモンスターに包囲されている現状で増援を出すのに時間が掛かるなんて大半の人には想像すらできなかったことだ。


 だが、ルルスは予想していたようにため息を吐いて書簡に目を通した。


「民を大義名分として使われておりますな……これでは迂闊に糾弾する事もできますまい」


「この一件が終わったらあの女から今回の損失、全額もぎ取ってやるぞ!」


「その意気です陛下。……とはいえ今は近場のウージアから増援無しにどうやって難局を乗り越えるですが……陛下、この書簡最後まで読まれましたかな?」


 テオドールはルルスの問いに首を横に振った。彼は最初の数行を読んで書簡を放り投げたのだ。咎めるような視線と共に王は書簡を受け取った。その後も巧みな文章表現で増援の遅延を延々と詫びている。本心ではそのように思っていないのに白々しい。羊皮紙を華美な装飾文で埋めるほど、うすら寒さを感じていた。彼は耐えながら最後の段を読む。


 ―――長々と申しましたが、最後に。こちらで放った偵察部隊がダラズの城壁が破られ、火の手が上がっているのを確認しました。おそらく滅亡しているとの事でしたわ。それでは頑張ってくださいまし。


「ウージアの偵察部隊が、ダラズが蹂躙されているのを見たそうだ。……こりゃ、ダラズが滅んだのは確定だな」


 再度、謁見の間に重苦しい空気が降り立った。一番近い都市の滅亡を突き付けられて、アマツマラの滅亡を想起させられる。抗うように武官の一人が発言した。


「女帝の……虚言という事はありませんか? その……女帝が陛下に対して好ましい感情を抱いておられないからの偽りということは」


「ありうるかもしれんが、まあ無いだろうな。あの女はこんな証拠として残る物に自分の不利になるような嘘は残さん。後から偽りであった事がばれればオレが大手を振ってあの女からウージアの自治権を奪える。そんな事に気づかない程愚かでは無い。……とんでもなく邪悪ではあるがな」


 ある意味、ダラズの滅亡とういう事実の真贋は女帝のテオドールへの憎しみが保証している。


 テオドールが天を仰ぐと、三度魔水晶に変化が起きていた。今度は二通の書簡が同時に届いた。


「息子たちからの手紙が来たな」


 北のハイドラはテオドールの第一王子が、南のオウリョウは第二王子がそれぞれ采配を振るっている。シュウ王国はトップにテオドールが君臨しているが実質地方ごとに政治が分断されている。四つの地方にそれぞれ王族がおり、独自に兵権を握る。特に南のメスケネスト平野との境界線を預かる第二王子の兵団はシュウ王国でも頭一つ抜けた強さを誇っている。


 一方でテオドールは西の王族には増援を出していなかった。いや、出せなかったといえる。ウージアの女帝以上に自分に敵対する存在がそこに居るからだ。シュウ王国西部を預かるクロッカスはテオドールの従兄だ。彼はいまだに玉座に固執している。下手に増援を要請すれば大軍を率いて首都を制圧されかねない。


 そのためウージアからの増援が期待できない現状、残った王子二人が希望だった。


 テオドールはまず、第一王子の手紙を読み上げた。


「ハイドラからの増援は今から準備をする関係で到着は四日後になるそうだ……数は四万」


「仕方ありませんな。軍の招集から編成にも時間が掛かる。商人の隊列とは訳が違いますな」


 直ぐに来れない増援にため息を吐いた一同を慮ってルルスが慰めの言葉を放った。みな頭では理解できているが感情が抑えきれない。


 そしてテオドールは次の書簡を開いた。だが、一同はそこまで期待していなかった。ハイドラとオウリョウだと距離でオウリョウの方が遠い。同時にスタートすればハイドラの兵の方が早く到着するはず。テオドールも含めた全員がそう思っていた。


 しかし、彼らの予想は裏切られた。


「あんのバカ息子が!」


 テオドールは声を荒げた。しかし、声色に怒気は無く、むしろ誇らしさすら滲ませていた。ルルスは不思議そうに視線を向けた。


「……数日前より連絡の取れなくなった砦や監視塔を不審に思い、王子自ら手勢一万を率いてオウリョウを出発。恐らく三日後には到着されるかと。領主代行より、だそうだ」


 読み上げた内容に一同は驚いた。兵権を王子が持つため、独自の判断で兵を招集し運用するのは認められている。だが、王子自ら兵を率いるとは。


「ほっほう! さすがは陛下の子。まるで野獣のような勘をお持ちですな」


「師よ、褒めんでください」


「褒めとらんわ! まったく、主も冒険者になるといって国を飛び出しおって。似た者親子め」


 ぐうの音も出ないテオドールは再び兵にミカロスへの伝令を告げた。


「ミカロスに伝えよ。三日後に一万。その次に四万の増援が来る。それまで耐える様に兵を運用せよ」


 兵士は目を輝かして謁見の間を飛び出して行った。兵士だけでは無い、謁見の間に詰めている全ての人間の目が届いた希望によって輝いている。


(無理も無い。ようやく届いた形のある希望だからな)


 テオドールは声を張り上げた。雄々しく宣言するかのように。


「聞いたな、皆の者! 三日だ。三日を凌げば希望が届く! それまで各員、奮戦せよ!!」


「「「ははっ!!」」」


 王の檄に身を震わした臣下たちは希望に向けて生きのびる努力を始めた。だが、王は人知れず沈鬱な表情を浮かべていた。それに気づいたのは師であるルルスただ一人だった。


(六将軍がこのまま黙っているとは思えん。それに『招かれた者』の疑いのある少年が齎した未来予知……古代種、赤龍の襲来)


 オルドから昨夜内密に知らされた情報を聞いて以来、一つの過去を思い出していた。脳裏に浮かぶのは若かりし頃、王になる直前に挑んだ決闘。人知を超える力を振るった龍の姿を思い出し、腰に差した刀を掴んだ。


「その時が来たら……あの日の再戦と行こうじゃないか」


 呟いたテオドールの顔は民を導く王では無かった。


 戦いを渇望する戦士の顔だった。


読んで下さってありがとうございます。

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