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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-16 精霊祭 一日目〈XⅥ〉

 カザネ亭を出て一時帰宅が許された街中を歩く。行きかう人々は疲れた顔をして横を通り過ぎる。本当なら今日は精霊祭の初日で、皆が楽しみに待っていた日だったのに。


 時折、避難施設について情報を知っていそうな巡回中の兵士やギルド職員から話を聞いたりしてシアラの居場所がわかったのは出発してから四十分以上は経っていた。僕ら支援部隊は早朝までに支度を済ませて城門に集合だ。ちゃんと寝て疲れを取りたいから早めに辿りつきたい。


 街の上層部。元は何かの施設だった三階建ての建物に奴隷商人たちは身を寄せ合うように集まっていた。兎角、『奴隷』は人から嫌われやすい。付き纏うイメージや人を物のように売り払う事への嫌悪感から一般人だけでなく、同じ商人からもあまり好かれていない。そのため、奴隷商人とその奴隷たちは街の中でも辺鄙な場所の建物へと押し込まれていた。


 建物に入るとすぐに人の気配がした。部屋だけでなく玄関まで解放してそこで休んでいるようだった。だけど、気づいたのはそれだけでは無かった。歌が聞こえたのだ。


 支給された毛布と明かりの下、炊き出しのスープを食べている子供たち。寄る辺の無い、不安そうな子供たちに寄り添うようにシアラが歌っていた。


 聞いたことの無い歌だった。きっとエルドラドの歌なのだろう。人の心を直接震わせるどこまでも澄み切った歌声は子供たちだけでなく、疲弊した大人たちをも癒していく。僕自身、今日一日の疲れが吹き飛んでいく感じがした。


(奴隷たちの中に舞い降りた歌姫ディーヴァ……って柄か、アイツ?)


 壁に凭れて歌に聞きほれながら、子供たちの輪の中で歌うシアラを見つめた。朝に見た時よりも肌艶もよくなり、長い髪の毛を高い位置で括っている。最初見た時は直ぐにシアラだと気づかない程の変貌だった。とても汚い檻の中で『気狂いの王女』とよばれたのと同一人物だと思えなかった。


 しばらくして、名残惜しい事に歌が終わった。


「―――ええっと。……以上です」


 歌ってるときは目を瞑ってたシアラは周りの視線が自分に集まっていたのに気付かなかったようで、歌い終わって何百という瞳が自分に集まっているのを知って硬直する。なぜか慌てて立ち上がり頭を下げれば、遅れて結んだ髪が揺れ動く。


 そんな彼女を万雷の拍手が迎える。僕も手を叩いた。


 誰もが口々に彼女の歌声を褒め称えた。大人たちはどこそこの酒場の歌手よりも上手いぞと言い、抜け目ない商人はこういう特殊分野の奴隷も有りかもしれないと呟き、子供たちは純粋にシアラにアンコールをせがむ。


「ちょっと、一曲だけって約束でしょ。ほら、アンタたちはスープをさっさと飲んじゃいなさい。ほら、冷めちゃうでしょ。ワタシは―――ちょっと知り合いに会うからね」


 えー、と不満を口にする子供たちを引きはがしてシアラが僕の方へとやってきた。僕の前に立つと上から下まで視線を送ると偉そうに、


「ふん。アンタ……生きてたのね。オメデトウ」


 随分と心のこもっていない祝辞だった。それでいて嫌味とは感じなかったのは彼女の生来の気質だろうか。僕は同じように返した。


「そっちこそ。生き残れてオメデトウ」


 それからそっぽを向いて本心を口にした。


「……それと。歌、上手かった。……あんなに綺麗な歌を聞いたのは……初めてだった」


「あ―――ありがと」


 シアラは一瞬ポカンとした後、少しはにかむ様にして礼を言った。二人してその後に言葉が出ず、沈黙から逃げるように周囲へと視線を向けると、ギャラリーがニヤニヤとこちらを見ている。


 その中に見覚えのあるハインツさんの姿があった。


「ハインツさん! すいませんけど、コイツ少し借ります!」


「敷地の外に出なきゃいいぞ……なんならお買い上げするか?」


「はぁ? ワタシはアンタに用なんか無いけど、って! ちょっと! 手を放しなさいよ」


「いいから。こっちに来なよ、人目があるだろ」


 ハインツさんの許可を受けてシアラの手を掴み、彼女を連れてこの場から離れる。行く先はこの建物の屋上。そこなら人はいないと思って階段を駆け上がる。


 僕の予想通り、屋上に人の姿は無かった。吹きさらしの板が詰めてあるだけだ。落下防止用の柵なんて無く人の出入りも殆どないのか随分と汚れていた。だけど景色は屋上の惨状に反して見応えがある。アマツマラが坂の街の為、上層地域にあるこの建物の屋上からは街並みが一望できた。


 一時帰宅が区域ごとに行われるため、その部分だけは夜の闇を切り裂くように明るい。反対にそれ以外の地域は明かりが疎らにしかついいていない。城壁沿いの建物では今日消費したり消耗した物資の補給が行われてるのか煙突から煙が吐き出される。その城壁の向こう。防壁の上に等間隔にかがり火が置かれ、兵士たちが夜を徹して外のモンスターたちを警戒している。明日以降を想定して土嚢を積んだり、障害物を設置したり、地雷型魔法陣の仕込みをしたりと本格的な戦場へと姿を替えていく。


 街全体がモンスターとの戦争に向けて動いている。昨日まではこの時間でも街は賑わっていた。イベントを前にした子どもが興奮で眠れないような、そんな楽しげな雰囲気に満ちていた。でもいまは、耳を澄ませば突然の悲劇にすすり泣く声が聞こえてきそうなほど沈痛な雰囲気に沈んでいる。


 そんな街並みを眺めていると、後ろから咳払いがした。


「あのさ。ワタシに用があるなら早くしてよ。山が近い分……肌寒いのよ、ここ」


 言われると確かに街よりも温度が低く感じる。それに日本で言うと三月下旬ごろの暦だが、夜は未だ寒い。奴隷を証明するかのようなボロしか着ていない彼女には余計に寒いのだろう。僕はコートを脱ぐと彼女に押し付けた。


「ほら、これでも着てなよ」


「……ふーん。どうやら長い話になりそうね」


 シアラは僕の胸中を探るように金色黒色の瞳を鋭くした。図星だっただけに無言を貫くと彼女は屋上の縁に腰を下ろした。むき出しの素足がブラブラと揺れる。


 一瞬、飛び降りる気じゃないだろうなと思ったが杞憂に終わった。安心して僕は彼女の隣に座った。


「それで? 何を聞きたいの?」


「……それを未来予知で知る事は出来ないのか?」


「む。そーいう切り返し方から始めるのね。悪くないわね」


 眉を上げたシアラが愉快そうに言葉を継ぐ。


「ワタシの特殊技能ユニークスキル、《ラプラス・オンブル》はワタシの望みとは関係なく二種類の未来しか見せないの。それがワタシにとって最悪の未来でもね」


と、唐突に。一気呵成に切り込んだ。


 ―――息が止まりそうになる。動揺をシアラに悟られない様に堪えるのに集中する。


 彼女が何の気負いも無く特殊技能ユニークスキルについて話し始めたのがあまりにも予想外の為、驚きのあまり呼吸すら忘れた。かつてネーデでアイナさんが言っていた言葉を思い出す。


 ―――「生まれつき技能スキルを持っている人も居るの。それは特殊ユニーク技能スキルって言う、正真正銘、神様からの贈り物って言われるの」


 今の所、僕以外でそんなおかしな技能スキルを持つ人はいない……と思う。少なくともそんなのを持っていると口にした人はいなかった。もしかすると彼女は……僕と同じなのかもしれない。


「ああ、その前に。特殊技能ユニークスキルってのは受動的パッシブ能動的アクティブと違って生まれつき持つ力で―――」


「―――神様からの贈り物……って奴か?」


「あら? 素敵な表現ね。……でもこれはそんないい物じゃないわ。それに神様なんてこの世界にはもう居ない。これをくれたのは……悪魔のような奴よ」


 憎々し気にシアラはそう断じた。その横顔から隠し事をしている気配はない。彼女は本心から神が居ないといっている。だとすれば彼女は僕や冒険王と同じ異世界人では無い。怒りをにじませたシアラはため息を吐いて、自分の感情をコントロールしてから話を再開した。


「ワタシの見える未来は二つ。一つはその人間の死ぬ可能性。ワタシの目にはね、人に纏わりつく死の気配が見えるの」


あまりにも抽象的な表現に首を傾げる。人は死ぬ生き物だ。だとすれば今も彼女の瞳に僕の死の気配が見えてるのだろうか。


「死の気配? それは今も……僕から出てる?」


 思わず自分の体を見下ろしてしまう。その仕草に笑みを浮かべたシアラがかぶりを振る。


「ちょっと言い方に語弊があったわ。基本的にどんな人も生まれた時からも死ぬ可能性を孕んで生きている。だって人は生まれた時から死に向かって歩むでしょ。つまり人のゴールは死。それを寿命と呼ぶならワタシは人の寿命が見える訳じゃない。その寿命を全うできない可能性・・・を影として見る。ただし、自殺と事故死は見えない。仮にアンタがこの場から飛び降りたり、足を滑らして死ぬ運命だとしてもそんなのは見えない。他殺限定・・・・の未来予知」


「随分と限定的な能力だね。……仮に僕が君を殺そうとした場合、すぐに見えるもんなの?」


「もちろん。その殺意が本物なら死の影が足元から昇り始めて人を包みだす。それは死の試練が近づいてきてる証。それがどんな死に方なのか分からない。絞殺、射殺、毒殺、斬殺、刺殺、撲殺、薬殺、抉殺、殴殺、溺殺、焼殺、扼殺、鏖殺、いろんな人のいろんな殺され方を見たわ」


 人の死に方をそらんじるシアラはどこか辛そうだ。もしかするとそうなった人たちは彼女の近しい人たちなのかもしれない。


「それでも影が人を包む程度なら運命を変える事は可能。死の運命が確定していない。生という名のロープにしがみ付いて死という奈落に落ちないよう耐えてる。だけど、アンタは死の影が全身を包んでいた。ワタシが知る限りそうなった人はみな奈落へと落ちていた。なのに、あの時。背後から襲い掛かるレッドパンサーを倒してしまった。アンタはあの時、文字通り死の影を切り裂いた。それだけじゃ無いわ。背負っていた子供を覚えてる? あの子もあそこにいた奴隷の中で唯一死が確定していたの」


「だから君はあの子が逸れたことに直ぐ気づけたのか!」


 なぜ彼女があの少年に注意を払っていたのか理由が分かった。あれは彼女なりの実験だったのだ。僕が死の運命を蹴散らせるかどうかを試す試金石。肯定する様にシアラは頷き、言葉を継ぐ。


「でも、アンタもあの子も今は死の影が薄くなっている。いまがこんな状況だからゼロじゃない……それでも普通ならあり得ない。ワタシの目が見た影は絶対だった。どんなに手を尽くしても不条理なまでに命を刈り取る死神の鎌だった。でも今日、アンタがそれを覆した」


 言葉を区切ると急に、シアラが僕の方を向く。僕らの間にあった距離を詰めてくる。前に見た『気狂いの王女』と呼ばれていたころに似た鬼気迫る表情を浮かべていた。僕を押し倒しかねない勢いに負け、這うように距離を取る。


「……どうしてなの? アンタは一体何者なの? その黒髪黒目は何故? ハーフとは言え同族かどうかの見分けはつく。アンタは魔人種じゃない。なら何者なの? どうやって運命を変えるの!? ねえ、教えてよ!!」


「おいおい、こんな危ない所でそんな不安定な姿勢だと―――っ!」


 最後まで喋る事は出来なかった。四つん這いで迫るシアラが山からの吹きおろしの風でバランスを崩したのだ。よりにもよって地面の方へ。ぐらりと、落ちていく少女の手を掴んだ。


 柵などない屋上に掴める場所は無い。右手に少女の体重が掛かると僕の体も屋上から落ちてしまう。咄嗟に縁を掴んで地面に真っ赤な花を咲かすのだけは回避した。


(オイオイ! ここで死んだら今朝だぞ! あんな綱渡りな今日をもう一度繰り返すのかよ! そんなの勘弁してくれ!!)


 僕は右手にぶら下がってるシアラを見た。彼女は金色黒色の瞳で僕を見つめている。その瞳は大きく開かれ、何か信じられない物を見ているかのようだった。


「まさか……死の影とやらが僕を包んでるのが見えるのか?」


 不審な態度に思わず嫌な予感を抱く。下にいるシアラに向けて問いかけると彼女は我に返ったように首を横に振る。


「……違う。そうじゃない。そうじゃないけど……どういう事なの? いまのは」


 山から吹く風の音に掻き消されて、最後の方が聞こえない。彼女の様子からすると死ぬことは無さそうだ。全身に精神力を漲らせる。上がったSTRのお蔭で二人分の体重を軽々と片手で屋上へ体を持ち上げた。次いで、シアラを引き上げた。元来、それほど多くない精神力を使ったせいで眩暈を感じて屋上に寝転んだ。息を乱しながら彼女に口を開く。


「はぁはぁはぁ。……自分の死ぬ可能性ぐらい見えないのかよ!」


「これはどっちかというと事故死よ。まあ、死んでないけど。それに死の影はその人が選んだ選択肢しだいで一気に体を包む時もある。それこそ二つある曲がり角のどちらかを選んだ瞬間が死への旅路だったとかね。……もっとも曲がり角を選ぶこと自体がもうすでに死への運命の場合もあるけど」


「随分と曖昧だな! それじゃあ何でみんな死ぬって言ったんだよ」


 屋上の床に寝ころびながらシアラに文句を言う。彼女も目前に迫った死に驚いていたのか顔色が紙のように真っ白だった。


「あの時は自分も含めて街行く全ての人から死の影が濃すぎたのよ。それこそ都市を包むほどにね。あんな状況に陥ったのは初めてだったわ。だから、何が何でもこの街から離れようと警告を繰り返したけどどうしようもなかった。……その内疲れて、いっその事もう自分の手で終わらせようと決めたの」


 自嘲的な笑みをシアラは浮かべた。自分だけが知っている苦難を自分でどうにかしようともがく気持ちに対して共感できた。僕もそうだった。ゲオルギウスという怪物を前にしてどう戦うか考えていた時に全てを諦めて死を受け入れそうになった時を思い出す。


「それにもう一つ、厄介な方の予知をしちゃったのよ」


「厄介な方? そういえば、二種類あるって言ってたよな」


 息を整えて起き上がるとシアラも居住まいを正して座る。先程から彼女の表情が不自然なほど固いのが気になった。


「死の影は自分の意志で発動出来るの。見たくなければ念じるだけで視界から死の影は消える。でも、もう一つの予知は見たくなくても見せられるの。この金色の瞳にね、映るの」


 夜の星空の下、彼女の伏し目がちな瞳は輝いているかのようだった。ゲオルギウスとはまた違った金色の瞳が何かを見つめている。


「最初に見たのは街を破壊して回る赤い龍の姿。街は火の手が上がり、角の生えた龍が暴れ、人々が逃げ回っている場面よ。こっちの予知は確実に起きる事しか見せない。例えどれだけ残酷でも、回避しようと努力しても、起こる。ワタシは最初、この龍が街を包むほどの死の影を生み出していると思った」


 沈黙が僕らの間に降りた。彼女の真剣な姿から偽りを述べているとは思えない。けど、龍なんてとてもじゃないが僕らでどうにかできる問題では無い。やはり、オルド辺りに相談するべきだろう。


 そう考えてると、彼女が宣告する様に言葉を絞り出す。


「……それと……もう一つ・・・・。見てしまったの」


「……なにを?」


 嫌な予感が全身を蝕み、足元がぐらつく。この感覚は前にも味わった。ネーデのギルド屋上でゲオルギウスを前にした時の絶対的な恐怖。


「その龍に立ち向かう私たちの姿を・・・・・・


 それは紛れも無い……死刑宣告だった。


読んで下さってありがとうございます。

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