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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-12 精霊祭 一日目〈Ⅻ〉

 戦場は次の段階へと進んでいた。地上のモンスターたちはオルドの部隊とゴーレムの誘爆。それに防壁の上や中を突破した者も倒されたことで一万五千いた数も四割近くを屍へと変えていた。もちろん人間側にも少なからず被害が出ている上、モンスターの士気は高く彼らは防壁を越えようと無謀な突撃を繰り返す。


 そして今も晴れた青空を汚すように飛行系のモンスターが現れた。防壁の上からウォントは空の住人たちを見据えて南の空を睨んでいた。老人の垂れ下がった瞼から覗く眼光は鋭く、とても老人とは思えない気迫を放つ。


「御苦労な事じゃのう。ホーングリフォンにハーピー亜種。あれは……ガルーダかのう」


 双眼鏡が無くても見える距離まで近づいてきたモンスターの種類を独り言のように呟く。隣に立つ伝令役の兵士が聞き漏らさずに羊皮紙に書き込む。角度的に見えないミカロスたちの為に情報を整理しているのだが、告げられるモンスターの種類に手が震える。地の底に存在する迷宮において冒険者たちの中で一つ目安がある。それは飛行種が生息する迷宮を突破できれば中堅であるという事だ。高い天井に遮蔽物の少ない広間。何より迷宮に出現する飛行種は最低でも中級以上というのが目安の理由だ。


 そんな脅威が群れとなって襲ってきているのだ。手が震えるのも無理はない。


「数は恐らく……三千程。思ったよりも少ない。それに……ふむ。面白い事を思いつく」


「面白いとは何でしょうか?」


 ペンを止めた兵士が不安気に偉大なる魔導士を見た。自分の祖父よりも年上のように見える老人は皺くちゃな指先でモンスターの群れを差した。


 冒険者の発達した視力なら見える距離ではあるが、一般の兵士には黒点の塊にしか見えない。細部を見るには双眼鏡が必要である。兵士が首から下げていた双眼鏡越しに空を飛翔するモンスターを見て―――戦慄する。


 彼らはその背中に別種のモンスターを背負っている。グリフォンはブラッドリザードをガルーダはゴブリンなどを。そしてハーピー亜種はトロール・・・・を紐のようなもので固定して数体がかりで引っ張り上げている。


「あれなら防壁があろうと関係なくモンスターを街に送り込める。なるほどさしずめ空中強襲部隊とでも名付けよう」


「な、何を悠長な事を! 私は直ぐに騎士団長にこのことを報告します。失礼します!」


 泡をくったように慌てて兵士は指揮所へと走り出した。ウォントはその姿を見て、自分には無い若さに目を細めていた。素直に驚けるのもまた若者の特権である。


「それにしても背に乗せたモンスターを含めても六千。地上に押し寄せているのを合わせれば二万千。ダラズにて確認された情報が間違っていなければ敵の総数は凡そ八万じゃが……気に入らんのう」


 一人になった歴戦の魔導士は誰に気を使うまでも無く己の心情を吐露した。


 全戦力の四分の一を敵は投入したことになる。とすれば残りは全てダラズに回しているはず。全戦力、もしくはその半数も攻めてこないという事はダラズが六万近い敵を足止めしていることになる。僅か八千の兵でだ。そんな事が有りえるのだろうか?


 確かにダラズはシュウ王国の最終防衛ライン。都市防衛における重要な武器や施設、練度は首都よりも上かもしれない。それに兵士の数に加えてダラズに居た冒険者も懸命に戦っているのかもしれない。


 それでも数の差はそう簡単に覆らない。遅かれ早かれ、増援が来ない限りダラズの陥落は避けられない。これは火を見るよりも明らかだ。


 ここでウォントが不快に感じるのは敵の目的だった。


(首都を落とすのが目的ならダラズをきっちりと落とすために戦力を集中させる。これは分かる。中途半端に殺し損ねて、息を吹き返されると面倒だ。そのためにも全てを灰にする)


 彼の脳裏に戦火の煙を上げるダラズの街が浮かび上がる。


(だとすればこちらに兵を差し向ける理由がいまいちわからん。最初の襲撃はこちらの準備が整う前の奇襲だろう。そしてその直後に万を超える軍勢を送る。これも分かる。奇襲は連続して行ってこそ効果を表す。しかしそれよりも遅れて空中部隊を寄越すのはどう考えてもおかしい)


 彼の目には余計な一手としか見えなかった。ダラズを落としていない状況下でこれ以上兵を分ける必要性が見いだせない。


 ウォントは防壁の上に集結している遠距離部隊を横目で見た。彼らはすでに意識を地上の敵から空中の敵へと意識を切り替えている。戦闘を経て、体力は消耗すれど彼らの士気は高い。仮に、最初のレッドパンサーとゴブリンの混成部隊が送られた時に空中からも同時に攻めていたら、少なくとも戦局はより不利になっていたはず。このような防壁を使えずに、城壁での防衛戦となっていたはず。


(モンスターを移動のコマとして捉え、あんな斬新な使い方をしておきながら兵法の道理に合わないことをしよる。本気なのか遊んでおるのか分からんのう)


 ダラズの情報が入らない以上結論は出せないが敵の目的が首都の陥落だけではなさそうなのを肌に感じていた。敵の目的が不明瞭なまま戦いが長引くことをウォントは不快に思う。敵の真の目的が分かった時には全てが手遅れになっているかもしれない。


 すると、冒険者の一人がウォントの方へと走り寄ってきた。


「オルド殿の強襲部隊の退避が完了しました」


 遠くの方で縄梯子を使って防壁をよじ登ったオルドがこちらに手を振っている。これで流れ弾が味方に当たる心配が無くなった。


「うむ。では通達を出す。合図を皮切りに空中のモンスターを攻撃。防壁上を一次ライン、後方の特別地域中央付近を第二ライン。そして城壁を第三ラインとする。弓兵は第一次に配置し敵を討て。範囲式攻撃魔法を使える者は第二ライン、軌道修正ができる補足式攻撃魔法を使える者は第三ラインに配置。……敵を都市の中に入れるな。奴らは背負ったモンスターを輸送している部隊だと思え」


「了解しました!」


「それと、『弓姫』のお嬢ちゃんに伝えといてくれ。第三ラインの指揮はお主に任せる。儂は大物狙いに忙しくなるからと」


 頷いた冒険者の指示があちこちに飛び出し、防壁上に散らばっていた遠距離部隊が配置についていく。


 そして遂に空中を飛び回る怪物たちが戦場へと辿りついた。


「グギャギャギャギャ」


「クルゥゥゥ!」


「ガァアアアアア!」


 彼らは威嚇する様に口々に喚きたてる。兵士だけでなく、冒険者も身震いするような咆哮だった。平地を覆い尽くしている眼下の敵よりも数は少ないのだが、防壁という盾が無い空においてモンスターたちの脅威が一層濃く感じられる。


「吠えるな。喧しいぞ、獣ごときが」


 その身震いするような咆哮を掻き消すような老人のしゃがれた声が防壁の上から放たれた。


 彼は枯れ木の如く細くなった腕を前に出した。衣服が垂れ、素肌が露わになる。それを横目で見た冒険者は奇妙な物を視界に捉える。老人の皮膚が黒い塗料のような物で塗りつぶされている。だが、彼は直ぐにその認識を改め、驚愕した。黒い塗料と思ったのは全て新式魔法のコードだった。隙間なく密集したそれが、あたかも塗料のようにしか見えなかった。


 それでも、その数は異常といえる。そもそも、新式魔法は旧式魔法における詠唱の長さが戦闘向きでは無い事から起因して産み出された。


 誰にでも、精神力さえ必要十分な量がある限り、簡単に使えるのが長所である。


 では、短所は何か。


 一つは所有できる数が限られている事。人によって差はあるが概ね七から十種類の魔法しか刻めない。それ以上刻みたいときは別のコードを消す必要がある。


 だが、この老人は十個程度しか手に入らない新式魔法を三十も体に刻んでいる。複雑なコードが皮膚を覆い、別の人間の腕を移植したかのようにさえ見える程だ。


「《超短文ショートカット中級ミディアム加速アクセラレーション》」


 老人の詠唱に合わせてリングのようなものが空中に浮かび上がる。彼はそれを固定したまま次の魔法を準備する。


「《超短文ショートカット上級ハイ爆発イグニッション》」


 老人の左手から火種がチロチロと放たれた。冒険者たちはその小さな火種の恐ろしさを良く知っている。標的に触れた瞬間一気に巨大化して爆発する危険な魔法だ。難点は速度にある。あまりにもスピードが遅い為設置型の魔法として広く認知されている。


 だが、ここからが『氷瀑』の本領だった。彼は三つめの魔法に取り掛かる。


「《超短文ショートカット上級ハイ氷塊アイスランプ


 詠唱と共に左手から放たれた水が火種に触れるなり、消すことなく小さな氷の塊へと変質させる。隣で弓を構えていた冒険者は有りえない現象に頭痛を覚えていた。


 魔法の融合はある程度の冒険者やモンスターなら簡単に行う。だがそれも二種類までの融合だ。ウォントは何食わぬ顔で三つの魔法を同時に行使している。同じ魔法使いがこれを見たら卒倒してしまう。


 単純計算で三十の三乗。二万七千種類の魔法を彼は産み出すことができる。実際には魔法同士にも強弱や相性などが存在するため全ての組み合わせが実行できるわけでは無い。その中で、この魔法こそが彼をA級として世に知らしめている魔法だった。


「合成魔法、《氷瀑》。弾けな!」


 火種を抱えた氷塊は加速の魔方陣を通り過ぎるなり、一直線に大空を駆けた。その加速により、只の氷の塊は削られ、鋭利な礫となってトロールの腹に突き刺さった。


 巨漢の内臓を蹂躙しつくした礫は運動エネルギーを放出しきると溶けだし、トロールの内部で爆発した。


 精霊祭初日、二度目の爆発だった。


 空中で爆弾と化したトロールを吊るしていたハーピーも、付近を飛んでいたガルーダたちも紅蓮の炎は容赦なく飲み込み、衝撃波は地上のモンスターにも叩きつけられる。


「的が大きいと外しようがないのう……主らもぼさっとせんで早く撃ちなさい」


「―――全員、今のが合図だ! 矢を放て!!」


 消費した精神力を補給する様にエーテルを飲み干した老人は爆炎に見とれている冒険者の頭を小突いた。我に返った彼は声高に支持を飛ばした。


 号令に合わせて防壁の上から矢が放たれていく。混乱しているモンスターは容赦なく撃ち落されていった。




「また、爆発ですか」


「今度は空からみたいね……なんか見えるかい、ロータス姐!?」


 リザと共に支援部隊として都市内の路地から上を見上げたファルナが屋根の上に上っているロータスに声を掛けた。


 都市内においての遠距離部隊を指揮することになったロータスは急ごしらえの足場を屋根の間に掛けて、そこから空を警戒していた。蜘蛛の巣の様にあちこちを繋いでいる木の板を頼りにここで敵を迎え撃つ。彼女らの後方、坂の上に市民の避難区域がある。第三ラインよりも後方の此処こそが最終ラインといえる。ちなみに足場を作ったのはリザをはじめとする支援部隊だ。


「あれは恐らく……『氷瀑』のウォント殿の魔法ですね。噂にたがわぬ威力です」


 屋根に上っている冒険者たちは感嘆の吐息を漏らしている。それほどまでに爆発の威力はすさまじかった。何しろ空の色を塗り替えるほどのモンスターの大群が一気に数を減らしたのだ。半分とはいかないが、三割以上は削っている。


 それから間髪入れずに矢が防壁からモンスターを狙って放たれる。例え外しても地上のモンスターたちを襲い掛かる。一石二鳥の布陣だ。


 しかし、モンスター達も只やられるだけでは無い。矢を躱した怪鳥たちは高く飛翔すると矢の届く範囲を超えて防壁を抜けていく。ロータスはその光景を見て声を張り上げた。


「一部のモンスターが防壁を抜けました! 各員、戦闘準備!!」


 ロータスの号令に合わせて屋根の上に配置された冒険者たちが殺気立つ。路地や通りにて作業をしていた支援部隊もモンスターの襲来を肌で感じて身構える。


 防壁を越えられたのは爆発で生き残った全体の四割。六百を超える飛翔系のモンスターが第二ラインの魔法使いたちと戦う。ある場所では連鎖する爆発魔法が放たれ、その隣では空間が歪みハーピーが大地に墜落していく。狭い迷宮では無いため好き勝手に放たれる魔法がまるで壁の様に広がり、モンスターたちを撃墜していく。


 すると、空を飛んでいたモンスターたちは一気に高度を下げた。地上すれすれに滑空する。彼らは大地に着地する程低く飛んで背負っている荷物を―――モンスターたちを下ろしていく。


 爆発を避け、矢を躱し、魔法を潜り抜けた百体以上のモンスターが己の役割を果たそうとする。


 瞬く間にモンスターが無傷で特別地域に降り立った。それもよりによって正門の付近にだ。特別地域で作業中の支援部隊の為に正門だけは開けてあったのが裏目に出る。


「正門を閉めるぞ! 退避する者は中に入れ!!」


 城壁の上で様子を見ていた兵士が正門を閉める様に指示を出した。ディモンドやオルド、それに騎士団長のミカロスも特別地域のモンスターを相手取ってはいるが全てを抑え込めていない状況だ。例え数体でも突破されれば入り組んだ都市の中、どこかに行ったのか分からなくなる恐れもある。


 城壁近くの建物では職人ギルドから派遣された職人たちが戦場で戦う戦士たちのサポートをし、診療所では運ばれてくる負傷者たちの治療を行っている。ここを襲撃されれば被害は計り知れない。兵士の判断は間違っていない。


 それでもリザは一瞬躊躇してしまう。主人であるレイがまだ外での作業に従事しているはず。一時的とはいえまたしても寸断されるのは避けたい事態だ。しかし、彼女は奴隷であると同時に冒険者でもある。ギルドからの命令に背くことが後々どんな不利益になるか判断がつかなかった。その場合責任を取るのは他ならぬ主人だ。


 だが、リザの前で再び城門が音を立てて閉まる。これで向う側との行き来はしばらくできなくなった。


「……ご主人様……ご無事でいてください」


 もう彼女に出来る事は祈るしかなかった。


「ほら、リザ。アタシら支援部隊も防衛に回るよ。なーにレイの奴ならなんだかんだ言ってしぶといから今回も生き残ってるはずだよ」


 そんな友人の背中を叩いてファルナが声を掛けた。都市内にモンスターが侵入したことを想定して彼女らは事前に支援部隊や後方の避難民を守るための配置が決まっていた。


「ファルナ様。……そうですね。私たちは私たちの務めを果たしましょう」


 勇気づけられたリザは表情を改めると未来を見据える様に強い意志を瞳に宿す。


 ファルナもそんな友人にあてられた様に頬を叩くと屋根の上のロータスに叫んだ。


「アタシらはもしもに備えて中層で侵入してくる敵をくいとめる! ロータス姐も気をつけてな!!」


「分かってますファルナ! それにエリザベートさんも。こんな所で死なないでくださいね!」


 坂道を駆けていく二人の少女を見送ってロータスは唇をほころばせた。幼少から面倒を見ていた少女がこうも大きく成長するとは。年の近い友を得てから益々成長している。前は張りつめた糸のような危うさを抱いていたのが気がかりだった。


(これはエリザベートさんとレイさんのお蔭かしら)


 思わず母親の心境を味わってしまう。ふと、遠くの防壁できらりと何かが輝いたようにロータスは捉えた。


(そういえば……母もあそこにいるのでしたね)


 絶縁されたとはいえ血の繋がった母親が最前線で戦っていることに胸が一瞬騒めいた。だが、彼女は瞬時に思考を、精神を戦闘へと集中させる。


 ファルナがバジリスク亜種を倒した時に手に入れた弓を引き絞り城壁に取りつこうとしているガルーダを狙った。


 一直線に飛来した矢は狙いを外さずに額を打ち抜いた。しかし、まだ防壁を空から突破したモンスターたちは数多くいる。屋根の上を飛ぶように移動しながらロータスは矢を放っていく。


 遂にスタンピードの群れはアマツマラ首都の城壁へと辿りついてしまった。


読んで下さってありがとうございます。

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