3-11 精霊祭 一日目〈Ⅺ〉
「全員放て!」
部隊長の指示により防壁の上から下を目がけて矢が雨のように降り注いだ。盾を持たないモンスターたちは全身に矢を浴びながら絶命していく。だが、彼らの行進は止まらない。同胞の死体を盾として城壁へと進む。
今も五指に鋭い爪を生やすブラッドリザードが土塊の防壁をよじ登り通路へと降り立った。
「ギシャアアア!!」
爬虫類に似た二足歩行する怪物は腰に提げたサーベルを振り回すと通路にひしめく兵士たちを威嚇する。彼の目的は後から続く者達が安全に昇る為にこの場を確保すること。
だが、振り回したサーベルが滑るように潜りこんだ影に打ち払われる。
「ここまでご苦労様……そして、バイバイ」
美しいエルフは口元に残酷な笑みを浮かべると腰に差している双剣を交差する様に振り下ろした。
哀れにもレッドリザードの首と胴は切断される。それだけで無く、ロテュスは崩れ落ちる胴を優しく突き飛ばした。防壁の外へと落ちていく体は同じように防壁を上るモンスターを巻き込んで落ちて行った。
「ほらほら。ぼさっとしないで急いで油をまきなさい。さもないと貴方たちをここから落とすわよ」
ロテュスが指示を下すと、兵士が煮えたぎった油を防壁に沿って流す。眼下で油が弾ける音とモンスターの絶叫が響いた。
「それにしても……あの騎士団長も中々考えたわね」
自分の担当する左翼側の防壁から飛び降りたロテュスは着地するなり背後を振り返った。そこには土塊の防壁の門が出現していた。
現在、その門には石が積まれ固く閉ざされている。だが、土壁に過ぎない防壁に何故門があるのか。
それがミカロスの立案した策だった。
彼はワザと城門を作る事で―――攻撃目標を相手に与える事でモンスターの動きをコントロールしている。
これが自然現象によるスタンピードならモンスターは考えることなくひたすら壁を壊すことに執着する。だが、これが誰かの意思による現象なら、ワザと壁の薄いポイントを作る事で相手の動きを誘導する。それだけじゃない。どこかを薄くする分他の所を厚くすることで守りを堅固にしている。
とは言え、それでもモンスターの力は普通の人間には想像できない領域に存在する。
防壁の門よりも南側にて轟音が発生した。
犀の形をしたアイアンライノーが己の固い皮膚を用いた突撃により風穴を作り出した。防壁は魔法使いたちの命令に従いすぐさま閉じ始めたが幾らかのモンスターの侵入を許してしまう。
方形の盾を構え方陣を取っていた兵士の集団が一個の生物の様にモンスターに挑みかかる。ブラッドリザードやスケルトンは兵士たちの方陣を抜ける事ができずに蹂躙された。
だがアイアンライノーはその巨体と、硬質な皮膚が兵士の攻撃をすべて弾く。中級のモンスターは容易く兵士たちを弾き飛ばすと猛然と特別地域を駆け抜けていく。
誰もが思う。あのモンスターが門を破る所を。
その時だった。重量のある足音を響かせながら一人の男が吶喊するアイアンライノーを正面から受け止めたのは。
全身を重装鎧で固めたディモンドがアイアンライノーを押しとどめている。鎧の内側で彼の鍛え上げた筋肉が鳴動する。
「ぐりゃああああ!」
放たれた絶叫に合わせて馬車よりも大きいモンスターの体が持ち上がり、地面に叩きつけられる。総じて外皮の固い生物は腹だけは柔らかい。むしろ柔らかい部分を隠す為に他を固くしているのかもしれない。
仰向けに倒されたモンスターの腹に彼に随伴していた冒険者たちが己の武器を差していく。
その間にもまた一つ、アイアンライノーの突撃により防壁に穴が開いてしまった。それを遠くから確認したディモンドはこの場を数人の冒険者に任せると走り出した。
とても俊敏そうな見た目とは思えない大男が風の様に走る。重戦車のようなアイアライノーの前に滑るように現れるとまたしてもモンスターの体を持ち上げてひっくり返した。
ディモンドは特別地域内において防壁を突破したモンスターを優先的に狙っていた。彼の持つ大剣は狭い通路上で振れば味方ごと切り裂いてしまう。あまりにも危険だ。
もっとも、彼はいまだに背負った大剣を抜いてない。己の筋力だけでモンスターを行動不能に追いやっている。
それだけの実力差が中級モンスターとA級冒険者の間にはある。
「オルドさんの方はどんの具合べが?」
訛りのキツイ独り言が防壁の向こう側へと運ばれた。
オルドの手にした大斧がスケルトンの頭蓋を砕く。割れた破片が刃の様にブラッドリザードの顔面へと突き刺さる。
たたらを踏んでよろめいたブラッドリザードを相対していたカーティスが己の裸拳を振るう。神速の拳が爬虫類の胴を貫いた。B級冒険者の中でもカーティスは異色の存在である。彼は武器を使わない。拳に申し訳程度のバンテージを巻いて指を守るぐらいしかしない。
装備も軽鎧を好み、身軽さを信条としている。それでいて山のような巨体も、金剛石のような硬い皮膚も、水溶性のつかみどころのない種族も己の拳だけで打ち倒している。
『拳士』と呼ばれる男の所以だ。
彼らは現在、防壁の外にて戦っている。つまりモンスターの大群で埋まっている平野のど真ん中でだ。A級冒険者のオルドを中心としたB級冒険者が僅かに十名。上からは味方の魔法や矢が降り注ぎ、周囲を殺気立った怪物たちがひしめく中を進む。
正気の行動とは思えなかった。
だけど彼らには自信があった。
「オルドさん! 目標までもう少しです!」
「分かった! 行くぜ、お前ら!! 《先駆けとなる我に続け》!」
同行しているB級冒険者が叫ぶとオルドは己の技能を発動させた。《戦士ノ鼓舞》Ⅳ。集団戦においてしか発動できない技能だが効果は抜群である。自分たちよりも多数の敵に囲まれれば囲まれるだけ仲間のステータスを上昇させる。もっとも上昇させるのは仲間であって自分には関係ないのが弱点といえる。
『紅蓮の旅団』の黎明期に寡兵で迷宮に挑み続けたオルドだから持ちえた技能だ。これによってB級の冒険者はステータスだけはA級の下位とさして変わらなくなった。
突然のパワーアップに調子に乗ることなく熟練の冒険者たちは落ち着いて群がるモンスター共を蹴散らしていく。
彼らには二つの目的があった。
一つは戦線を長くさせない事。防衛側は最低限の兵を南北に長く伸びている防壁のあちこちに置いている。だが兵士の数の足りない現状、敵には一カ所のみを攻めてもらいたい。守る側にしてみたらこれほど楽な事は無い。兵力をそこに集中させれば事足りるのだから。
敵の軍勢を側面から襲撃したオルドたちはモンスターが防壁の北へと伸びていくのを防ぎながらもう一つの目的を果たそうとしている。
すると、軍勢の中程から衝撃波が発生した。敵はおろか味方のはずのモンスターすら薙ぎ払う衝撃波をオルドが魔法で受け止める。
「《超短文・低級・岩壁》」
岩盤を大地から引き抜いたような岩壁は衝撃波を受け止めた。だが、それもつかの間。大海原の波のように終わる事の無い衝撃波の連続攻撃によって壁が崩された。亀裂が入り崩落した岩によってモンスター共は潰され衝撃波を放ったモンスターまでの花道を作る。
オルドをゆうに超える巨体に全身を重装甲な西洋鎧で固めたモンスターが手にした剣を大地に突き刺した。片手剣とは言えその巨体に相応しい大きさのため、普通の人間から見たら巨大すぎる剣だった。
タングステンゴーレム。
ゴーレムの中でも破格の性能を誇るこのモンスターは幾つかの特徴を持つ。
一つは魔法無効化。特に攻撃魔法の類は鎧の表面に触れただけで霧の様に掻き消されてしまう。ただでさえ守りの固い鋼鉄の鎧と合わせれば遠距離からこれを討つのはほぼ不可能といわれている。
もう一つが自爆機能だ。どういう訳かゴーレム種は全て体内に爆弾を仕込んでいる。頑丈な迷宮の広間すら崩しかねない威力を有している。単なる土塊の防壁に取りつかれればすぐさま起爆され、風穴どころではすまない。
そうなったらいくら修復できるといっても限界がある防壁。そこを起点に総崩れになるのは目に見えていた。
そんな危険な超級モンスターが二十体ほど緩慢な動きで剣を振りかざしている。
「団長! 露払いは俺らで! アンタはアッチをお願いします」
カーティスがホワイトタイガーを足刀で撃破するとオルドに向かって叫んだ。オルドは部下の声を背に、岩の瓦礫で出来た花道を真っ直ぐに進んだ。
「良いんですか、カーティス!? オルド殿を単独で向かわせても!?」
B級の冒険者が降りかかる火の粉を払うようにモンスターを蹴散らしながらカーティスに叫んだ。彼にはいくらA級の冒険者『岩壁』でもあの数のタングステンゴーレムに挑むのは自滅にしか映らなかった。
ゴーレムが自爆するタイミングは任意のタイミングか自己のダメージが一定値を超えた時。下手に相手を追い詰めれば自爆され、それを火種に他のに誘爆する恐れがある。当初の計画ではゴーレムを分断、各個撃破のはず。そのため足止めする係と即死に追い込む係の二つに分けて倒すはずだった。
これは『紅蓮の旅団』の暴走としか映らなかった。
だが、カーティスは不敵な笑みを浮かべて走るオルドを見つめた。その瞳に微塵の恐れも無かった。
「まあ、見てなって。あの人が伊達にA級じゃないってところを見せてくれるぜ」
カーティスの声が聞こえたかどうかは分からないがオルドは手にした斧を振り上げた。正面に相対するタングステンゴーレムも剣を振り上げ、両者の武器がぶつかり合った。
固い金属が砕ける音がし、タングステンゴーレムの剣は粉々に砕け散った。一方でオルドの斧は刃こぼれすら無かった。
「流石は鍛冶王の力作……いつもと変わらん切れ味だ」
オルドは満足そうに頷くとその斧を大地に突き刺した。そして高らかに吠えた。
「《超短文・超級・強硬鎧》!」
放たれた新式魔法に合わせる様にオルドの足元から変化が起きた。無数の砂のような物が大地から昇り始める。まるでアリが這いずり回るようにオルドを包みだした。
オルドの気迫に負けたタングステンゴーレムは何もできずにオルドの変化を見つめていた。ほんの数秒の出来事だった。
タングステンゴーレムの鎧のように重装甲な赤色の鎧がオルドを包んでいた。表面の模様がまるで燃え盛る大火の様に揺らめいている。
「あれは……一体?」
カーティスと背中合わせに戦っている冒険者の足が止まる。彼だけでは無い。他の冒険者も、そしてモンスターの視線さえも引きつけてやまない魅力を放っていた。
まるで火に魅入られた虫の様にタングステンゴーレムはオルドへと近づいた。
頭部まで兜に覆われたオルドは振り下ろされた大剣を前にして何もしなかった。なぜなら勝負はそれだけでついたからだ。タングステンゴーレムの大剣は赤色の鎧の前にガラスのような脆さを露わにして砕けた。
オルドは防ぐ素振りすら見せなかった。戦場に相手あるまじき行為だがそこに立っているだけだ。それだけでモンスターの武器が砕けた。
「あれがうちの団長の切り札さ。名前の通りあれが砕けた所を俺たちは見たこと無い。どんな攻撃も打ち砕いてしまう鎧さ」
誇らしげにカーティスは語る。その間もタングステンゴーレムの群れは己の剣が砕けるのを承知で振るい続ける。それだけで無く、ついには拳で殴りかかるもその腕まで勢いをつけた馬車同士が正面衝突した様に砕け散った。その間もオルドは一歩たりとも動かないでいた。
それなのにタングステンゴーレムは攻撃の手を止める事は無かった。オルドはそこに居るだけでタングステンゴーレムを追い詰めていく。
「あの鎧の色のパターンのせいか一定以上の強さを持つモンスターは攻撃せずにはいられない。見ての通り自分の体を傷つけてまで攻撃を続ける。そして……おっとやばい。全員、下がれ! 爆発するぞ」
したり顔で解説していたカーティスが突如叫んだ。言葉の通じる冒険者たちは我に返り、棒立ちのモンスターの隙間を通り距離を取る。
―――その直後だった。二十体のタングステンゴーレムの爆発が起きたのは。
最初は両腕を自分で潰した個体が爆発した。ダメージによる起爆では無い。これは攻撃手段をなくしたタングステンゴーレムの意地といえよう。それが引き金となり残りのゴーレムたちも爆発した。
防壁の上に居た兵士は爆発の余波で吹き飛ばされ、都市内でもその閃光と爆音は届いた。避難施設にて退避していた市民にも振動が伝わり、城内の謁見の間に吊るされたシャンデリアが揺れた。
当然、爆心地はとてつもない規模の土煙と爆炎が上がっていた。二十体のゴレームの爆発により舞い上がった煙は遠くからでも見える。
「―――つうう。こりゃ防壁が崩されるどころか……跡形も無く消えてたろうな」
「ですね……ってオルド殿は!?」
咄嗟にしゃがみ込んだ冒険者たちは周囲の惨状を見て驚いていた。先程まで万を超えていた大群の三割ほどが消失していた。残りも爆発の衝撃などで地面に倒れている。どう考えてもモンスター側の被害が大きすぎる。
(これが人為的なスタンピードなら、指揮をしている奴は何を考えてるんだ)
カーティスは倒れた仲間を引き起こしながら胸中にて思案する。総数が八万を超える軍勢なのに送り出した数が一万五千。仮にダラズを落とし切れておらず、そちらに掛かりきりだとしてもこんな中途半端な数は送らない。その上、味方に被害を出す恐れのあるゴーレム種をこんな使い方はしない。せめて一纏めにしないで軍勢の中で分散して送り出せばいいはずだ。何しろ一つでも防壁に取りつけばそれでこのスタンピードは終わっていた。
チグハグすぎる。大国の首都近辺までスタンピードを隠していた手際の良さや、モンスターの群れを軍隊化を成し遂げた理性とこのような御粗末な指揮をする人物が同一だとは思えない。
「まるでスタンピードを起こせた時点で目的を果たしたといわんばかりの態度じゃないか」
思わず、胸中から出た言葉に自分でも驚いて口を塞いだ。幸い、今の呟きを拾ったものは居なかった。皆の視線は土煙の方に集中している。
カーティスも視線を自分の大将の方へと向けた。
ゆっくりと流れる風が煙をカーテンのように剝がしていくと、人影が皆の視界に写る。
爆炎に包まれた時と同じように紅蓮の鎧は健在だった。大地に根が生えた様に爆心地の中央で仁王立ちしている。
(というかマジで根が生えているんだよな、あれ)
オルドの切り札にして、最強の鎧の欠点。それはあの鎧が大地に繋がっている事だ。使っている本人もぼんやりとしか理解できていないが大地に含まれている小さな粒を抽出して鎧を形成。そのため大地が無い海では使う事は出来ず、足元が大地から離れない以上動けない。
ゲオルギウス戦において彼がこれを使えなかったのは距離を取られたら最後、一方的に攻め殺されていたからだ。モンスターならまだしもどんな技能を持つか分からない魔人に対して簡単に切り札は使えない。仮に状態異常無効化系の技能を持っていたら鎧の催眠効果が効かない。そうなれば発動中のオルドは動かない的だ。
煙が晴れても彫像の様に動かない鎧を冒険者たちは固唾を飲んで見守っていた。すると、ピクリと腕が震えた。その震えが全身に伝わり鎧がボロボロと欠片の様に剥がれていく。
ほんの数秒で、それこそ現れた時と同じように鎧は大地へと帰った。そして、その中から無傷のオルドが現れた。
「だー!! 熱かった!!」
オルドの天を突くような絶叫が響き渡ると応えるように歓声が爆音のように放たれた。モンスターに囲まれているという状況は変わらないのに冒険者たちや防壁の上に陣取る兵士たちからも英雄に向かって称賛の声が上がる。
オルドは爆発を受けても自分と同様無傷の斧を握るとくるりと踵を返した。
「オラオラ! お前ら! 目的は果たしたから撤収するぞ!」
「良いんすか!? 今こそ攻める絶好の機会ですよ!」
首根っこを掴まれたカーティスが抗議の声を上げる。追随する様に走るB級冒険者たちも頷いて見せた。
「逆だ。このタイミングで離脱しないと最後のモンスターを倒すまで安全に離脱できない。みてみな。そろそろ正気を取り戻した奴らが攻めてくるぞ!」
オルドの予言通りだった。爆発から自我を失ったように、コントロールを離れたかのように呆然としていたモンスターたちの瞳が光を取り戻しつつある。隊列を組み直して殺意を滾らせて防壁へと進軍を再開しようとしている。むしろその勢いは爆発より前と比べても激しくなっている。
そして、畳みかける様に空からの第二陣が襲来した。
まだ開戦してから一時間たらず。怪物たちの士気は高い。
読んで下さってありがとうございます。




