1-8 ネーデの迷宮Ⅰ
※7/23 空行と一部訂正。
レイがギルドを夜中に、人目を避けるように抜け出してから2日。
ギルドの受付嬢にして新人教育を任されているアイナは仕事に身が入らず、書類から顔を上げてはギルドの入り口に視線を走らす。すでに手に握られた羽ペンの先は乾いているのに気付かず秀麗な顔を曇らす。
「……はぁ」
ドアを開ける音がするたびに顔を上げた同僚の姿に、隣席のクレアは小声で話しかける。
「例の新入り君。まだ、戻ってないんだって?」
「そうなの。……同室の冒険者は朝には姿が無いって言うから夜の内にでたんだろうって」
「門番は何と?」
向かいに座るカトリーヌも身を乗り出して話に加わる。
「旅支度をして街を出たのを見たのが最後だって。……それも西に向かっていったというから」
クレアとカトリーヌは顔を合わせて見合わせる。
ネーデの街のギルド職員にとって西とはあの場所を指すのに他ならない。
「まさか迷宮に向かったの? その新入り君」
「それこそまさかですわ。レベル一桁のソロで迷宮に挑もうとするなんて。自爆行為ですわ」
驚く2人にアイナは暗い顔で応えた。
「それがそうみたいなの。日中、2階の資料室でレイ君を見た人が居て。迷宮に出現するモンスターとか、迷宮での注意点を冒険者に聞いて回ったみたい」
「あちゃー。ビンゴってやつだね」
「ですわね」
「どうも一昨日、『紅蓮の旅団』の女の子に絡まれた時に迷宮に大きな関心を引いていたみたいなの」
「ああ、男の子は女の子にバカにされたら黙ってられないし、迷宮に心惹かれるのも分かるけど」
「無謀ですわ」
呆れた顔で口ごもるクレアに対してカトリーナはバッサリと言い切った。
「確かに冒険者は自らの殻を破るための『冒険』は必要ですわ。しかし若さに駆られて自らを省みない行為はただの蛮勇ですわ」
「そうね……本当にそう」
落ち込むアイナをどう慰めればいいか2人には分からなかった。
というよりも、どうしてアイナがここまであの少年に入れ込んでいるのかが分からなかった。
「ねえアイナ? どうしてあんたはあの新入り君にそこまで入れ込んでいるの。そりゃあんたの担当する新人ではあるけど……まさか、惚れた?」
「そんなんじゃないよ。ただ……」
力なく笑いながら否定する。しかし、遠くを見るかのような眼差しを浮かべた。
「「ただ?」」
「似てるんだよね……レイ君が。死んだ弟に」
「弟ってスタンピードでお亡くなりになった?」
自らの黒髪を弄るアイナに恐る恐るカトリーヌは問うた。
「そう。私達姉弟はこのあたりで珍しい黒髪でしょ? だから一目見た時から弟に似ているなーって思っちゃって」
「恋愛感情とかは無いの?」
「まっさか。だって年下だよ」
(いえ、年下なのが恋愛対象から外れる理由にはなりませんよ)
(だいたい。世の中の男は大抵あんたより年下よ)
2人は目線だけで会話をする。
「ねえ、ちょっと! このクエストなんだけどさー」
「はい。今行きます。2人とも仕事、仕事」
手を止めている同僚に発破をかけながらアイナはカウンターに向かった。彼女を待っていたのは浅黒い肌を見せつけるような露出の激しい鎧姿を気にしていない双剣の女戦士、ファルナだ。
(この娘。たしかレイ君に絡んだ紅蓮の旅団の)
思わずファルナの顔をまじまじと見つめてしまう。ざらついた気持ちが心に浮かぶ。
「ねえ。この森の探索依頼だけど……どうかしたの?」
「いえ。何でもありません。なんでしょうか?」
訝しげな視線を送られ、頭を仕事モードへと切り替える。
「このクエストの『森林調査』って何? 南に広がる森の事よね。なんかあったの?」
ボードから剝がした紙片を受け取りながら目を通す。早朝にギルド長が直接発行したクエストだ。
「ええ。実はスライム種を始めとするモンスターの大量発生の兆候が複数の目撃者から寄せられているのです。4日前にF級冒険者2名が森に入ったきり帰ってこず、遺体が発見された報告もあります。スタンピードに発展する恐れもあるのでC級より上の冒険者に依頼をお願いしたいのですが」
「このあたりでC級ったら数えるしかいないよね」
「はい。ちょうど迷宮に向かわれたりして不在だったり。そもそも大した報酬も出ないので引き受け手を探している次第です」
「だったらさ、アタシ達のパーティーはどう?」
「どう……と申しますと?」
「D級のアタシを含めた冒険者が5人、いま暇なの。ランクは基準を超えていないけど私達なら自信もあるよ。ねえみんな?」
言って、ファルナが後ろを振り向くのとギルドの扉が開くのは同じタイミングだった。
自然とファルナの視線はそちらを向き、ぎくりと体が固まった。後ろで控えていたメンバーも釣られて後ろを見て一歩下がる。
「あ……あんたその恰好は」
そこにはレイが居た。全身に血を浴び、防具は一部が無残に砕け、下のインナーも破けたりと無残な姿をさらしている。
ただし、表情は淡々と、しかし誇らしげな雰囲気を浮かべていた。
まっすぐアイナに近づくと肩に下げていた鞄を広げ、中から荷物を取り出す。
音を立てて魔石の山がカウンターに積まれていく。小さな山を築く魔石の中でひときわ大きく色も違う魔石が存在感を発揮する。
それを見つけたファルナが驚きの表情で叫んだ。
「……それ、ボスの魔石!?」
「え!?……本当だ」
アイナも驚愕し、信じられないと言った気持だった。2人の驚きは他の冒険者達や職員に伝播する。
レイは一身に視線を浴びながらも平然と。
「換金、お願いします」
緊張した表情で言った。肩に下げた鞄のあけ口からルビーの指輪がきらりと輝いている。
★
エルドラド3日目
レベル16で『ネーデの迷宮』上層部単独攻略達成。
★
話は2日前に戻る。
夜更けに準備を整えて僕は街を出た。途中、門番にこの時間の出発は勧められないと止められたが強引に出発した。
頭の中でアイナさんが怒っている顔が思い浮かぶ。
(帰ったら謝らないと)
目的地までの道のりは頭に叩き込んではいるが、実際に問題なくたどり着くかわからないので小走りに草原を駆ける。
向かうは西にあるネーデの迷宮。
午前0時を過ぎる前に着くように調整して出たのだ。早く着きすぎるのはともかく遅いといささか面倒くさい。ついつい気持ちが急く様に速くなる。
周りに気を配りつつも見渡す限りの草原はのどかな牧場らしき建物や野菜の畑が見えるが明かりらしい明かりは月しかない。
しかし、松明をつけるとモンスターや盗賊に見つかりやすいと他の冒険者から教わった以上月の明かりを頼りに進む。
40分程走った時、目に見える風景の中にお目当ての場所が見えた。3本の塔が三角形の頂点のように均等に配置され中心の一際大きい塔を囲っている。その塔こそが目的地。
ネーデの迷宮だ。
そもそも迷宮とは何か? 答えは冒険の書に書かれていた。迷宮とはこの世界に存在するモンスターの孵卵器である、と。
迷宮は地の底へと続き、無限にモンスターを生み出し、限界点を越えると地上へとなだれ込んでくる。それを防ぐために冒険者は己が命を危険にさらしてでも迷宮に挑むのだ。
現に迷宮の地上部分から伸びる塔の上半分は火薬や石が積まれており、モンスターの進軍が確認された時点で3つの見張り塔から火をつけられて入り口を崩す手はずになっている。もっともこの100年、ネーデの迷宮では起きていないそうだ。
ちなみに地上に進軍したモンスターはひとしきり暴れた後は人里離れた場所でコミュニティを形成し代を重ねる。僕が森で何度も遭遇したスライム達は100年前の騒動の子孫にあたる。
僕は時間を確認するために一度目をつぶりステータス画面を開く。右下に日数と時間がカウントされている。どうやらこの時間が0時を越えたら《トライ&エラー》のセーブポイントが作成されるようだ。
今は23時50分。発動まであと10分。もう一度装備品の確認をして時間を潰した。再びステータスを確認すると2日目0時と表記が切り替わっている。これでこれから次のセーブポイントができる前での間死んだらここに戻れる。
確認を終えた僕は迷宮に向かった。
『ネーデの迷宮。上層部、推奨レベル10以上。3人以上』
入り口に置かれた立札を横目に眺めつつ塔の扉を開く。空気が動き、かび臭さが鼻をつく、それだけじゃない。血や汗、人以外の体臭などがまじりあった独特の匂いが奥から漂ってくる。嗅いでいるとこの先に待ち構えている物を想像して不安になる。
塔の中は下に続く階段しか無く人影も無い。僕は階段を上から覗く。ここから下は見通せないが明るい光が漏れている。着ていたコートを脱ぎ鞄に押し込むと階段を降り始めた。
螺旋階段をゆっくりと降りていくと数分も経たないうちに、終わりが見えた。僕は迷宮の中に居た。
迷宮1階と書かれた立札は何度か修復を行った形跡が残り今にも崩れそうだ。
迷宮の中はイメージと違い正方形のタイルを敷き詰めた角々しい壁や床ではなく、まさに洞窟をくりぬいた洞穴のように見える。しかし、地の中なのに暗くなく、むしろ地上の月明かりよりも明るい。天井や床に生えているコケが自ら輝きを放っているのだ。これだけで、ここがただの洞窟ではないと証明している。
冒険者たちから聞いた情報を頭の中で整理し、当面の方針を立てる。この迷宮は上層部だけで12階。迷宮は細い通路と大きい広間のような部屋が幾つも組み合わさって1つの階層を作り上げる。下への階段は複数あり、場合によっては行き止まりにぶつかる可能性もある。8階と12階の階層だけ広間しか存在しなく前者はモンスターが出現しないセーフティーゾーン。後者はボスが出現するボスの間となっている。逆にいうと地表とそれら以外のどの場所でもモンスターは現れるということだ。
現に階段を降りてすぐに見覚えのあるモンスターが行く手を阻む。
スライムが2体現れた。
剣を抜き、まず1体、縦に切る。慣れた様に2体目を勢いよく突いた。壁に突き刺さったスライムはどろりと力なく崩れ魔石を吐き出す。あっという間に2体とも倒したが、べちゃ、という音と共に3体目のスライムが天井から落ちてきた。
「なるほどね。確かにモンスターの孵卵器だ」
壁に刺さった剣を抜いた反動で3体目のスライムを袈裟に切る。そのまま周囲の確認をする。死んだスライムの体液はすでに迷宮に染み込み跡も残していない。倒した証明として魔石が3つ転がっているだけだ。
もう出現しないと判断し剣は抜いたまま魔石を回収し道なりに進む。
10分程歩くと3つに枝分かれした通路に出た。
「さて、どの道が先に進めるのかな」
迷宮に確実なルートは存在しない。それが冒険者たちの認識だ。
というのも迷宮は1日から3日の間に構造を作り替える習性がある。一部を変えたり、全体を作り直したりして、常に正解というルートは存在しない。長く迷宮に潜り、いざ帰ろうとして帰りの道が違うということはザラらしい。
「とりあえず、総当たり方式で左から行くか」
剣を片手に慎重に左の道を進む。
レイが進んだ先は広い空間に繋がっていた。不自然なまでに平らな床面を不思議に思いつつ、見える範囲にモンスターが居ないことを確認して広間を進む。
ちょうど広間の反対に出口が見えるので、まっすぐ向かった。
カチリと音がしたときには手遅れだった。
ずりずりと何かを擦り合わせるような音が振動と共に起きる。上を見上げると同じように平な天井が落ちてきていた。
「トラップか!」
数秒後の自分の姿を想像して青ざめながら、叫び走り出した。彼の行く手を阻むように天井からスライムが吐き出された。
「退け!」
出口への最短ルートを選び、それを塞ぐようにするスライムだけを切る。他のスライム達は無視する。だが、スライム達も必死にレイを引き留めようとしまとわりつく。確実に速度は落ちていく。
(……出口まであともう一息!)
しかし、レイは出口までたどり着けなかった。
直前、2つ目のトラップが作動した。床の一部が開き、彼を飲み込む。
「―――っあ」
落ちていく感覚に気づき、咄嗟に淵に手を伸ばそうとしたが遅かった。哀れにもレイは下へ落ちて、待ち構えていた刃のような針の山に体を貫かれた。
―――なるほど。これがトラップ部屋か。
穴だらけの体から壊れた蛇口のように血がこぼれ、針の山を汚していくのを無事だった片目で見ながら、次は間違えないことを誓い、彼は死んだ。
★
(……この……イタミには慣れそうも無いな)
迷宮入口に文字通り戻れた僕は全身を流れる汗を拭いつつ、再び扉を開けなおす。
これが僕の立てた策。総当たり戦法。別名行き当たりばったり。
死ねない奴の卑怯なやり方だと自分でも思う。
しかし、これをやらないといけない理由がある。この迷宮上層部のボスが落とすドロップアイテム、耐石化の装備品が目当てだ。日中たち寄った道具屋や、防具屋でこのあたりで店売りするような物ではないと確認した。
この装備品に拘る理由は《トライ&エラー》の発動条件にある。スキルの説明欄にも書いてあるが発動するのは死亡したときにしか発動しない。つまり石化は死亡に含まれていないのではないか。それこそが僕の恐れた点だ。
もし石化が発動条件に含まれず、5年間石化した状態で過ごすことになったら。想像するだけで身が凍る思いだ。そもそも、その場合神はちゃんと僕を迎えに来てくれるだろうか?
少なくとも行動不能になる状態異常には何らかの対策が必要だと考えていた矢先、あの女の子にここのドロップアイテムについて教えてもらった。天の恵みかと思った。その後、ギルドの資料室で迷宮について調べた結果、かなり無茶だが挑戦する価値はあると判断しここに来た。
階段を下りて剣を抜く。タイミングは分かっている。
すぐさま2体のスライムを処理し、3体目が床に着く前に空中で切り倒す。
「さてと。次は真ん中を行ってみますか」
僕は魔石を拾い集めて迷宮を進む。




