3-9 精霊祭 一日目〈Ⅸ〉
ギルド前の広場はオルドの齎した演説で大火を上げていた。どの冒険者も口々に自分を鼓舞する様に叫んでいる。遠目から見たら熱病に浮かされているように見えるだろう。
その中でヤルマルさんが再び拡声器を通じて叫んだ。
「それでは、現在街にいる冒険者たちの戦力を知りたい! S級、A級の冒険者よ。前に出てきてほしい!」
すると、人だかりが割れて三人の冒険者が群衆の中から姿を現した。彼らがギルド前に進むにつれて興奮はますます高まっていく。
「おいおい! A級の冒険者がこれで四人かよ!」「あの爺さん……もしかして『氷瀑』?」「あの二種類の魔法を同時に放てる伝説の冒険者かよ!?」「みろよ、あの背中に差してあるでっかい剣! ありゃ『剛剣』じゃないか?」「あっちの二刀流の美女はもしかして『双姫』なのか!」
(説明ご苦労様です)
周囲から聞こえてくる情報を記憶しながら群衆の前に現れた三人を見た。一人はネーデで出会ったローランと似た大剣を背負った三十代くらいの男性だ。重装鎧を難なく着込む所を見ると鍛え上げた体はオルドと比しても負けてはいない。一方で腰が曲がったフードを被った人物は自分の背丈よりも大きな杖を松葉杖のようにして進んでいる。時折見える白髪のような髭から老人だと分かるが本当に冒険者なのだろうか? そして壇上に現れた中で唯一の女性冒険者を見て僕らは驚いた。
流れる様な金髪に体のラインを隠さないアオザイを着込んだ麗人。特徴的なのは彼女の両側から誇示する様に伸びた長い耳。その顔は僕らの知る女性に酷似していた。
「ロータス様?」
「え? でもメガネを掛けてないよ?」
僕と同じ考えに至ったリザとレティが不思議そうに呟いた。そう、彼女は『紅蓮の旅団』の副団長。弓使いのロータスさんに酷似している。姿形はまさにそっくりだった。だけど遠目から見ていると違う点に気づく。失礼な話だけど壇上に上がろうとしている彼女の方が女性的な雰囲気を持つ。ロータスさんの美しさとは違う美しさを振りまいている。
僕は隣に立つファルナに振り向いた。彼女は名の知れた冒険者たちの登場に目を輝かせている。相変わらず強い人大好き病を患っている。
「おい、ファルナ! あの人、ロータスさんに似てないか?」
「え? ……ああ、そりゃ、そうだよ。だってあの人はロータス姐の母親だよ」
「ああ成程。母親か、そりゃ似ていて当―――ははおや!?」
思わず裏声が出てしまう。リザもレティも驚いて壇上のエルフを見つめた。オルドと和やかに挨拶を交わしている麗人はとてもじゃないがロータスさんのような娘がいる年の頃には見えなかった。もっともロータスさんの年齢自体知らないが。
「……姉の間違いじゃないの?」
「いんや。母親のロテュスさんだ。お美しいだろ? アタシも一度しかお会いしたことが無かったけど……あん時と変わらないなー」
うっとりした様にファルナは壇上のエルフを見つめている。すると、リザが僕の耳元に自分の口を近づけた。
「エルフ族は人間種の中でも年の取り方が普通と違います。寿命自体は数百年単位ですが成人するまでの期間が普通の人間種と変わらず二十年程です。そこから老人の域に達するまでほとんど見た目は変わらず美しいままなんです」
「だから母娘なのに姉妹の様に似ているのか?」
「ええ。聞いた話でしかなかったのですが……まさか真実だったとは」
だとすればあんなに美しいのに一体幾つなのだろうか? 僕らは揃って壇上へと視線を送る。
「久しぶりだな、ロテュス。壮健そうでなによりだ」
「女に向かって壮健って言い方は無いんじゃないかしら? 前にも言ったでしょ、口説き文句の一つでも持たなきゃって」
いつも見慣れた顔が見たことも無いような含みを持った笑みを浮かべた。ロータスが清廉や清純なら目の前の女は妖艶というのに相応しい。雰囲気以外の違いなぞ、こうして間近で見ても、メガネと得物ぐらいしか分からない。
長命の種族は幾らでもいるがエルフの様に美しさを長く保つ種族はそうは居ない。俺がこの業界に身を投じた時から変わらない美女に頭が上がらなかった。恩人でもあるが会いたくない人物でもある。
オルドにとって厄介な事に未熟な過去を知る者はもう一人いた。
石畳を手にした杖で何度も突く老人。年は知らないが彼もまた自分が新人だった頃から名前を馳せていた方だった。『氷瀑』ウォント。そのころから今と変わらず老人だったと記憶している。こと、魔法に関して彼に比肩するのは『賢者』ぐらいだろう。
その老人がフードを被ったままからかう様に口を開いた。
「口説き文句か……其方が床を共にしてくれるならこの乾いた頭を捻るのだがのう」
「あら? その年で、まだ現役なのかしら?」
「試してみるかのう。ひょひょひょ」
ロテュスが妖艶な笑みを浮かべてウォントを挑発した。一瞬にらみ合った二人だが愉快そうに笑い合った。この緊急事態にありながらこの余裕。同じA級とはいえ戦ってきた経験値が違いすぎる。
一方で腕組みをしたまま一言もしゃべらない青年へと視線を向けた。年は自分よりも一回りは下だろう。直接の面識は無かったが確か最近A級に昇格したばかりの男だ。
「名前は……ディモンドで良かったよな」
下世話な応酬を止めない二人を放置して腕組みをしたままの『剛剣』ディモンドに近づいた。人間種の青年は肯定する様に頷いただけだ。それっきり人形の様に押し黙ったままだ。しかめっ面はほぐれやしない。
(曲者二人に何を考えているのか分からない奴。そしてその間に挟まれた俺……こりゃちと厳しい戦になるかもな)
内心ため息を吐きたくなっているとギルド長のヤルマルが喜色満面の笑みを浮かべた。俺の心の内に気づかないまま手を握る。
「まさか十五人しかいないA級冒険者が四人もこの場に居るとは! これでこの街は助かる!!」
嬉しそうな表情を浮かべるヤルマルに不安を明かせないままオルドは鼓舞する様に胸を叩く。
「ああ、俺達に任せてくれ」
「ふむ。では指揮官は主に任せよう」
「そうね……オルド、貴方がやりなさい」
調子に乗った俺に神が罰を与えようとする。背後から伏兵が出現した。振り返ると見た目通りの爺と見た目に反した婆がこれ幸いと面倒な役目を俺に押し付けてきた。追随する様にディモンドも頷く。
能天気にヤルマルは何度も首を頷くと拡声器に口を当てた。
「協議の結果、冒険者たちの指揮は『岩壁』のオルド殿に決まった! 以後、彼の指示に従ってくれ」
「おいこら待て! 俺はやるって言ってないぞ!」
「もう遅いぞオルド。見ろ、ここに集まった者達はみなヌシに期待している。これを無碍には扱えん」
ウォントの言う通り、集まった冒険者たちはみな一様に俺が指揮官になる事を受け入れ、歓声を上げる。いまさらごねれば最悪士気にも関わるかもしれない。
禿げ上がった頭を掻きむしりたい衝動を堪えて諦めて受け入れるしかない。厄介な立場を押し付けた三人を睨みながらヤルマルに向かって口を開く。
「それで王からの要請は何だ?」
「まず、冒険者の中から回復魔法を使えるものを選抜。その者たちは後方での治療活動に従事して欲しい。次に人数や構成しだいだが遠距離戦ができる者を除いた残りで兵と共に戦う最前線組と彼らを支援する後方組に分けてほしいとの事だ」
「分かった。そいじゃ、まず回復魔法を使える奴を呼び出す。アンタらギルドはそいつらを連れて治療施設に向かってくれ。……それと俺がこれから出す指示を立札にして街のあちこちに出せ。此処に来れていない冒険者にも伝わるようにしろ」
頷いたヤルマルから拡声器を受け取ると俺は群衆に向かって呼びかけた。
「柄にもなく指揮官を任されたオルドだ。いいかお前ら、よく指示を聞け。……まず各クラン、パーティーの代表者たち! 前に出て自分の仲間の名前やレベル、ランクをギルドに伝えろ。特に魔法や弓、それに回復魔法を使えるかどうかもな。その情報を元に割り振る」
先程までギルドに対して不満を抱いていた群衆とは思えない程彼らは規律良く動き出した。流石に日ごろ死線を潜り抜けてきただけの事はある。時間が経つ程自分たちの生存確率が下がっていくのを体で認識している。それに広場に集まった冒険者の数はますます増えているように思えた。
ヤルマルが呼んだギルド職員が申告されていく冒険者たちの人数を集計して一枚の紙に纏めた。全ての冒険者が集まっているかどうかわからない以上正確とは言えないが、この街に居る冒険者たちのおおよその内訳が出た。
「総数およそ八百の内、回復魔法が使えるのが六十人足らず。魔法や弓などの遠距離戦が出来るのが百人余り。残った六百四十の内C級以上が二百八十人ぐらいか……」
「D級までも前線に回すべきじゃないかしら?」
「いや、敵の規模や強さが不明な以上無駄に被害を出さない為にもC級までに留めておくべきじゃ」
ロテュスの意見をウォントが否定した。ディモンドも首の動きだけで彼に同意した。俺は内心ほっとしていた。何しろD級にはファルナが含まれている。
指揮官を引き受けたくなかった理由として『紅蓮の旅団』のメンバーが自分の目の届かない所で戦う事への恐怖からだった。特に一人娘のファルナが自分の手元から離れて最前線に向かうと考えたら……背筋が凍りつく。
ネーデの迷宮での一件を思い出した。あの時も半狂乱しながら迷宮まで走り出していたな。この年になっても簡単に命が散っていく冒険者稼業を娘がしていることに慣れていない。
(こういうのを親バカっていうんだろうな……なあ、ファリス)
亡き妻に向かって心の中で語り掛けたが、当然のように返事は無かった。代わりにヤルマルが肩を叩いた。
「オルド殿。指示を頼む」
「あ、ああ。そうだったな。……いいか! お前たち! これより冒険者を複数のグループに分ける。以後、そのグループのリーダーの指示に従え! まず、回復魔法を使える冒険者に告ぐ。お前たちは治療部隊だ!」
一度言葉を区切って指示が伝わっているかどうかを確認する。群衆はジッと静かに俺のいう事に耳を傾けている。それこそが自分たちの生死を分けるかのように。
「後方の指定された場所で負傷者の治療に当たってほしい。リーダーは王宮側の治術師だ。そこまでの案内はギルド職員が務める」
ヤルマルに目線を送ると彼はギルド職員のうちの一人を呼び出した。俺はその職員を指さして彼女が案内係だと告げた。
「次に、弓並びに魔法が使える冒険者に告ぐ。お前たちは対空戦を想定した遠距離戦部隊だ……リーダーは『氷瀑』のウォルト、アンタに任せる」
「ひょ!? ……意趣返しか、『岩壁』の?」
「純粋に今いる戦力でこういったことに秀でてるのはアンタだ。うちの副団長もそっちに回すから存分にこき使ってくれ」
「ほう? 『紅蓮の旅団』の副団長といえば『弓姫』か……其方に似て美しいと聞くが?」
ウォントが含みを持った目でロテュスを見たが当の本人は素知らぬ風を装う。いや、本当に知らぬ顔をしていた。絶縁した娘に興味は無いといわんばかりの態度だ。
「そして残った冒険者の内C級以上の奴らに通達する。お前らは前線部隊だ。指揮官は俺、『岩壁』のオルド。そして補佐として『剛剣』、『双姫』に務めてもらう」
二人に視線を向けると小さく頷いて返した。というかディモンドは未だに一言もしゃべらない。彼のパーティーの構成も副長が代わりに述べていたぞ。
「最後にD級以下の冒険者。お前たちは後方支援として動いてもらう。そのためのリーダーは……王宮側から選出してもらう。その者の指示に従うように」
残念な事にD級以下の冒険者に三百人以上を指揮できる人材は見つからなかった。だからといってC級、B級の冒険者を選出する訳にも行かない。それにヤルマルから聞いた内容からすると彼らの役目は兵の手が回らない所の補佐のようだ。なら最初から兵士の指揮下に入れれば問題は無いはず。
伝えるべき内容を伝えたらヤルマルが拡声器を渡すように言ってきたので渡した。
「最後に、ギルドからの連絡です。現在、職人ギルドが総力を持って冒険者、及び兵士の方々への支援を行っています。城壁沿いの建物を接収し、そこで回復薬の補給や武器の補給を行えます。戦場に向かわれる前に是非、ご利用ください!」
集まった冒険者たちは口々にヤルマルの決断を称えた。拡声器を返してきた彼に声を掛ける。
「随分と気前が良いな」
「私に出来る事はこれぐらいしかありません。……どうかこの街を頼みます」
再び頭を下げた老人に向かって力強く頷くしかなかった。
「よし。医療部隊を除いた者は速やかに準備を! 正門を抜けて前線に向かうぞ!」
周囲の群衆は速やかに己の役割に従い行動を始める。とても軍事訓練を受けていない冒険者の集まりとは思えない程規律良く動く。その表情は戦いに挑もうとする戦士たちだ。
「困ったことになったな」
「ええ、如何しましょうか?」
オルドの号令を聞きながらリザと顔を見合わせている。理由はレティの事だ。パーティーの構成を聞かれた時に僕は馬鹿正直にレティが回復魔法を使えると伝えてしまった。
僕たち三人は誰が死んでも残りの二人も死んでしまう対等契約を結んでいる。特殊技能を持つ僕や、僕よりも強いリザならともかくレティとこの状況下で離れるのは危険だ。
例え分厚い城壁の内側、後方での救護活動とはいえ戦場には変わりない。むしろ空からの襲撃もありうるのだ。やはり目の届くところにいて欲しい。
いまさら嘘でしたなんて言って取り下げてもらう訳にも行かない。かといって彼女を連れて後方支援組に行ってそこでばれた時のリスクも厄介だ。それに後方支援で何をやるのか分からないが、少なくともそこも危険地帯だ。連れて回るのは避けたい。
僕らが頭を悩ませているとファルナが駆け寄った。彼女も覚悟を決めた様に毅然とした面構えを見せている。
「アンタらこんな所で何してんだい? 準備が済んだら正門に向かうんだよ」
「ファルナ……いや、実はね」
僕は奴隷市場での契約について掻い摘んで説明した。無論僕が異世界人だということは伏せたままだ。
「そいつは……厄介だね。ちょっと待ってな」
理解してくれたファルナは周囲を見渡すとギルドの職員から羊皮紙とペンをもぎ取ってきた。そこに素早く記入していく。
「出来た! レティ、ここにアンタの事について書いた。これをカーミラに渡しな。あの人ならアンタの面倒を見てくれるはずだよ」
丸めた羊皮紙をレティに押し付ける様に渡した。カーミラは『紅蓮の旅団』の回復魔法を使える冒険者だ。ここには居ないが確かに彼女にならレティの面倒を任せられる。僕らの事情も考慮してくれるはず。
「ありがとうございます。ファルナさま」
「良いって事よ。っとアタシも呼ばれているし先に行くよ! また、後でな! 絶対に生きて会おうな!!」
「ファルナ様も気をつけて!」
「あんまり無茶すんなよ!!」
「レイに言われたくない!」
ファルナは待たせていた仲間と共に坂道を下っていた。
「ファルナさまの言う通りだよ。ご主人さま。あたしたちの誰が死んでもみんな死ぬには変わりないけど、その中でも一番死んじゃいそうなのはご主人さまだからね。十分気をつけてね」
「全くですね。同じ後方支援に回されるとは言え常にお傍にいられないかもしれませんから、今のうちに言います。あまり無鉄砲な事はなさらずご自分を守ってください。……私たちは最悪、緊急避難として誰かと仮契約を結べればもしかしたら生き残るかもしれません。ですがご主人様は違います。……だからどうか無事でいてください」
リザとレティは真剣な表情で僕に言う。彼女たちの有無を言わせない迫力に僕は大人しく頷くと彼女たちも満足そうに頷いた。
「それじゃ、二人とも。こんな理不尽な騒動に巻き込まれて怪我したり、ましてや死ぬんじゃないぞ! 絶対に生きて帰るぞ!!」
「「はい!!」」
こうして僕らは八万のモンスターの軍勢による戦争に立ち向かう事になってしまった。
読んで下さってありがとうございます。




