12-57 神の権力 『前編』 改訂版
※ヨシツネに関するシーンを追加
「不審船……それも法王庁の? もしかして、迎えの船が来る手はずだったんですか?」
「いや、そんな話は聞いていないが。ミストラル、マクスウェル。何か連絡は来ているか?」
ローランが仲間に確認を取るが、全員が首を傾げた。
「ノーザン。南の入り江の状況が分かる映像とかは無いの?」
レイが尋ねると、壁の一部がモニターになる。映し出されたのは静止画で、南の入り江を真上から切り取った衛星写真だ。確かに、南の入り江にはレイ達が北方大陸へ渡るために出してもらった学術都市の船が一隻停泊している。そしてもう一隻、調査船よりも小型の船が停泊していた。
「あれが法王庁の船なのか」
「これだけじゃ、状況が分からないわね。もっと寄せることはできないの?」
「不可。監視衛星の最高倍率で撮影した写真になります。これ以上の情報を収集するには、該当地に情報収集用ユニットを向かわせる必要がありますが、稼働可能なユニットは既に配置済みのため、最低でも三日は掛かります」
ノーザンは世界の情勢を探り、おとうさまに対抗するために世界各地に情報を回収する装置を配置しているが、数に限りがある。人の少ない北方大陸の入り江にユニットを再配置するまで、放置している訳にもいかない。
「誰も呼んでいない法王庁の船が入り江にやってきて、なぜか予定通りに出港していない調査船。そして、こちらからの連絡に答えない『紅蓮の旅団』。どう思う、シアラ、マクスウェル」
頭の回る二人は即座に回答した。
「狙いは間違いなく、ワタシ達でしょうね」
「《ミクリヤ》のいずれかに用があるのじゃろうな。調査船と人員は、人質のつもりかも知れぬ」
「どういうことだ、マクスウェル。法王庁が《ミクリヤ》のメンバーをどうするつもりなんだ」
「さてな。そればかりは儂にも分からん。じゃが、南の入り江なんぞに船を停めておるからには、間違いなく儂らではなく、あそこに帰還するはずのレイ殿たちに用があっての行為じゃろう」
《神聖騎士団》が北方大陸に上陸した地点は、南の入り江よりも西に数シロメーチル以上も離れた場所だ。もし、あの不審船が《神聖騎士団》に用事があるなら、そちらに船を向けるか、あるいは魔水晶で落ち合う場所を決めるのが正しい手順だろう。
それをしない時点で、不審船の目的が《ミクリヤ》なのは疑う余地も無い。
「僕らが研究所に来て、おとうさまとか試行錯誤の異世界とか、世界の真実を知ったと向うも気づいて先に動いてきたのかな」
法王か法王に近い人間に『正体不明の娘たち』が居るという推測は、レイ達もマクスウェルから聞かされていた。
「その可能性は否定できんが……奴らにしてみれば、その真実は知られて困る内容なのか、という疑問があるのう。おとうさまの望みは世界が滅ぶことで、その過程で誰が邪魔をしようが、それすらも滅びを盛り上げるための調味料程度にしか思っておらんじゃろう」
「そうね。本気で自分たちの存在を隠蔽したいなら、『正体不明の娘たち』本人が『科学者』相手に簡単に自分の正体を明かすなんて危険を冒すはずが無いわ。それに、ワタシ達におとうさまの真実を知られたくないなら、もっと前に邪魔をするべきだったわ」
学術都市の戦いから一カ月以上が経過している。法王庁がレイ達の行動を先回りできるだけの諜報力があったかは不明だが、行動をするなら遅すぎるのだ。
「じゃあ、この不審船は僕たちが戻ってくるのを待ち構えている訳か。戻らなかった場合はどうするのかな。まさか、エスラさんたちに手を出すつもりなのか」
「エスラさまが手を出す……っていう可能性も無いかな?」
「うわぁ、考えたくない事態。……法王庁と『紅蓮の旅団』はファルナの件で揉めているから、一触即発もあり得るわね」
「ちょっと待ってほしい。ファルナの件とは?」
ローランたちは『紅蓮の旅団』と法王庁の間にあるトラブルを知らないようだ。シアラが指先で髪を弄びながら、ファルナの件を説明し始めた。
「ファルナっていうのは、『紅蓮の旅団』団長オルドの一人娘。彼女がクラン内に自分の部隊を任されて、初めて請け負った法王庁からの依頼で、聖都に向かったの。依頼は達成したのだけれど、どういう訳かファルナは法王庁に帰依するって言い出して。結果、ファルナはクランを抜けて、法王庁の武装神官になってしまったの」
「……その口ぶりからすると、信仰心に目覚めたという話ではなさそうですね」
「その通りよ、ミストラル様。一緒に行動していた人の話じゃ、まるで人が変わったかのようで、話が通じなくなったって。どう考えても、何かしらの精神操作を受けているだろうという予測よ」
「信じられません。法王庁が人の心を弄ぶなんて」
ミストラルの言葉は、《神聖騎士団》全員の気持ちを代弁しているのだろう。ただ一人、マクスウェルは別角度から問題を指摘する。
「よりにもよって、『紅蓮の旅団』の重要人物を篭絡するとは。ギルドやシュウ王国を敵に回しかねん愚行じゃぞ」
マクスウェルの危機感は正しい。《紅蓮の旅団》はA級冒険者『岩壁』のオルドが率いるクランで、その影響力はかなり高い。ギルドの上層部を通じて法王庁に抗議を出すだけでなく、シュウ王国を始めとした各国の王族を通じて法王庁を揺さぶるなど、図体に見合わないからめ手を使っている。
「その上、あの船は学術都市の船じゃろう。この期に及んで、学術都市を敵に回すような愚かな真似はしないと思いたい。じゃが、ここは北方大陸。目撃者さえ始末できれば、あとはどんな言い逃れもできよう」
不吉な物言いにエトネが喉の奥で不安そうな声を絞り出す。
「法王庁とは、そのようなことまでしでかす組織なのでござるか?」
「するかどうかはともかく、可能か不可能かで言えば、間違いなく可能な組織ではあるな」
無神時代のエルドラドにおける唯一にして最大の宗教組織。その権力は、小国家程度なら問答無用で黙らせることすら可能だ。
「とにかく、現地の状況が心配だ。まずは様子見がてら入り江に行って、不味い状況だったら死に戻るというのはどうだろうか?」
「……いつものように、相手の出方を窺う所から始めないといけない訳ね。ノーザン、ここから入り江まで、どれぐらいで着くの?」
「計算。ミスターたちの移動速度と現地の気象情報を加味すれば一時間前後で到着するだろう」
「そんなに早いの? だって、湖に着くまでだけでも一週間は掛かったんだよ」
「提示。それを成し遂げるだけの移動手段があるということだ、ミス・レティシア」
ノーザンが手を上げるのが合図だったのか、線路の先にあるトンネルから姿を現したのは長方形の箱に車輪を着けた電車に似た機械だ。
「これは路面魔車、でしょうか」
リザが学術都市にある似た公共機関の名を上げる。確かに魔車に似ているが、形が違う。
客車の部分は長方形だが、先頭は粘土を引っ張ったかのように歪んでいる。鳥のくちばしに似ているなとレイは思う。
「説明。これは資源運搬用長距離貨物列車だ。本来は北方大陸各地にある採掘した資源を運搬するための列車だ。これならば、目的地まで短時間で到着できる」
ノーザンが北方大陸に研究所を作った理由の一つに、北方大陸が資源の宝庫というのもあるそうだ。ある程度の深さまで採掘すれば、希少な資源が迷宮以外の場所でも発見できるため、北方大陸の地下はノーザンが資源を運搬するためのトンネルとレールが網の目のように広がっているという。
南の入り江近くにある採掘場まで、この列車を使って移動すれば速いとノーザンは提案しているのだ。
「資源運搬用って、箱ばっかりで座る場所どころか掴める場所も無いわね」
「搬出。しばし待て、いまコンテナを搬出する」
資源を溜めこんだコンテナがロボットたちの手で運び出されていくと、十人以上とキュイが乗り込むスペースは確保できた。だが、資源を運搬するのが目的の列車であるため、快適性とは縁が無く、平べったい床に腰を下ろすことになる。
「ですが、あの距離を一時間で到着できるというのは魅力的な提案です。私はこれを使うべきだと思いますが」
「まあ、ワタシもそう思うけど。……背に腹は代えられない、ってことね。レティ、おちび、キュイを乗せるわよ。ヨシツネは雛馬車を小さくして」
シアラの号令に合わせて全員が動き出す。ローランたち《神聖騎士団》も列車に乗り込む中、レイはノーザンに呼び止められた。
「なんだよ、まだ僕に用事があるのか?」
「肯定。提案だ、ミスター・レイ。ミスターたちの旅に、『機械乙女』ポラリスを同行させたい」
「……おいおい、本気か」
ノーザンの提案に全員の視線がメイド服のポラリスに集まる。人の手で作られた究極の美はため息を吐きたくなるほど美しいが、彼女が恐るべき破壊兵器なのは全員が知っていた。
よくよく見れば、メイド服の上に防寒具を纏い、旅行カバンが一つ置かれている。
「当然。本気で提案している。ミスターの世界救済は創造主ノーザンの遺志に合致する。これより先、おとうさまを始めとする『黒幕』勢力と『七帝』を相手取るのにあたり、ポラリスの戦闘能力は大いに有用なはずだ」
「いや、そうじゃなくて。ポラリスは魔法工学の兵器を破壊するための兵器だろ。僕たちと共に行動するとなったら、その目的を果たせないじゃないか」
「安心。その懸念ならご安心ください、ミスター」
ノーザンの代わりにポラリスが答えようとする。だが、その音声はノーザンの横に居るメイド服のポラリスからでは無かった。
「おい、あれ。まじかよ!」
最初に気づいたのは《神聖騎士団》の誰かだった。喉の奥が引きつったかのような声と視線の先には、ポラリスによく似た―――否、瓜二つの存在が複数現れたのだ。
鏡写しと表現できるほどそっくりなポラリスが、メイド服のポラリスの後ろに並んだ。
「ポラリスさんがふえた」
驚くエトネに天井のスピーカーが答える。
「訂正。彼女たちは対魔法工学兵器用兵器Ω―1AE。魔法工学の兵器を破壊する兵器の簡易版になります」
「簡易版ということは、本物のポラリスに比べて戦闘力は低いのか」
「肯定。創造主ノーザンは、志を共にできる『招かれた者』が現れたときに、私に与えたミッションを引き継ぐ簡易個体を用意していました。彼女たちは、私の後継機に当たりますが、戦闘力は五%にも満たず、言語プログラムは搭載されておらず、戦闘ルーチンは簡易的な内容となっています」
ポラリスの五%でも十分な脅威だという意見は飲み込む。
「なんでわざわざ弱体化した兵器を用意しているの? 本気で世界を救いたいなら、アナタと同等の兵器を大量に生産すればいいじゃない」
シアラの指摘は乱暴ではあるが納得できる意見だ。ポラリスのパーツを一から作り直すだけの技術があるのだ。素人の考えではあるが、『機械乙女』ポラリスは量産可能なはずだ。
だが、それに対する回答も『科学者』ノーザンは用意していた。
「危険。創造主ノーザンは私と同等のスペックを持った兵器が複数存在した場合、敵に奪われるという可能性を危険視しました。創造主曰く、『私の叡智はここまでだ。生み出した技術は到達点に過ぎず、誰かが先を行くかもしれない。それを越えることが不可能ならば、保険を掛けておくべきだろう』、と」
現在のエルドラドを知る者にしてみれば、ノーザンの考えは取り越し苦労だと言えるが、それは結果論に過ぎない。ノーザンが危惧した危険性は、起こったかもしれない可能性だ。
「禁止。ノーザンは対魔法工学兵器用兵器Ω―1の戦闘用外部ユニットが完全に破壊されない限りは、同等の戦闘能力を持つ外部ユニットを作成できないように『機械乙女』ポラリスの禁止事項となっています」
「そういえば、この研究所に来た時に似たような説明を聞いていたな。さて、どうするべきかな」
レイはシアラの判断を仰ぐ。彼女は紫がかった黒髪を指で弄りながら、数秒の間をおいてから答えた。
「悪い話じゃないと思うわ。ポラリスの戦闘力は『七帝』と戦ううえで必要になるだろうし、研究所の情報収集能力はおとうさまを含めた『黒幕』たちの動向を探るのに役立ちそう。ポラリスがいれば、その辺りの連携も取れるでしょ」
「回答。可能だと回答いたします」
「なら、決まりだ。『機械乙女』ポラリス、ようこそ《ミクリヤ》へ。君の参加を歓迎するよ」
「やったー、仲間が増えたね! これからよろしくね」
「うん、やったね、レティおねえちゃん。こうはいがふえた」
レイの言葉にレティとエトネが嬉しそうに笑い、ポラリスの手を引いて列車へと導く。リザとクロノもポラリスを歓迎するムードだ。
「呵々。いよいよもって、面妖な者共の集団となってきたのう。『招かれた者』を筆頭に、混じり者が二人に、国を追われた者が二人。神の転生体に、真なる『招かれた者』に加えて、此度は世界最高の兵器とは。いやはや、真っ当な人間がおらんのう」
「赤龍が転生したモンスターであるお前にだけは言われたくない」
違いないと笑うと、コウエンも列車に乗り込んだ。
「ノーザン、それに『機械淑女』ポラリス。色々と世話になった」
レイが呼びかけると、衛星写真を映し出したモニターが人工知能のポラリスに切り替わった。
「不要。礼は不要だ。我らの役目はこの日のためにあり、我らが役目を終えられたことにこそ感謝を。創造主ノーザンが託した世界救済という願いを、ミスター・レイに託す」
「……ああ、分かってる。試行錯誤の異世界と本物のエルドラド。両方を救える手段を見つけてみせる」
ノーザンが差し出した手を握ると、レイは列車に最後に乗り込んだ。操縦は自動なのか、列車は自然に滑り出した。
滑らかな走行は束の間、車内で根が生えたかのように微動だにしないポラリスが事務的に告げた内容にレイは頬を引きつらせた。
「警告。資源運搬用長距離貨物列車は超電導リニアを採用しております。瞬間的な最高時速は六百シロメーチルを越えます。内部の振動は最小限に抑えられていますが、貨物用のため人員の搭乗を想定しておりませんので悪しからず」
「全員、しゃがんで衝撃に備えろッ!!」
レイの叫びだけを残して、地下深くを走るリニアモーターカーは北方大陸を高速で南下していく。考えてみれば当然の話だ。
徒歩で一週間から十日掛かる距離を一時間で到着する移動方法。
考えられるのは、常識外れの移動の仕方か、常識を超えた移動速度のどちらかしかないのだ。
「ああ、本当に酷い目に遭った。ノーザンに会ったら、文句を言ってやる」
数日ぶりに味わう北方大陸の吹雪を煩わしく思いつつ、レイは雪面を歩いていく。仲間達も似たような思いなのか、リニアモーターカーへの恨み言が時折噴き出していく。
地下という真っ暗闇の中を、高速でうねる車内というのは想像以上のストレスとなって襲っていた。貨物用ということもあり、人を安全安心に運ぶ備えは一切されておらず、久方ぶりにレイは乗り物酔いに悩まされる。
「通信。研究所のノーザンより通信が入っております。『判断。ミスターたち程のレベルの冒険者ならば耐えられると判断したまで。現状況下では最善の判断だったと自負している』との事です」
「耐えられるのと大丈夫なのは全くの別物だ。……でも、まあ、これだけ早く到着したのはアンタのおかげだな。……でも、礼は言わないからな」
ポラリスを通してノーザンに言うと、レイは意識を前方に向けた。
ゲオルギウスが起こしていた魔法の吹雪ほど強くは無いが、それでも白いカーテンが入り江の姿をうっすらと隠している。
ゲレンデのような斜面が緩やかになった裾野に、北方大陸ならではの雪の住処が点在している。巨大な氷のモンスターが起こした地震で大半が崩れていたが、どうやら全て立て直したようだ。
その向こうに大きな影として、二隻の船が浮かんで見える。片方は学術都市の調査船で、魔法工学の道具によって風が無くても自走できる最新式の船だ。
「あっちの小さな船が法王庁の船ってことになるわね」
レイの横で単眼鏡を使うシアラが呟いた。
「小さいと言っても、比較対象が悪いな。学術都市の船が大きいだけで、法王庁の船はそれなりの大きさだろう」
学術都市の調査船は百人を北方大陸に送りこめるだけの性能を持つ巨大船だ。食料の備蓄庫だけでもかなり大きさとなっており、内部には調査器具も詰め込んであった。そんな巨大船と比較すれば大抵の船は小さく見えてしまう。
「そうですね。あれは法王庁が所有する帆船です。正確な人数は分かりませんが、あの規模なら乗組員だけでも四十名、専任の武装神官なら二十名ほどは乗船できるはずです」
レイを挟んでシアラの反対側に並ぶミストラルも、単眼鏡を覗きながら自分の知識と照らし合わせて相手の人数を推し量る。
「人の姿は見えません。吹雪を避けて室内や船内に籠っているのでしょうか?」
「かもしれないわね。でも、流石にワタシ達が現れたら姿を見せるはずでしょ」
「戦闘になるかな」
「なる、と考えて動くべきだわ」
「拙者も同意見でござる、主殿」
会話に滑り込む様に加わったのはヨシツネだ。風景に溶け込めるほど白い防寒具を纏った忍者は、入り江に先行して偵察をしていた。
「おつかれ、ヨシツネ。それで、向うの方はどうだった。こっちからじゃ、人影なんか一つも見つからなかったけど」
「拙者も同様でござる。人の気配や痕跡はすれど、誰も外には出ておらず、異様な雰囲気で。船の方に近づこうとすると、気取られる恐れがあったので、深入りは諦めました」
ヨシツネの報告を聞きながら、彼の様子を窺う。自らの任務の成果を語る姿は意欲に満ちており、不調から回復したのは間違いなかった。
試行錯誤の異世界や『正体不明の娘たち』などの衝撃的な事実を知ってから、ヨシツネはレイ達と距離を置いていた。逃げるように姿を隠しているので、レティやエトネだけでなく、リザもシアラも心配していたのだ。
それが研究所で起きた、『語るのも思い出すのも悲惨な悪夢』で何か心境の変化があったのか 騒動の終わりではいつもの様子に戻っていた。
結局、距離を置いた理由などは分からないままだが、ヨシツネが立ち直った事をレイは歓迎していた。
「そう。待ち構えている可能性が高そうね。ローラン様、リザ、ちょっといい?」
呼んだ二人を含めた全員の前で、シアラは流れを説明した。
「斜面を降りる陣形だけど主様とローラン様を先頭。続く《ミクリヤ》を《神聖騎士団》が囲うようにしてほしいの」
「なるほど。僕ら《神聖騎士団》の面々が矢面に立てば、不意打ちや奇襲を相手に起こさせずに交渉へと持って行ける。賢い判断だと思うが、どうだい、ミストラル」
「ええ、同感ですわ。法王庁のどの部門が来ているか分かりませんが、私たちの存在に気づけばいきなり暴力的な行動は起こさないでしょう」
「なら、決まりね」
《ミクリヤ》も《神聖騎士団》も場慣れしたパーティーだ。多くを話し合わずに、互いにどう立ち回るのが効果的なのか熟知している。シアラの指示が全員に伝わるまでの間、レイは武装を確認していた。交渉の結果次第では、戦闘に入る可能性は十分に考えられる。
「はい、ご主人さま」
そんなレイに向けてレティが差し出した丸薬をレイは躊躇わずに飲み込んだ。
遅効性の毒薬だ。時間は目安として三十分で死に至るが、体調によっては時間が早まる場合もある。
「相変わらず苦いな。もうちょっと、飲みやすくはできないの?」
「子供みたいなこと言わないの! ……飲みやすい毒薬っていう響きだけでも怪しい感じがするね」
「確かにな」
「主様、準備が終わったら出発するわよ」
シアラの言葉に了解と返事をして、レイ達は出発した。
指示通り、レイとローランが先頭に立ち、後ろに続く集団は《神聖騎士団》の面々が《ミクリヤ》を囲う。
武器を抜いている訳ではないが、臨戦態勢を取っている。法王庁がいきなり武力行使をするとは考えにくいが、万が一に反撃できるようにしていた。
斜面を降り、イグルーの群れを通り過ぎて桟橋へと近づく頃になると吹雪は幾らか収まりつつあった。
法王庁の船は、やはりそれなりの大きさを誇っており、学術都市の調査船に比べれば細部にまで拘った意匠が施されている。法王庁という組織の威信を示そうとしているのだろう。
船の意匠がハッキリと目視できるようになったということは、向うからも此方の姿を目視できるということ。
法王庁の船が俄かに騒がしくなると、レイ達は足を止めた。視線は桟橋に固定しつつ、レイはローランに尋ねた。
「どうですか。武器とか格好で、法王庁のどこの部門か分かりませんか?」
「武器は普通の武装神官だけど……いや、待て。あの旗の色は」
吹雪に煽られながらも、神官が船から降ろした旗が北方大陸の大地に突き刺さる。
旗の刺繍は高級な糸を使っているのがレイにも分かる。十字を重ねたデザインは、法王庁のシンボルだ。ただ、その旗の色が白い雪に満たされた風景でも激しく主張する黄色なのがやけに印象的だった。
ローランだけでなく、《神聖騎士団》やリザ達からも戸惑った声が上がる。
「あれはマズイ。なんで、彼らが……レイ君、急いでこの場から―――」
「―――おっと、それ以上の発言は許されませんよ、『聖騎士』ローラン」
焦りを隠そうともしないローランの言葉を遮ったのは、十人以上の武装神官を従えて船から降りてきた男だった、
年の頃は三十を過ぎているだろうか。雪よりも青白い肌に細長の顔、細長い瞳という爬虫類のような印象を振りまく男が声高に宣言した。
「我らは法王庁調査部所属、異端審問官。私は一等異端審問官オーバート・グリーフ。《ミクリヤ》所属の『緋星』のレイには、帝国第一皇子ゴルディアス・スプランディッド殿下より、異端の嫌疑が告発されている。略式ではあるが、これより異端審問を行う!」
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は5日頃を予定しております。




