12-53 未来への道筋 『前編』
「という訳で、『七帝』を倒して僕が新しい『七帝』になったから。以後、よろしく」
「……今まで一番、無茶苦茶な訳を聞いたわね」
シアラは頭痛を堪えるように頭を抑える。腰かけていたベッドからずり落ちそうになったレティをエトネが掴み、口元に手を当て混乱した様子を隠そうとしないクロノ。そして、二段ベッドの上から、文字通りの高みの見物をしていたコウエンが嘲笑を隠そうともせずに、唇を吊り上げた。
「呵々。かくして其方は世界を滅ぼす元凶となり果てたのか。こればかりは予想外の展開じゃな」
レイとリザはエレベーターを降りた後、長い階段を昇り、目印も無い同じ内装の廊下を何度も行き来して、ようやく《ミクリヤ》のメンバーが集まっている部屋に到着した。
部屋の中は二段ベッドがいくつも並んでおり、パーティー全員が横になれるだけの空間になっている。
《神聖騎士団》の面々は別室で休んでいる。
レイは仲間と合流すると、自分の見てきた過去と、『七帝』ポラリスの真実、影法師と交わした約束と世界を救う決意、そしてノーザンから提案された『七帝』の魄を自分に収容できるのかという実験に協力したことを告げた。
「予想外にも程があるわよ! ちょっと目を離したすきに、『七帝』になるなんて、思い切りが良すぎるわ! リザ、止められなかったの!?」
「止めに入れる雰囲気じゃなくて。申し訳ありません」
「……まあ、お姉ちゃんが止めたとしても、ご主人さまが強行しただろうから、どっちにしても結果は変わらなかっただろうね」
ベッドによじ登ったレティは、姉の表情から研究所下層部にあるモルグでのレイの意志が相当硬かったのだろうと予測して、シアラを慰めようとする。だが、彼女はまだ感情が収まらないのか、時計を見てあることを思いつく。
「……まだ、セーブポイントは発生してないわ。《トライ&エラー》を発動すれば、無かったことにできないかしら」
遠回しにレイに死ねと言っている。
その事に気づいたレイは、流石に口元を引きつらせたが、暴走するシアラを止めたのはクロノだった。
抑えた手を膝の上に乗せ、静かに無理と口にした。
「無理です。レイさんの《トライ&エラー》は記憶の引き継ぎだけでなく、魂の状態も引き継いでいます。レイさんは『七帝』の称号を獲得しているのを確認したのですよね?」
「ああ。新しい称号に、『七帝』が刻まれていた」
「称号は13神がエルドラドに存在する無数の人々を素早く検索するための付箋のような物です。その方の特徴や信念、行動が結晶となり、魂と結びつきます。レイさんが過去に戻っても、獲得した称号は消えていないのは確認済みです」
この世界に来たばかりのレイはスライムに殺されたことで、『スライムに負けた男』という不名誉な称号を獲得した。
この称号は、ネーデの街にたどり着くまでに何度も死を繰り返しても消えることは無く、いまだにレイの称号として残っている。仮に、レイの記憶だけが過去に戻っているなら、『スライムに負けた男』という称号は消えているべきだ。
称号が魂に結びついている以上、レイの魂が死に戻り時に戻っているというクロノの指摘は正しいだろう。
死に戻ったとしても、魂に結びついた『七帝』の魄は消えない可能性は高い。
それどころか、別の可能性もある。
「……ちょっと待った。もし、いまご主人さまが死んで戻ったら、『七帝』の数はどうなるんだろ」
「死に戻って過去に行ったら、レイさんが引き継いだ『機械乙女』ポラリスの魄が二つ存在することになります」
この瞬間にレイが死ねば、戻ってくるタイミングは本物のエルドラドから帰還した直後だ。時間軸上では、研究所最深部のモルグにある棺の中で、スターダストシリーズ弐号機の『七帝』ポラリスが安置されている。
「同じ時間軸上に二つの『七帝』の魄がある。その場合、どうなるのでしょうか?」
「最悪……その瞬間に世界崩壊が起きるかもしれません」
クロノの推測に部屋の温度が下がったのは気のせいだろうか。
世界が許容できる崩壊の因子は六つ。これから来るであろう七つ目の因子を持って世界が崩壊するのは実証済みのため、レイが死に戻って七つ目の因子となってしまえば、世界が崩壊するかもしれないという推測は可能性が高かった。
「主様。絶対に死なないでちょうだい。躓いて硬い角に当たってとか、食べ物で喉を詰まらせるとか、そんな微妙な死因が原因で世界が滅んだら、この世界の人々に申し訳が立たないわ」
「了解」
地味に世界崩壊の瀬戸際であった。
レイは空いたベッドに腰かけ、リザもシアラの隣に座る。シアラは乱れた髪を手で梳いていると落ち着いてきたのか、あるいは諦めたのか肩を竦めた。
「やってしまったことはしょうがないわね。それで、本当に体の調子は大丈夫なの?」
「うん。今の所は問題なしだ。明日から、ノーザンが検査するっていうから、何か問題があればそこで分かるよ。……それより、ヨシツネは?」
部屋に入ったときから居ない仲間の存在を尋ねた。ちなみに、キュイは部屋を出てすぐの廊下を自分のテリトリーとしている。
「ヨシツネなら、精神統一がしたいって言って、出ていったわ。止めようとしたけど……ちょっとね」
言葉を濁したシアラに、エトネが不安そうに膝を抱えた。やはり、ヨシツネにとってもこの世界を取り巻く真実は衝撃的だったのだろう。
「……そうか。彼の意見も聞きたかったけど、あとにするか」
ヨシツネは本物のエルドラドを知っている生き証人である。彼の知っている情報が、状況を打開するヒントになるかもしれないと期待していたが、いまは放っておくのが良さそうだ。
「それで、僕が居ない間に過去の記憶を見たんだよね。その後、話し合いがあったのをリザから聞いるけど、何か報告はあるかな。情報のすり合わせがしたい」
レイの呼びかけに最初に応じたのはクロノだった。
「……結論から言わせて頂きますと、私達が見た過去の記憶。この世界が試行錯誤の異世界という神々の夢の中にある世界だということは、全て真実だと確信しています」
この世界が神々の見ている夢であるという事実は、今更疑う余地も無いのだが、元13神の一柱だったクロノが断言するのではやはり重みが違う。
「その根拠は? なにか、思い出した事があるのか?」
「根拠は、神としての限界と、この世界で権能が発動しているという事実です」
遠回しで言葉を選ぶような物言いなのは、クロノ自身が世界の隠されていた秘密を知ったショックから立ち直れないのだろう。
そんなクロノの説明をかいつまむと、この様な内容になった。
世界に対して万能の神々とて、世界の時間を巻き戻すという行為は最大のタブーであり、繰り返し行える行為ではないのだ。それを、世界救済のためとはいえ何度も繰り返すというのは、神の性能を越えた荒行だ。
むしろ、自分たちの権能を用いて箱庭世界を作り、その中で世界を救済する方法を探るというのは、神々らしい合理的な行為だとクロノは確信した。
そして、この世界が神々の夢だと確信するもう一つの理由は、彼女がこの世界に落ちたときに暴走しているとはいえ権能を使えていたという事実だ。
あの時、彼女を含めた全員が、クロノスがやってきた事が原因で、彼女の周囲が無神時代より前の時代に戻ったために権能が使えたと思っていた。だが、クロノスがクロノに転生してからも、権能の一部である歯車を自在に出し入れできるのは、考えてみれば奇妙なことなのだ。
もう、彼女は神じゃなく人だ。
人なのに権能が使えるという矛盾。
この理由をクロノは、この世界が試行錯誤の異世界という神々の権能で構築された世界であるという前提で解き明かした。
彼女がこの世界に落ちた際に、自分の権能である『時』にまつわる権能を一時的に世界から奪ったのだ、と。そして、奪った権能が人間として転生したクロノの中に宿っているから、歯車を出し入れできるのだと推測した。
「どちらも根拠と呼ぶには弱いかもしれませんが、考えれば考えるほどしっくりときます。この世界は神が見ている夢の世界なのは間違いありません」
「……神様のお墨付きを得られたのは、喜ぶべきなのか悲しむべきなのか。それで、クロノ。僕はこの世界をこのまま存続させつつ、本物のエルドラドも救われるべきだと考えている。そっちの方については、何かアイディアはあるかな?」
レイが彼女について期待したのは両方の世界の救済と存続を可能とする手段。だが、神としての力も記憶も失ったクロノに答えは無かった。
「申し訳ありません。すぐに思いつく手段はありません。……ですが、気になることはあります」
「気になること?」
「たとえば、神々の観測所です。レイさんは兄と共に初めて会った時のことを覚えていますか?」
「忘れていませんよ。こたつを囲んで、僕が瀕死の状態で治療が完了するまでエルドラドを旅して欲しいって言った時のことですよね」
「ええ。あの時、貴方と会った場所こそ神々の観測所になります。そして、私は13神の中に紛れ込んだ『黒幕』、いえ、おとうさまに敗れて試行錯誤の異世界に落ちたことになりますが、これだと辻褄が合いません。私は自分が眠っているという自覚はないまま、神としてこの世界に落ちたんです」
確かにクロノスの言う通り辻褄が合わない。この世界が神の夢にしか存在しない偽りの世界なら、神々の観測所でクロノスを始めとした13神がエルドラドを観測していたという事実は矛盾する。
「眠っている筈の神が起きて活動していた。この矛盾の辻褄を合わせるとしたら、貴方と会った神々の観測所もまた、神の夢の領域なのかもしれません。そして、そこに集まり世界を観測していた私達は、夢を見ている神々の意識。そう考えると、矛盾はありません」
「つまり、滅んだエルドラドに浮かぶ球体。あの神々の観測所の中で12神たちが眠り、試行錯誤の異世界を生みだしている。それとは別に、その試行錯誤の異世界を観測している神々の観測所がどこかにあるってこと?」
「その通りです、シアラ」
「あれ? それじゃ、もしかして。本物のエルドラドにある神々の観測所にはクロノス様の肉体があるかもしれないの?」
レティの言葉に全員がクロノを見つめた。彼女も同じ推測にたどり着いていたのか、肯定するように頷いた。
神の肉体が眠る神々の観測所と、神の意識だけが独立して存在する神々の観測所。
二つの観測所が存在するならば、矛盾は解消される。
「本物のエルドラドには私の肉体。神としての肉体が残っているはずです。私が肉体に戻れれば、神としての完全な権能が手に入ります。そのためには、こちらの世界を観測している、神々の観測所を見つけるのが近道かと思います」
「肉体から意識を分離してもう一つの観測所に飛ばしているなら、肉体に戻る手段があってもおかしくないわよね」
「そうです。それに、もう一つ気になるのがおとうさまの存在です。彼は滅んだエルドラドの民だったとはいえ、『御厨玲』の人生を終え、試行錯誤の異世界に招かれました。つまり、夢の世界の住人。でも、彼は本物のエルドラドに実体化しています」
「僕やノーザンも同じだ。ノーザンはロボットだけど、滅んだエルドラドに実体化できた」
「逆にヨシツネは滅んだエルドラドから夢の世界に潜りこんでいるわね」
「まだ、この世界と本物のエルドラドを行き来するための法則は不明ですが、おとうさまがこちらの世界から向うの世界に実体化できたように、何らかの方法があるはず。この辺りの疑問点を突き詰めれば、夢の世界を存続したまま本物のエルドラドを救済する方法も見つかるかもしれません」
「……分かった。そっち方面の調査と分析はクロノにお願いしよう。任せてもいいかな」
「はい。これでも元神なのですから、必ずお役に立ちます」
クロノが胸を張って応じた。心強い宣言にレイは頷き、ほかには無いかと視線を向けると、金色黒色の視線とぶつかった。
「シアラ、何かあるのか?」
「ええ。今後の方針に関わる内容よ」
「そいつは気になるな。話してくれ」
了解と返事をすると、シアラは天井に向けて喋りかけた。
「ポラリス、貴女も参加してちょうだい」
「了承。接続いたします」
機械音声が部屋の片隅にあったスピーカーから流れると、ベッドとベッドの間の通路に光が投影された。青白い半透明な姿ではあるが、メイド服に身を包んだポラリスが現れた。
「挨拶。おはようございます、ミスター・レイ」
「おはよう……ああ、こっちのポラリスか」
挨拶を返してから、彼女が研究所のシステムをコントロールしている『機械慈母』ポラリスだと気づいた。
「彼女にも話し合いに参加してもらったの。過去の歴史資料や、ワタシ達の知らない情報とかが蓄積されているから、情報不足を補ってもらって話し合いが有意義に進んだの」
「僕たちの知らない情報か。興味あるな」
「注意。ミスター・レイの最高権限はモルグを退出した時点で既に破棄されています。よって、ミスター・レイの権限では許可されない情報は公開できません」
「……抜け目ねえな、アイツ」
いつの間にか権限を失っていたレイは、能面のように変わらないノーザンの顔を苦々しく思い出す。
「それで、彼女の公開した情報で目新しい物でもあったのか?」
「あったわ。『七帝』の奴らは『勇者』ジグムントを除いて全員が、この世界が試行錯誤の異世界だと知っていた。その上で世界を救済、あるいは滅ぼそうと決めたのよ」
シアラの言葉に、レイの表情が緊張の色へと切り替わった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は21日頃を予定しております。




