12-52 過去からの提案 『後編』
自分が迂闊な事を口にしたと気づいて、頭から血の気が引くような音がした。口元を抑えたが、出た言葉は無かったことにできない。
レイの方を見れば、彼は困ったように眉尻を下げていた。黒色の瞳から感情は読み取れない。
すぐにでも謝罪をすべきなのだが、謝罪することが返ってレイを傷つけるのではないかと迷っていると、レイが動いた。
「《漆黒よりもなお昏き影よ、我と共に起て》」
詠唱が終わると、狭いモルグに新たな人物が現れた。もっとも、彼は人間では無い。
レイの影が起立し、おうとつのない人のような形をした存在。現れたのは影法師だ。
ぱっくりと三日月のように割れた口から、錆びついた歯車を無理やり回したかのような声が流れた。
「いまさら、俺を呼んで何が聞きたいんだ……なんて、な。大方、てめぇの知りたいことぐらいは予想できるぜ。そして、答えてやる。《トライ&エラー》は、御霊の魂を消費して発動している。これまでも、これからもな」
大鉈で捕まえた獲物の首を落とすかのように、影法師は無慈悲に答えを口にした。これまでレイ達を幾度となく、本当に数え切れないほど救ってきた《トライ&エラー》が滅んだエルドラドの住民たちを消費して発動していたという残酷な真実を突きつけた。
ノーザンたちに見させられた過去の映像から、予感めいた物を感じ取っていたとはいえ、こうして真実を突きつけられると心に重しを乗せられたかのように息苦しさが襲う。
戦奴隷の対等契約によって、彼女も《トライ&エラー》の恩恵を預かってきたが、その力の裏に誰かの犠牲があったのだと聞かされて平静を保てるはずも無い。
ましてや、生き残るために積極的に使用してきたレイの心情を考えると、胸が刃で削られるかのように痛みだした。
生き残ってしまったことへの罪悪感に苦しむ姿を見てきたリザにしてみれば、レイが心を乱すのは想像に難く無かった。
ところが。
「……そうか。君たちは、そこまでの覚悟を固めてたんだね」
静かに。
モルグという場所に相応しい、しかし、この状況では異常とも思える静かな声を、リザは誰が発したのか分からなかった。
鼓膜を通して伝わった声を、感情が阻もうとする。あろうことか、レイの口からそのような温度の言葉が出たのだと理解した時、彼女の背筋が震えた。
「ありがとう、と言っていいのかな?」
「はっ。誰も、てめぇに感謝なんて求めていねぇよ。ただ、分かっているだろ」
「ああ。これからも、僕は《トライ&エラー》を使う。躊躇しない。たとえ、君たちを使い潰すことになったとしても、約束を果たそう」
一方的な虐殺宣言とも取れる言葉だったが、受け取った影法師はどこか満足そうに笑う。
「くはは。いいぜ、上出来だ。その言葉、違えるんじゃねえぞ」
念を押すように言うと、影から這い出た者は、影へと戻っていった。元の人数に戻ったモルグの静寂を破るように、レイが先を促す。
「中断させて悪かった。それで、僕が魂を消費して発動する技能を持っているとして、それと『七帝』を収容することはどんな関係があるんだ?」
「消費。それが肝要だ。神の介入が不可能となった試行錯誤の異世界において、魂を消費する方法は存在しない。肥大化した魄である『七帝』を消費する可能性があるのは、ミスターの特殊技能しかない」
「なるほど。僕が『七帝』の魄を取り込み、魂を消費して発動する《トライ&エラー》を使い続ければ、『七帝』の魄も消えて世界崩壊が回避できるっていう寸法か」
その通りだとノーザンは頷いた。
「そんな……そんな乱暴な方法が成功するのでしょうか?」
専門的な知識を持っている訳でないリザですら、首を傾げてしまう計画だ。レイも同じ意見なのか同調した。
「リザの言う通り、乱暴な方法だよね、これは。僕の《トライ&エラー》が魂を消費して発動しているのは読み通りだけど、『七帝』って魄だろ。魂と同じように消費できるかは……影法師から回答が来たけど、分からないって」
「妥当。情報不足により断言はできない。ノーザンも成功する可能性は低いと考えていた計画である」
二人の不信感は正しいとばかりに、ノーザンの人格を模したロボットは肯定した。流石に、堂々と開き直られてはレイ達も呆気に取られてしまう。
「挑戦。しかし、可能性は零ではない。どちらにしても、現在の『七帝』は『守護者』サファと『機械乙女』ポラリスを除けば、全員が世界に対して敵意を抱いている。野放しにしておけば、世界崩壊までの時間を縮めてしまうのは必然」
「『七帝』を僕以外の誰かが倒せば、そいつが『七帝』となってしまうか、あるいは大地を巡りモンスターとして蘇られてしまう。世界崩壊を回避する手段が見つかったときに備えて、『七帝』の魄を一カ所に集めておくのは合理的か。……たとえ、失敗に終わったとしても」
レイが『招かれた者』である以上、『七帝』とぶつかるのは避けられない運命でもある。
本当にレイが『七帝』の魄を複数収容できるのか、《トライ&エラー》によって消費できるのか不明なことは多い。
それらを解き明かす為にも、『七帝』の『機械乙女』ポラリスを破壊して、実験するべきだと『科学者』ノーザン・ストラトスは過去から提案している。
レイは刀の柄に手を当てて考え込む素振りをしていたが、何かを決断したかのように頷くと、右手に炎を生みだした。
薄暗いモルグを緋色の輝きと熱が満たしていく。
「僕が彼女を、スターダストシリーズ弐号機を破壊しても、君や研究所の『機械慈母』ポラリスに影響はないのか?」
「肯定。お気遣いしてくださってありがとうございます。ですが、ご安心を。彼女が破壊されても、我々に影響はありません」
「同意。既に、人格も内部構造もデータとして収集済みだ。魂魄を収容する人造人間として再現するのは不可能ではあるが、それ以上の研究価値は無い」
「そうか。なら―――」
「―――待ってください」
気がつけば、リザはレイの行動を止めていた。
三人の視線が自分に集まり、言葉が喉で引っかかってしまう。唾を飲み込み、心を正すように背筋を伸ばした。
「お待ちください、レイ様。人造とはいえ、彼女は人間です。私の知る人間の定義とは逸脱していますが。……せめて、死者への手向けの言葉を送らせて下さい」
レイがノーザンとポラリスを伺うと、彼らは思いもよらない提案に戸惑いつつも、了承を示すように頷いた。
幼少期を教会で過ごしたリザは、レティほどではないが死者の送り方を知っている。棺の正面に回ると両ひざを着き、指を交差して手を組んだ。
「かつてこの地に居られた13神よ。貴方のひざ元に貴方の子供を送ります。神々の大いなる優しさを持って迎えられる事を願い奉る」
諳んじた言葉も、いまとなっては誰かの意志によって改ざんされたのだと理解できる。だが、そこに籠められた願いは変わらない。
死者の魂に安らぎを。
たとえ、『七帝』の魄を収容した空っぽの器とはいえ、そこに宿った何かが迷わないように、という思いを込めてリザは祈りを捧げた。
祈りが終わると、リザは立ち上がりレイに場所を譲った。
緋色の炎を纏った右手が棺に触れると、炎が棺を包み燃え上がった。
炎は外へと広がらず、内側へと沈んでいく。例えるなら、炎の繭だろうか。
緋色の膜越しに、スターダストシリーズの弐号機であり、造形美の極致と表現されるポラリスの肉体が崩れていく。
赤々とした光源は石造りの天井や床を赤く舐めていき、列席者たちに陰影を作る。ノーザンの様子を窺っても、リザには彼の心の裡は理解できなかった。
炎は十分と経たずに燃え尽きた。棺は見事に消え失せ、白い花は灰も残らなかった。
あまりにもあっけない終わり方に、リザは戸惑ってしまう。
「……その、これで終わりなのでしょうか? ……『七帝』を倒した……のですか?」
これまで遭遇した、まさに天災と呼ぶにふさわしい怪物達を思い出してしまう。彼らと比較すれば、あまりにも静かな決着だ。
だが、レイが何かを確認するように瞼を瞑り、再び開けた。
「うん。……これで終わりだ。間違いなく、僕の中に『七帝』の魄が宿っている」
「質問。『招かれた者』はノーザンを含め、自分の状態を確認する術を身に付けている。ミスターも同様か?」
「そうだ。僕の場合は古びた本の形で表示される。その中の称号に、『七帝』が表示されている。だから、『七帝』の魄も宿ったはずだ」
レイの言葉をリザは理解できていない。
だが、それでも彼が嘘を吐いていないことぐらいは分かる。
レイは『七帝』が一体、『機械乙女』ポラリスを倒し、空白となった席に着いたのだ。
「とはいえ、実感は薄いな。『七帝』を倒したからと言って、急激にレベルアップした訳でもないし。能力値が向上している訳でもない」
「走査。身体的異常は検知できず。『七帝』の魄が定着するまでに時間を要する可能性がある。数日間の検査が必要」
「……ってことは、検査が終わるまで、この研究所に足止めか。すぐに行動したいんだけどな」
複雑な感情を覗かせるレイに対して、リザは窘めるように口を開く。
「その方が宜しいかと。やはり、『七帝』を倒したのですから、体にどんな異常が起きるか分かりません。無理を押して動いた結果、北方大陸で倒れたらどうするのですか? それに、行動したいといっても、今後の目標は何かあるのですか?」
「……リザの言う通りだな。今は、様子見が正しい」
納得したレイは自分が燃やしたポラリスの棺跡を一瞥し、踵を返した。エレベーターに向けて歩きだそうとして首だけ捻った。
「僕たちは上層階に戻って仲間と合流するつもりだけど、君たちはどうするんだ?」
「思考。……不可思議だ。全てを割り切ったはずのノーザンの人格モデルに、エラーが発生。問題解決までこの空間から動けない」
どうやら、ノーザンの姿形をした存在は、自身の感情の変化に戸惑っていた。
当たり前の話だ。『科学者』ノーザンにとって、『機械乙女』ポラリスは、思い入れの深い作品のはず。
彼女の人格と姿形を後継機に託しているのだ。一からデザインを考えて作るよりは、既にあるデザインなどを流用すれば手間は掛からないとはいえ、それだけが理由だったとは思えなかった。きっと、ポラリスという名前にも、彼女の姿形にも意味はあったはずだ。
背中を向けたまま、棺のあった場所を見つめるノーザンの背中は、娘を失った父親のように見えた。そんなノーザンを労わるように、メイド服のポラリスが寄り添う。
その光景を目にしたレイは、それ以上何も言わずにエレベーターの方へと歩いていく。リザが慌てて続こうとすると、後ろからポラリスの声がした。
「感謝。ミス・リザ。貴女の気遣いに、『科学者』ノーザンに作られた全ての同胞を代表して、深く感謝を捧げます。ありがとう、ミス・リザ」
沈黙が箱の中を満たす。
レイが適当にパネルを操作して動き出したエレベーターは、いまの所は順調に上昇していく。静かな駆動音がやけに大きく聞こえるのは、リザが心に抱えた感情のせいだろうか。
「あ、あの!」
モルグまで降りるのにかかった時間の半分が過ぎた頃、ようやくリザは話しかける決心がついた。だが、決心を固めるのに必死で、その後に続く言葉を用意していなかった。
現在位置を示すランプを眺めていたレイが、不思議そうにリザを見つめ、彼女は刹那の間を置いてから会話の糸口を探る。
「あの、その。……お体の方は、本当に大丈夫なのでしょうか? 『七帝』を倒した……のですから、何かあればすぐに仰ってください」
「分かってる。でも大丈夫。信じられないかもしれないけど、本当に平気なんだ。これからゲオルギウスと一戦交えろって事になっても平気なぐらいね」
不安そうな自分を和ませる為に冗談を口にしたレイ。その瞳の奥にある輝きに、リザは視線を逸らしてしまう。
この瞳を、私は知っている。記憶の中に焼き付いて消えない人々の姿と、レイが重なってしまった。
突然の反応に違和感を抱かれる前に、誤魔化すように頭を下げた。
「先程は申し訳ありません。驚いて咄嗟とはいえ、あのような事を口にしてしまい、レイ様のお心を乱すような発言を」
何のことなのか当惑した表情を浮かべたレイだったが、すぐに意味を理解した。
「僕の《トライ&エラー》が魂を消費しているっていう推測のことか。そこまで気にすることないよ。影法師とおとうさまの過去を見たら、誰だって同じように思う。実際、僕だって同じ結論に達していたし、事実だったんだから」
本当に、心の底から気にしていないと言うレイに、リザは苦痛を覚える。
「……レイ様は、今後も《トライ&エラー》を使い続けるのでしょうか?」
「うん? そのつもりだよ」
当然だと言わんばかりの返答に、リザは青い瞳を伏した。その反応に気づいたレイは、リザの方を向きながら口を開いた。
「もしかして、御霊の中に宿る滅んだエルドラドの魂魄を消費するのに抵抗がある?」
投げられた質問に、リザは気づいた。
レイは勘違いをしている。
自分が目を伏したのは、魂を消費して発動するという残酷な事実に対して目を逸らしたわけではない。だが、その勘違いを利用する。
「……はい。過去の記録を通して、あの方々の旅路を知りました。取り残されてしまった魂たちが、ほかの生命を探して旅をして、その果てに絶望する。そんな彼らが、《トライ&エラー》を発動するための糧となって消費されるなんて……彼らは救われたいと思わないのでしょうか?」
「それこそが、彼らにとっての救いなんだろうね。過去を見た後に、影法師の、滅んだエルドラドの民の覚悟を聞いた。彼らは、世界が救済されて元通りになるなら、自分たちが消えることを受け入れている。だから、僕が世界を救済するために《トライ&エラー》を発動するのを止めるつもりはないんだろうな」
「先程の会話は、その覚悟の確認でしたか」
「うん。あとは、影法師と交わした約束を念押しされたかな」
「約束ですか?」
「過去を見終わった後に、影法師に言ったんだ。本物のエルドラドを救う手段は思いつかないけど、その手段を見つけたら、たとえどれだけ成功率が低くてもたどり着いてみせる。《トライ&エラー》を何度も使い、無数の死を積み重ねて、その可能性に手を伸ばすって」
影法師は確かめたのだ。《トライ&エラー》の真実を知って、誰かの魂を消費して発動しているという残酷な真実を知って、それでも使うのか、と。
レイは答えた。使う、と。
いつの間にか、エレベーターは目的の階層に到着した。扉が開き、レイが振り返りもせずに歩みだした。
離れていく背中が、リザには遠く感じられた。
レイは決心したのだ。
あの滅んだエルドラドを目の当たりにし、試行錯誤の異世界という真実を知り、影法師たちの覚悟に触れて。
この世界を救うためなら自分がどうなろうと構わない、と決心したのだ。
レイが『七帝』の魄を簡単に受け入れたのも、決心してしまったからだ。普通に考えれば『七帝』という世界を崩壊させた因子を自分の中に取り込もうとは思わない。どんなリスクを背負い込むのか、予想すら出来ない危険極まりない行為だ。
今までのレイなら、仲間の意見を聞いてから慎重に決断したはずの問題。だが、今のレイは選択肢を削るかのように『七帝』を引き継ぐと決めた。その理由をリザはレイの言葉の端々から気づいてしまった。
もし、『七帝』の魄を《トライ&エラー》が消費しきれなかったとしても、『七帝』の魄を集めた自分が世界から消えれば、世界崩壊自体は防げると考えているのだろう。
短絡的な世界救済計画だが、ノーザンでさえ一度は考えた救済計画だ。レイが本当に七つの崩壊の因子を受け入れられるのなら、成功する確率は高いだろう。レイがどこまで本気で、スターダスト計画を実行するつもりなのかは不明だ。その方法では根本的な問題解決には至らないと理解しているはずだ。
だが、それしか方法が無いと判明したときは、レイは躊躇わずに実行するだろう。そのための布石として、『七帝』の魄を引き継がないという選択肢を削るように、シアラ達に相談もせずに決めたのだ。退路を断ち、たとえ自分が滅ぶと分かっていても前進する覚悟を決めた男の目。
記憶の中で焼き付いて離れない、父親たちと同じ目だ。
帝国四大貴族の一つだったウィンドヘイル家の男たちは、生き残るという退路を断つことで、帝国への戦争を突き進んだ。
貴族としての誇りを捨てれば、男としての尊厳を捨てれば、あるいは家族全員が慎ましくも暮らせるという未来はあったかもしれない。だが、彼らはそんな選択肢を刃と血で捨て去った。
今のレイは彼らと同じように、自分の手で、自分を救うという選択肢を削ってしまっている。
遠ざかる背中。世界を救うと決めたレイは、どんなことでもするだろう。
自分を犠牲にすることで、世界が救われるとしたら、彼は躊躇しないだろう。《トライ&エラー》を繰り返して使用してきたのと同じように、世界を救うために自分を犠牲にする。
その原動力の一端となっているのは、きっと仲間の存在だろう。これまでの旅路で、レイが本能的に人の温もりを、縁を欲しているのは気づいていていた。だから、学術都市で屋敷を、皆が帰れる場所を手に入れたのだ。
(仲間のために世界を救うと決めても、仲間のために自分が生き残ろうとは思わないのですね)
それが、リザには酷く悲しかった。自分たちの存在が、レイを更に過酷な道へと追いやってしまった。
「どうした、リザ? 調子でも悪いのか?」
先を行くレイが振り返る。リザは髪を整えるふりをして、目元を拭った。
「いえ、申し訳ありません。少し、考え事をしておりました」
足を止めたレイに追いつきながらも、彼女は考える。
世界を救うためなら、自分さえも捨てようとするレイを、どうやれば救えるのか。
どうやれば、レイをこの世界に押し留められるのか。
当然だが、簡単に答えが出る問題では無い。しかし、考え続けなければならない。
おまたせしました。読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は18日頃になります。




