表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
768/781

12-47 世界が滅びる瞬間

 神の夢にしか存在しない、本物同然のエルドラド―――試行錯誤の異世界。


 リザ達と出会い、幾つも死線を乗り越え、共に旅してきた世界が限りなく本物に近い偽物と言われ、精神体であるレイは言葉を失った。できることなら、嘘であってほしいとさえ思う。


 しかし、おとうさまが明かした世界の真実は、これまでにレイ達が手に入れてきた情報と矛盾しない。むしろ、おとうさまの説明の方が筋は通っているのだ。


 思考は次々と生まれては泡のようにはじけ、肉体は無いのに息苦しさを感じる。


 だが、過去の再現である影法師にとっては、然して興味のある話でないのだろう。


 奴は本物のエルドラドの、滅んだエルドラドの御霊だ。試行錯誤の異世界がどうなろうが、関係ない。本物のエルドラドが救われるなら、必要な犠牲とさえ考えているに違いない。


「そうか。……この世界が救われるなら、神がどんな夢を見ていたっていい。それが真実なら、俺にとってはこれ以上ない福音だ。……だが、疑問は残っているぞ」


「さてさて。今までの説明に一欠けらの嘘も、君を嵌めようとする悪意も混ぜていない。聞く者にとっては悲傷な真実かもしれないが、全て真実だ。それらを聞いたうえで、何が疑問なのか?」


「てめぇの立ち位置だ。12神の救済計画を知った、13番目の神とやら。てめぇの語り口には、12神への嫌悪が透けて見える。少なくとも、12神に協力している奴だとは思えない。何を考えて神々の仲間入りをしやがった。それに、どうして俺に仮初の肉体と人格を植え付けようとした」


「そうだね……曲がりなりにも神として君臨したことで、慈悲の心に芽生えたとかどうかな?」


「尋ねている時点で嘘だとバレバレじゃねえか。……普通に考えれば、てめぇみたいな奴がこうもべらべらと喋るのは、二つ考えられる。一つは、この後に俺を始末するから、何を知られても構わないと思っているから」


 そして、もう一つが。


「てめぇが俺を仲間か、あるいは手ごまにして何かをさせようと企んでいるから、ある程度の情報を開示した。さあ、どっちだ!?」


 影法師の問いかけに、おとうさまはしばらく時間を置いてから語りだした。


「悪くない推察だ。君の立場になれば、肉体を与え、世界の真実を簡単に明かした私を信じられないのも無理もない。……どちらかといえば、後者だな。私は君を利用しようとしている。だけど、勘違いしないでほしい。私は別に、君を仲間にするつもりも、手ごまにするつもりも無いんだよ」


「……なんだと?」


「どういうことですの、おとうさま?」


 疑問の声は影法師だけでなく、おとうさまの懐からもした。


 彼女も、おとうさまの真意を測りかねているのだろう。


 おとうさまは自分の懐を撫でながら、何かを思い出す口ぶりで続けた。


「私はね。この滅んだエルドラドで研究者だったんだ。愛する妻と五人の娘。信頼できる部下に、志を共にした同胞。そして、尊敬に値する12神。幸福な人生だったと胸を張って言える。だけど、私はこの世界を救えなかった。滅びの予兆に気づき、世界崩壊を回避しようと懸命に頑張ったが……失敗した」


 フードで隠れた素顔は窺えない。だが、おとうさまの言葉から滲むのは後悔と沈痛の念。


 彼がどれだけ幸福に満たされ、どれだけ必死になって世界崩壊を回避しようとしたのか、そしてその果てに失敗した時の絶望が、精神体のレイにさえ伝わってくる。


「君も見ただろう。世界が黒い光に飲み込まれ、全てが消えていく瞬間を。私は、私もね、あれを目撃したんだよ。……ああ、あの時の光景は、あの時の滅びの瞬間は、どれだけの言葉を尽くしても、伝わらないだろう。……私の心を襲ったのは、世界が滅びるという絶望、世界が滅びることへの恐怖、世界を救えなかった自分への憤怒。そして……()()()()()()()()()()()()()()()を、心の底から味わった」


 ―――何を言っている?


 精神体であるレイと過去の影法師は、同時に同じことを呟いていた。


 途端、目の間に居るフードの人物が何者なのか、ようやく理解できた。


 12神の記憶と認識を弄り、新たなる神としてエルドラドの上位者となった偽神。


 世界を滅ぼした七番目の『七帝』、『正体不明アンノウン』になった『黒幕』。


 クロノスを追放させ、『御厨玲』という存在を試行錯誤の異世界に送りこんだ張本人。


 そんな人物が、善人であるはずが無い。


「ああ……美しかったな。エルドラドが滅びる瞬間は、格別に美しかった。最愛の妻と出会った瞬間よりも、血を分けた五人の姉妹が生まれた瞬間よりも、世界が滅びる瞬間というのは美しかったんだ。それこそ、魂に刻み込まれた天上の光景だ」


「まあ、おとうさまったら。わたくしたちが生まれるときよりも美しいなんて、嫉妬してしまいそう」


 冗談めいた口調でおとうさまを嗜める声さえ恐ろしくなる。


 世界が崩壊する瞬間を、心の底から美しいと口にするおとうさまに対して、レイはこれ以上ないぐらいの恐怖を抱いた。


 これまで、心胆まで恐ろしいと思わせる人間や敵は幾らでもいた。


 六将軍第二席ゲオルギウスは、理不尽な暴力の化身として脳裏に刻まれている。


『魔王』フィーニスは、取り返しのつかない痛みを心の奥底に残している。


『龍王』黒龍と対峙した時間は僅かであるが、圧倒的な戦力差に心が折れかけた。


 だが、それらの相手はまだ理解できる存在なのだ。言葉が通じ、刃を交わすと、彼らが考えていることや、感じていることが表面的ではあるが理解できる。


 なにかの選択肢が違えば、彼らと分かり合えたかもしれない。シアラやコウエンに知られれば、甘い夢と切り捨てられるだろうが、そんな可能性があり得ないとは断言できない。


 だが、コイツとは無理だ。


 目の前の『黒幕』とはどうやっても分かり合えない。


「許しておくれ、我が娘。……私は、前もって用意していた手段を用いて、崩壊するエルドラドを脱出して、別世界の人間として転生した。エルドラドの崩壊が止められないと悟り、娘たちと共に別世界に避難できるようにしていたんだ。エルドラドのことを忘れ、二度目の人生を謳歌し、全うしようと決めていた。だけど、魂に刻まれたエルドラドの滅びを、私は忘れることが出来なかった。あんなにも美しい光景を、忘れることができるものか」


 おとうさまの言葉が刺激となって、レイの中に宿る『御厨玲』としての記憶じんせいが呼び起こされる。


 大学を卒業した後の『御厨玲』は仕事に打ち込み、その分野では一流と呼ばれる存在にまで成長していた。その原動力となったのが、世界が滅びる瞬間の光景なのだろう。


「二度目の人生で取り組んだのは、記憶と認知の分野。私の中にあったエルドラドの滅びの瞬間を、劣化させないために人生を捧げた。すると、皮肉なことに私の研究を気に入った12神の一柱が、『御厨玲』を『招かれた者』として試行錯誤の異世界に呼び寄せたのさ」


 最悪だ、とレイは呟く。


 エルドラドの滅びに喝采を上げた悪魔が、本物同然のエルドラドに呼び寄せられた。


「なんという幸運! なんという僥倖! なんという奇跡! ああ……私は、もう一度、エルドラドが滅ぶ瞬間をこの目で見ることができる」


「おめでとうございます、おとうさま!」


 狂おしいまでの絶叫と場違いな歓喜の声が、滅んだエルドラドに響く。


 ここは地獄だ。


「最悪だな。本当に最悪だ。てめぇのような人格破綻者を、よりにもよって呼び出すなんて。何を考えてやがるんだ、12神は!」


「その点に関しては同意だ。もっとも、彼らも追い詰められて、手当たり次第に呼び寄せているのさ。何しろ、トライ&エラーの回数は五桁を越えているのに、世界救済の糸口はつかめないままだ。平たく言えば、12神は迷走しているのさ」


 おとうさまの言葉に頷くのは癪ではあるが、迷走という表現は間違っていない。世界崩壊に繋がる『旧七帝』は倒せたが、『招かれた者』が新たなる『七帝』を生みだしてしまったのは、迷走した結果としかいえない。


「12神の迷走ぶりを知った私は、放っておけば、再びエルドラドの滅びを目の当たりにできると確信した」


「分かんねぇな。エルドラドの滅びが見たいなら、俺を助ける必要なんてないだろ。むしろ、俺はこの世界が復活を望む、てめぇの敵だ」


「そう、その通りだ! 私は、君に敵になって欲しいのだよ!」


正体不明アンノウン』の理解不能な言動は、過去の影法師と、現在のレイを更なる困惑の渦へと叩き落とした。


「第三の人生を、神々の見ている夢という形で与えられた私は歓喜した。もう一度、エルドラドの、世界の崩壊をこの目で見られる、と。だが、試行錯誤の異世界に降り立った私は、ある可能性に気づいたのだよ。このまま『招かれた者』たちが現れれ、己が思い描く世界救済の道筋を歩みだしたら、世界の歴史はどうなると思う?」


「……『招かれた者』によって歴史が変わるだろうな」


『招かれた者』の与える影響力は大きい。


 実際、滅んだエルドラドと試行錯誤の異世界の歴史は大きくかい離している。


 ヨシツネによれば、滅んだエルドラドではエルフの大国は現代まで存続し、獣人種の人権は無いに等しいという。


 変化した歴史の是非はともかくとしても、歴史改変は世界崩壊を防ぐために呼び出された『招かれた者』の在り方としては正しい。


「『招かれた者』はエルドラドの運命に縛られない。私より後に呼び出された『招かれた者』によって、試行錯誤の異世界は違った歴史を辿るのは間違いない。……君は、花火を知っているかな?」


 急な話題の切り替えに、影法師は戸惑いながらも首を横に振った。


「仕方あるまい。火薬が貴重なエルドラドじゃ、あまり発達しなかった文化だ。花火というのは、夜空に咲く炎の華さ。なかに詰め込まれた火薬の量や種類、調合、向き一つ違うだけで、形や色が変わる。世界が滅びる瞬間ほどじゃないが、それなりに美しい景色さ」


 一拍開けると、おとうさまは夢を語る若者の如き熱い口調で、悍ましいことを口にした。


「私はね、『招かれた者』によって変化した歴史の先で滅びるエルドラドは、花火と同じように違う輝きとなるんじゃないかと思っているんだ。それが見てみたい」


「……イカレテやがる。世界が滅びる瞬間を見たいってだけでも吐きそうなぐらいなのに、別の滅びの瞬間も見たいってのか」


「考えてもごらん。歴史とは積み重ねであり、人々の思いの結晶だ。『招かれた者』が与える影響は、始めは小さくても時間が経つにつれ大きなうねりとなる」


 蝶の羽ばたきが海と大陸を越えて星の裏側で竜巻を起こすように、きっかけが小さくても、時間経過と共に大きな変化は起こり得る。


「なにが起きるか誰にも、それこそ神にも分からない。ならば、『招かれた者』が世界救済に駆けずり回った歴史の先で待っている滅びは……本物のエルドラドが滅びた瞬間を上回るかもしれないじゃないか。……私は私の知らない滅びが見たくなったんだ」


 自己の目的に陶酔しきった男の呟きは、到底理解できる物では無い。だが、おとうさまが本気で世界の滅びる瞬間を見たがっているのだけは理解できた。


「解せねぇな。てめぇの目的が、世界の滅びる瞬間をもう一度見たいってのは理解できた。欠片も共感できねぇが、本気なのは分かる。だが、そのために敵が欲しいってのが繋がらねぇ。だいたい、てめぇの敵が目的を達成する可能性は考えてねえのか」


 レイも影法師の疑問に同意する。


 おとうさまの敵というのは、世界崩壊を防ごうとする者達。つまり、『招かれた者』たちのことだ。


 確かに、彼らは世界崩壊を防いではいないが、それは結果論に過ぎない。呼び出される段階では未知数なのは、おとうさま自身が口にしている。それに、目的を阻む敵を更に欲するという理由とも繋がらない。


「無論、考えているとも。そのために私は、私の娘たちを試行錯誤の異世界に送りこみ、世界が滅びるように競わせている。あの子たちは優秀だぞ。もうすでに、エルフの国を滅ぼし、『七帝』の内の三体を間接的な戦争状態に仕向けている。あそこまで混乱したエルドラドじゃ、12神が選んだ『招かれた者』であっても、世界救済を成し遂げるのは難しいだろう」


「なら、それで十分だろ。てめぇが見たがっている滅びの瞬間はいずれ見れるはずだ」


「それじゃ、物足りない。なにしろ、()()()()()()&()()()()()()()。誰も彼もが、持ち得る全てを注ぎこみ、最後に華々しく散るべきなんだ」


「……最後、だと?」


 不吉めいた言葉に、レイはおとうさまを凝視した。


「そうとも。いま、この瞬間も行われているトライ&エラーを持って、神々は夢を見たまま滅びる。試行錯誤の異世界は消え去り、滅んだエルドラドは滅んだまま消えるのさ」


 それが神の理であると言わんばかりにおとうさまは断言した。


「言っただろ。私は私の知らない滅びが見たい、と。試行錯誤の異世界が滅ぶ瞬間が見たい、だけじゃ終わらないのだよ。欲望とは、終わりの無い飢餓と一緒さ。満たされた瞬間から次の飢えに苦しむ」


 世界が滅びる瞬間を見たいと願った悪魔。


 その悪魔が見たがった滅びる世界とは、果たしてエルドラドのことか、試行錯誤の異世界のことか、それとも。


「私は見たい。試行錯誤の異世界が滅びる瞬間を。滅んだエルドラドが滅びる瞬間を。そして、数多ある異世界が滅びる瞬間を―――この目で見たいんだ」


読んで下さって、ありがとうございます。

また、たくさんの感想を頂けて本当にうれしく思っております。

時間ができましたら、個別に返信したいので少々お待ちください。


次回の更新は5月1日になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[良い点] 世界の真実、ラスボスの目的が次々と明らかになる展開、最高に面白いです! [気になる点] 娘たちの暗躍を考えると、おとうさまは無神時代初期に呼ばれてることになりますよね。自分の存在と目的に迫…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ