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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-46

「世界が救われるには、世界が滅びる必要がある……だと。何を言っているんだ」


「なにごとも対になる物が必要という奴さ。誰かの利益は誰かの損失となり、誰かの喜びは誰かの悲しみとなり、誰かの救いは誰かの滅びとなる。世界はどこかで釣り合いを取ろうとするんだ。プラスの概念が発生すれば、マイナスの概念が誕生する」


 どこか教師めいた語り口で話すおとうさま。手慣れた様子なのは、本当に教師だったのか、あるいは人に何かを教えるのを得意としていたのかもしれない。


「現に君だってそうだ。御厨玲という器と人格に触れたことで、御厨玲の影と呼ぶべき人格が誕生したじゃないか」


 自覚があるのか影法師が押し黙ると、おとうさまは説明を続けた。


「順を追って話そう。君は世界が滅んだことは理解しているね」


「当たり前だ。俺は、滅んだ世界をこの目で見た。この仮初の体で歩いて、……滅んでしまったのを……確認した」


 滅んだ世界の旅路を思い出しているのだろう。


 影法師の肩が震えていたが、おとうさまは一顧だにしない。


「君が確認した通り、『神々の遊技場』たるエルドラドは、『七帝』の登場によって滅ぶべくして滅んだ。滅びの前兆を見逃した神々の無能さを非難するのは別の機会にしよう。エルドラドの管理者にして愚かなる12神が、滅んだ世界を前にして何をしたのか、君は知っているかい?」


 影法師は首を横に振ったが、レイは知っている。


 エルフの隠れ里にあった聖域で、クロノスと再会したときに説明を受けた。


 12神―――あの時は13神と説明されたが―――は滅んだ世界を救うべく、時間を巻き戻し、『七帝』を打倒できる『招かれた者』を招集した。


 狙い通り、世界を滅ぼした『旧七帝』は『正体不明アンノウン』を除いて死亡、あるいは消滅したが、新たなる世界崩壊因子となった『七帝』が誕生し、その中には『招かれた者』が含まれているのは皮肉としか言いようがない。


 表向きはエルドラドを救済する計画だが、裏では神々による主神を決める新たなる神々の遊戯が執り行われている。あの日、クロノスは世界の真実として全てを打ち明けた。


 だが、おとうさまの説明はレイの聞いていた話と違った方向に進みだした。


「12神は世界の時間を巻き戻して、世界崩壊の原因となった『七帝』を排除しようとしたが、止められてしまったんだ」


「止められた? 誰にだ」


 影法師の問いかけは、レイの疑問を代弁しているかのようだ。


「他世界の神々に。『神々の遊技場』に自らのお気に入りの魂を送りこみ、エルドラドという舞台の桟敷席に居座る他の世界の神々に時間の逆行を止められた」


「……分からない。なぜ、他世界の神がエルドラドの運営に口を挟むんだ。12神も、どうして口出しに従ったんだ」


「彼らの立場になれば答えは簡単さ。なにしろ、彼らは被害者でもあるのだから」


 謎めいた言い回しだが、影法師は答えをすぐに思いついた。


「被害者? ……そういう事か。確かに、奴らも被害者だろう。お気に入りの魂を世界崩壊と同時に失ったのだから。そして、時間を巻き戻して世界を、歴史をやり直してしまうと、彼らのお気に入りの魂が消滅してしまう」


 おとうさまは正解だと言わんばかりに手を叩いた。


「他世界の神々にしてみれば、巻き戻してやり直すなんて言語道断だ。スマホゲームで運営のミスによって致命的なエラーが起きたからロールバックした結果、重課金したお気に入りのキャラクターが消えるなんて炎上案件だろ」


「スマホ? ロールバック?」


「おっと、すまない。御厨玲の頃を思い出してしまった。戯言だから、忘れてくれて構わない。とにかく、重要なのは時の巻き戻しは認められなかった。被害者たる他世界の神々は一致団結し、別の方法で世界を、遊技場を元通りに戻すように12神に迫った」


「12神はなぜ拒まなかった? それほどまでに、他の世界の神々が恐ろしいのか?」


「エルドラドしか知らない君には分からないだろうけど、この規模の世界を12柱だけで管理するのは不可能に近いんだ。本来ならエネルギー不足で消滅するのを、何千年、何万年と回避しているのは、『神々の遊技場』で遊ぶ他世界の神々から受け取るエネルギーがあったからなんだ」


 おとうさまの話は、神々の需要と供給が一致したからこそ、『神々の遊技場』は成立していたということだ。


 エルドラドを管理する12柱は、エルドラドを管理する以外の道を持たず、かといってエルドラドを完璧に管理するにはエネルギー不足。


 他世界の神々は、自分たちの世界を管理しているが、無理な介入をすれば世界が崩壊する危険性があるため、無茶なことは出来ずに退屈に苛まれている。


 遊び場が欲しかった他世界の神々と、他所の世界にあるエネルギーが欲しかった12神。両者の求めるモノは一致した。


 かくして、『神々の遊技場』たるエルドラドが誕生した。


「12神が商人にして企業だとすると、他世界の神々は顧客であり株主でもある訳だ。互いにウィンウィンの関係を築いていたが、たった一度の失敗で信頼関係は崩れ去り、12神たちは追い詰められてしまった。他世界の神々も遊び場を失うのだけは避けたかったから、時間を巻き戻す以外の方法なら、全て協力すると約束した」


「それで、神々はあの空間に籠って……何をしているんだ?」


 赤灼けた空に浮かぶ構造物。神威の欠片も感じられない、不気味な存在が、滅んだエルドラドの荒廃した雰囲気を増長させていた。


「彼らはあそこで、夢を見ているんだ」


「……夢?」


「そう、夢さ。自身の持つ権能を全て使い、エルドラドを管理する12柱の神は、一つの夢を生みだして共有で見ている。それは、滅びる直前のエルドラドと同じ歴史を刻み、同じ喜劇が起き、同じ悲劇が繰り返され、最後には滅びて幕を降ろす閉じた世界。神の夢の中でしか存在できない、本物同然のエルドラドだ」


 本物同然のエルドラド。


 裏返せば、限りなく本物に近い偽物のエルドラドということになる。


 精神体だというのに、レイは全身を蝕む悪寒に震えていた。。


「……なんだ、それは。同じ世界を作って、何がしたいんだ? そもそも、夢で本物と同じエルドラドなんて作れるはずがない!」


「神々を馬鹿にしちゃいけない。彼らは何万年もの間、誕生しては滅んだ幾つもの文明を、人々の歴史を全て管理してきた。観測所にある情報は、一つの世界を漏らすことなく記してあった。そして、神々の持つ権能を全て注ぎ込めば、神の夢という異空間に、本物のエルドラドと全く同じ世界を生みだすことぐらい可能さ。現に、その世界で私は三つ目の人生を獲得したのだから」


 呟きは呪詛のように辺りにまき散らされる。


 おとうさまにとって、いまに繋がる三つ目の人生は予定外の出来事であり、不本意な結果のようだ。


 確かに、カプリコルで『御厨玲』の封印されていた一生を垣間見たが、少なくとも本物の御厨玲が三度目の人生に対して何かしらの備えをしていた形跡はない。普通の人間として満足して死んだようにレイには思えた。


「……いいだろう。もう一つの世界が、あの球体の中に眠る神々の中にあったとして、彼らはどうやってこの世界を救済するんだ。まさか、偽りの世界で世界救済の方法を実験して、成功した方法をこの世界に持ち込もうとしているのか」


「惜しいな。限りなく正解に近いが、それはプランBだ」


「プランBってことは、プランAでもあるのか。本命のプランはなんだ?」


 影法師とレイの視線がおとうさまにあつまる。フードの奥底にある表情は分からないが、どうしてだか愚者を嘲笑う笑みを浮かべたように思えた。


「時を戻すという禁じ手を封じられた12神は、自身の権能を全て使い、神の夢という異空間に本物同然のエルドラドを生みだした。仮に、本物と全く同じ世界が救われたら、それは本物のエルドラドが救われた事と同じといえないか?」


 おとうさまの説明が理解できず、影法師とレイは言葉を失った。


「12神は本物同然のエルドラドを救ったという結果で、この滅んだエルドラドを上書きしようとしているんだ。心停止した死者に新しい心臓を与えるように、折れた枝に新しい枝を接木するように、滅んだ世界に世界は救われたという結果だけを植えつけて世界を救済しようとしている」


「待て……待て! そんな事をすれば、この世界の歴史はどうなるんだ。本物同然のエルドラドの歴史をこの世界に上書きしたら、他世界の神々が送りこんだ『招かれた者』だって帰って来ない。結局、本物のエルドラドは救われない。これじゃ意味が無い」


「その点は抜かりない。12神が狙っているのは『七帝』という世界崩壊に繋がる因子を取り除いたという結果だ。結果があるということは『七帝』は倒されるという過程が成立し、歴史その物への影響は最小限に抑えられる。力技ではあるが、世界救済という結果に繋がるように帳尻合わせが行えるようになると考えているのさ」


 結果があるならば、その過程も存在する。世界が救われたなら、世界が救われたという過程が成立するという、荒唐無稽な救済計画だ。同じ感想を影法師も抱いたようだ。自らを取り囲む刃の壁を掻き分け、おとうさまへと近づこうとする。


「そんな、そんなの成立するはずがない。そんな無茶をすれば、世界が粉々になってしまうぞ!」


「普通の世界なら、そうなるだろう。だが、この世界は『神々の遊技場』。数多の『招かれた者』、異分子を呼び寄せられる世界が、この程度の力技に耐えられないはずがない。仮に耐えられなかったとしても、12神にしてみればプランBを使えばいい」


 本物同然のエルドラドを救えた救済方法があるなら、時間を巻き戻して同じことを繰り返せば救える可能性がある。なにしろ、既に実証しているのだから成功率は限りなく高い。 


「シミュレーションの世界で救ったという事実を盾に、他の世界の神々に時間の巻き戻しを要求するつもりだ。これがプランBだ。他世界の神々が時間の巻き戻しを許さなかったのは理由の一つに、お気に入りの魂が消滅しても、世界救済が成功するかどうか誰にも分からなかったのが含まれている」


 時間を巻き戻して、お気に入りの魂が消失しても世界が救えなかったでは、納得がいかないのだろう。


「だけど、一度世界救済の方法さえ確立すれば、他世界の神々も渋々納得する。彼らにとっても、エルドラドの復活は死活問題だ。受け入れざるを得ない。どっちに転んでも、この滅んだエルドラドは絶対に救える。何万年にも渡って世界を管理してきた神だけあって、考え方があくどいだろ」


 どこか称賛する口ぶりのおとうさまに、影法師が核心に迫った質問を投げかけた。


「てめぇは言っていたな。一つの世界を救うには、一つの世界を滅ぼす必要がある。救われる世界がこのエルドラドだとしたら、滅びるのは……そうなのか」


「さてさて。そいつはどうかな。まあ、おおかた君の考えている通りだと思うがね。口にしてごらん」


 おとうさまは影法師を試す。ここまでの話を理解できているのか。あるいは、理解できたうえでそれを口にできるのか。


 影法師は―――そして、レイは異口同音に答えた。


「「神の夢の中で再現されている世界が滅ぶ」」


「そう。あの中で、神々は世界救済が果たされるまで、何度も繰り返し同じ夢を見ている。そして、世界救済が果たされれば、神は世界を救う為に目覚める。そうなれば、夢の中でしか存在できない世界は泡のように溶けて消えてしまう。プランAが選ばれようが、プランBが選ばれようが関係ない。本物同然のエルドラドは、世界救済を実現するための捨て石という訳だ」


 捨て石。


 その一言が、レイの心の中で重く響く。


 彼が口にしている、神の夢の中でしか存在できない本物同然のエルドラドが、どこのエルドラドなのか、レイは理解していた。


 理解してしまった。


「神々は、本物同然のエルドラドをどうやって救おうとしているんだ? 世界を作り上げるために権能を使っているということは、神々は介入できないだろう」


「理解が早くて助かる。本物同然のエルドラドに12神は介入できない。そこで、先程の約束が生きてくるんだ」


「約束、他世界の神々と交わしたやつか」


「そう、自ら介入できない12神は、『招かれた者』を用いて間接的に世界救済を行おうと計画したんだ。彼らはどうにかリソースをかき集め、12人の『招かれた者』を本物同然のエルドラドに送りこめるようにした」


「ちょっと待て。約束があったとはいえ、他世界の神々が『招かれた者』を認めるとは思えない。世界救済が成功しようが失敗しようが、その魂は無駄になってしまうだろ」


「その点は抜かりない。12神は魂を直接送り込むのではなく、完璧に再現した偽りの魂として本物同然のエルドラドに招いた。実際の所、この私の魂も本来の御厨玲の転生した魂という訳じゃない。神の夢の中でしか存在しない、泡沫の夢さ」


 神の夢という異空間で、神々が全ての情報を完璧に把握して認識している存在が再現可能なのは、本物同然のエルドラドが存在しているのと同じ理由だ。


「他世界の神々は説明を受けた上で協力している。世界救済に成功したときに備えて、送りこんだ『招かれた者』の本物は確保してある。かくして、偽物の世界で偽物の『招かれた者』達が本物の世界救済のために捨て駒となって役割を果たそうとする。救いようのない世界救済の物語が誕生したという訳だ!」


 その通りだ。


 まだ、12神たちが主神を決めるために争っているという話の方が救いがあった。


『招かれた者』が世界救済を果たせば、滅んだエルドラドのために救済されたという結果が奪われる。


『招かれた者』が世界救済を果たせなかったら、12神は同じ夢をもう一度見る。世界救済が成功するまで、何度でも、何度でも。


 つまり、神々の夢の中にある本物同然のエルドラドは―――絶対に救われないのだ。


 転生前のクロノスは、この真実を知っていただろうか?


 いや、知っている筈がないとレイは考えた。


 彼女は、自分を元の世界に戻すために貴重な『招かれた者』の枠を使った。その上で、世界救済を諦めるとまで口にしたのだ。あの時の彼女の涙が嘘だったとは思えない。


 ならば、おとうさまの説明が嘘なのかというと、それも違うだろうと考える。


 影法師を相手にこれだけ大層な嘘を吐く理由が見つからない。それに、滅んだエルドラドから夢の中のエルドラドへ移動する空間と、ヨシツネが滅んだエルドラドからはじき出されてから漂っていた空間が同じ可能性が出てきた。彼だけ時間の巻き戻しから免れたと考えるよりも、別世界に弾き飛ばされたという理由の方が納得もできる。


 そして、影法師が一周目の、滅んだエルドラドの御霊だとしたら、御霊を見たときに、自分が御霊だと感じた理由にも説明がつく。


 エルドラドは同時に二つ存在する。


 一つは、この滅んだ本物のエルドラド。


 もう一つが、リザやレティ、シアラ、エトネ、クロノ、ヨシツネ、コウエン、キュイ。これまでレイが旅して、出会った人々が暮らす、神の夢にしか存在しない本物同然のエルドラド。


「滑稽だろうが何だろうが、俺は、俺達は、この世界が蘇るなら構わない。もう一つのエルドラドがどうなったって知るもんか」


「まあまあ。死者の魂魄が寄り集まった御霊らしい発言ですわ。自分さえ良ければ構わないなんて、あさましい発言。わたくしの口からでは、到底出ませんわ」


 明らかな侮蔑の言葉に、影法師は反応しない。


「それで? 本物同然のエルドラドで行われている世界救済の実験は上手くいっているのか?」


「残念ながら、芳しくない結果に終わっている。私が13番目の神として神々の観測所に潜りこんだのは最近だけど、まだやり直しに至っていない」


「やり直していない? ちょっと待て。その本物同然のエルドラドじゃ、どのタイミングから『招かれた者』を送りこんでいるんだ?」


「12神たちは世界救済を果たせるタイミングを模索するあまり、何度も偽りの世界の時間を巻き戻している。数カ月単位だった巻き戻しは、一年、十年、百年と増えていき、いつの間にか千年単位となっているのさ。いまは、滅んだ瞬間から遡って千三百年ほど巻き戻してやり直ししている最中だ」


 神が夢を見る時間は、内部の時間とシンクロしているのだろうか。千年単位のやり直しを十回繰り返すだけで、一万年もの長い時を、滅んだエルドラドは観測者無き状態となる。影法師が滅んだ世界を延々と彷徨っている間、観測者たる神が不在だったのも納得できる。


「本物同然のエルドラドに12神は名前を付けた。世界救済を実現するために何度もトライ&エラーを重ねて挑戦する異なる空間に作った世界(じっけんじょう)


 本物のエルドラドを救済するために神の夢の中で作られた世界。


 本物同然だが、試行錯誤を繰り返す異なる世界。


 レイが仲間と共に旅をした世界。


 その名は―――。


「―――試行錯誤の異世界、と」


読んで下さって、ありがとうございます。

タイトルはネタバレのため後日追加します。


次回の更新は28日頃を予定しております。

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[良い点] た、確かに神々は信じられませんな、ノーザンさん…… [一言] まさかの真実、びっくりしました!
[良い点] 名前だけ見れば、ひねりもないそのままの命名だけど、 これほど想定していなかった伏線回収は無かったと思います。 鳥肌立ちました。 [一言] 750話以上進んできて尚、どんどん面白くなる話は…
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