12-41 魔人種の同胞
『機械乙女』ポラリスの再起動の準備が進められている室内のモニターに、彼女と瓜二つの姿をした女性が映し出されると、困惑と戸惑いが広がっていく。
エルドラドの標準的な技術と大きな隔たりがある『科学者』の研究所は、彼らにとって迷宮よりも未知に溢れ、妙な方向に精神がすり減っていた。声を上げて驚くことは無いが、奇異な物を見る視線を向けた。
「絵がうごいてるよ。どうやってるんだろう」
「不思議だね。この中に誰かいるのかな?」
「呵々。面白いな、人の作りし絡繰りも。妾と同じように魂をこの薄い箱に移し替えたのか」
「あ、こら。三人とも、危ないからそっちに行かないでください!」
とはいえ、幼い子供二人とコウエンにとっては、好奇心の方が上回ったのだろう。リザの手をすり抜けてモニターの方へと近づいた。その後ろにはマクスウェルも並んでいた。
「ねえねえ、その中に居て狭くないの? それに、お姉さんはポラリスさんと同じ顔だけど、姉妹なの?」
臆せず質問するレティに対して、画面の中のポラリスが視線を合わせるように顔を傾けた。恐らく、どこかにカメラとマイクがあって、こちらの様子を窺っているのだろう。
『回答。この中は皆様方が思われるよりも広大な空間となっており、不便なことはありません。回答二。この外見は本来の私ではありません。そもそも、私は情報分析用内部端末の人工知能。皆様方の理解を促す為に、戦闘用外部端末の3Dモデルを用いています。回答三。『機械乙女』ポラリスとは姉妹ではなく、同一の存在です』
立て板に水のような説明だったが、レティ達には難しかったのだろう。首をひねる彼女たちの後ろから、レイが言葉を発した。
「つまり、こうして僕らと喋っている君もポラリスだし、そこで再起動の準備をしている彼女もポラリスなんだ。どちらも、学術都市の戦いでの記憶を持っているから、僕らを知っている。そういう事かな?」
『肯定。若干の訂正をするなら、当研究所における全ての事項に対する決定権を所有しているのが私です』
「成程。ならば、貴女に話を聞くのが手早く済みそうですね」
レイと『機械慈母』の話に割り込んだのはクリストフォロスだった。魔人は壁に背中を預けて、近くにあった部品を弄んでいた。
「このまま、貴方達の話に延々と付き合うのも面倒なので、こちらの用件を済まさせて頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」
「……シアラ。どう思う?」
判断を丸投げすると、彼女は金色黒色の瞳で軽く睨む。もっとも、それほど本気で睨んでいる訳では無いので、不機嫌そうな猫のような可愛らしさが出てしまっている。
「……いいんじゃないの。コイツにいつまでも近くにいる方が精神的に疲弊しちゃうもの。かといって、研究所の中を荒し回られても困るし、協定書があるからお互いに手出しできないから、邪魔もできない。さっさと目的を果たして帰ってもらうのが、一番危険性が少ないわ」
「了承を得られて何より。それでは、『機械乙女』とやら。貴女に尋ねたいことがある」
六将軍が北方大陸まで出向いてレイを待ち構え、生きたまま捕らえようとした目的。それは『魔王』フィーニスが口にしていたことと関係があるのだろう。
「『科学者』ノーザンが残した遺産。研究所の他にあるとされる、工房と工場の場所を教えてもらいましょうか」
「ノーザンの工房と……工場じゃと!」
動揺の色を隠せなかったマクスウェルが、興奮と共にクリストフォロスへ振り返った。学術都市の関係者ならば、どちらも聞き逃せない単語だ。
『科学者』ノーザン・オルストラにまつわる聖地とでも呼ぶべき三つの施設。
魔法工学の基礎を生みだした研究所。
魔法工学の道具を生みだした工房。
魔法工学の兵器を生み出した工場。
ノーザンが存命中に建造された施設のため九百年近くは放置されているはずだが、その価値は計り知れない。研究所だけでも、学術都市にあるどの研究所よりも進んでいる。
残りの工房と工場も推して知るべし。
その場所を、六将軍が知ろうとしているのだ。驚愕して当然だろう。
「工場だけでなく、工房の場所も知りたいのか? お前らの考えている新しい生命循環には、工房じゃなくて工場が必要なんだろ」
「こちらにも色々と事情がありましてね。説明する義理はありません。……それで、『機械慈母』ポラリス。そこの人形は答える権限は無いと口にしていましたが、貴女もそうなのですか?」
じっと、冷たい瞳がモニターのポラリスを見つめる。コンピューターグラフィックで再現された美しい女性は、僅かに表情を変えて、数秒の空白の後に答えた。
『回答。権限は許諾されています。工房と工場の位置情報が希望なら、表示可能。表示致しますか?』
「是非に」
「待たれよ、『機械慈母』ポラリス! こやつに、そのような大事を教えてはなりませぬ!」
叫んだのはマクスウェルだ。クリストフォロスは邪魔されて不快そうにしかめたが、協定書があるため手を出さなかった。
「こやつらの狙いが御霊に対して負荷を掛けて、現在の生命循環を壊すのなら、そのためには大量の死が必要になる。工場の場所を知りたがっているのは、魔法工学の兵器を手に入れるためであろう」
レイの言葉だけをヒントに『魔王』の計画を推理したのだろう。魔人は肯定も否定もしなかったが、その沈黙が答えだ。
「お主がポラリスの名を冠するならば、その目的は魔法工学の兵器の破壊。こやつに工場の場所を教えるのは、『科学者』の遺志に反してしまう!」
『同意。ミスターの意見に全面的に同意致します、『三賢』が一人、ミスター・マクスウェル』
「なんと。儂のことも知っておるのか」
『把握。《神聖騎士団》のことも調査済み。ミスターの危惧は正しいですが、私には『科学者』ノーザンから与えられた原則があります』
「ノーザンの原則。それはいかなる内容なのか?」
『使命。私は何があっても、役目を終えるまでは稼働し続けること。仮に、私が情報を提供しなければ、ミスター・クリストフォロスは何をしますか?』
「そうですね。……とりあえず、嫌がらせとばかりにこの研究所を破壊しましょう。魔法も技能も使えませんが、接近戦の心得は多少なりともあります。『機械乙女』ポラリスが復活するまで、暴れ続けますよ」
『危険。戦闘用端末が再起動するまでに、当研究所の六十七パーセントが破壊されると推定。また、戦闘用端末が研究所内で戦闘することは想定していないため、内部で戦闘となれば余波で更に深刻なダメージを被る危険性がある。総合的に判断して、私の保護を優先するためには情報を提供するのが正しい』
「しかし!」
『拒絶。申し訳ありませんが、ミスターに私への命令権限はありません』
明確な拒絶にマクスウェルは肩を落とす。
すると、モニターの画面が切り替わり、五つの大陸と複数の島が描かれた地図が表示された。
レイの知る―――御厨玲の知る地球の世界地図とは全く違った。
「エルドラドの世界地図、ですね」
最初に見当をつけたのがクロノだったのは、自然な結果だ。
エルドラドの世界地図の一カ所に、点滅を繰り返す光点があった。
『説明。この場所に創造主、ノーザン・オルストラの工房があります』
光点の場所は東方大陸のはるか南に浮かぶ島だった。
瞬きを繰り返す光の刺激が網膜から視神経を通して脳へと貫くと、ある記憶が蘇った。
―――「もしかして、シアラの島ってアクアウルプスに近いのか」
―――「多分ね。氷の中から出された直後は意識が曖昧だったから気が付かなかったけど、島から離れた直後にアクアウルプスに寄っているのよ、ワタシ。そこで奴隷登録を受けたの」
記憶が蘇るのと同時に、脳から全身に向かって電流が奔る。皮膚が粟立ち、思わず声を上げそうになった。
レイは東方大陸シュウ王国のアマツマラから南方大陸デゼルト国までのルートを、視線だけでなぞる。大陸の南にあるトトスの港から出港し、カーブを描くようにしてアクアウルプスを経由して、デゼルト国の沿岸部に到着した。
その経由地であるアクアウルプスと光点は近い場所にあるのだ。
そっと、シアラの方を伺えば、彼女も同じことに気づいたのか、口元を抑えていた。
「工房……オルタナめ、やはりそうか」
クリストフォロスの呟きを吟味する余裕は無かった。魔人は続けて尋ねた。
「それで? 工場の場所は何処になるんですか?」
『回答。創造主の工場の位置情報は此処には存在せず』
「ほう。そんな説明で納得できるとでも? まさか、今更怖気づいて、そのようなことを口走っているのなら、随分と下に見られていますね」
不穏な空気がクリストフォロスの周囲に充満している。《神聖騎士団》の面々やリザ、ヨシツネが反応するも、協定書によって動けない。
一触即発の空気だが、それを全く感じさせない平坦な声がスピーカーから流れる。
『訂正。位置情報は無いが、工場の位置情報を手に入れるコードならある』
壁にずらりと並んだ機械の一部が動き出すと、一枚の紙を吐きだした。クリストフォロスが掴むと、金色の瞳が左から右へと動いた。
「コード……この意味をなさない文字列は何の呪文式なのですか?」
『否定。それは工場の位置情報を知るための鍵』
「鍵と言うなら、どこかに工場の場所を知るための宝箱でもあるのですか? いや……まさか」
そう言って、クリストフォロスはモニターで瞬き繰り返す光点を凝視した。
『回答。工場の位置情報が記録されているのはノーザンの工房。位置情報の開示請求に必要なコードが、ミスターの持つコードになります』
「情報と情報を知るための鍵を別々で保管している訳ですか。面倒な手法ですが、情報漏洩を防ぐという意味では効果的です。……となると、ここに情報が無いというのも真実味を帯びてきますね」
クリストフォロスは用紙に視線を落とすと、それを懐にしまい込んだ。
そして、踵を返して、モニターに背を向けた。
「どこに行くつもりなの?」
そんなクリストフォロスの前を遮るようにシアラが立つ。
金色の瞳が冷徹に輝く。刃のように鋭い視線を、金色黒色の瞳が真っ向から受け止めた。
「帰るのですよ、姫様。私の目的は果たし終えました。これ以上、ここに逗留する意味もありません。正直、『科学者』の遺した魔法工学の知識に興味が無いと言えば嘘になりますが、時間を掛けているとそこの人形が起き出すかもしれません。あれと正面から戦う蛮勇は持ち合わせていませんので。ああ、そうそう。カタリナの居場所は、あとで伺いに行きますので、お忘れなきように」
「そう……ならこっちから質問させてもらうわ」
「質問? ……協定に含まれていませんが、こちらも大きな収穫があったのですから、多少は寛容になりましょう。それで? 何が聞きたいのですか?」
どこか余裕を滲ませた態度のクリストフォロスだったが、シアラの質問を聞いて表情が硬直した。
「魔界で何が起きたの? 『魔王』フィーニスに何があったの?」
反応は劇的だった。
クリストフォロスから余裕という名の衣は剥ぎ取られ、むき出しの感情が表情に現れた。
獰猛な獣を思わせる激昂は、いつものクリストフォロスらしからぬ感情の動きだ。合わせる様に、室内に殺気が充満していき、肌を刺すような威圧感が体を押さえつける。
「……何が言いたい」
絞り出すように放たれた言葉は、地獄に繋がる洞窟に吹く風のように不気味だ。それを正面で浴びながらも、シアラは続けた。
「ずっと、不思議に思っていた。黒龍によって国民の大半が死んで、人魔戦役でも相当の犠牲者を出したとはいえ、魔人種は滅んでいない。生き残った魔人種たちのほとんどは、『魔王』と共に魔界へと渡ったはず。正確な数は知らないけど、きっと数千人単位よ。なのに、六将軍以外に魔界からこっちに戻ってきた魔人種は誰も居ない。今回の戦いだってそうよ。人造モンスターを使うよりも、魔人種の兵隊を使った方が、はるかに効率よく戦えたはずよ」
人造モンスターは魂を獲得できなかった。
唯一の成功例であるディオニュシウスや、例外であるコウエン以外は、獲得できなかった魂を別の手段で補わないと動かせないのだ。
そんな手間を掛けるよりも、レベルが低くても魔人種の兵隊を送りこんだ方が手間はかからない。
「それに言ってたわよね。『魔王』フィーニスはポラリスを倒して、この研究所を訪れたことがあるって」
「ええ、確かに言いました。それが?」
「それはおかしいわね。学術都市の戦いでポラリスと遭遇したフィーニスは、研究所の場所をポラリスから聞きだそうとしていたのよ。そうだったわよね、リザ?」
「……はい、その通りです。フィーニスはポラリスに対して研究所の場所が何処なのか、聞きだそうとしていました。少なくとも、本気で尋ねていました。あれがこちらを騙す為の、何らかの欺瞞行為だとは……思えません」
空気が外の冷気を呼び込んだかのように冷たくなる。
自分たちは何を聞かされている、いや、何の秘密を暴こうとしているのか。室内の視線がシアラとクリストフォロスに集中すると、魔人が顔を手で覆った。
どんな意味のある行動だと警戒する冒険者達を余所に、クリストフォロスは小さく呟いた。
「そうですか。……陛下は……そこまで」
言葉は紙を破ったように断片的で、意味までは分からなかった。ただ、指で目元を拭った際に、雫が飛んだのは見間違いだろうか。
「シアラ・マールム。マールムの名を継いだ……人間種の血が混じったとはいえ、残り少ない同胞。聡い貴女のことだ。既におおよその見当は付いているのでしょう」
「そう。やっぱり魔人種は―――」
続くはずだった言葉はクリストフォロスに遮られた。
「―――それ以上は、何も申さないでください。否定も肯定も、私にはできません」
周囲の壁を埋め尽くすモニターの発する光のせいか、長命な魔人種の中でも不老に近い魔人の横顔が、どこか年老いた者のように映る。疲れ果て絶望し、未来から顔を背けた老人が、そこに居た。
「否定も肯定も、陛下の救世を汚してしまいます。悲しいかな、我らの目指した理想郷は強者にとっての理想郷でしかなかった。カタリナが裏切ったから失敗したのか、あるいは、カタリナが裏切ったのは、ああなると分かっていたからなのか。どちらにしても、全ては過去の悲劇」
瞬間、六将軍の瞳に薄暗くも確かな光が宿る。ゲオルギウスやジャイルズ、そしてディオニュシウスの瞳にもあったのと同じ、狂気と決意の光だ。その瞳がどれだけの死者を見据えているのか、レイには分からなかった。
「真実が知りたければ、魔界に足を踏み入れなさい。『魔王』陛下の絶望を目の当たりにしなさい、シアラ・マールム。陛下の血を引き継いだ貴女には、その義務がある。そして、『緋星』のレイ、《ミクリヤ》と《神聖騎士団》。ここに宣言しましょう。私達は、今度こそ、本当の理想郷を築き上げてみせる、と。それを阻む者は、悉く排除しましょう」
それだけ言うと、クリストフォロスは振り返りもせずに室内を出て行った。
六将軍第四席が放った宣戦布告を、誰も止められなかった。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は10日頃を予定しております。




