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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-39 『科学者』の研究所

「さあ、早く開けてくれませんか」


 クリストフォロスが急かすように杖を持ち上げた先には、不思議な形をした扉があった。


 いや、それが扉なのかとリザは首を傾げたくなる。


 どこかの洞窟なのだろうか。魔法で灯した明かりが闇を追い払う。正確な広さは不明だが、音の反響からするとそれほど広くないのだろう。


 荒い岩肌が照らされると、一カ所だけ滑らかな銀色の板が嵌っている。どれほどの技術を持った職人がこしらえたのか分からないが、たわみも、おうとつも、歪みすらない真っ直ぐな板は、鏡のように自分たちの姿を映している。


 果たして、これは扉なのだろうかと、ここ何処なのだろうと、ほかの者達も警戒の視線を向けている。


「待たれよ。ここが本当に『科学者』ノーザンの研究所だというのか。いや、そもそも。何故、お主らはノーザンの研究所を知っておるのだ?」


 代表するように尋ねたマクスウェルに対して、クリストフォロスは面倒だと言わんばかりの態度で応じた。


「何故と問われれば答えは簡単です。そもそも、私達がこの北の奥地で国を拓いたのも、ノーザンの研究所を誰にも渡さないためでした」


「なんじゃと?」


「かつて、我が主『魔王』フィーニス陛下は、『機械乙女ドーター』ポラリスと戦い、勝利を修めました」


 どよめきが空間に反響する。


「『魔王』が『機械乙女ドーター』と戦い、勝利しただと。そのような重大事を儂らは聞いたことも無いぞ」


「当然でしょう。この戦いは参加した者以外は誰も目撃できない場所で行われていたのですから。ですが、陛下が『機械乙女ドーター』に勝利したのも、この地に招かれたのも事実です」


 ポラリスは創造主である『科学者』のメッセンジャーとしての役割も持つ。『招かれた者』に倒されれば、ノーザンの研究所がどこにあるのか教えるということをレイに伝えていた。


 フィーニスもまた、レイと同様に『招かれた者』だ。同じメッセージを受け取っていても不思議では無い。


「ならば、お主はこの中がどうなっているのか知っているのか?」


「残念ながら、私は研究所に足を踏み入れていません。……戻られた陛下の言葉を借りるなら、『この先はボクたちにまだ早すぎる』とのこと。陛下が何を見たのかは分かりませんが、この場所をほかの誰からも守るべきだと判断されました」


「ほかの誰からもって、もしかして『招かれた者』も含めて?」


 シアラの疑問にクリストフォロスは頷いた。


「『招かれた者』を含めたすべての者からここを守る。いえ、ここを封印すると表現した方が正しいでしょうか。研究所の近くにある山をくり貫き、数年をかけて、北方大陸の奥地を切り開き、人の住める都を作り上げました」


「なるほど。研究所を隠す為に、魔人種の都は誕生したのか。……ならば、フィーニスがこの地に来れば、再び研究所へ入れるのではないのか? 手間をかけてレイ殿を連れてくる必要も無かろう」


「残念ながら、そのように物事は上手くできていません。どうやら、研究所の中へ入れる資格は一度だけで、人魔戦役のときに陛下がここにお立ちになられても開くことはありませんでした。だからこそ、貴方の協力が必要になったのです。ご理解いただけましたか、レイ?」


「……アンタに気休く呼ばれると、背中がむず痒くなるな」


 地面に横になっていたレイが、いつの間にか上体を起こしていた。慌てて介添えするレティの肩を借りて立とうとするも、ゲオルギウスとの死闘から回復できていないのか、膝が笑っている。


「無理をしないで、ご主人さま」


「ありがとう、レティ。でも、大丈夫だ」


 それが空元気なのは誰が見ても明らかだが、レイはレティの手を離れ、銀色の板の前へと進む。クリストフォロスとマクスウェルが道を譲ると、彼は今にも倒れそうなほどの足取りで、どうにか扉の前に立った。


 ごくり、と。誰かの唾を飲み込む音が聞こえた。戦闘時とは違う緊迫した空気を孕んだ静寂が急速に満ちていく。何しろ、現在の魔法工学を築き上げた天才の研究室。どれだけの英知が詰まっているのか、どれだけ危険な兵器が溜めこまれているのか、それらを解き放つことの危険性は専門外のリザですら理解できる。


 歴史的に重要な遺物が大衆の前に公開される寸前、という緊張と興奮が高まり―――十秒、三十秒、一分と時間が過ぎた。


 風船に穴を開けるかのように緊張と興奮がしぼんでいくと、代わりに不安という感情が足元から昇ってくる。シアラがまさかと言わんばかりの表情で尋ねた。


「ねえ、主様。こんな事を聞くのは今更なんだけど……研究所の開け方って、知っているのかしら? ポラリスから、何か聞いているわよね?」


 ぎこちない声で尋ねられると、レイはやや間を開けて、バツが悪そうに答えた。


「……何も聞いてない」


 再び、静寂が周囲の空間に満ちる。ただし、その意味合いは全く違っていた。








 物言わぬ機械が並べられた室内は空気が凍り付いたかのように止まっていた。ほこりがうっすらと積もり、循環されない空気が澱み、生を感じさせる要素は何一つない。


 そんな空間に、何の前触れもなく明かりが灯る。壁にあるモニターは星よりも明るく輝いており、暗い室内を一方的に照らす。


 そのモニターの中にはどこか薄暗い洞窟らしき場所を映し出していた。銀色の板の前で十人以上が集まり、何かを話している。映像の一部がズームすると、その中の一人が別枠に表示される。


 黒髪に白髪が混じる少年は膝を折り、神妙な顔でうなだれていた。まるで、宿題を忘れて叱られている子供のような姿だ。


 映し出されているのはレイだ。


 途端、暗い画面しか映っていなかったモニターが、息を吹き返したように次々と起動し始める。神が、光あれ、と命じたかのように明かりが次々と光り、排熱ファンが巨大な動物の呼吸めいた音を立てる。この世に生を受けたかのように機械が動き出すと、充電装置に繋がれた物体が動き出した。









「冗談みたいに馬鹿げた話ですね。まさか、研究所の場所しか知らず、ここまでやってくるなんて。来れば、勝手に開くとでも思っていたのですか? どれだけ短絡的で、おめでたい思考をしているのか、頭蓋を切り開いて確かめた方が宜しいでしょうか?」


 金色の瞳に冷徹な輝きが宿る。口数が多い訳ではないが、クリストフォロスから放たれる言葉の刃はレイの心の奥底に次々と突き刺さっていた。


 六将軍がレイに対してこんこんと説教しているという図式は異様なのだが、シアラもマクスウェルも構っている余裕が無いので放置していた。


 研究所にたどり着いたものの、研究所の開け方が分からないと発覚してから三十分近くが経過したが、一向に開く気配は無かった。レイが扉に手を触れても、声を上げても変化は無かった。


 一縷の望みをかけてポラリスの体を並べてみたが、扉は開かなかった。


 現在はシアラとマクスウェルの指揮の元、リザやエトネ、《神聖騎士団》の武闘派たちが総出で扉を破壊できないか試みている最中だ。


 薄紅色の極光が銀色の板に向けて放たれるも、光帯は何かに阻まれるように逸らされてしまった。光が洞窟を染め上げて消えるが、扉は数秒前と変わらず、鏡のようにリザの無念な顔を映し出していた。


「駄目です。物理、魔法、戦技、技能スキル。考えられる全てを試しましたが、扉には傷一つ付きません。なにか、不可視の力で守られているようですね」


 リザが汗を拭いながら報告する。確かに、全ての攻撃が何かによって守られているのは、魔法の手ごたえからも感じ取っていた。


「破壊できるなら貴方達を連れてくるなんて面倒な手間は掛けていません。その扉を含め、研究所は何かしらの防御があって、私の転移ですら弾く。正規の方法以外では侵入不可能となっています」


「当然といえば、当然の話よね。それじゃ、『魔王』がポラリスを倒した時のことは、ほかに何か聞いてないの? たとえば、鍵をもらったとか、あるいはこの扉を開く手順とか合言葉を聞いたとか」


「そのような物は無かったと。扉の前に立てば、自然と開き中に入れたと聞き及んでいます」


 打つ手なしか、とシアラは呟いた。


 振り返ってみれば、こうなる可能性はあった。


 ポラリスがデゼルト国でレイと会った時に、研究所の場所を教えるにはポラリス自身を倒すのが条件だった。


 その条件を、レイ達はポラリスを倒せれば研究所の場所が分かると理解した。学術都市の戦いが終わって彼女の体から見つかった研究所を示す座標を見つけて、研究所の場所の伝え方は、こうなのだと思い込み、ここに行けばポラリスを修復できると早合点してしまった。


 そもそも、ポラリスを倒すという条件をレイは満たしていない。


 ポラリスを機能停止まで追い詰めたのは、黒龍とオルタナだ。


 研究所の場所を知ったのは偶然の結果であり、レイは条件を満たしていない。研究所の前に来たところで、扉が開かないのは当然といえば当然だった。


「迂闊としか言えません。敵である私が指摘するのもお門違いですが、自身の命を何だと考えているのですか。ここは北方大陸の奥深い場所。死が隣に常にある過酷な環境。万全の準備をして、優秀な先導を雇ったとしても、運が悪ければあっさりと全滅するようなところに、とりあえず行ってみよう程度の感覚と準備で向かうとは。呆れてものも言えません」


「この三十分間、ずっと喋り続けている奴の台詞とは思えんな」


「なにか言いましたか、『三賢』?」


「気にするな、戯言じゃ。説教はそれぐらいにして、いまは建設的な話し合いをするべきではないか」


「建設的な意見ですか。面白いですね、聞かせてもらえますか。当代最高峰の冒険者パーティーの実力行使でも開かない扉を前に、どのような話し合いができるのか」


「撤退するか、それともここに残って扉を開ける方法を見つけるか、という今後の話し合いじゃ。……話し合う前に儂個人としての意見じゃが、ポラリスの修復は必要な事だと考えておる。理由は学術都市学長のグラッセと同じじゃな。『聖女』としてのお主の意見も聞かせてくれ」


 水を向けられたミストラルは居住まいを正し、透き通るような瞳でポラリスの頭部と、開かない扉を見つめた。


「法王庁の人間としては、『機械乙女ドーター』という破壊をまき散らす危険な存在の復活を容認するのは難しいですね。ですが、マクスウェルの危惧通り、兵器に対する抑止力が失われることへの危険性を考えれば、『機械乙女ドーター』が復活することは黙認せざるを得ない、と上も判断するでしょう。ですから、このまま《神聖騎士団》が協力することは問題ではありません」


「うむ。ならば、このままここに残って扉を開ける方法を考えるということで良いか?」


 マクスウェルが確認すると、途端に美麗な表情に陰りが浮かぶ。視線の先には横になったままのローランが居た。


「……いえ。このまま、ここに居てもローランの回復が難しいです。峠は越えましたが、状態が安定しているとは断言できません。回復薬ポーションや薬草の残りを考えると、先の見えない状況で足止めされるのは厳しいです」


 ミストラルが気まずそうに言葉を切ると、沈黙が場を支配した。


 手詰まりだ。


 研究所にたどり着いたというのに、引き返さなくてはならないのか。


 徒労感が体の内側に溜まっていき、虚脱感が思考を鈍くする。


 学術都市上層部と『紅蓮の旅団』に協力してもらい大掛かりな計画を立て、ゲオルギウスを相手に大立ち回りを演じた結果がこれかとレイは地面に崩れ落ちそうになる。


 いずれ、帝国第一皇子ゴルディアスと同じようにポラリスが機能していないのに気づく者は現れる。誰かが魔法工学の兵器を使えば、その瞬間から世界滅亡のカウントダウンが始まるのだ。


 ゴルディアスは兵器による戦争を嫌っているようだが、兵器の矛先が帝国に向けば、彼も兵器を使うだろう。大陸一つを抑えている帝国なのだから、所有している兵器の数も多いはずだ。加えて、あの国には『勇者』も居る。


 世界が、自分の旅してきた国々が炎に巻かれる姿を思い浮かべて、苦い物が喉をせり上がっていく。

「最悪だ。……なあ、何か方法は無いのか? 研究所に入る方法は、何か、なあ!」


 震えた声で尋ねるが、誰も何も言わなかった。レイは頭を抱えて蹲ると、リザがそっと手を伸ばした。掌を通じて感じる労りの感情さえも、いまのレイには自分の無能さを苛む刃のように思えた。


 どれだけの時間が過ぎたのか、あるいは数分も経過していなかったのか。


 誰かが言葉を発しようとした瞬間。


 ―――ぷしゅん、と。空気が抜ける音と共に、銀色の扉が横に滑るように移動したのだ。


「……開いた?」


 誰の呟きだったのだろうか。全員の視線が扉の方へと向くと、開いた扉の先に妙な影があった。熟練の冒険者や恐るべき六将軍たちの誰もが、妙な影を前にして武器を構えることもできないほど、驚きに満ちていた。


「オ待タセシテ申シ訳アリマセン。オ客様ヲ迎エルニアタッテ、失礼ノ無イヨウニスルマデニ、二千百九秒モ掛カッテシマイマシタ」


 歪な電子音を響かせながら僅かに前に傾いたのは、エトネと同程度の背丈しかない白いロボットだった。デフォルメされた子供のような幼げな顔は明らかに作り物で、首から下は波打つような曲線の胴体で、細い腕が感情を示すように上下に動く。


「なんと面妖な。座敷からくりの類か」


 エルドラドの常識からすれば奇異な物だが、『招かれた者』であるヨシツネは自分の中にある知識と照らし合わせて驚いていた。


「驚カセテシマッタノデシタラ、謝罪致シマス。ワタクシ、歓待用自動人形Pシリーズ、個体識別番号P-451ト申シマス」


 そう言って、ロボットは木のお面に開いた穴のような瞳をレイに向けた。


「ミスター・レイ。貴方ガ到着サレルノヲ、オ待チシテオリマシタ」


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は4日頃を予定しております。

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[一言] ポラリスちゃんまた負けてるぅ
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