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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第3章 精霊祭
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3-7 精霊祭 一日目〈Ⅶ〉

「《器を満たせ》」


 透明な声が足元にて喚き散らすレッドパンサーたちの咆哮に掻き消されることなく僕の耳に飛び込んだとき感じた感情は―――怒りだった。


(何で……何で戻ってきた!!)


 怒るのは筋違いかもしれない。誰が見てもシアラは僕を助けに来たのだ。だが、彼女たちを安全圏に送る為に囮になったのを無駄にされたと思ってしまった。


 僕は救援が来た喜びよりも、苛立ちをターコイズブルーの宝石を頂きに抱く杖を握るシアラに向けた。


「《凍てつく刃よ、ここに至れ》」


 だが、彼女は僕の視線をすました顔で受け流すと朗々と詠唱を続ける。金色黒色の瞳は積み上がった木箱に群がるレッドパンサーたちを捉えて離さない。


 するとレッドパンサーたちも彼女の存在に気づいたのだろう。彼らは崩れかけの木箱にしがみ付く僕よりも魔法を放とうとする彼女を危険だと判断し、振り向いた。


「ガルルウウウ!!」


 一頭が吠えると合唱の様に連鎖しシアラを威嚇した。だが、彼女はその程度で怯むことなく詠唱を続ける。その整った顔から恐怖の色は存在しない。


「《我が敵を討ち滅ぼせ》」


 詠唱に合わせるように周囲に変化が生じた。パキパキという音と共に彼女の背後に幾つもの氷の塊が出現した。大きさは小さく礫ぐらいしかない。


 瞬間、レッドパンサーたちは焦るように大地を駆ける。しなやかな四肢で地面を蹴り上げ、鋭い牙を開き、殺意の咆哮を上げた。


 だが―――遅かった。


「《ブリザードパイル》!」


 シアラの詠唱が僅かに早かった。


 氷の礫は急速に形を変え、鋭い氷柱へと姿を成した。それはあたかも杭のごとき姿だった。空中で固定されていた氷柱は彼女の手にした杖が指し示す方、レッドパンサー達へと襲い掛かる。


 勝負は一瞬だった。


 五体のレッドパンサーたちは十数本の氷柱に体を抉られる。その衝撃の度に醜い舞踏を披露したのち、ボロ雑巾のような姿になり果て崩れ落ちた。


 赤い毛皮は己の血でより紅くなり、円柱に抉られた傷跡から向う側がくりぬいて見えた。氷柱はレッドパンサーたちの体を貫くだけでなく周囲の建物を壊していった後、砕け散った。


 ほんの数秒の出来事だった。


 大きく傾いた木箱から滑り落ちた僕は地面に着地するなり一気に駆けだした。手にしたダガーを逆手に握る。


 向かったのは杖を手にして誇らしげに笑うシアラだった。彼女は鬼気迫る僕の姿に驚く。


「ちょ―――ちょっと! 何怒ってんの!?」


 反射的に僕に杖を構えたシアラ。あれだけの規模の魔法を放った直後なのに疲れを微塵も見せていない。


 僕はそんな彼女の後方・・へと駆け寄った。


「―――へぇ?」


 素っ頓狂な声が背後から聞こえたが振り向いて構っている暇は無い。シアラの背後を突こうと近づいていたゴブリンの剣をダガーで受け止めていた。


 僕の鼻先までに醜悪なゴブリンの顔が近づく。鍔に食い込んだ刃がゆっくりと僕の方へと傾き始めていた。逆手に持ってしまった弊害が出ている。


 だけど、


「これがコイツの正しい・・・使い方なんだよ」


 と、叫ぶなりに右腕を引いた。


 パキン、と金属が砕けた音が僕らの間で起きた。無論、僕のダガーからでは無い。


「ゴブッ!」


 ゴブリンが短く呻き声を発した。何しろ己の剣の刀身が折れたのだ。焦りもするだろう。だが、それも一瞬だ。すぐに気を取り直して反撃を仕掛けてくる。


 だからその前に先手を打つ!


 僕は左拳を握りしめゴブリンの顔面に振るった。拳は最短距離を走り、緑色のモンスターの顔面に深く突き刺さる。衝撃で後ろへと吹き飛んだゴブリンに飛びかかった。


 地面に叩きつけられたゴブリンの首筋にダガーの短い刀身を突き刺す。軽い抵抗の後、刃はモンスターの筋肉を貫いた。僕を止めようと足掻くゴブリンが手甲や袖に爪を突き立てるが、文字通り最期の足掻きだった。


 短い腕が大地に落ちたのを確認してからダガーを抜いた。噴き出す鮮血から体を逸らして躱す。


 僕はダガーの刀身についた血を拭いながら刃こぼれが無いか確認する。感触では骨に触れたようだが無事だった。そして、太陽の光を浴びてギラリともう一つの牙がその健在ぶりを披露した。


 刀身の根元。直角に折れ曲がった鍔こそがこのダガーのもう一つの牙だ。ソードブレイカーとしての役割を果たしたダガーを鞘に仕舞った。


「その……ありがと」


 背後から投げかけられた言葉に振り返るとシアラがそっぽを向きながら立っていた。長い黒髪に顔を隠している為表情は伺えない。


「後ろから来ているなんて……気づかなかった。助けてくれて……ありがと」


 彼女は言うなり、その場を駆けだそうとするのを僕は制した。


「その前に……何で戻ってきた! せっかく囮になったのに何で城壁の中に行かなかった!!」


 僕は辺りの状況にも構わずに叫ぶ。シアラは一瞬きょとんとした顔をした後、眦を釣り上げた。礼を言われるならまだしも叱られるとは思っていなかったのだろう。金色黒色の瞳が気色ばんだ。


「ワタシが居なければ死んでいたのにそんな言い草!」


「ああ、そうかもしれない。その点はありがとう。だけどな、何で僕の指示に従わずに戻って来たんだ!! あそこから僕一人で逃げれる可能性もあったんだぞ!」


「そんな可能性は無かったわよ・・・・・・。ワタシが助けないとアンタは死んでいた!」


 ―――僕はその一言を待っていた。


 怒りの演技・・を拭い去ると僕はにやりと笑った。シアラはその表情を見て己の失策に気づいた。


「やっぱり君は―――」


「―――ええ、そうよ」


 観念した風に彼女は言うと、己の金色の瞳を手で覆い隠した。


「ワタシには人の未来・・が見えているの……特に人の死がね」


 シアラは吐き捨てる様にその事実を口にした。忌々し気におぞましいものを口に出したといわんばかりに。


(今まで誤魔化してはいたけど、やっと認めたな。……それにしてもまさかとは思っていたけど……本当にそんな力があるなんて)


 そうかもしれないと睨んでいただけに事実だと確定すると内心、興奮と困惑の二つが胸中で渦を巻いている。未来が見えるという事の興奮と、それなのにあの諦めたような姿。檻の中で死にたいと懇願した姿を思い出していた。


 彼女がどの時点でこの現状を知ったのかは分からないが未来に起こる事として知っていたはずだ。そして、その未来が不可避・・・と知って死にたいと訴えたのではないか。僕にはそう思えた。


 問いただそうと口を開いた時、僕らに向けて大声が向けられた。


「おーい! そこの二人!! 今なら大丈夫だ! こっちに来い!!」


 見ると盾を握りしめた兵士たちがモンスターを両側に押しのけて隙間を作っている。レッドパンサーたちの数が少し減った隙に攻勢に転じたのだろう。僕らは顔を見合わせるとすぐさまその隙間に飛び込んだ。


 僕らの存在が功を奏したのかどうかわからないが正門前の戦況が先程より人間側に傾く。


 盾を構え隊列を組み、防御と攻撃をきっちり分けて人海戦術に打って出ている兵士たち。数で勝るようになった人間たちの前に数体のモンスターでは太刀打ちできない。兵士たちは余裕を持って戦えるようになり、彼らはこの隙に安全圏を広げようと行動していた。


 すると、そんな兵士の一人が陣の内側に入って来たばかりの僕らに近づいてきた。彼は大事そうに子供を抱えていた。シアラが背負っていた子供だ。


「はい、お嬢ちゃん。預かっていた子供だよ」


「あ……ありがと」


 シアラはまだ意識を失っている少年の体を大事そうに受け取った。少年はこの喧噪の中まだ眠った様に意識を失っている。


「いやーびっくりしたよ。急に僕に向かって子供を投げるんだから。……まあ、それだけそっちの子を助けたかったんでしょうけどね。もうそんな事するんじゃないよ」


 とんでもない事実を告げて、諭すように言うと兵士は己の職務に戻っていた。僕は顔をそむけるシアラをじっと見つめた。


「……放り投げたって何だよ?」


 びくり、と彼女の肩が震えた。それでも顔は背けたままだが。そのままシアラは弁明する様に口を開く。


「し、仕方ないでしょ! いくらなんでもこの子を連れて戻るわけにもいかないし! かといってその辺に置いていく訳にも行かなかったし……」


 最後の方は勢いを無くし尻つぼみになっていく。本人も流石に思う所があるのか少年の頭を撫でてごめんね、と呟いていた。


 そんなしおらしい姿を見てこれ以上責める気にもなれなかった。どっちにしても助けてもらった事には変わりない。ふと、正門へ向けると人の流れを掻き分ける様に飛び出してくる人影に気づいた。


 槍を手に、厳めしい面構えを浮かべる猪人族エーバーの青年、オイジンだった。背後に複数の冒険者を引き連れている。彼は僕を見るなりこちらへと駆けてきた。


「無事か!」


「あ、ああ。そっちは? ファルナは? オルドは? ジェロニモさんは?」


 瞬時に距離を詰めた青年に驚きながらも僕は『紅蓮の旅団』のメンバーや知り合いの名前を上げた。


「心配無用。皆、無事。我らは敵の掃討と救出を」


 相変わらず口数の少ない青年は短的に言うと後ろを振り返る。手に武器を持った冒険者たちがオイジンに向かって力強く頷いている。どうやら彼らも『紅蓮の旅団』のメンバーらしい。オイジンはちらりと横に立つシアラに視線を向けたが何も言わずに現れた時の様に疾風の如く駆け出して行った。その背に向けて大きく声を掛けた。


「気を付けて!」


 疾風怒涛の勢いそのままに彼は腕を上げるだけで応えて路地を走り抜けた。さすがはB級クランのメンバー。こんな騒動でもきっちりと生き残り、更には反撃に出ている。


「ファルナたちは無事か……とりあえず僕らも城壁の中に行こう」


「そうね。いつまでもここに居てもしょうがないわ」


 同意したシアラと共に人が飲み込まれていく門へと足を向けた。だが、突如後方から響いた轟音に足を止めた。振り返ると僕らの視線のはるか先にが地面から出現した。城壁に沿うように設置された特別地域を囲う様に壁は壁が弧を描く。


 その壁が僕らを守る為にあるのかそれとも逃がさないために現れたのか分からなかった。だけど、疲弊し消耗しきった人々の心を追い立てるには十分だった。先程まで余裕を持って門を抜ける人の列が堰を切ったように雪崩れ込み始めた。我先にと押しのける様に門へと駆けだした。


「ああ、くっそ! なんなんだよ、あれは!! シアラ掴まれ!」


 氾濫した川の様に変化した人の流れの中で僕は咄嗟に彼女に手を伸ばした。逸れないようにするためだ。だが、子供と杖を抱きかかえる彼女の姿を見て、目標を切り替える。すぐさまシアラの肩に手を伸ばした。


「ちょっ! ちょっと!! 何処触ってんの!」


 抗議するような声が聞こえたが無視する。僕は子供を抱きかかえるシアラを抱きしめた・・・・・。密着する僕らの間に子供が挟まれる。


「ちょっと息苦しいかもしれないけど、逸れない様に捕まってろよ!」


「その前に下ろせ!!」


 言うなり僕は殺到する群衆の流れに向かう。人を掻き分けながら小柄な女の子とはいえ人二人を連れての行進は難儀だ。その上シアラが暴れるので余計に負担が増す。もみくちゃになりながらも濁流の中逸れることなく門を潜り抜けた。


 兵士の誘導に従わず坂道を上る流れから横道へと逃れた。城壁を抜ければ安全だろう。


「あんたねえ……あんたねえ……」


 抱きしめたシアラがオウムの様にそれだけを繰り返す。背の関係上彼女の真っ赤に熟れたリンゴのような顔が見下ろす位置にある。互いの呼吸が当たるぐらい近い。すると、ぞくり、とうなじに冷たいものを感じた。これは殺気だった。それも前に感じたことのある物だ。


「……何を……なさっているのでしょか、ご主人様? 、このような往来で少女の肩に手を回して」


 背後から涼しげな声が聞こえてくる。でも、僕にはわかる。その声の裏側にマグマのような熱い感情が流れているのを。正直、幻聴だと思いたい。


「あー! ご主人さまが女の子に手を出してる!! 人に心配かけさせて何してんの!!」


 弾むような怒った声も聞こえてきた。どうやらこれは幻聴ではなさそうだ。


 そこで自分の体勢を傍から見たらどう思うのかに気づいた。年端のいかない幼気な少女の肩を抱いて密着している。字面だけだと変態チックに感じる。


 嫌な確信を抱きながらシアラから離れて振り返ると、別の門にて逸れてしまったリザがそこに立っていた。息を切らしたレティやハインツさんそれに護衛の冒険者たちも居た。


 リザはにこやかな笑みを浮かべながらも無言のプレッシャーを僕に叩きつける。良く見ればこめかみが引き攣っている。そもそもいつもの能面のような表情では無くにこやかな笑みを浮かべてる時点で恐ろしい。


 身の危険を感じ何か彼女の気を逸らせるものは無いかと周囲に視線を送った。そこで顔を真っ赤にしているシアラが抱えている少年に目が留まった。


「そんなことより、レティ! この子に回復魔法を!」


 僕が促すと痛いほど殺気立っていたプレッシャーが和らぐ。シアラから少年を受け取ると地面に優しく寝かす。けが人の存在に気づいたレティは杖を取り出して回復魔法を少年に掛けた。ほどなくして少年の塞がった瞼が動き出し、意識を取り戻した。


 喋りかけるとふら付きはするが意識はハッキリしている。もう、問題は無さそうだ。ようやく抱えていた問題が一つ片付いてほっとした。


「すまねえな……ワシの所の奴隷が世話になったぜ」


 少年とシアラの無事を確認していたハインツさんが僕に手を差し出した。僕も同じように彼の手を握る。


「この礼は今回の騒動が終わったら必ず。……だからお前、絶対に生き残れよ」


「分かりました。必ず生き残って礼を受け取りに行きます」


 僕の言い回しにハインツさんはにやりと唇を上げて笑った。そして、目が覚めたばかりの子供を大事そうに抱える。ジェロニモさんの言う通り、見た目の胡散臭さの割に随分と優しい人だ。


「それじゃ、ワシらは避難させてもらう。お前らも気を付けろよな!」


 ハインツさんは護衛の冒険者を引き連れて坂道を上り始めた。するとシアラが僕の方に手にしていた杖を差し出した。


「良い杖よね。アンタみたいな駆け出しが持つには似合わないけど」


「たまたま手に入れただけだよ……何だったらこの騒動の間貸そうか?」


 前にレティにこの杖の事を上げようとした時、回復や補助魔法系に向かない杖だといわれて断られてしまった。それ以来鞄に仕舞いっぱなしだった。シアラは僕の提案に思案したようなそぶりを見せるが直ぐに首を横に振った。僕の手に押し付ける様に杖を渡す。


「それでさ、君のその――」


 技能スキル、と後に続けようとしたがシアラに目で制止させられた。金色黒色の瞳が口に出すなと語りかける。彼女は脅すような雰囲気を見せてハインツさんたちの後に続いた。


 その背中に手を伸ばしかけて、止めた。


(色々と聞きたいことがあるけど、今は諦めるか)


 なにせハインツさんにも内緒にしていたであろう秘密だ。この先に何が起きるのか知りたいと思ったが無理に聞こうとして機嫌を損ねるのもまずい。


 それよりも差し迫った問題がある。僕の背後で一見いつもの人形めいた無表情の仮面を被り、その奥で苛立ちを抱えているリザをどうにかしないといけない。

にこやかな笑みを浮かべていた時よりかは怒りは和らいだのかもしれない。


 ―――これは城壁の外を生き延びるよりも難しいかもしれない。



読んで下さってありがとうございます。

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