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試行錯誤の異世界旅行記  作者: 取方右半
第12章 大陸の果て
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12-38 神託の真偽

 滅びた都に弛緩した空気が流れる。


 クリストフォロスがゲオルギウスとジャイルズを連れて姿を消してから一時間近くが経過しているが、合流した《ミクリヤ》と《神聖騎士団》の面々は集まった広場から動かないでいた。


 消える前のクリストフォロスから動くなと言われたから、動かずにいる訳では無い。


 正確に言うならば動けずにいた。


 それも仕方のない話である。なにしろ、両パーティーは途轍もない疲労に苛まれているのだ。


 《ミクリヤ》の面々にとって、サブヴェーニエストラナー湖での戦いは緊張の連続で、肉体の疲労以上に、極度の精神疲労が蓄積していた。《トライ&エラー》の恩恵を受けていないエトネたちにしてみれば、朝方に起きるなりゲオルギウスの存在を知らされ、レイが湖を砕くという荒業を披露し、魔人種の暮らしていた都を隠れながら移動を続け、最後にはゲオルギウスを相手取った一日だ。


 《トライ&エラー》の恩恵を受けるレイ達にしてみれば、湖上で羽虫を千切るように殺され、滅んだ都では地を這う虫を潰すかのように殺され、最後には自然災害を相手にするかのような暴力に晒され死を積み重ねた。死亡回数だけなら赤龍戦が最も多いが、繰り返した累計時間は今回が圧倒的に長い。目を覚ましたレイは、再び意識を失ってしまった。


 《神聖騎士団》の面々も、肉体と精神の両方が消耗していた。元々、ゲオルギウスとジャイルズの二人を相手に戦い続け、その末に《アンダンテ・フィールド》によって時の牢獄に押し込められていた。戦いの疲労は癒えておらず、時間のズレによる精神的な摩耗が加わっていた。六将軍相手に武器を構えていたのはハッタリで、あのまま戦いにもつれていれば数分で全滅していただろう、とはマクスウェルの言だ。


 クリストフォロスが居なくなると、一人、また一人と膝を付いてしまったのは仕方ない。


 時刻は真夜中を過ぎているが、睡魔を退けるほど重い疲労と消耗に、一同は自然と食事と休息を欲した。雛馬車から運び出した簡素な料理を、噛むのも億劫だとばかりに飲み込む間、誰も言葉を発しない。


 無言の食事が終わって腹が満ちると、ようやく情報交換が始まった。


 重傷者であるレイとローランは並んで横になっており、その周りをレティとミストラル、それとエトネとクロノが甲斐甲斐しく付き添っている。時折、動けないレイに怪しい指が迫るのを、少女たちが止めている。人知れず始まった戦いをクロノはハラハラしながら、キュイの背が気に入ったコウエンはケラケラと笑いながら眺めている。


 精神的な疲労はともかくとしても、肉体的にまだ動けるヨシツネが中心となって、辺りの警戒をしていた。停戦協定を交わしたとはいえ、クリストフォロスが何かを仕掛ける可能性はある。


 それに、気になることもあった。帝国のスパイであるイチェルが何処にもいないのだ。


 ヨシツネはレイと合流する前に、付近を一通り捜索していたが、イチェルは痕跡をキレイに消しているため追跡ができなかった。少なくとも、レイとゲオルギウスの戦いに巻き込まれて死んだという訳では無さそうだ。


 もし死んでいるなら、その死体がどこかに転がっているはずだ。


 《神聖騎士団》と合流したのを上に報告して、何かしらの指示があって離脱したのではないかとシアラは推測して、探しに行く必要はないと判断したが、ヨシツネは用心して警戒していた。


 残ったリザとシアラ、そしてマクスウェルの三人によって情報交換が始まった。


 二人は、デゼルト国で《神聖騎士団》と別れてからの旅行記を語った。中央大陸を旅し、学術都市に拠点を構えるまでにヨシツネ、クロノ、コウエン―――彼女が赤龍の記憶を引き継いで転生した人造モンスターだと聞くと目を剥いて驚いた―――という新しい仲間と出会い、そして年の暮れにあった戦いで何が起きたのか、までを話した。


 もっとも、全てを正直に打ち明けていない。


 ヨシツネとクロノの素性は一部秘密にした。《神聖騎士団》の面々は信頼できる相手だが、ヨシツネが一周目のエルドラドからこの時間軸に迷い込んだことや、クロノが13神が一柱、時を司る神クロノスの転生した姿というのは、どちらも気軽に話せる内容では無かった。


「なんと。お主らは、あの『機械乙女ドーター』ポラリスを蘇らせるために、このような北の奥地まで来たというのか」


 カタリナによって聖印を刻まれたマクスウェルは、年若い顔に驚きの表情を作った。


 彼らの前には、この大陸まで大事に運ばれたポラリスの頭部が置かれている。今にも動きそうなほど精緻な造形に、これが作り物だと理解していても目を奪われそうになる。


「蘇らせるというか、修復させるためというか。ポラリスの体内から発見した部品には、北方大陸のある地点を示す座標があったの。それが帰還可能境界線よりも北側だったから、この先にあるという迷宮を拠点にして『研究所』を探索しようとしていたの」


「成程。かつて、この地を探索しようとした先人たちの行動に倣おうとしたのか。危険な旅路ではあるが、成功する確率はあるのう」


「私達もそう考えてこの地まで来たのですが……よもやゲオルギウスが待ち構えているとは予想もできません。それに、《神聖騎士団》の方々も北方大陸に渡っているなんて」


「そう、それよ。なんで、ローラン様たちはこんな場所で、《アンダンテ・フィールド》で封印されていたの」


 二人の質問にマクスウェルはすんなりと答えた。


「神託じゃ」


「神託?」


「うむ。年が明けてからすぐに、法王が授かった神託があってな。それによれば、次なる戦いの火種が北方大陸にあるから、調査をしに行けと言う内容じゃった。儂らは、お主らとは別の入り江から上陸して、この湖に向かって進み、ゲオルギウスとジャイルズと会敵したのじゃ」


 シアラが日付を尋ねると、《神聖騎士団》と六将軍がぶつかったのは、レイ達が北方大陸に上陸する前日の事だ。イチェルの話していた北の空が明るくなり、激しい地揺れがあったというのは、やはり《神聖騎士団》と六将軍がぶつかったのが原因だった。


 それよりも、話を聞いていて気になることがあった。リザと視線を合わせたシアラは、アイコンタクトを送る。意味を理解した彼女に場を任して、シアラは素早くクロノの元に近づいた。


 足音に反応してクロノも立ち上がって振り返る。


 ポラリスが無機物の持つ美の極致なら、クロノは人の持つ美の極致といえる。そんな秀麗な表情が驚きで硬直しているのは、マクスウェルの話が聞こえたからだろう。


「クロノ。ちょっと、いいかしら」


 肩に手を当て、口元を彼女の耳に寄せた。


「今の話、聞いてたわよね」


 微かに首が動く。


 彼女も混乱しているのだろう。戸惑いが触れた手を通して伝わった。


「神託が降りたって言ってたけど、エルドラドの神々が聖域以外の場所で、それも『招かれた者』じゃない人間と接触するなんてことはあり得るの?」


 彼女は小声で、ありえません、と返した。


「13神たちが興じている遊戯において、『招かれた者』以外の人間はそこまで価値がありません。世界救済が果たされたエルドラドを導く主神を決めるのは、自分の『招かれた者』の貢献度です。……なにより、聖域以外で、いまのエルドラドに神の意志を届ける方法が……私には思いつきません」


「無いとは断言しないのね。なにか心当たりでもあるの?」


「……はい。記憶を失ったのもありますが、13神の中に紛れ込んだ『黒幕』が、『正体不明アンノウン』に繋がるのなら、私の知っている13神の遊戯に偽りのルールがあるのかもしれません。本来なら、この世界に私がこうやって落ちてきたのも、ゲオルギウスの槍に神の力が宿っているのも、13神の直接介入が不可能になったこの世界では禁止事項のはず。……あるいは、その遊戯自体が偽りだとしたら?」


 クロノの囁きにシアラは絶句した。自分たちの知っている前提が間違っているという可能性に寒気を覚えていた。


「それは……そうなら、最悪ね」


 改めて厄介だ。


 本来、エルドラドの神々は12柱しかいない。その事は一周目のエルドラドから迷い込んだヨシツネが証言している。


 だが、いまの時間軸だとエルドラドの神々が13柱いるというのが、世間一般の常識となっているのだ。恐ろしいことに、無神時代より前から存在する赤龍や精霊の類ですら、そう認識している。


 神々に紛れ込んだ、13番目の偽りの神。


 その神が『正体不明アンノウン』本人なのか、あるいは別の誰かなのか。ともかく、レイ達が『黒幕』と呼ぶ存在は神々の列に潜りこみ、レイをクロノスの『招かれた者』として送り込み、クロノス自身もエルドラドに追放するなどの暗躍をしている。


 神々の中に紛れ込んだ理由は、13神の主神を決める遊戯で勝って、世界救済が果たされたエルドラドの主神になるのが狙いかと思っていたが、13神の遊戯自体が偽りだとしたら、『黒幕』たちの狙いが分からなくなる。


 もっとも、これまでの行動からすると味方という可能性は限りなく低い。


「法王の神託が『黒幕』って可能性はあるかしら?」


「十分にあり得ます。というか、ほかの神々が神託をする理由が思いつきません」


 二人の意見は一致した。


 法王本人が利用されているのか、あるいは『黒幕』側の人間なのかはさておき、これまで影すら見つからなかった『黒幕』への手掛かりがようやく見つかった。


「法王を調べれば『黒幕』の正体も掴めるかもしれないわね。流石に、直接探りを入れるのは厳しいから、何か手を考えないと」


 ポラリスを修復し終えた後のスケジュールを頭の中で組み立てながら、シアラはクロノの傍を離れると、リザとマクスウェルの元へ戻った。


「そこで、ローランの奴は特殊ユニーク技能スキルを発動し、なんと氷の湖を砕きよったのだ。儂が機転を利かせて全員を魔法で回収している最中、ローランとゲオルギウスの奴らは、砕けて落ちていく氷を足場に戦いづけておってな。頃合いを見計らって建造物の上に降り立ったのを見た時には、こやつ等は放っておけば延々と戦い続けるだろうなと肝を冷やしたわ」


「流石です。ローラン様も凄まじいですが、ゲオルギウスも心臓を一つ潰されてもなお、まだ余力を残しているのが、敵ながら称賛すらしたくなります」


「こら。あんまり敵を褒めないでちょうだい」


 《神聖騎士団》と六将軍の戦いを聞きながら、首筋まで興奮で赤くしているリザの頭を叩いてブレーキを掛ける。途端に、しゅんとおとなしくなる姿はいじましく、シアラはしょうがないな、と笑った。


 すると、マクスウェルが興味深そうに自分を見る視線に気づき、不思議そうに首を傾けた。


「どうかしたの? そんなに見つめて」


「いや。……思ったよりも普通に振る舞っておるなと思ってな。自らの母親を差し出したにしては、な」


 途端、リザの瞳が鋭く、空気が固くなる。リザにしてみれば、その言葉がシアラを侮辱しているように聞こえたのだろう。流石に剣を抜くような短慮は見せないが、それでも不機嫌そうな顔を隠さない友の頭を、シアラはもう一度叩いた。


「こら。アンタが怒ることじゃないでしょ」


「シアラ! ……いえ、その通りですが」


「リザ」


「……申し訳ありません、マクスウェル様」


「いや、儂も言葉が悪かった。許してくれ」


 リザの謝罪に頭を下げたマクスウェルは、自分の思ったことを口にしていた。


「お主とカタリナの関係性は、一言では表せぬじゃろう。愛憎入り交じった感情だけに、母親の情報を敵に渡して生きながらえたという事実が、お主の心を傷つけているのではないかと気になってな。いや、それにしても言葉が悪かった」


 再び頭を下げるマクスウェルに、シアラは目線を外した。記憶にある風景とはまるで違った、滅んでしまった都を見つめつつ、己の中にある感情を整理するかのように語りだした。


「そうね。自分の心情はともかくとしても、ワタシのしたことは母親を売り飛ばして、みっともなく生き残ったということには変わりないわ。でも、その事に後悔は無いわ」


 視線をマクスウェルの方に戻した時、金色黒色の瞳は穏やかな輝きを放っていた。


「アイツに言った通り、ワタシはワタシの仲間を守るためなら、どんな汚名だって背負ってやる。母親が憎いから売り渡したんじゃなくて、あの状況下だとカタリナの居場所という情報が、こちらの最も価値のある情報だったに過ぎないわ。だから、教えた。うん、それだけの話よ、これは。だから、そんな悲しそうな顔をしないでちょうだい、リザ」


 横に居るリザの表情に陰りが生まれている。シアラがリザ達を仲間と呼ぶなら、リザにとってもシアラは仲間だ。そんな彼女に、母親を売るような真似をさせたことに、リザは罪悪感を抱いていた。


「言ってるでしょ。ワタシは後悔していない。ワタシは、ワタシの仲間を守る為に正しいことをしたんだって、胸を張って言うわ」


 それに、と彼女は続けた。


「あの人なら心配しなくてもいいわよ。どうせ、危険を察知したらすぐに消える準備をしてるだろうし。ワタシがアイツらに居場所を教えた事だって、シーちゃんてば仕方ないなぁ、ぐらいにしか思わないわよ。だいたい、向うだって似たようなことをしたんだから、お相子よ、お相子」


「……そうですね。あの方でしたら、そんな風に言って笑い飛ばしそうな気がします」


「リザもそう思うでしょ?」


「はい」


 二人の頭の中では、シアラによく似た美女が目を丸くして驚き、しかし、しょうがないなぁとどこか嬉しそうに笑う姿が浮かんでいた。


 だが、次の瞬間には青い瞳が唐突に鋭くなった。腰から外していた精霊剣を素早く引き抜くのと同時に、少女から戦士の顔が浮かび上がる。僅かに遅れて、《神聖騎士団》の面々も異変に気づいた。


 広場に黒い影が水たまりのように広がると、そこから痩せた神経質そうな男が現れたのだ。


「あら、随分と遅いお帰りじゃない。このまま、戻って来ないのかと思っていたわ」


「お待たせしたのなら申し訳ありません。貴方達の疲労からすると、すぐに回復できるわけがないと判断したので。……どうやら、間違っていないようですね」


 冒険者たちの中央に突如として現れたクリストフォロスは、武器と殺気を向けられても堂々としていた。傍にはゲオルギウスやジャイルズの他に、人造モンスターの姿も無い。


「一人で戻ってきたのね。大した度胸じゃない」


「いえいえ。張り子の虎のような状態の貴方達の前に複数でくれば、恐怖で怯えてしまうと気遣ったのですよ」


 やはり、こちらが限界寸前だったのは見破られている。


 シアラは話を切り替えるべく先手を取った。


「それで? 研究所までの道のりはどれぐらいあるの。ここから、何日ぐらい歩くのかしら。正直、こっちは重傷者が居るから、長時間の移動は無理よ」


「ああ、それならご心配なく。すぐに到着しますから」


 どういう事だと聞き返すよりも前に、地面に寝ているレイとローランを飲み込む様に影が口を開いた。


 エトネとミストラルが二人を抱えて下がらなければ、レイ達は影に飲まれていた。


「何をするつもりなの!? まさか、もう協定を破るつもりじゃないでしょうね」


「心外ですね。動けない二人を含め、貴方達を研究所の近くまでは運んでさしあげようとしただけです。なにしろ、歩けば一日以上は掛かる道のり。これでも忙しい身なんですよ。貴方達の速度に合わせて、悠長に道案内をするつもりはありませんので、悪しからず」


 そう言って、再び影を、それも全員を一度に飲み込もうとする大きさに広げるクリストフォロスを止められない。手を出せば、協定違反とされるのではないかという考えがよぎった。


 影は広場を一気に覆い尽くすと、一瞬で掌サイズの球体まで縮み、空気に溶ける様に消えた。


 あとには、無人となった広場だけが残されていた。








「さあ、着きました。目を開けて下さい」


 底なし沼に頭まで使ったような感覚は一瞬だった。クリストフォロスの言葉に従いシアラが目を開けると、巨大な金属の門が眼前に合った。


 非常に硬質で、異様な姿の扉だが、それよりも気になることがあった。


「皆は無事なの!?」


 左右に首を振って仲間の無事を確かめる。《ミクリヤ》のメンバーと《神聖騎士団》全員が揃っていた。


「心外ですね。こちらとしても、協定を破るつもりはありませんよ」


「どうだか。影による転移が協定違反にならなくても、やり様はいくらでもあるでしょ。転移した先が海の底だったり、雪の中だったとしても、協定違反にはならないとか言いくるめることもできるんじゃないの」


「ええ、その通りです。ですから、そうしなかったのが私なりの誠意だったと認識してください」


 ぬけぬけと言うと、クリストフォロスは眼前の扉を指した。


「さあ、この先が『科学者』ノーザンの研究所です。早く開けて貰えませんか?」


読んでくださって、ありがとうございます。


次回の更新は4月1日頃を予定しております。

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