12-36 停戦協定 『前編』
『聖騎士』ローランを筆頭に、『聖女』ミストラル、『賢者』マクスウェル、そして《神聖騎士団》の面々が広場に結集し、レイを守るように布陣を取る。そのすき間を縫うように、シアラとレティはレイに駆け寄った。
「主様、腕はあるの!?」
「……開口一番……それかよ」
「当たり前だよ。だって、龍刀を抜いたんでしょ。なら、右腕が……あれ? 右腕がある。それに傷ついていないよ」
「嘘でしょ。……本当だわ。でも、なんで?」
「ぎゃははは。酷い言われようだな、てめぇも」
右腕が燃え尽きているのも覚悟していた二人の耳に飛び込んできたのは、耳障りな笑い声だ。影法師が、残った影を使って顔だけを作る。今にも意識を失いそうなほど疲弊しているレイの代わりに、影法師が二人に簡単に事情を説明した。
「心配いらねぇ、小娘共。こいつの腕は、俺が仕方なく守ってやった。少なくとも、右腕が消し炭になっちまうようなことだけは起きねえよ。腹立つことにな」
「影法師。アンタ、戻ってきたの?」
「まあ、不本意ながらな。それよりも、時間がねぇ。俺も、もうじき力を使い果たして消えちまうから、先に伝えておくぞ。……こいつは自殺した」
その言葉の意味に、シアラとレティは表情を硬くした。
「それだけだ。あとは寝る。好きにやんな」
言葉通りに、影法師の姿は消えてしまう。同時に、レイも意識を失ったのか瓦礫に頭を預けてしまった。
自殺したのなら、《トライ&エラー》は使用不可になってしまう。強敵を倒せば解除されるが、相対した強敵は辛うじてだが生きている。まだ、解除されていない可能性は高いのだ。
このままレイが死ねば、死に戻りが発動しない可能性は十分にある。
「……どうしよう、シアラお姉。このままじゃ!」
「どうもこうも無いわ。とにかく、主様を死なせないように立ち回りましょう。それとワタシ達も―――っ!」
シアラの言葉が途切れたのは、魔人側に動きがあったからだ。
《神聖騎士団》の面々と対峙しているというのに、へらへらと笑うのを止めないジャイルズの傍で影が生まれたのだ。影法師の影とよく似たそれは、転移の技能を持つ。
影が吐き出した人物を見て、子供の姿だが老人の域に達しているマクスウェルが嫌そうに呟く。
「これはまた、想定したなかでも悪い部類の展開だのう。滅んだ都に、魔人がそろい踏みとは。これはもしや、今日がお主らの最期の日となる予兆かのう? 六将軍第四席殿?」
「さて、それはどうでしょう。最後を迎えるのは、そちらかもしれませんよ」
涼やかな声で挑発に応じたのは、女性と見まごう美しい青年だった。細面に柳眉というバランスの整った顔に酷薄な笑みを浮かべ、人の手を重ねたような不気味な杖を携えて現れたのは、六将軍第四席クリストフォロスだった。
「ひひひ。アンタも来たのか。というか、来てよかったのか?」
「本来来るつもりはありませんでしたが、私の交渉が不首尾に終わってしまったので仕方なく。……それにしても、手酷くやられていますね、ゲオルギウス」
怜悧な瞳が、瀕死のゲオルギウスとローラン、そしてレイを順番に見つめた。
「相手を見れば納得できるというべきか、そこまでの存在になったのかと驚愕するべきなのか、実に悩ましい所ですが。……さてはて、どうするべきでしょうかね、これは」
「どうもこうも無い。ゲオルギウスはここで死ぬし、君たちもここで死ぬ。神の敵は消え、世に平和が訪れる。それだけの話だろう」
今にも戦いを始めそうになるローラン。呼応するように闘気を高める《神聖騎士団》のメンバーを前に、クリストフォロスは笑みを崩さなかった。まるで、此方の方が有利だと言わんばかりの態度だ。
「それは、それは。実に勇ましい話ですが、……宜しいのですか? その結果、あなた方が全滅すれば、人間側の戦力は激減してしまいますよ。ああ、『聖騎士』の貴方だけは違いますか。次の代の誰かに力が譲渡される。呪いだけが永遠に世界を彷徨うのでしたね」
「おかしな口ぶりじゃのう。まるで、戦えばこちらが全滅するかのような口ぶりじゃないか。言っておくが、こちらにはレイ殿の他に、《ミクリヤ》のメンバーも控えておるのだぞ。本調子のゲオルギウスならともかく、手負いのジャイルズと貴様だけで倒せると思うておるのか?」
マクスウェルの問いかけは脅しだ。
彼は《ミクリヤ》のメンバーが無事かどうかも知らない。それでも、相手にプレッシャーを掛けようとしたのだが、クリストフォロスはさらりと躱してしまった。
「そうですか。それは怖い、怖い。なら、こうさせてもらいましょうか」
そう言って、魔人は手を上にかざすと、巨大な影が全員の遥か頭上に展開された。山の内部をくり貫いた都の全域を覆うかのような巨大な影から、氷の塊が僅かに顔を覗かせる。
圧倒的な質量の氷を目にしただけで、この都市が押しつぶされるという生々しいイメージが全員の中に生まれた。
「大陸の氷河を一つ、ここに落としましょうか。そうすれば、これ以上被害を出さずに、あなた方を全滅できます」
流石のローランも、あれだけの巨大な質量を破壊できないのか、顔を歪ませた。
「クリストフォロス。貴様ッ!」
「これは虚言ではありません。私にはそれを実行するだけの力があり、そうするだけの覚悟があるという宣言に他なりません。それを知った上で、話し合いに応じてはもらえませんかね」
「……話し合いだと。今更、命乞いをするつもりなのか?」
「貴方と話し合う気はありませんよ、『三賢』。……陛下の血を引く、姫君。シアラ・マールム。貴女と話し合いがしたい、と私は言っているのですよ」
全員の視線が、名指しされたシアラの方へと集まった。
「ワタシに、アンタと話すことなんて無いわよ」
「おや、つれない反応ですね。悲しみのあまり、氷河を落としそうになってしまいます」
脅しのつもりなのか、頭上で刃のような先端を覗かせている氷河が動く。
「正気なの。主様を殺したら、『魔王』の勘気に触るんじゃないの」
「ふふふ。面白いことを口にしますね。死に戻りの力を持つ者を殺したとしても、その死は無かったことになる。この時間軸自体が巻き戻るだけでしょう」
クリストフォロスの言葉に《神聖騎士団》の面々が言葉を失った。
彼らはレイの持つ《トライ&エラー》を知っている。その秘密が、よりにもよって魔人たちに知られてしまったという事態に、表情を険しくしていた。
「おや? その反応からすると、どうやらあなた方も知っていたようですね。『緋星』のレイが持つ死に戻りの力を。非常に興味のそそられる力ではありますが、観察できないのが残念で仕方ありません。ですが、ここはその力の恩恵を借りるとして、もう一度初めからやり直しましょう。次のゲオルギウスはきっと上手くやるでしょう」
「残念だけど、それは無理よ」
初めて、クリストフォロスの顔から笑みが消えた。シアラの言葉に視線を鋭くした魔人に、叩きつけるように言う。
「主様の力は、今は使えないわ。殺されれば、本当に死ぬ。時間軸は巻き戻らず、無かったことにできないの」
自分たちにとって不利な事をあえて口にしたシアラに、レティは驚きと尊敬の目を向けた。
《トライ&エラー》の使用不可。
レイが自殺をした場合のペナルティを、自分たちにとっては不利な状況を、シアラは相手への脅しとして使ったのだ。
クリストフォロス達がレイの死に戻りを計画に組み込んで利用しているのは、ここまでの戦いで判明している。極端な話、レイは殺しても、やり直しが効く相手という認識だろう。
氷河を落とすという脅迫は、レイが死んでも大丈夫だという前提があるから成立している。
死に戻りの力が使えないという可能性を突きつけることで、脅迫の前提を崩そうとしていた。
「さあ、どうするの。主様を殺したら、『魔王』の怒りに触れるのは間違いないわね。それだけじゃないわ。アンタらがこんな所で待ち構えていた目的だって果たせなくなるんじゃないの」
畳みかける様に推測を叩きつけて、相手の出方を窺う。クリストフォロスは細い顎に指を這わせ、考え込む素振りをしていた。
「……ふむ。一理ありますね」
「いやいや、姫さんの言葉をまともに受け止め過ぎじゃねえか」
慌てたのはジャイルズだ。クリストフォロスの横に立つ軽薄そうな魔人は、手にした透明な武器の切っ先をシアラに合わせていた。
「姫さんの話は、レイの死に戻りが使えないっていう前提の話だろ。使えないっていう証拠も無しに納得しないでくれよ」
「いえ、証拠ならありますよ。この状況下で膠着しているのは彼らにとって何の得がありません。ゆえに、この状況に陥っているということが、死に戻りの力を使えない裏付けになるのです」
「あん? どういう意味だよ」
「いいですか。彼らは死に戻りの力を持っているんですよ。自分たちにとって都合の良い未来を選べるというのに、本人は瀕死。仲間達の多くがゲオルギウスとの戦闘で消耗。こちらは私に貴方という陣営。死に戻ってやり直せるなら、さっさと戻ってやり直すべきではありませんか」
現在の状況がレイ達にとって最善の結末とは思えないからこそ、死に戻りが発動できないとクリストフォロスは推測したのだ。突飛な発想だが、間違っていない。
「そうしたいのに、そうできない状況。死に戻りの力が使えないというなら、納得できる説明ですね。……そうですか、死に戻りができない、ですか」
途端、クリストフォロスの表情が変わる。危険な色が混じるのを見て、シアラとマクスウェルは背筋に悪寒が走った。
「こいつはいかん」
「正気なの? 主様を殺すつもり?」
二人はクリストフォロスから底冷えするような殺気が漏れ始めたのに気づいた。
「ええ。お叱りの言葉は、甘んじて受け止めましょう」
影が吐き出す氷河はゆっくりとだが、地上に向かって落ち始めていた。
空を覆い隠す氷の塊が頭上から降ってくるという事実は、ローランですら死を感じてしまうほどのリアリティがあった。
「『緋星』レイ。『聖騎士』ローラン。その仲間達。掛け値なしに称賛しましょう。あなた方は、現代の最強の戦士たちであり、生きていれば『魔王』陛下の脅威になり得る。陛下のご不興を誘うのと我らの目的が遠ざかるのと、あなた方の存在を天秤に掛けると、僅かですがあなた方の方に傾いたのですよ」
六将軍第四席クリストフォロスが、レイとローランたちを脅威と見做した。自分たちの目的を放り出し、フィーニスの怒りを買う恐れがあると理解しつつ、彼らをここで抹殺するべきだと判断を下した。
自分の交渉が、クリストフォロスの背中を押してしまったのだとシアラは歯噛みする。
「あなた方のことですから、氷河に押しつぶされる瞬間まで見届けないと、何が起きるか分かりません。虫のように潰されるのを、しかとこの目に焼き付けるまでは、お付き合いしますよ」
「その前に、君を殺せれば、あの影も止まるんじゃないのかい」
「さて、それはどうでしょうかね。やってみますか? 『聖騎士』」
頭上から氷河が迫る中、一触即発の空気が広がる。ローランの言葉に呼応するように武器を持つ最強の冒険者パーティー。相対する魔人も殺気を充満させる。
火薬庫に火が放り込まれる寸前、シアラが叫んだ。
「こっちは停戦協定を結ぶ用意がある!」
戦いに水を差されたローランが戸惑った視線をシアラに向けた。
「シアラ君? どういう事だい」
「言葉の通りよ。こっちは、これ以上の戦闘を望んでいない。果たさないといけない使命があり、それはアンタらも一緒でしょ」
「……ええ、その通りです」
「なら、妥協点を見いだせるはずよ。このまま戦えば、こっちは全滅するかもしれないけど、そっちだって少なくない被害を出すわ。確実にゲオルギウスは死に、ジャイルズだってどうなるか分からないじゃない」
「聞き捨てならないな、姫さん。俺が、こんな奴らを相手に死ぬと? 笑っちまうな」
「強がりはそれ位にしておくことじゃのう。肉体の表面はともかく、ローランの戦いで内臓がかなりやられている筈じゃ。顔色が悪くなっておるぞ」
「……ガキ爺が。余計なことを言いやがって」
ローランたちも満身創痍ではあるが、ジャイルズも相当のダメージを負っている。この場で元気なのは、クリストフォロスぐらいだ。
「……いいでしょう。停戦協定の中身ぐらいは聞いて差し上げましょう」
嘘では無いと証明するために、クリストフォロスは落ちてくる氷河を止めた。
「北方大陸での戦闘の禁止と全員の安全。アンタ達が知っているノーザンの研究所への道案内。この二つを守ってもらうわ」
「ノーザン……そうか。『科学者』の研究所がこの辺りにあるという噂は本当だったのか。しかし、何故『科学者』の研究所へ向かうのじゃ?」
驚きつつも訝しむマクスウェルを余所に、クリストフォロスは停戦協定を吟味する。
「随分とそちらに都合の良い条件ですね。その代価は?」
「アンタらの目的に付き合ってあげるわよ」
「不可解な口ぶりですね。まるで私たちの目的を知っているかのような。もしや、死に戻りで知ったのですか」
「いいえ、推測に過ぎないわ。もっとも、自信はあるけどね。アンタらの目的地も、研究所。正確に言えば、『科学者』の工場がどこにあるのか、それを調べるために研究所へ入りたい。そのために主様を無力化しようとしたんでしょ」
学術都市での戦いで、フィーニス達が『科学者』の工場を探しているという情報を得ていた。
ポラリスから聞きだそうとしたが失敗に終わっていたが、彼らがその程度で諦めるとは思えなかった。
そして、今回の戦いで腑に落ちなかった点がある。それは、こんな僻地でレイ達を襲う理由だ。それも、レイを精神面で屈服させ、降伏させようと面倒な手段を講じているのも妙だった。
ここが北方大陸にある研究所の近くで、彼らが工場を探していて、レイを生かしたまま捕らえようとする理由を無理やり繋げると、浮かんできたのがたった一つの可能性。
『科学者』の工場を見つける手掛かりを研究所で得るために、ポラリスの修理をしようとするレイ達を研究所の近くで待ち構えていた。
果たしてシアラの当てずっぽうな推理は、的中していた。
「お見事。感服いたしましたよ、流石は、あの女の娘。厄介な直感はきちんと働くようで」
一瞬、シアラは自分を通して、母親への憎悪を感じた。仄暗い、腐った井戸水のような憎しみ。
だが、それも一瞬だ。
クリストフォロスはすぐに感情を消すと、隠しているのも馬鹿らしいとばかりに語りだした。
「ええ、その通りです。こちらが欲しいのは工場の場所。それを知るための手掛かりは、ノーザンの研究所かオルタナのどちらかにしかありませんが、オルタナの方は失敗に終わってしまいましてね。こちらとしては、レイを拘束して研究所まで無理やり連れていき、あの結界を解いてくれれば、それで十分でした」
「なら、そこまでは協力してあげるわよ」
「シアラ君! 流石に、それは。彼らに『科学者』の工場を知られてしまうと、どんなことになるのか、分からない君じゃないだろ」
「分かっていますわ。ローラン様。魔人が魔法工学の兵器を手に入れるなんて、想像するだけでも恐ろしいわ。……でも、このまま戦いを続ければ、それを止めることは誰にもできなくなる。ワタシには、そっちの方がもっと恐ろしいの」
「しかし!」
「抑えろ、ローラン」
さらに言葉を続けようとしたローランを押し留めたのはマクスウェルだ。
「お主の懸念も正しいが、現状だとシアラ殿の判断が正しい。ここで儂らが全滅すれば、世界はどうなる。法王猊下はどうなるのじゃ」
義理の妹にして、エルドラドの信仰を取り纏める存在を出されては、ローランも押し黙るしか無かった。
「停戦協定の内容をまとめると、こんな所ですか。北方大陸に居る間は手出しせず、お互いの安全を保障しあう。研究所までの道案内をこちらがする代わり、同道を許す、と」
「ええ。もちろん、安全を保障する中には《ミクリヤ》以外に《神聖騎士団》の方々も含まれているわ」
さりげなく釘を刺しつつ、シアラは魔人の反応を窺った。
「この内容に不満でもあるかしら」
「大いにありますとも。こちらに得する部分がありませんね」
クリストフォロスは冷笑を携えながら続けた。
「こちらとしては、あなた方をこのまま見逃すのは大変危険だと判断したんです。あなた方を、いえ、死に戻りの力を持つレイを殺すなら、今を置いて他にありません。そんな絶好の機会を捨ててまで、あなた方を助ける代価が、得られるかどうか分からない工場の情報だけというのは承服できませんね」
クリストフォロスの指摘にシアラは顔を俯かせた。そうしなければ、笑ってしまいそうな表情を気取られる恐れがあった。
なにしろ、自分が予想していた通りの展開になったのだから。
笑みを拭い去ると、シアラは本心を隠しながら、取っておきの交渉のカードを切った。
「なら、アンタらが知りたがっている情報を教えてあげるわよ」
「……もしや、工場の場所を知っているのですか?」
「いいえ、そっちは知らない。でも、アンタにとっては、工場の場所並に知りたがっている情報かもしれないわ。……ワタシの母。カタリナ・マールムの居場所を、教えてあげる」
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は26日頃を予定しております。




