12-32 最後の時間稼ぎ 『前編』
ゲオルギウスの槍を奪うと宣言した時、その途方もない思い付きに愕然とする仲間達に対して、レイは矛盾したことを続けた。
「だけど、アイツから槍を奪うのは限りなく不可能だろう。というか、アイツから槍を奪っているという未来が全く思い描けない」
六将軍第二席ゲオルギウス。
暴虐の化身であり、同時に武の極致にたどり着いた怪物。
力を誇示するような傲慢な一面を持ちつつ、幾つもの戦場を駆け抜けた末に手に入れた膨大な経験則から、他者の心理を読んで慎重に行動するという両端な二面性を持つ。そして、勝利の為なら自身の肉体が欠損することを厭わない決断力さえ兼ね備えている。
まさに心技体、全てを兼ね備えた戦士だ。
純粋な戦闘力だけなら、おそらく『守護者』サファと同格だ。そんな相手から槍を奪えるとは到底思えなかった。
「だから、槍を奪うと思わせて、別の方法で概念殺しの槍を手に入れるのが、今回の奇策の軸になる」
「別の方法って、どんな方法よ」
「決まっているだろ。僕たちには、あの黒龍だって再現できた仲間がいるじゃないか」
レイが自信を持って指差したのは、大風呂敷を広げたと笑っていたコウエンだった。指名を受けた瞬間、紅蓮の瞳がぽかんと丸くなったのは印象的だった。
彼女は学術都市の戦いでミラースライムの遺伝子情報を取り込み、ミラースライムが保有している『対象の再現』という特殊能力を手に入れた。ミラースライムのコピー能力は、対象のレベルや戦技、魔法、技能のみならず、対象が身に付けている武器ですら完全に再現する。
レイの龍刀も、世界に作用する《トライ&エラー》も、『七帝』である黒龍も、そして湖上での戦いでゲオルギウス本人をコピーしている。
その時は、概念殺しの権能も完全に再現できたのか確かめてはいない。死に戻りが発動しても、今のコウエンは記憶を引き継げないため、今となっては誰も分からない。概念殺しの槍を再現できれば、《アンダンテ・フィールド》からローランたちを助けられると踏んだのだ。
だが、問題もあった。
コウエンのエネルギー不足だ。
人造モンスターの肉体に転生した彼女は、魔石を取り込むことでモンスターの力を使用できるようになる。そのエネルギーが底を突いてしまい、予備の魔石もほとんど無かった。ゲオルギウスに変身するどころか、他のモンスターの部位を再現するのも出来ない為、今の彼女は戦力にも数えられていない。
エネルギー不足以外にも問題はあった。
ミラースライムの変身能力は膨大なエネルギーを消費し、維持できる時間はかなり短い。黒龍に変身した時は三十秒たらずだったが、今回は神の力を再現するのだ。十秒も変身がもつかどうか、コウエン自身にも予想は付かなかった。
となると、懸念材料はゲオルギウスの妨害だ。魔人の体力が万全で、レイ達の目的を察知されれば、ゲオルギウスの事だからあらゆる手段を使って邪魔をするはずだ。黒龍の時のように、コウエンがコピーしたゲオルギウスでゲオルギウスの足止めをするといった作戦は使えない。少なくとも、ゲオルギウスの体力をある程度削り、コウエンの邪魔をしないように押さえつけておく必要がある。
足りないのは魔石。
削るのはゲオルギウスの体力。
その二つを軸に、レイ達は―――主にシアラが―――計画を組み立てた。
不足分の魔石は都市に降りてきた人造モンスターから奪うことで補えた。ヨシツネは小さくなるとレイに同行し、最初に倒した四体から魔石を回収してコウエンに届けた。同時進行でリザとシアラを除くメンバーたちは、広場へと集結しつつある人造モンスターたちを各個撃破して魔石を奪い、コウエンに届けた。
レイとリザとシアラの三人は、エトネたちが魔石をすべて回収するまでの時間を稼ぐのと同時に、ゲオルギウスの体力を可能な限り削り続けた。レイが一騎打ちに望んだのも、シアラとリザが地下から奇襲をしたのも、誘い込んだ通りで建造物を崩して質量兵器として使ったのも、遅れて合流した三人が加勢したのも、全てはゲオルギウスの体力を極限まで減らし、コウエンの邪魔が出来ないようにする為だった。
その為に、死を積み重ねて、理想的と呼べる状況を整えた。
見晴らしの良い通りは直線で、広場にある氷めいた壁がハッキリと見える。極限まで体力を削り取られたゲオルギウスをコピーしたとはいえ、魔人の体力ならば、確実に当てられる。
コウエンの変身したゲオルギウスは体を捩じり、力を蓄える。空気が震え、コピーした方のゲオルギウスを中心に引力があるかのように錯覚してしまう。
まるで、噴火する直前の火山のようなエネルギーに満ちた怪物を庇うように、レイは立っていた。
―――そう、レイが立っているのだ。
意識を失ったリザを抱えているクロノが、我を忘れて叫んだ。
「そんな! なんで、出てきたんですが、レイさん! ゲオルギウスはまだ動けます!!」
その通りだ。
コピーしたコウエンが槍を投擲する構えを取っているのと同じように、ゲオルギウスもまだ、一撃を繰り出す余力はあった。
筋肉が脈動し、重心を前に傾けた魔人が一瞬で間合いを詰める。
神速と呼ぶには遅いが、それでも手負いの身で出せる最速は、レイの瞳に青黒い塊が数珠つなぎのように移動したとしか見えなかった。
下からすくい上げる軌道を描いた槍は、身構えていたレイの心臓を呆気なく貫いた。
絶命必死の一槍
だが、その槍を繰りだしたゲオルギウスの顔が驚愕に彩られた。
「貴様、何を考えている!?」
叫んだ問いかけはレイに届かない。
なぜなら、ゲオルギウスの刺突を受ける直前、レイは自身の首を自分で切り落としていたのだ。首が地面へと落ちる直前、脳の命令を受け取った顔の筋肉が吊り上がる。
それは、笑っているかのような形だった。
×
気が付けば列の最後尾に並んでいた。
全員が揃いのぼろをまとい、手を後ろに縛られている。両脇には覆面を被った男が武器を構えて威圧する。破けた穴から向けられる視線は侮蔑と汚辱に塗れていた。
金属が滑るような音と、水っぽい袋が落ちる音がする度に列は一歩ずつ前進する。空は暗く、どこかでカラスの乾いた声が聞こえてくる。
鼻を突くのは鉄錆のような臭い。連想するイメージは赤。
列の向こう側に見えたのは、斜めの刃がセットされた断頭台だった。処刑人が列の先頭を掴むと木枠に押し込め、刃を落とす。金属が滑る音の後に、水っぽい袋が落ちる音がした。
列が進み、刃が落ちて、音がする。
列が進み、刃が落ちて、音がする。
列が進み、刃が落ちて、音がする。
何度繰り返したのか分からないが、遂に自分の番が来た。十三の階段を昇って処刑台に上がると、処刑人が背中を掴み、台の上にうつ伏せになるように押し込む。首に木枠が嵌ると、先客に気づいた。
視線の先にあったのは、桶に山と積まれた首だった。断面からは血が滴り、溢れた血で水たまりが広がっていく。
その首は全て自分と同じ顔をしていた。彼らが何の罪で処刑されているか分からなかったが、共通して全員が笑みを浮かべていた。
これで良かったのだと言わんばかりに。
きっと、自分も同じような顔をしているのだろう。
そんな風に思っていると、金属が滑る音がした。
×
「そんな! なんで、出てきたんですが、レイさん! ゲオルギウスは、まだ動けます!!」
叫んでから、クロノは自分が見落としていたことに気づいた。
レイがコウエンと共に飛び出したのは、そうしなければコウエンか、あるいは自分たちが死ぬ可能性があるのだ。
この通りを決戦場所に選んだのは、左右に建造物が残っているから遮蔽物としても質量兵器としても使えるからだけではない。
通りが直線で、見晴らしが良かったからだ。
コウエンが獲得したミラースライムの力はオリジナルに比べると、幾つか制限があった。自分よりも強い存在をコピーするとエネルギー消耗が激しいのも制限だが、それとは別に距離の制限があった。
コピーできる対象は半径五メーチル以内まで。
一度コピーできれば、エネルギーが切れるまでは持続し、どれだけ離れても解けることは無いのだが、コピーする瞬間は半径五メーチル以内に居なければならない。学術都市での戦いが終わり、実験を繰り返して判明した事実だ。
あのゲオルギウスを相手に五メーチル以内というのは、死地に飛び込むのと一緒だ。
変身してから距離を取ると、投擲する為の貴重な時間を使ってしまう。遮蔽物越しにコピーしたとして、槍を投擲して《アンダンテ・フィールド》に直撃できるかどうかは不安が残る。
確実に成功させるには、通りに出て直線の道に沿うように槍を投げるしかない。それはゲオルギウスの前で無防備な背中を晒すのと一緒だ。槍が着弾する前にコウエンが死ねば、当然のように再現した槍も消えるだろう。
だから、コウエンを守る為にレイは飛び出すしか無かったのだ。
ゲオルギウスにしてみれば、コウエンを狙う以外にも選択肢はある。たとえば、動けなくなっているエトネたちを殺せば、仲間の死を嫌がるレイが死に戻りを発動しなくてはいけない状況に追い込める。
今回の勝利を諦め、レイを消耗させ、次の勝利に繋げるといった方法もあったのだ。
だが、レイが眼前に現れれば、ゲオルギウスの意識はレイに集中する。自然と、レイ以外を殺して対処するという選択肢は消え失せ、槍は彼を狙う。
そこまで読んでいたからこそ、レイは出てきたのだ。自分を囮にする為に、ゲオルギウスの前に立った。
ようやく、レイの判断に思考が追いついたクロノは、ゲオルギウスの重心が前に傾いたのと同時に、ある異変に気づいた。
レイの顔面は蒼白で、手足が震え、今にも倒れ込みそうなほど弱々しい。コウエンを守る為に飛び出してから、刹那の間に様子が変化していた。まるで、人が入れ替わったかのような変わり様に、自然と答えを思い浮かべた。
―――まさか、死に戻りが発動したの。でも、どうしてこのタイミング?
疑問はすぐに氷解した。
《トライ&エラー》のセーブポイントが作成されるタイミングは二つある。
一つは、レイが意識を覚醒した時点。
もう一つが、真夜中を過ぎた瞬間だ。
自殺のイタミで全身から力が抜けそうになる。イタミが波のように寄せては引き、引いては押し寄せるのを繰り返す。
指先も動かせそうに無いのに、五感だけはやけにはっきりと感じられた。
我を忘れたクロノが叫ぶ声を耳が拾い、ゲオルギウスに変身したコウエンが槍を放とうとする圧を背中で感じ、鉄錆に似た血の臭いが近づき、口の中が緊張で乾いていく。
そして、視界の中で概念殺しの槍を構えた魔人が、ゆっくりと近づいてくるのが見えた。
《生死ノ境》は《トライ&エラー》に吸収されて使えなくなっている。だから、これは死の間際を脳が感じ取って、処理速度を早くしているだけの現象だ。イタミで指先は動かせず、身を捩って躱すこともできない。このままなら、死を迎えるしかない。
―――さあ、どうする?
乾いた口で音を紡ぐのではなく、心の中に問いかける。どこかで、不機嫌そうな舌打ちが聞こえた。
―――このままじゃ、僕は死ぬぞ。《トライ&エラー》は自殺で使用不可になった。もっとも、概念殺しの槍で死ねば《トライ&エラー》は破壊されていたはずだから、さっきので死ぬか、ここで死ぬかの違いだったな。
またしても舌打ちだ。同時に、皮膚の下を血液とも筋肉とも違う何かが這いずり回る。フィーニスに着けられた、左目の下を走る傷が疼いた。
エトネたちが魔石回収をする為の時間を稼いでいるうちに、真夜中に近づいているのを知った時にこの展開を思いついていた。
最後の瞬間。
コウエンや仲間を守る為に。
そして、作戦が成功した後にこそ、必要になる力だと見越して。
こいつが必要だった。
―――さあ、どうするんだ。お前が助けなかったら、僕は死ぬぞ、影法師!
瞬間、レイの体から影が噴きだした。
液体のようにも固体のようにも映る影は、レイの全身から噴き出すと、絶命必死の間合いまで詰めていたゲオルギウスに襲いかかる。槍の穂先はレイの心臓から唐突に現れた影へと向けられたが、影は自身の形を巧みに変えて槍を躱すと、ゲオルギウスの体を貫いた。
「ぐうっ!」
急所は外したが、影の槍が三本伸びて、ゲオルギウスに穴を開ける。
ゲオルギウスは槍を回して影を消そうとしたが、一歩遅く、影は自らの体を分離してレイの方へと戻っていく。
「ああ、本当に嫌になる奴だな、てめぇはよ。てめぇの命を盾に、俺を脅して引きずり出すなんて、普通の奴なら思いついても実行なんかしねぇよ!」
レイがゲオルギウスに繰り返した言葉を影は発した。呼びかけて返事をしなかった間も、こちらの様子を窺っていたのだろう。
錆びた歯車を無理やり回したかのような耳障りな声の直後、レイの背後で轟音が響く。力を溜めこんだコウエンが槍を投擲したのだ。
空気の壁を突破した槍が一直線に通りを駆け抜けると、《アンダンテ・フィールド》に直撃した。
時間の流れが違う牢獄に亀裂が生じるのと同時に、槍は消えていく。コウエンも力を使い果たしたのか、スライムにまで戻ってしまった。
「呵々。どうやら、久方ぶりに戻ってきたようだな。ならば、妾は安心して高みの見物と洒落込ませてもらうとするか」
戻る直前、彼女はレイの右腕に巻き付く影を見て、愉快そうに笑った。
それが癪に障ったのだろう。影は不機嫌そうに返した。
「ちっ。楽隠居を決め込むには老け込み過ぎじゃないか。いや、見た目が幼女なのはレイの趣味だったか!」
「僕の趣味じゃない。……それよりも、やるぞ、影法師。相手は手負いとはいえ六将軍第二席ゲオルギウスだ。……出し惜しみはできない」
「あいよ」
気怠そうな返事とは裏腹に、影は凄まじい速度で幾重にも折りたたまれると、まるで右腕を保護する籠手のような姿となった。
死のイタミを耐えたレイは、傷口を無理やり塞いで立つゲオルギウスに相対する。
《魔王乃影》を纏わせた右腕がゆっくりと腰にある刀に伸びた。
柄頭を掴むも、熱は完全に遮られている。
「最後の時間稼ぎだ。ローランさんたちが完全に復活するまで、アイツを食い止めるぞ!」
叫ぶと同時に引き抜いた紅蓮の刀身が、この地に残る黒龍の残火に呼応するかのように輝いた。
読んで下さって、ありがとうございます。
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