12-30 槍を奪え Ⅳ
背丈を越える巨人を前に、恐怖心が無いと言えば嘘になる。だが、眼前の怪物よりも何倍も恐ろしい存在にレイとリザは文字通り命懸けで挑んでいる。そう考えると、クロノの中から自然と恐怖は薄まり、自分の役目を果たさなくてはという義務感に満たされる。
自分の胴体と同じ幅の槍が繰り出されると、歯車を幾層にも重ねた盾で受け止める。体重差で勢いを完全に受け止めるのは出来ず流されそうになるのを利用して、体を回した。槍を受け流すと、一気に懐へと飛び込んだ。
途中で盾から鎚に姿を変えた武器に遠心力を加えて鎧騎士の胴体へと叩きこむ。金属は抉れ、中身の肉体が零れていく。
「お願いします、エトネさん!」
鎧騎士の背後から迫っていたエトネは、踏み込んだ足を軸に急速に方向転換すると、クロノが破壊した部位へと迫る。手に持っていた物をべちゃり、と付けるとすぐさまクロノを抱えてその場を離脱した。
直後、鎧騎士の体が爆ぜた。
黒煙が立ち上り、小さくない振動が周囲を揺るがす。地面に押し倒されたクロノは、柔らかい質感の髪の向こうで、煙に包まれている鎧騎士を注視していた。
煙はすぐに立ち消えると、鎧騎士の上体が辛うじて下半身と繋がりつつも、大きく地面に向けて傾いているのが見えた。体液はほとんど零れており、核となる魔石が煉瓦の上に転がっていた。
鎧騎士の弱点は、どうやら外気のようだ。ディオニュシウスは自分の姿を隠すための入れ物として魔道具の鎧を用いていたが、鎧騎士たちは自分たちを保護する器として鎧を使っているようで、鎧が半壊して粘液上の肉体が露出すると、途端に生命活動を停止するのだ。
「お見事でござる。これで、合計十一体。全てから回収できましたな。それも半数以上はクロノ殿が単独で倒されるとは。感服いたしました」
喜びの声と共に姿を現したのは、別場所で戦っていたはずのヨシツネだ。彼は手にした袋に、零れ落ちた魔石を詰め込む。
倒れていたクロノは立ち上がったエトネの手を借りるも、その表情はどこか憂いを帯びていた。
「いえ、私の力なんてたかが知れています。今だって、とどめの一撃はエトネさんがやってくれたケラブノス石が無ければ、結果は分かりません」
エトネが鎧騎士に着けたのは、電流と反応すると爆弾となるケラブノス石だ。レイから預かっているバジリスクの魔短刀を使って起動し、爆発する直前にレティが調合した粘着剤で鎧騎士に着けたのだ。
結果はご覧の通りだが、それもクロノが鎧を砕いたから脆くなっていたおかげでもある。
「そんなことないよ。クロノおねえちゃん、ほんとうにつよくなったよ」
エトネが元気づけるように言うも、クロノはやはり浮かない顔だった。
「いいえ。これじゃ、ダメなんです。ゲオルギウスに立ち向かうのだって、今の私じゃできません。……神々として思いのまま力を振るっていた、あの頃の力が、今こそレイさんには必要なんです」
かつては、エルドラドを管理する神として世界をコントロールしていたが、時間を巻き戻したこの世界で神々の力は使えない。苦しむ仲間達を助けたいのに、肝心な時に自分の無力さが嫌になる。
すると、そんな悩みを吹き飛ばすかのようにエトネが明るく言った。
「クロノおねえちゃんはだいじょうぶだよ」
「……エトネさん?」
「じぶんが弱いってしってる。弱いのはやだって、おもってる。だったら、だいじょうぶ。あせらなくても、ぜったいに、ぜったいに、つよくなるよ。だって、レイおにいちゃんも、リザおねえちゃんも、レティおねえちゃんも、シアラおねえちゃんも、みんなそうやって強くなったんだよ」
萌黄色の瞳が優しい光を放つ。子供の戯言ではなく、子供だからこそ何の含みも無く、偏見も無く発した、だいじょうぶという言葉が胸の奥底まで響いた。
「クロノおねえちゃんも強くなる。ぜったいに、ぜったいだよ」
「……ありがとうございます。エトネさん。……いえ、先輩」
「せんぱい? エトネが、せんぱい?」
聞き慣れない響きにエトネはちょこんと首を傾けた。
「はい。考えてみれば、エトネさんは冒険者として私よりも先に活躍している方です。だったら、先輩じゃないですか。ねえ、ヨシツネさん」
「そうでござるな。シアラ殿の勉強会でも、拙者よりも学ばれているゆえ、拙者にとっては二重の意味で先輩でござるな」
「えへへへ。エトネがせんぱいかぁ、えへへへへ」
目を丸くした少女は嬉しそうに身をよじるも、すぐさま表情を変えた。彼女の視線の先で、薄紅色の極光が空に向かって上がっていったのだ。
「合図でござるな。エトネ殿はキュイに乗ってシアラ殿の元へ向かって報告をお願いするでござる。拙者とクロノ殿はレティ殿と合流し、最終地点に向かうでござる」
「うん」「分かりました」
この場に居る者達は、レイの《トライ&エラー》が何回発動しているのか知覚できない。
だが、相手は魔人。六将軍第二席ゲオルギウス。
死力を尽くして、それでも越えられるかどうかという怪物が相手である。きっと、自分たちの想像も付かない死を繰り返しているのだろう。
だから、誓うしかない。
「勝ちましょう。絶対に」
三人は拳をぶつけ合うと、それぞれの役目を果たす為に分かれて行った。
★
下から振るわれた槍が途中で軌道を変える。
天地が入れ替わったかのような軌道を描いて落ちてきた刃で右手首を切り落とされ、間に割って入ったリザもろとも心臓を串刺しにされて死んだ。
目標地点まで、あと四十八メートル。
★
気づいた時には手遅れだった。剣の刃毀れはヒビとなり、中ほどから乾いた音を立てて折れた。持ちやすい大きさに炎で溶かしたせいで耐久力に問題はあったが、原因はそれだけでは無い。
的当てで常に中心を射抜く名手のように、ゲオルギウスは一点だけを集中して攻撃し続け武器破壊を成功させた。
焼き菓子を砕くかのように刃を貫く槍は、レイの顔面に突き刺さり、脳に穴を開けた。
目標地点まで、あと四十二メートル。
★
折れた刃をゲオルギウスの方に向かって蹴り上げる。刃を躱そうと身をよじれば、槍の先端は何も無い宙を貫くだろうと予想した。
だが、ゲオルギウスは迫る刃を槍の柄で弾く。
空気が漏れる音に、レイは硬直した。
弾かれた砕けた刃の先端が、横から迫っていたリザの首に突き刺さっていた。首を抑え、一歩、二歩歩いた少女は、糸が切れたマリオネットのように倒れ伏した。
目標地点まで、あと四十一メートル。
★
距離を取り、龍刀影打を展開しようとするも、手首を返して投げつけられた槍を防ぐのに手を取られてしまう。剣で槍を弾くと、遥か後方で転がる音が聞こえた。
改めて炎を生みだそうとした体が、自然と斜めに傾いた。肩が焼けるように痛い。
レイが弾いた槍が、後方から磁石で引き寄せられるように飛んできたのだ。
体の軸が前に傾き、ゲオルギウスの槍の間合いへと無防備に飛び込んでしまった。
目標地点まであと、三十六メートル。
★
風を切る音をさせた横薙ぎが、レイの後頭部を通り過ぎる。地面を舐めるかのように低い体勢から一気に懐へと飛び込んだが、ゲオルギウスは体を軸に回り、石突でレイを打ちすえる。
もっとも、それは前回のパターンから知っていた。
首に力を入れ、後ろに下がらないように踏ん張ると、龍刀影打を振り抜いた。
ゲオルギウスの脇を、炎の刃が掠めた。
まだ、浅い。
悔やむレイをあざ笑うかのように、もう一つの槍が、レイの死角から急所を貫いた。
目標地点まであと二十二メートル。
★
レイの体が建物へ激突する。噴き出す炎の推進力を加えたレイの突進を、ゲオルギウスは葉っぱを指で弾くかのように軽やかにいなした。
強固な建造物は衝撃でヒビが走り、壁が崩れる。この有様だけで、どれだけの威力があったのか雄弁に語っていた。
ゲオルギウスは残るリザを片付けようと槍を向けるも、薄紅色の極光に網膜は塞がった。目くらましの光を放ち、リザは僅か数歩でゲオルギウスの背後を取る。狙うは無防備となった首だ。
だが、彼女の顔面を削るかのように穂先が待ち構えていた。
着地と同時に膝の力を抜き、速やかに方向転換をしようとしたが、刃は追尾装置が備わっているかのようにリザを追いかける。
「悪いな。ジグムントの剣術なら、目が見えなくてもある程度は読める」
その言葉通り、リザの動きは先読みされ、死力を取り戻した魔人によって命を奪われてしまった。
目標地点まで、あと十八メートル。
★
ぐちゃり、と。ゲオルギウスの左腕が音を立てて崩れ落ちた。
魔人の言葉通り、人造モンスターの肉体は激しい戦いに耐えうる物では無かったのだ。
再び後ろから貫かれてたまるかと、地面に転がった槍を警戒しつつ、レイはゲオルギウスの左側面を目がけて攻撃を繰り出す。
当然、ゲオルギウスは右側の槍で攻撃を凌ごうとするが、リザが適度に意識を散らしているから、ゲオルギウスも積極的には攻められない様子だ。
此処が正念場だと考えたレイの予想は呆気なく覆された。
ゲオルギウスは相打ち狙いでリザを殺したのだ。あっさりと懐に呼び寄せたリザの刃を受けるのと同時に、リザの心臓に槍を突きたてた。
「これで、仕切り直しになるか?」
目標地点まで、あと十七メートル。
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目標地点まで、あと十三メートル。
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目標地点まで、あと十二メートル。
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目標地点まで、あと十二メートル。
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目標地点まで、あと十一メートル。
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目標地点まで、あと十一メートル。
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目標地点まで、あと十一メートル。
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目標地点まで、あと十一メートル。
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目標地点まで、あと七メートル。
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目標地点まで、あと。
★
―――ああ、嫌になる。
豪腕が唸り、死を運ぶ風が頬を裂く。二本の槍が描く軌跡は複雑な曲線と直線で構成され、これがキャンバスに叩きつけた筆だったら、でき上がるのは解読不能な抽象画だろう。
繰り返される死によって摩耗した精神は正常な思考を妨げ、益体も無いことばかり頭に浮かぶ。
それでも。
それでも、だ。
折れぬ意志が幾度も立ち上がらせ、死に戻る度に消えてしまう創傷が槍の軌跡を教えてくれる。
手首を切り落とすはずだった一撃は、刃の側面で弾いた。
槍撃を刃で受け止めるときは常に位置を変え、刃毀れを作らないように意識する。
ゲオルギウスの意識を削るように移動し続けるリザの姿は金色の風のようによどみなく流れている。流れ矢で死ぬことはあり得ないだろう。
背後から音もなく引き寄せられた槍は、寸前でレイが体を回して回避。奇襲が不発に終わる。
炎を使った突進は、直前になって力を失い止まった。ゲオルギウスの意識を己に固定させた隙に、リザが太ももに刃を突きたてた。
「こうも先手ばかり取られるとは、本当に厄介だな、死に戻りの力とは!」
自分の判断が悉く裏目に出ているゲオルギウスは、手詰まりを感じつつも頬を吊り上げ嗤った。余力があるのか、窮地を楽しんでいるのか。レイには到底理解できない精神状態だ。
レイ達にしてみれば、肉体と精神の疲労は極限まで達している。精神の疲労は言うに及ばず。肉体の疲労は、死に戻りする度にリセットされているとはいえ、ゲオルギウスの猛攻を一分一秒凌ぐたびに激しく消耗していった。
既に知っている攻撃だからといって、余裕を持って受け止められる訳も無い。ゲオルギウスほどの怪物となれば、刹那のような時間さえあれば、新たな攻撃パターンを組み立てることなど造作も無い。
事実、レイとリザが流している汗と血は、ゲオルギウスが繰り出す攻撃が、二人の予想と覚悟を上回っていた証だ。
「信じ、られない。ここまで、死に戻りを重ねても、まだ、あとからあとから、新しいパターンが生まれるのかよ」
「技の引き出しが多いのでしょう。横薙ぎ一つとっても、どんな態勢からでも、どんな状態であっても、確実に放てるように研鑽してきた。サファ殿と違った形ではありますが、まさに武の極致です」
「あんまり敵を褒めるな。目までキラキラしてるじゃないか」
考えてみれば、それは当然の話なのだろう。圧倒的な差でも無ければ、無傷で戦いを最初から最後まで行えるとは限らない。傷を負った状態でも戦えるように鍛え上げるのが、本当の戦士だ。
ゲオルギウスが達した境地を垣間見て、それがどれほど高くて険しいのか、今のレイなら理解できる。
「ああ、嫌だ。本当に嫌だ。……僕まで尊敬しちゃいそうになる」
でも。
「やっとここまで来れた」
―――目標地点まで、あと零メートル。
人の気配を感じて、ゲオルギウスは足を止めた。退きながら戦いを続けるレイ達を追いかけ、気づけば通りの半ばまでたどり着いていた。広場までの距離は直線にして五十メーチル程度だろうと目測で判断した。
広場で何かあったとしても、ゲオルギウスにしてみれば数秒で戻れる範囲だ。槍を投げつけたとしたら、一投の間合いだ。
上体を僅かに起こして、視野を広く取る。
レイとリザを中心に残しつつ、通りの両脇へと探りを入れた。
この通りは、周辺に比べたら建築物が形を保っている方だ。八階建てだった建物が五階部分まで形を保っており、国が栄えていた頃を思い返してしまう。
(厄介だな。魔道具となった建築物が放つ気配のせいで、潜んでいる奴の気配がハッキリと掴めん。少なくとも複数人が潜んでいるのは間違いないのだが。……よもや、下か)
先程の奇襲を思いだし、ゲオルギウスの視線が下を向いた。
瞬間、レイが拳を地面に叩きつけるのを見て、ゲオルギウスはその場を一歩退いた。
広場での奇襲が脳裏を過る。
だが、拳が地面を叩く硬い音が響くも、何も起きなかった。
「……どういうつもりだ?」
「なに、簡単な話だ。一歩、後ろに下がって欲しかったんだ。ちょっとだけ前に出過ぎていたからな」
言葉の意味を吟味する猶予は無かった。
なぜなら、ゲオルギウスのすぐ傍で、腹の底まで響くような爆発音がしたのだ。
魔人は爆発音の方へ体を向け、来るであろう飛来物や爆炎を防ごうとした。しかし、ゲオルギウスに襲いかかったのは土煙だった。
視界を埋め尽くすほど濃い土煙の中で、ゲオルギウスはこちらの方が厄介だと呟く。これが戦技なり、技能ならば、概念殺しの槍で防げるのだが、単なる土煙だと視界を奪われ奇襲を受けてしまう。
ならば、土煙を脱出すればよいのだが、またしても脳裏を過るのは広場の奇襲だ。地面よりも下からの、死角からの攻撃。下手に動けば、二の舞になるのではないかという疑念が、魔人の足を地面に縫い付けた。
時間にしてみれば刹那ほどしかない躊躇だったろうが、その躊躇を生みだす為にレイ達は死を積み重ねてきたのだ。
爆音の反響が止まない内に、別の轟音が耳朶を震わした。何かが崩れる音は加速度的に増し、視界が土煙とは別の理由で暗く感じた。
槍を振るって土煙を吹き飛ばして顔を上げると、視界を塗りつぶすかのように迫る巨大な影があった。
影の正体は黒龍の破壊を免れ価値を半分以上残している建築物だ。
ゲオルギウスの何十倍も質量のある建築物が、さながら質量兵器のように降り注ぐ。巨人の振るった拳を前にしたかのような危機感がゲオルギウスの脊椎を駆けのぼり、知らずの内に愉悦の笑みを浮かべていた。
読んで下さって、ありがとうございます。
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