12-29 槍を奪え Ⅲ
唯一無二のタイミングだった。
地表より上は魔道具の発する力によって魔法の形成が難しく、《アンダンテ・フィールド》のような特殊な魔法以外発動できない。
だが、地中は影響が薄くなるのか、威力はかなり減衰してしまうが発動できた。地下からの攻撃を想定していなかったのか、あるいは黒龍の炎が都市を焼き払った影響なのか、理由はどうあれリザとシアラの二人で広場まで掘り進めることが出来た。
魔法は使えないと思い込んでいたゲオルギウスにとって足元から迫った魔法は二重の意味で予想外の奇襲だった。
それを完璧に防いだがゆえに、精神は弛緩する。ゲオルギウスほどの戦士になれば稲光が落ちるよりも短い僅かな弛みを狙い、リザの極光が迫る。視界は薄紅色の光で満たされ、側面から迫る紅蓮の残像に気づくのは遅れた。
リザとレイの同時攻撃による第二の奇襲。
まさに、唯一無二のタイミングで放たれたその攻撃は、しかし、失敗に終わった。
薄紅色の極光が泡のように弾けて消えると、地中の穴から見上げていたシアラとリザは、ゲオルギウスが右腕一本で握った槍を下に向けているのが見えた。
精霊剣の光帯は概念殺しの権能によって防がれたのだ。
ならば、レイの攻撃がどうなったのか。
「……くははは!! 大したものだ。気配は感じたが、よもや地中から奇襲を仕掛けるとは奇想天外な発想だ。それも、一つ目を囮に、本命の一撃を隠すという用意周到さ。悪くない、ああ、実に面白かった」
楽しげに語るゲオルギウスの瞳は、悔しそうに歯噛みするレイを捉えていた。両者の距離は、レイの手にした剣の刀身ほどしかない。手を伸ばせば、ゲオルギウスの首に指が掛かりそうなほど近いのに、レイはそれ以上縮めることはできなかった。
ぽたり、と。魔人種の青い血が刃から雫となって落ちた。
「この左腕は褒美にくれてやろう」
ゲオルギウスの左腕は、掌から肩まで切り裂かれ、だらりと力無く垂れていた。
唯一無二のタイミングで放たれた第二の奇襲を、ゲオルギウスは冷静に対処した。レイたちの狙いが槍だと見抜いた魔人は、両手で構えていた槍を右手に持ち替え、リザの熱線を防いだ。そして、左側から飛び込んできたレイの斬撃を、己の腕を差し出すことで受け止めたのだ。
片手で槍を回すと、使い物にならなくなった左腕を肩から斬り落とし、ゲオルギウスは追撃を回避するように穴の縁から離れた。
直後、薄紅色の極光が穴から天に向かって昇っていた。
「それが噂の精霊剣とやらか。ジグムンントの聖剣と性質は似ているな。威力の方は、まだまだといった所だが」
片腕を失くしたというのに、余裕すら漂わせているゲオルギウス。一方で、レイは奇襲の失敗から厳しい顔を浮かべていた。
愉快そうに魔人は嗤う。
「それで? これで終いという訳じゃあるまいな」
問いかけにレイは答えずにいると、穴から人影が飛びだした。
金色の髪を翻して地上に現れたリザを見て、ゲオルギウスは一転して表情を変えた。
「ジグムンントの構えか。『聖騎士』の力と違って、強制力がある訳でもないのに、よくぞまあこの時代まで受け継がれてきたな」
懐かしそうに呟くと、ゲオルギウスは歯をむき出しにして嗤う。
「もっとも、聞けば最後の一人らしいが。ならば、同じ時代を生きた者として、この因果を断ち切ろうとするか」
言うなり、魔人は地面を蹴った。攻撃を警戒したリザは身構えるも、ゲオルギウスはレイ達とは別方向へと跳んだ。
目指した先は広場に転がる人造モンスターの亡骸だ。鎧を砕かれ、粘液の肉体が地面に染みを作っている。
精霊剣を構えながら、しかし、不可思議な行動に首をひねるリザは、直後の光景に目を見開いた。
ゲオルギウスは地面に転がっている粘液を掴むと、自らが切り落とした左肩に叩きつけたのだ。
死した肉体はそのまま地面に落ちようとしていた。だが、肩口に付着した粘液が蠢くと、途端に重力に逆らうように集まりだした。まるで、見えない手が土をこねて器を作るかのように、粘液を素材にゲオルギウスの左腕が完成した。
再び二つに分かれた槍を、真新しい左腕で掴んで感触を確かめるように持ち上げる。半透明な腕は動くたびに形を崩す。どうやら、完璧な状態とは言えないようだ。
「レイ。貴様が聖印によって陛下から与えられた力は、陛下の影を操る力だろう。私は、自らの体を自在に改造できるようになった。このように、他者の肉体を自己の物とすることもできるのさ。最も、人造モンスターの肉は質が悪くて、私の力に耐えきれん。あまりやりたくはないのだが、贅沢も言ってられん」
両腕に槍を握った魔人は濃厚な闘気を発する。腕を失ったというのに、闘気は衰えるどころか、油を注いだ炎のように勢いを増していた。
その重圧だけで押しつぶされそうになるリザは、眼前に現れたゲオルギウスに遅れて反応した。
地面を蹴り、瞬間移動したかのように一気に距離を潰した魔人は、左右両方の腕を使って槍を振るう。
瞬間、五閃。
五つの鋭い光が網膜を焼いたかと思えば、攻撃は完了していた。
だが、リザの体はどこも傷ついていない。
合計五つの刺突を、全て刃で撃ち落としたのだ。
「やるな、ジグムンントの弟子。剣の技量だけなら、レイよりもずっと上じゃないか」
「直接の弟子ではありませんが、称賛だけは素直に受け止めましょう」
リザの刀身が薄紅色に輝き、斬撃に合わせて光が躍る。刃の熱線を推進力に加えた斬撃がゲオルギウスを襲った。
魔人は槍を回して斬撃をいなしつつ、反撃のタイミングを窺おうとした。だが、死角外から放たれた龍刀影打を回避できなかった。左腕に突き刺さった炎の塊によって、粘液上の腕が飴のようにどろりと溶けた。
「耐久力に難ありってのは間違いなさそうだな」
ゲオルギウスを挟んでリザの反対に位置取るレイが、無防備な背中に向けて剣を突きだすも、動きが止まった。
いつの間にか腰を捻って放たれた後ろ蹴りが、レイの腹部に突き刺さっていたのだ。
「確かに、耐久力に難があるのは認めるが、柔軟性に富んでいると評価も出来るぞ」
その言葉通り、粘液で構成された左腕は、炎によって焼けた部分を切り離すと、元の形に戻った。直後、柄尻で頭を殴られたレイがよろめくと、すかさず槍の追撃が襲いかかる。
「やらせません!」
リザが精霊剣の加速を利用して間に立ちふさがろうとしたが、槍の穂先は軌道を変え、彼女をすり抜けたかと思えば、背後に居たレイの太ももを抉る。
傷口を炎で焼いて塞ぐも、千切れた筋肉は回復しない。腱や急所は回避できているが、戦闘力が文字通り削られていくのをレイは実感していた。
長丁場になれば、確実に不利になるのは自分たちだ。
「呼吸を合わせるぞ!」
「はい! 左から行きます!」
レイとリザは左右に分かれると、それぞれゲオルギウスに向かって突進する。
レイは龍刀影打を展開し、魔道具の剣を含めた多数の武器を同時に使い手数で押し切ろうとする。
リザは精霊剣に生命力を注ぎ、極光を纏わせ加速する。ジグムンントの剣術を限りなく再現した神速の斬撃を繰りだしていた。
だが、ゲオルギウスの優勢は揺るがない。
二人の猛攻を左右に握った槍で受け止める。さながら、悠久の時を越えても存在するかのような鉄壁の城塞。そして、合間に巧みに入る攻撃がレイ達を削っていく。
片腕で振るわれる槍の軌道は、直線と曲線が入り交じり、あたかも巨大な蛇に甚振られているかのようにレイ達は血を流していく。
「くははは! おい、レイ。まさか、本当に今ので終わりだったのか。だとしたら、いささか拍子抜けだ。……これ以上、長々と付き合うつもりも無い。残念だが、ここで幕引きとさせて貰うぞ」
鋼と鋼がぶつかって削れるような、激しい剣戟の応酬を穴の中でシアラは聞いていた。第二の奇襲が失敗に終わり、戦闘が再開したのを確認すると、来た道を引き返す。
地下道は土と火の魔法を組み合わせて掘ったから熱気がこもり、北方大陸だというのに汗が止まらなかった。
汗を拭った拍子に、白い肌に土がべったりと付いたが、今更だった。頭のてっぺんからつま先まで土で汚れた姿のまま、広場から少し離れた場所に出た。
金色黒色の瞳があたりを見まわしたが、そこには誰も居ない。
誰も居ないのである。
「まだ、まだなの。まだ準備はできてないの?」
焦りと不安が足元から押し寄せてくる。見えない蟻が全身に群がるかのような悪寒に苛立つ。地下からの奇襲を仕掛けるタイミングは間違っていたのだろうかと、今更のように振り返ってしまう。
これまでの戦いで、ゲオルギウスがあのタイミングでレイの役割を看破するのは、ほぼ百パーセントに近い確率だった。
時間稼ぎが狙いだと気づくと、ゲオルギウスはあの場所を離れて遠距離からの投擲に切り替える。そちらの方が、効率よくレイを消耗できると判断するのだろう。その判断は、嫌になるほど正確だ。そうやって、レイは何度も殺された。
だから、地下からの奇襲をするタイミングは、ゲオルギウスが時間稼ぎに気づいた直後が最適なのだと、死を積み上げた結果から導き出した。だから、重要なのはゲオルギウスがその事に気づくまでの時間を伸ばすことだった。レイの話術や斬撃の応酬は、地下からの奇襲を先延ばしにするための時間稼ぎだ。
これでも、最初に比べればかなりの時間を稼げるようになったのだ。ゲオルギウスの攻撃パターンを記憶し、どのような言葉を投げかければ反応するのかを探り、一分一秒でも長く時間を稼ぐ。
それでも、まだ足りないとばかりに、シアラの前は無人だった。
「もう一度、穴の中から奇襲をする? 駄目よ、その方法は、前にやって失敗した。……ああ、もう、早くしてよ、エトネ!」
「おまたせ!!」
その声は、名前を呼ぶと同時にした。
見上げれば、建築物の上から飛び降りる巨大な影があった。影は地面に着地すると、四本の足でシアラの傍に駆け寄った。黄色の体毛に紺色が混じる生き物、《ミクリヤ》の足であるキュイだ。巨体に跨る鞍の上で、待ち望んでいた少女が顔を出す。
「キュ、キュイ!」
「こっちはおわったよ。そっちのほうは?」
キュイに跨るエトネを見て、シアラは計画を次の段階に進めるべく指示を出した。
「今の所は計画通りよ。キュイ、主様たちに聞こえるぐらい、大きく叫びなさい!」
人間の言葉を理解したかのようにキュイは大きく息を吸うと、叫んだ。
「キュ、キュ、キュイイイイイイイ!!」
「キュ、キュ、キュイイイイイイイ!!」
キュイの叫びは、剣戟の応酬を繰り広げるレイ達の耳にも当然飛び込んできた。
「なんだ? 獣……いや、ニチョウの鳴き声か。何かの合図か?」
魔人が注意深く周囲を探るために生じた隙を利用して、レイはリザとアイコンタクトを交わした。青い瞳は了承の意を返すと、二人は同時に距離を取ると、一気に力を放った。
紅蓮の炎と薄紅色の極光がゲオルギウスに肉薄するも、魔人は冷静に槍を回して攻撃を散らした。
そのままカウンターを放つ構えでいたが、予想を裏切られて攻撃の手が緩んだ。
二人はゲオルギウスから距離を取ると、広場から離れようとしているのだ。流石に、背中を見せるような無様な真似はしないが、それでも明らかに逃亡しようとしている。
一瞬、呆気に取られたゲオルギウスは、唇を吊り上げた。
「なんだ、そのみっともない姿は。勇んで戦った姿はどこへ消えたのだ!? 戻って戦え!」
ゲオルギウスが嘲笑を浮かべるも、レイ達は距離を取り続ける。その速度は遅く、ゲオルギウスの脚力ならば容易に追いついてしまう。逃亡なら、あまりにも稚拙で杜撰だった。
(挑発に乗らない所を見ると、怖気づいて撤退するのではなく、何かしら明確な意図を持って誘き寄せようとしているな。先程のニチョウの鳴き声は、二人に対して準備が出来た合図と見るべきか)
魔人の瞳が、広場に鎮座するオブジェに向けられた。《アンダンテ・フィールド》によって封印されているローランたちは、今にも動きだしそうなほどの迫力に満ちていたが、このまま放置をしていれば百年経過しても封印が解けることはありえない。
(奴の狙いは、『聖騎士』たちの解放では無かったのか? 私の首を《ミクリヤ》だけで取るのは難しいと判断したからこそ、槍を奪い、《アンダンテ・フィールド》を破壊しようとしたのではないのか? 広場を離れれば、解放の機は遠ざかるばかりだぞ。私を広場から遠ざけて、その隙に姫様が解除を試みるつもり……いや、流石にこの魔法を短時間で解除できるとは思えん)
刹那の間に、ゲオルギウスはあらゆる可能性を考える。
レイの狙いは何なのか?
勝利条件をどこに定めているのか?
なぜ、人造モンスターを仲間に倒させているのか?
広場を離れて何をしようとしているのか?
「……面倒だな」
疑問が幾つも浮かび、それに対するおおよその回答も導き出せるが、どれも確実といえるだけの根拠がない。憶測ばかりを重ねた所で、裏を掛かれば後手に回るだけだ。
ゲオルギウスは頭を振って、思考を一つに絞った。
「何を企んでいようが、全てを蹂躙すれば話は早い。レイを速やかに捕らえて、早々に幕引きとすればよいのだろう」
傲慢だが、それを実行するだけの力を持った者だけが許される物言い。
ゲオルギウスは躊躇うことなく地面を蹴り、広場を離れていくレイ達を追いかけた。
広場から伸びる通りは複数あるが、レイ達が選んだ通りは直線が最も長く、左右にある建造物は破壊されてはいるが形を多く残している。理想的な環境であった。
《アンダンテ・フィールド》から離れ、通りに近づくゲオルギウスを見て、レイは小さく呟いた。
「奴が来る。目的の場所まで、誘き寄せるよ」
「了解です、レイ様」
ゲオルギウスとの戦いで負傷した箇所にポーションを振りまいたリザは、闘気を漲らせてレイの横に並ぶ。
二人とも、腕や肩、足に創傷を負って、血を流しているが、瞳に宿る意志だけは折れてはいなかった。此処が正念場だと知っていた。
読んで下さって、ありがとうございます。
次回の更新は3月5日頃を予定しております。




